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  1   原作
 
 
 
なんとなくそーっと携帯を開き、ジョーはうーん、と唸った。
フランソワーズからの返事はやっぱり来ていない。
相当忙しいんだろうな、と思う。
 
普段から携帯メールのやりとりをしている間柄だったら、こういうことはない…のかもしれないが、そもそも彼女とのメールのやりとりが途絶えているのは、主に自分の方に責任があるということを、ジョーはよくわかっている。
 
ジェットやアルベルトや、ピュンマも、結構彼女とやりとりをしているようなのだ。
彼女はもともと筆まめな方だったから、手紙より数段手軽な携帯メールを使わないわけがない。
 
メールは便利だというけれど、ジョーにとってはそれほどのこともなく、むしろ手紙の方がいいよなあ、と思うこともある。
一日に一度、ポストをのぞくのは何となく習慣になっているからいいのだが、携帯電話をチェックする習慣などない。何日も放っておいて、バッテリーが切れてしまっていることも珍しくはないのだ。
 
しかし。と、ジョーは思い直した。
自分はそういう人間だから仕方ないとして、こちらから出したメールに対して、フランソワーズから返事が来ないというのはやはりちょっと変かもしれない。
他の仲間や、友人たちと頻繁にメールのやりとりをしているのなら、ジョーが出したメールをチェックしそこねている、ということもないはずだ。
 
まさか何か事件が……とちらっと思ったが、今朝、ギルモアがフランソワーズと電話で話していたことを思い出し、それはないか、と思い直した。
で、そうか、あのとき、ちょっと電話を代わってもらえばよかったんだー、などとまた思ったりもする。
 
電話をする、というなら、それこそこの携帯電話を使って、彼女に、今電話してみればいいのだ。それもわかってはいるのだが、なんとなく気が引けるのだった。
時差のこともあるし、そもそも内容が、なんというか。
もし彼女がぐっすり眠っているところだったり、大切な仕事の途中だったりしたら…と思うと、それを中断するほどの用事とはとても言えない。
 
仕方ないかあ…、と、ジョーはまた息をついた。
どちらにしても、彼女とはすぐに会えるのだから。
 
 
 
車は横浜に入ったところで、高速を下りた。
首を傾げるフランソワーズに、ジョーはこのまま張々湖飯店に行くんだよ、と説明した。
 
「でも、私…お昼は飛行機ですませちゃったわよ?」
「うん。晩ご飯だよ…というか、ちょっと遅いけど、新年会」
「…新年会?」
「君の誕生日ももうすぐだから、それも兼ねちゃえって、大人、張り切っていたぜ」
「まあ…!」
「博士と、イワンと、グレートと、大人と僕…だけだから、あまり代わり映えのしないメンバーだけど」
「そんなこと…嬉しいわ。着いてすぐ大人のお料理が食べられるなんて、幸せ!」
「ふふ…そう言うと思った」
「あ…そうだわ。ちょっとごめんなさいね、ジョー」
 
ちらっと横を見ると、フランソワーズはバッグから携帯電話を取り出していた。
何かチェックをしているらしい。
 
「少し、停めようか?酔うんじゃないか?」
「いいえ、大丈夫よ…スパムがずいぶんたまっちゃったから、削除しているだけなの…」
「…スパム?」
「宣伝…っていうのかしら。ジョーのところにも来る?」
 
ジョーは黙って首を振った。
そもそも何の話かわからない。
フランソワーズはそんなジョーにくすくす笑い、スパムメールの説明を始めた。
 
「…ふうん?」
「そうなの。だから、知らない女の子から『助けてください!』ってメッセージが入っていても、本気にしてはいけないのよ」
「そんなこと、本当にあるとは思えないなあ…」
「もう…ジョーったら……あら?」
「…どうした?」
 
彼女の声から笑いの気配がすっと消えた。
思わずのぞき込むと、青い目が不安そうに見上げている。
 
「ジョー…あなた、アドレス変えたの?」
「…え?」
 
引っ越しはしていない…はずだけど。
 
 
 
それはジョーが悪い、と、仲間達は口を揃えた。
が、彼自身はそう責められることよりも、何度も何度も申し訳なさそうに謝るフランソワーズにひたすら困惑していたのだった。
 
「ちゃんと見ておけばよかったんだわ…あなたからの、こんな大切なメールをスパムだと思っていたなんて…」
 
いや、別にそれほど大切なメールではなかった…と、ジョーは思う。
だって、忘れているのだから。
 
が、そう言ってしまうのはかなりヤバい気がして、ジョーはひたすら沈黙を守った。
一体、自分はどういうメールを彼女に出したのか。
そこのところがいまひとつ思い出せないのだった。
 
