1
他人の恋愛沙汰に首を突っ込むシュミはない。
が、それは他人……の場合だ。
コイツらについては、ごく個人的な意味で他人と思えないトコロと、実際他人ではないだろう、というトコロが混在している。
いや、そんなのは言い訳で、要するに俺はまだ諦め切れていないのかもしれない。
だが、それを未練だとは思いたくない。
そもそも、コイツらの往生際が悪いせいでこんな羽目になるのかもしれないのだから。
とにかく、俺はそのとき逆上した。
アイツ……ジョーが、この世の憂いを全部背負い込んだような深刻なツラでじーっと眺めていたのが、あのモナミ王国の女王の在位10周年を祝う新聞記事だったからだ。
2
いきなり新聞をひったくられ、ジョーは驚いて顔を上げた。
「な、何するんだよ、ジェット……!」
「つまらねぇ記事に夢中になってやがるじゃねえか?」
「……そう言うなよ」
慌てる様子もなく非難の色もなく、ジョーはただ苦笑している。
それがまた忌々しい。
ジェットはわざと大げさな身振りで新聞をびりびりと引き裂いてみせた。
「乱暴だなぁ……わかったからそんなに怒らないでくれよ。未練だって言うんだろ?」
「未練、とかいうレベルか?……あんな女にどれだけ執着してるんだ、あれからもうかれこれ……」
「うん、驚いた。10年たったなんて……でもね、ジェット。ボクが未練がましいのは否定しないけれど、彼女は『あんな女』じゃない。素晴らしい女性だったよ。明るくて勇敢で、清らかで優しい。その証拠に、今や堂々たる国家元首だ。未練という前に先見の明と言ってもらいたいな」
「……」
あまりにすらすらと出てくる讃辞に、ジェットはまた唇をゆがめた。
……ずいぶんな惚れ込みようじゃないか。
「何でもいい、とにかくこんなモノをその辺にボンヤリ広げておくんじゃねえ。オマエは、どれだけフランソワーズを傷つければ気がすむんだ?」
婉曲表現が通用しないのを見越し、ジェットは極めてわかりやすく言い放った。
ジョーの表情がふっと曇る。
「それを言われるとつらいな……たしかに、君の言うとおりだね。気を付けないと」
「……」
「いつも僕は結局フランソワーズを傷つけてしまう。彼女のために何かしてあげたいのに、そうしようとすればするほど空回りする。……あのときも、僕が余計なことをしなければ……キャシーを連れて帰れるんじゃないかなんて、思わなければ……」
「連れて……帰る?……何の話してるんだ?」
「まさか、彼女が王女だなんて夢にも思わなくてさ……何か事情があって、追われている女の子だと思ってたから……本当を言うと、連れて帰って研究所で『保護』しようなんて思ったんだ」
「……はぁ?」
「……って顔を君やアルベルトにされることは、もちろん覚悟してたよ。でも、キャシーはきっといい友達になると思ったんだ、フランソワーズの……そうだな、彼女がサイボーグであるということも受け入れて、生涯支え合っていくことのできる……親友に」
「……」
「おかしな子だなあとは思ったけれど、キャシーはとても無邪気で、純粋で、優しくて、きれいで、勇ましかった。直感だけどさ…これほど、フランソワーズにふさわしい女の子に会ったことはなかったし、これからもきっとないだろう、このチャンスを逃したくない……なんて、ちょっとだけど、思っちゃんたんだよな」
何と言ったらいいかわからず、ジェットはふーっと息をつくジョーを見つめた。
もしかしたら、自分は長い間この件について根本的な考え違いをしていたのかもしれない……と思いつつ、しかし、それを自分の非だとは到底思えない。
いや、そもそもそんなことがあるはずないだろう、と気を取り直し、やがてジェットは用心深く口を開いた。
「つまり、オマエは……まさか、とは思うが……別にあの女王に惚れてるから執着していたわけじゃないんだ、と言いたいのか?」
「僕が?惚れる?キャシーに?……まさか!」
「……」
「彼女みたいな高貴な女性に、なんで僕なんかが……いくら僕が身の程知らずだって、それぐらいの分別はあるよ。いや、もちろんあのとき彼女が王女だとはわかってなかったけど、それでも、隠しきれない気品ってのはあった。僕が近づけるような女性じゃないことぐらい、出会った瞬間にわかってたよ」
「それじゃ……つまり」
「そんな顔しないでくれ……バカだなって、自分が一番よくわかってる。友達は他人にお膳立てしてもらって出来るモノじゃないよね……言い訳になるけど、僕はフランソワーズのことになると、つい羽目をはずしてしまいがちなんだ。もっとも、君たちだって多かれ少なかれ、そうだと思うけど?」
いや。そんなことはない。
そんなことは、断じてないぞ、島村ジョー!
