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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

 4      原作
 
 
ぽつり、とイワンが言う。
 
――ジョーが荒れるヨ……。
 
と。
 
イワンの予言にしては、かなり穏当な部類に入るが、考えようによっては結構困った話かもしれない。
しかも、それを私に言う……ということは、珍しいがジョーがフランソワーズとケンカでもするということか。
咄嗟に浮かんだ考えにかぶせるようにして、更にイワンが続ける。
 
――ちょっとズレてる。でも、それに近いな。今回はフランソワーズを頼りにできない。
 
「しかし、儂とて頼りにはならんじゃろうよ、イワン?」
 
――そう言わないでヨ。博士は僕たちのパパなんだからさ。
 
「……何を言っとるか」
 
思わず息をついた。
が、同時にじんわりと胸の奥が温かくなってくる……なんてことも、この子にはお見通しで、だからこそこんなことを言ってくるのだろうと思う。
 
「やれやれ……」
 
ちょっとジョーの様子を見てこい、ということかもしれない。
しかし、邸の中はひっそりとしている。
とりあえずイワンにミルクをやることにしてゆっくり腰を伸ばすと、窓の外に気配がした。
ジョーが帰ってきたようだった。
 
何をしてきたのか……いや、大体は見当がつく。
あの子は、ヒマがあると「訓練」をしているようなのだ。
 
穏やかな時であっても、戦いの真似をせずにはいられないということなのか。
そう思うと不憫でならないが、それは思い過ごしかも知れない。少なくとも「訓練」の前後、あの子は戦いのときとは全く違う、むしろリラックスした表情をしているように思うのだ。
サイボーグであるかどうかなど関係ない、若者というのはそういうものかもしれないではないか……と私はいつも思うようにしている。
もし、万一そうでないときは……そうではないのかもしれない、ということを忘れる時はないものの。
 
 
 
窓越しに見た限りでは、ジョーの様子はいつもと変わらなかった……し、部屋に入ってきて、私が珍しくイワンの世話をしているのに気づき、フランソワーズはどうしたのか、と尋ねたときもその表情は穏やかだった。
 
新しい「友達」が今日も来ていて、散歩中だ……と説明しながら、もしやそれが何かこの子の気に障っているのだろうか、と思ったので、念のために私はこう付け加えた。
 
「同じ年頃の女の子と友達になる……フランソワーズにとってはいいことじゃよ」
 
注意深く様子をうかがったが、ジョーはむしろ嬉しそうに「ええ」とうなずいた。
そのまま窓辺に寄ったのは、彼女たちが散歩している姿が見えるかもしれない……と思ったからなのだろう。
 
「いままでずっと周囲は……むくつけき男ドモ、ばかりでしたものね」
 
そんなことを気にしていたのか、とちょっと意外に思った……が、この子ならそうかもしれないと思い直した。
彼は繊細な若者だし、一見そうは見えないが「父親」の私などおよびもつかないほどフランソワーズを大切にしている。
恋人同士なのだから当然だ、とも言えるが、それだけではうまく説明できないような特別な思いをもって彼は彼女を見つめている。
 
そんな風に私が思うのは、もしかすると私とジョーには似通ったところがあるからなのかもしれない。
私には残念ながらフランソワーズのような存在はなかったが、もしあったとしても……
そんな私の物思いを、ジョーのただならぬ叫び声が破った。
 
「ン……どうした?!」
 
思わず鋭い声が出てしまった。
ジョーは明らかに動揺し、窓にはり付くようにして立っている。
まさか、フランソワーズたちに何か……?!と思った瞬間、彼は叫ぶように言った。
 
「フ、フランソワーズが、あの子を……なぐってる!」
 
もちろん、私もその言葉に驚いたが……もっと驚いたのは、ほとんど戦闘モードの厳しさを身に纏い、加速装置も使おうという勢いで、ジョーが部屋を飛びだそうとしたことだった。
イワンの言葉が脳裡によぎり、私は「父親」の声で彼を制止した。
 
「よせ、ほっとけ!」
 
ジョーが本当に戦闘モードに気持ちを切り替えていたなら、こんな言葉は通じるはずない。
しかし幸い、それほどのことではなかったようで、彼は足を止め、叱られた子どものように不満げな……それでいてどこか途方にくれたような目で私を振り返り、訴えた。
 
「だ、だって……とめなくちゃ!」
 
やれやれ、と声が出そうになるのを私はおさえた。
これが、イワンの言っていたことなのだろうか。
 
正直、フランソワーズがあの少女を……友達を「なぐる」など、私も想像がつかないし、理解ができない……信じられないことだった。
しかし……それなら、信じなければいいだけのことだ。
 
科学者としてこの世の謎に挑むうちに、私はそういう態度を自然に身につけていると思う。
説明がつかない、理解不能なことはこの世に山積している。もちろん、ごく身近なところにも。
それが当然なのだ。ただ、そのことに気付いていないだけで。
そういうことに出会ったら、とりあえず「信じられない」と首を振り、放っておけばよいのだ。
いつか、何かがわかるときが来るかもしれないし、来なくてもどうしようもないのだから。
 
もっとも、ジョーにはそう思えなかったらしい。
それはそうかもしれない。
あの子にとって、フランソワーズは仲間であり、親友であり、恋人であり、家族であり……もちろんそこまでくるとさすがに彼の勘違いにすぎないのだが……彼自身ですら、あるのだろうから。
そんな彼女の自分には理解できない一面、など到底受け入れがたいのかもしれない。
 
なるほど、そういうことなのか……?
 
