1
「うーん。……まずい!」
009はきっぱりと言った。
やはり、料理は苦手だ。
「あんなきれいで気立てのよさそうな女の子に、こんなまずいスープを飲ませるのは気が進まないが……どうしようもないよな。少しでも飲んでくれればいいけれど。003がいてくれたらなあ……」
009は深い溜息をついた。
003をさらわれたのは、明らかに自分のミスだ。
しかし、実のところ、相手がそこまで卑怯な手に出るとは思っていなかったのだ。
もちろん、それが油断だったわけだが。
「サイボーグX……か」
油断したのは、彼が敵ながらいっぱしの人物に思えたからだ。
どうしてそう思ったのか……。
「――そうか。……バラ、だ」
009は窓辺に寄り、庭に目をやった。
――あのひと、バラのアーチを直していったわ……
静かにつぶやいた003の声が蘇る。
彼女はそれ以上を語らなかったが。
「まさか、ソイツにさらわれるとは。……今度ばかりは、君が間違えたのかもしれないな、003」
2
予想に反して、少女はおいしそうにスープを飲み、009が用意した朝食をほとんど残さず食べてくれた。とてもおいしい、という言葉は感謝と気遣いからだと思われたが、それでも、009は安堵していた。
少女はどこか003に似ている……ように、思えた。
それは、彼女を奪われた今だから特にそう思うのかもしれないけれど。
もし003がここにいたら。
女の子のお友達が欲しいわ、とよく寂しそうにこぼしていた彼女を009は思い出した。
この少女なら、彼女の良い友達になりそうだ、と思う。
003はお転婆だが、心のきれいなやさしい娘だ。
サイボーグであるということを抜きにしても、彼女の友人にふさわしいと思われる少女に、009はほとんど会ったことがない。
もちろん、そんなことを003にはっきり言ったことはないし、仄めかしたつもりもないが、実際、彼女もお友達が欲しいとこぼす割には、それほど積極的に同じ年頃の少女たちと親しくなろうとはしないのだった。
話が合わないんだろうな、と009は思う。
いや、それ以前の問題かもしれないが。
友達がいない、というのは気の毒だったが、下手な女の子たちとうっかりつきあったとしても、003のことだ、彼女たちと一緒に他人の陰口を言ったり、意地悪をしたり、ということはできないに違いない。
そうなると、彼女はほどなくその美しさと優しさゆえに妬まれ、仲間外れにされたり、嫌がらせを受けたりするかもしれない。そういうちょっとタチの悪い女の子たちなら、009はよく見かけたことがあるのだった。
邪悪な敵なら叩きのめせばいいが、相手が陰湿で底意地の悪い女の子たち……となると、どうしたらよいやら、見当がつかない。
「何をするっ?!」
007の叫びに、009ははっと身構え、振り返り……しっかりとこちらに銃を向けている少女の瞳に息をのんだ。
が、瞬く間にその銃はたたき落とされ、少女はベッドに倒れ込んでいた。
「ナック……ナック……!」
烈しく震え、すすり泣く少女を、009は呆然と見つめた。
3
ミッチイと名乗るその少女は、ナック……サイボーグXの恋人なのだという。
事故で死んだと思っていた彼がサイボーグとして蘇った、その恐ろしい姿も、彼女は見ていた。
……そして。
「ナックは、心まで変えられてしまったんだわ」
そうつぶやいた彼女の瞳は哀しく澄み切っていた。
あの、銃を向けてきたときと同じように。
――本当に、よく似ている。
009は003の横顔を思い浮かべた。
今ごろ、彼らにどんな目に遭わされているのかわからない……が、何をされようと、彼女もまた、その澄んだ瞳で彼らを見つめているにちがいない。
全てを見通し、強い光を放つ瞳。
その輝きが曇ることは決してない。
――だから……だからこそ、僕は戦わなければならない。
ナックを倒してくれと、ミッチイは言った。きっと003もそう言うだろう。
もし、自分がいつか道を誤り、心を失ったら……
ナックは……あのサイボーグXは、この少女にふさわしい少年だろうか?
009には、とてもそうとは思えなかった。
それは、自分が003にまったくふさわしくない、というのと同じことだ。
もっとも、自分の場合はあまりにもわかりきったことだから、改めてそう考えてみたことすらないのだが。
003が自分をどう思っているのかはわからないが、ミッチイはナックを慕っている。
それが恋というものなのだとしても、気の毒だと、009は思う。
003とミッチイ。
この少女たちの美しさと比べ、ナックと自分の醜さはどうだ。
たしかに、自分たちは戦うしか能のないサイボーグにすぎないのだ。
だが、だからこそ。
だからこそ、僕は、戦う。
彼女たちが愛するこの世界を守るために。
それが、僕らの役目だ。
それを見失ったのなら、サイボーグX、君は忌まわしい化け物でしかない。
僕は、必ず君を倒す。
4
「サイボーグXは……やっぱり、とてもやさしい人だったのね」
涙ぐみながらつぶやく003の肩が震えている。
009はそっと彼女を抱き寄せながら、彼女の動き方にどこも不自然なところがないようであることを……つまり、ケガなどがない、ということを素早く確かめた。
「ああ、そうだね……そうでなければ」
ミッチイが死ぬことはなかったかもしれない。
でも、君がこうして無事でいることもなかっただろう。
結局、君はミッチイと会うことも、話すこともできなかったんだ。
――つまり、そういう、ことなのか……?
ふと浮かび上がった思いを、009はまさか、と強く打ち消した。
「気の毒だが、ナックにとって、これ以上の幸せはなかったのかもしれないよ」
「……009?」
「少なくとも、彼は、君が言うとおり……やさしい男として、誰よりも愛する人と旅立ったんだ……世界を、守るために」
「それは、わかるわ……でも」
「うん。……泣いているのか、003?」
「……だって」
「それでいい……君は、泣いてあげてくれ……夜が明けたら、みんなで彼らにバラを届けに行こう」
「……ええ」
もしかしたら、君は永遠にひとりなのかもしれない。
君の傍らにはいつも恐ろしい化け物がいて、君はソイツを暴れさせないため、ソイツに縛り付けられているのかもしれない。
でも、もし、それが君の運命なのだとしても。
僕は信じない。
いつかきっと、君と同じ目をした、君と同じくらい優しい美しい少女と君は出会える。
そして君たちは引かれあい、堅く結ばれて、無二の親友同士になるんだ。
Xも、僕も……二度と君たちを煩わせはしないだろう。
そういう美しい世界で、君たちは幸せになる。
大丈夫、その日は来る。
僕は、君を死なせはしない。
だから、彼女のために泣くだけ泣いたら、顔を上げて……笑ってくれ。
その日を信じてほしいんだ。
その日を……僕を、信じて。
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