「あ…ごめん。君も、食べるかい?」
じーっと見つめられているのに気づいて、ちょっと慌てた。
咄嗟にかじりかけのリンゴを差し出すと、彼女は真っ赤になって首を振った。
かわいいなあ、と思った。
で、それきり、彼女とは会っていなかったのだけれど。
…あの子だ。
すぐにわかった。
彼女の方はわからなかったようだ。無理もない。
赤い戦闘服を着込み、銃を構えた僕は、あのときとは全く違う人間だったろうから。
それに、加速した僕が彼女の前に姿を現したのは、ほんの一瞬だったはず。
どうしてあのとき、リンゴなんか持っていたんだっけ。
次々と立ちふさがる敵を倒しながら、僕はぼんやり考えていた。
そんなコトを考えている場合ではなかったのだけど。
でも、そんなコトでも考えていなければもたない、と思うときもある。
そんな戦いだった。
難しくはなかったけれど、過酷ではあったのだ。
疲れ切って帰投した僕達を、003の笑顔が迎えた。
ドルフィンで待機していたとはいえ、全てを見ていたのだから、彼女だって笑える心境ではなかったはずだ。
けど、それが自分の役目だと思っているから、彼女はスゴクがんばって笑う。
そんなことしなくていいんだよ、といつも言ってあげたい…けれど、僕にはそれが言えない。
実際、彼女が笑って迎えてくれなかったら、自分がどうなってしまうのか想像できないからだ。他のみんなもそうだと思う。
「…知っている人がいたんだ」
彼女の笑顔にひかれるように、僕は口走っていた。
途端に顔を曇らせた彼女に、慌てて付け加える。
「あ、倒したヤツらの中に…じゃないよ。助けた人たちの中に。無事でよかったな…って、そういうこと」
「…そう」
彼女はほっと息をつき、また微笑んだ。
あのとき、あの子は、僕が差し出したリンゴを食べなかった。
食べなくてよかったんだ。
なんだか、心からそう思った。
ドルフィンでは、みんなで一緒に食事…というわけにはいかない。
交替で、でも006の作ってくれた温かい料理を食べることができる。
食事を終え、ようやく一息ついていると、一緒にテーブルについていた007が、なんだか嬉しそうにニヤニヤしながら、僕にオレンジを一つ差しだした。
「ほい、デザートだとさ」
「ありがとう」
「…おっと!買い出し前でちょいとモノが不足しているんでな、ソイツは二人でひとつ、だそうだ」
「ああ、そうなのか」
だったら…と、彼にもオレンジを分けようとした僕を007は押しとどめ、厳かに言った。
「ソイツは、003とオマエの分だ…さっき、張々湖が彼女に出し忘れちまってな」
「……」
…まったく。
いい年をして、中学生みたいな嫌がらせをするんだな。
心で毒づきながら、でもそれを見せてしまたら向こうの思うツボだ。
僕はなるべく平然とうなずき、立ち上がった。
003は休憩室にいた。
オレンジを割って手渡すと、「ありがとう」と笑い、すぐに一房口に入れて、甘い、とまた笑った。
で、たぶん、007が虫かなんかに変身してついてきているはずだ。油断はできない。
僕と彼女は他愛のない話をしながら、悠然とオレンジを片付けた。
どうせ嫌がらせをするなら、オレンジなんかじゃなくて、リンゴにすればよかったんだ。
もっとも、それじゃ洒落にならなかったけど。
なんだかんだいって、みんな僕に甘いんだよな。
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