私はなるべくのんきそうに、しかし威厳を込めて言った。
 
「ケンカするほど仲が良い、というじゃろが」
「し、しかし……あの様子は……」
 
ジョーはまだ心ここにあらず、という感じで窓の外を見つめている。
彼の強化された目に何が見えているのか、私にはわからない。
戦闘サイボーグであるがゆえに、見えなくてもよいものを見てしまっているのだとしたら……急に申し訳ない気分になり、私は語気を和らげ、安心しなさい、という思いを込めて続けた。
 
「お前もわかっとるはずじゃ……フランソワーズが、理由もなく他人をなぐるような娘じゃないことを……まあ、見ててごらん。――そのうち、二人してニコニコしてもどってくる」
「……そうでしょうか?!」
 
ジョーはまったく納得がいかない、という表情のままだったが、とりあえず外に飛び出し、二人の間に割って入ることは思いとどまったらしい。
ほっとしていると、勢いよく006がやってきた。夕食を作りにきた、と張り切っている。
やれやれ助かった……と思った。
 
 
 
たしかに、不可解だった。
 
その後、フランソワーズは友だち……海で知り合ったテニスプレイヤーだという少女、和泉ジュンに、あからさまに冷たく不機嫌な態度をとり続けていた。
あの優しいフランソワーズが彼女に思いやりのない言葉を投げつけ、あまつさえ嫌がらせまでしているのにはさすがに私も驚いたし、普段なら何か言っていただろうと思う。
しかし、イワンに言われたことがあったし……仮にそれがなかったとしても、そんな彼女を見るジョーの動揺ぶりの方がよほど気にかかるものだったので、私はなるべく平静を装い、ややもすると感情を高ぶらせるジョーを懸命に押さえ続けた。
 
気の毒に、006は終始わけがわからなかったはずだと思うが、さすがに大人の貫禄、私に調子を合わせてくれたのも助かった。
 
「今日はすまんかったの、大人」
 
別れ際、ジョーがガレージに車を取りに行っている隙にこっそり囁くと、006はにっこりしてうなずいた。
 
「博士の思ってる通りネ、何か事情があるのヨ、フランソワーズには……きっと彼女が一番つらいと思ってるアル」
「……うむ」
「博士は気付かなかったアルやろが、フランソワーズ、時々とてもほっとした顔で博士を見ていたネ……きっと感謝してるアル。問題はジョーやけど……まぁ、それは仕方ないことネ」
「……そうじゃの」
 
思わず苦笑し、私は大人を見送った。
 
フランソワーズは和泉ジュンを帰してしまうと、ジョーの追及を逃れるように……というよりも、背中全体で彼を拒みながら、自室へ上がってしまっていた。これはジョーには相当堪えただろうと思う。
こっそり様子を見にいきたいとも思ったが、やめておくことにした。
私までがジョーのように動揺していてはいけないだろうと思ったからだ。
 
フランソワーズは優しい少女だ。それを誰よりも知るのは私たちだし、その私たちに言えない事情があるというなら……ただ見守るしかないではないか。
幸い、命に関わるような問題ではないようなのだから。
 
大人を店に送るだけなら、もうとっくに帰っているはずの時刻になっていた……が、ジョーは帰らなかった。
まったく、「荒れている」ということなのだろう。
 
心配ではあるが、心配してもどうにもならない。
彼が本格的に荒れ、我を忘れるようなことになると大変なのだが……さすがにそれはないだろうと思う。
もしそういうことまで予測できているなら、イワンもあんな言い方はしなかったろう。
 
もしかすると、フランソワーズは自室でそんなジョーを見守っているのかもしれない。
彼女に何か事情があり、自分の言動のために荒れる彼を見ていることしかできないのなら……それはつらいことだろうと思う。
が、いかにつらかろうと、彼女は見なければならないものから目をそらしたことなどない。
 
痛ましい思いで私はフランソワーズの部屋の方を見上げ、またジョーを思った。
 
 
 
それから一週間ほど、同じような日々が続いた。
 
フランソワーズと和泉ジュンは毎日のように会っていたが様子は変わっていないようだったし、ジョーは明らかに日に日に憔悴していった。
もしかしたら彼は夜もよく眠れていないのかもしれない。
毎日の「訓練」にも身が入っていないように思えた。
 
私はといえば、そんな彼にかけてやる言葉も思いつかず、ただただのんきそうに構えてみせるだけで精一杯だった。
そんなに心配することではない、私はすべてを理解している、何も問題はない……そういう態度をとり続けていた。
 