「ってか、オマエ、相当危ないぞ、ジョー。いつのまに契約していたんだ、その携帯?」
「そうアルよ、会社がいつの間にか変わってて、番号もアドレスも変わってるなんて、尋常じゃないね!」
「と、言われても…なあ…」
 
もしかしたら…と思うことは、ある。
仕事先に、電話会社の営業らしい少女が来て。
誰からも話すら聞いてもらえず、泣きそうになっていたのがつい気の毒になって…
 
やっぱりあのとき、なのかなあ…と思うのだけど、自信はない。
それに、ココでそう話したところで、状況が良くなるとはとても思えないし。
それに、どのみち…
 
「まあ、オマエのことじゃから…大方、ノルマが果たせずに困っていた営業の女の子にでも捕まったんじゃろうて」
 
…バレているのだから、話すまでもないのだ。
 
 
 
張々湖飯店の宴会は、気が置けないし、料理はおいしいし…とにかく心地よいのだった。
すっかり満足して研究所に戻ると、フランソワーズはそのまま自室に入ってしまった。
荷物の整理やら何やら…あるのだろう。
もしかしたら、空港からイキナリ張々湖飯店に連れていかれてしまったのも、女の子としてはちょっと困ったのかもしれない。
自分が出したメールというのも、もしかしたらその辺りのことを彼女に確認しようとしていた…のかもしれない。
と、考えても、やはり思い出せないのだった。
 
今回の彼女のメンテナンスはちょっと大がかりなものになる、とギルモアは言っていた。
心配ではあるけれど、その分、彼女の滞在が長くなるのなら、それはそれで嬉しい、と、ジョーは密かに思う。
 
そろそろ来るかな、と思うのとほぼ同時に、窓が開く音がした。
 
「お待たせ、ジョー…ああ、きれいなお星様…!帰ってきたって気がするわ…」
「うん…寒くない?」
「大丈夫よ…」
 
話ってなあに…?と、彼女はすぐには切り出さないし、ジョーもすぐには説明しない。
どんな話だか、彼女もうすうすわかっているはずだし。
ジョーは軽く深呼吸しながら、ポケットの中身を上からそっと確かめた。
早く渡したいけれど、渡してしまったら、このひとときも終わってしまう。
それが、惜しい気がしていた。
 
「ジョー…」
「…うん?」
「本当は、どう過ごしてくれるつもりだったの…?今夜」
「え…?」
 
大きな青い目に見つめられ、不意に、思い出した。
そう、だった…!
 
かーっと頬が熱くなる。
ジョーはどぎまぎしながら、フランソワーズに背を向けた。
 
「どう…って。どのみち、今日ほど良くはなかったと思う…その…さ。やっぱり僕たちは…僕は、みんなと一緒が一番なんだなーと思ったから」
「あら。…そうかしら?」
 
私は、あなたと二人きりで過ごす夜も素敵だと思ったわ…と、フランソワーズがつぶやくのを、ジョーはぼんやり背中で聞いていた。
 
「でも…そうね、あなたの言うとおりかもしれない。だから、私もメールチェックを忘れてたのかもしれないわね…そう思うことにするわ」
「…フランソワーズ」
 
ジョーは星空を見上げた。
正直、それほど真剣に考えて、彼女にメールを送ったわけではなかった。
普段は見もしない、雑誌の「クリスマス特集」に何となく目がいって…それで、ふと思っただけだ。フランソワーズも、こういうのが好きなのかなあ…と。
でも、この星空と、都心のホテルから見えるのだという夜景と、どちらが美しいか…いや、どちらが彼女にふさわしいか…そう思うと、やっぱり。
 
「これ…さ。気に入るかどうか、わからないけど。それに、誕生日には少し早いけれど」
「…ジョー。ありがとう」
 
リボンを丁寧にほどき、箱の中から美しいネックレスを大事そうに取り出しながら、フランソワーズはジョーを見上げて、幸福そうに微笑した。
その輝く瞳に引き寄せられ、そうっと唇を重ねると、もう何もかもどうでもいいじゃないか、という気持ちになってくる。
 
 
とにかく、僕は君がここに…僕の腕にいてくれればいい。
どこで、どうやって…なんて、そんなこと、本当にどうでもいいことなんだ。
 
君だって、そう思うだろう?…フランソワーズ。


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