「ジョー。オマエは、ヘンだ」
「……ウン」
ジョーは神妙な表情になり、うつむいた。
何やらむやみに反省しているように見えるが、何を反省しているのかわかったものではない。
ジェットは思わず天を仰いだ。
3
そういえば、思い当たるフシはいろいろある。
アイツ……ジョーは、フランソワーズの「友達」に弱かった。
手始めが、あのバイオリン弾きの少女のときだ。
戦いで重傷を負って、よくやく回復したばかりだったフランソワーズが、神々の影が落ちるウィーンへ飛ぼうとしたとき、アイツは心配して彼女を止めるかと思いきや、むしろ後押しした。
それから、フレイヤ。
彼女を庇ったフランソワーズにアイツが加勢したのは……なんだ、まあアイツらしいなと思ったから、あのときはそれ以上考えなかったが、たしかにアイツ自身はフレイヤを信用していなかった。後でそう自分から白状してたしな。
あの、麻薬事件のときもだ。
考えてみりゃ、かなり危ない潜入になる可能性もあった……からこそ、わざわざアイツを護衛につけたのに、グレートの話だと、いよいよって時になって「二人でゆっくりしておいで」みたいなコトを言ってフランソワーズをおいて帰っちまったんだから、どうかしてる。
そうか……そういうことだったのか。
アイツは、フランソワーズが「友達」と一緒にいるのが何より嬉しいんだな、要するに。
だから……「友達」が彼女を裏切った時には逆上する。
あのゾンビーグ事件のとき、爆弾を仕込まれた子ども……シーラをアイツは撃とうとした。
リーダーとして、敢えて汚れ役を引き受けようとしたんだろうと俺たちは殊勝に思ってたし、そんなアイツをアルベルトは庇った……わけだが、とんでもない勘違いだったってことだ。
アレは、ただの私怨だ!
アイツは、シーラが……フランソワーズが親しくなった純真な少女が彼女を裏切り、刺したからキレてただけだ!
思い出せば、思い出すほど、思い当たることがぞろぞろ出てくる。
ジェットはげんなりし、思い出すのを止めることにした。
4
新聞は破いてしまったが、他にもソースはいくらでもあるし、そもそもジョーの「自重」など、フランソワーズの前では児戯に等しい。
程なく、フランソワーズも件のモナミ王国の記事に気付き……それに注目しつつ、切なそうに溜息をつくジョーの様子にも気付いたらしい。
「やっぱり……キャサリン女王は、ジョーにとって特別な人なのね」
「……フランソワーズ」
「ごめんなさい。……バカね、今さらこんなこと言って」
「気にするな。……第一、アイツはオマエ以外の女にホンキで惚れたりしない」
「ありがとう、ジェット……それはもうよくわかってるわ」
「フン、のろけかよ」
「……ふふっ」
フランソワーズは寂しそうに笑った。
「わかってるんだけど……でも、時々感じるのよ。……あの人が、どうしてもかなわない、でも諦めきれない憧れを誰かに向けているってこと。……その相手は、いつも、決して、私じゃないの」
「……」
「やっぱり、サイボーグ同士、だからなのかな……」
「それは違う。くだらねえコトを考えるな。アイツが知ったら悲しむぜ」
「……ええ」
「オマエの言うこともわからないわけじゃねえが……なんだ、要するに男ってのは、オマエが考えているよりもっと馬鹿馬鹿しい生き物なんだよ」
「あら……それじゃ、あなたもそうなの、ジェット?」
「まさか。ただの一般論さ。……いや、アレを一般化しちゃマズイな。アイツがオカシイだけだ」
「あなたはそんな風に、あの人のことをわかってあげられるのね……うらやましいわ」
「……」
わかりたくはなかったがな。
オマエだって、わかっちまったらきっとそう思うだろうぜ、フランソワーズ。
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