万一、ジョーが私に、博士はどう思っているのか……と詰めよってきたら、実は返答のしようがなかったのだが、幸い、彼はそうしなかった。
もしかすると、フランソワーズについて自分の知らないことを他人から……私からでさえ……教えられる、というのは、彼にとって耐えがたいことだったのかもしれない。
 
それにしても、どんな敵にも困難にも動じることのない我々の「009」が、まったくどうしたことだろうか……と私はしばしば思わずにいられなかった。
 
もちろん、彼を動揺させるアキレス腱がフランソワーズであることは分かっていた。
これまでの長い戦いの日々の中で、彼が我を忘れて他者への敵意をむき出しにしたのは「生母」というトラウマに触れられたときと……フランソワーズを傷つけられたときだけだ。
 
しかし、彼女が一歩間違えば致命傷となる重傷を負わされたあのときとさほど変わらないこの動揺振りはどうしたことだろう。
ついには、彼はフランソワーズが和泉ジュンを虐げているという幻覚まで覚えるようになったらしい。
 
さすがにこのままではマズイのではないか……と思い始めた頃だった。
夕暮れどきに帰宅したフランソワーズが私を見て微笑み、お話があります……と言った。
 
ジョーは出かけていた。
なるべくフランソワーズの顔を見ないように……としていたのではないかと思う。
 
私だけでいいのかね、と尋ねると、フランソワーズは「大丈夫です、あとでジョーにも話します」と少し寂しそうに笑った。
 
 
 
全日本ジュニアテニス選手権を前に、和泉ジュンの故障と自信喪失がとうとう完全に回復したのだ……とフランソワーズは嬉しそうに語り始めた。
 
「これで、やっとお芝居を終わりにできます。博士やジョーにとても心配をかけているのはわかっていたんですけど……ごめんなさい」
 
要するにフランソワーズが彼女に冷たくあたっていたのは彼女と同意の上での「特訓」であり、むしろ二人の堅い友情のなせるわざだったのだ……という告白は、私には意外な……正直、ちょっと理解しがたいものであった。
そんな私の表情に気づき、フランソワーズはおかしそうに笑った。
 
「やっぱり……!きっとわかってもらえないと思っていました。女の子同士って、時々そういう馬鹿馬鹿しいことをしてみるものなのですわ……つらかったけれど、ほんの少し楽しい気持ちもありました。こんなこと、初めてだったんです」
「いや……なるほど、たしかに理解できんが……なに、だからこそ同じ年頃の女の子と親しくなるのがキミにとって必要だということじゃろうて」
「そう言っていただけると嬉しいです。……本当に、博士には何度も助けていただいて、ありがとうございました。あんまりよくして下さるから、すっかりお見通しなのかと思っていましたわ」
「そう……かの?むしろ、儂は何も……ただ黙っておっただけで」
「それがどんなにありがたかったか……ジョーも」
「……うむ」
「彼がとても怒っているのはわかっていたんですけど……でも、何も言わないで見守っていてくれました。……私、幸せなんだなって思います」
 
ほんのりと頬を赤らめるフランソワーズは美しく、いじらしかった。
今、ジョーを苦しめている感情は単純な「怒り」ではないだろうが、どんなものであるにせよ、こんな彼女を前にしたら跡形もなく消え去ってしまうだろう。
 
「ジョーは、キミを天使か何かのように思っているんじゃろうなあ……」
 
私がしみじみ言うと、フランソワーズは「まあ!」と咎めるように私を見た。
が、久しぶりに解放された気分になっていた私は、愉快な気持ちが溢れるのを抑えられなかった。
 
「天使であるキミの友達も当然じゃがまた天使、天使同士の清らかで美しい友情をまぶしい思いで見上げていたかったんじゃろう……まったく面倒な子じゃが、これからはせいぜい失望させないように頼む。あの子にこの世の終わりのような顔を毎日されていては、ハラハラして、こっちの身がもたんわい」
「まさか、そんなこと……!博士、私は……」
 
頬を真っ赤にした彼女が更に何かを言いつのろうとしたとき、外で車の音がした。
ジョーだ。
 
「さあ、早くジョーにも話しておやり……どれだけ安心するじゃろうて」
「……そんなこと。天使みたいに思われているなんて、困ります……私はただの……」
「もちろん、ただの、女の子……じゃろうな。そのこともあの子にしっかり思い出させなくてはなるまい?……ふふ、儂は今夜、地下の研究所で徹夜の予定じゃ。イワンも連れて行くから、二人でゆっくりすごしなさい」
「……っ!」
 
余計なことを言ったのは間違いない……が、勢いよく駆け出す彼女の後ろ姿に、私はこの上ない満足感と幸福を味わっていた。そして、約束どおり、ゆっくり地下への階段に向かった。
まだ夜とは言えない時間だったが、あの子たちにそんなことは関係ないはずだったから。
 
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Last updated: 2014/10/13