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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?


  5   旧ゼロ
 
 
 
ギルモア研究所を訪れた009は、居間に入るなり思わず首を傾げた。
振り向いた003が、そんな彼の表情にくすくす笑う。
 
「やあ……って、一体どうしたんだい、セブン?」
「うふふ。研究中、なんですって」
「研究…?」
「あ、ナインか…悪いね、ボクは今ちょっと忙しくって手が離せないんだ…スリー、相手をしてやってくれたまえよ」
「…はいはい、かしこまりました」
「こら!何生意気言ってるんだ、セブン?」
「叱らないであげて、ジョー…一生懸命なんだもの」
「一生懸命…って」
 
007は、難しい顔で新聞の山に埋もれている。
どうやら、片っ端から読みあさっている…ように見えるのだが。
 
「しかし、ずいぶんたくさんの新聞だなあ…何種類もあるじゃないか。これ、全部研究所でとってるのかい?」
「いいえ…セブンが集めてきたのよ…張々湖飯店や、駅で…」
「集めた…って。拾ってきたってことか?」
「うるさいなあ、ナイン!」
 
とうとう007はかんしゃくを起こして立ち上がった。
 
「気が散るじゃないかっ!少しは静かにしていてくれよっ!…ボクは正義の味方として、社会を公正な立場で見据える目を養おうとしているんだからさー」
「…公正な…立場?」
「そう!…現代は高度情報社会だろ?だけど、我々が知りうることは、既に何らかの権力によって、あらかじめ選別され操作されている可能性があるのさ、例えば……」
「…どうしちゃったんだよ、セブンは?」
 
小声で尋ねると、003は困ったように微笑んだ。
 
「この間、そういう問題を取り上げているテレビ番組を見たのよ…それで、なんだか目ざめちゃったみたいなの」
「…目ざめた…って」
「聞いてるのかい、ナイン?」
「あ?…ああ」
「我々が正義だと信じているものは、果たして本当に正義なのか?…巨大な力によって洗脳されている可能性はないのか?」
「というかさ、コイツ、そのテレビ番組にとやらに、すっかり洗脳されているように見えるけど…僕には」
「だから…ね、そっとしておいてあげて。コドモなんですもの。一生懸命考えたりものを読んだりするのはいいことだわ。行きすぎているところはあっても、そういう意欲って、無駄ではないと思うの」
「やれやれ。君はセブンには甘いんだよなあ…」
「そんなわけでさあ、ナイン…僕が今注目しているのは、コレなんだ…若者の間に広まっている、メール依存症!」
「…メール、依存症?」
 
 
 
やがて、迎えに来た006に引きずられるようにして007は出て行った。
彼が読み散らかした新聞を丁寧に拾い集める003を、009は少々苦々しい思いで眺めていた。
 
「そんなの、自分でやらせればいいんだ…ったく、何か公正な立場だよ…!」
「いつもは、片付けてから帰るんだけど、今日は…もしかしたら、あなたが来たからつい夢中になっちゃったんじゃないかしら?この頃、私や博士とじゃ話にならない…なんて言うようになってたから。世間知らずの科学者と女の子は駄目、なんですって」
「ますますもって生意気だな。おい、ちゃんと言ってやった方がいいぜ?」
「そうねえ…たしかに、このごろちょっと困ることもあるのよね…」
 
003は007の強い反対で、ギルモアも自分も携帯電話を持つことができなくなっている…と説明した。
 
「ふうん…でも、君、携帯電話なんて使う用があるのかい?」
「それほど使うとは思えないんだけど…でも、このごろ、街の公衆電話が少なくなってしまって、ちょっと不便だな…って思うことはあるの。博士が学会のみなさんと連絡をとるときにもあるとずいぶん便利みたいだし」
「そういうモノかな…?まあ、フツウの人たちはそうなんだろうな…僕たちはそんなものに頼らなくとも、連絡を取る手段がいくらでもあるけれどね」
「そうねえ…うふふ、あなたもセブンと同じコトを言うのね、ジョー」
「…え?」
「やっぱり、正義の味方って、似た考え方をするところがあるのかしら」
「おいおい…一緒にしないでくれよ。たしかに僕達には携帯電話を持つ必要なんてそれほどないだろうけど、問題はそんなに単純じゃないだろう?セブンの言ってたメール依存症とやらだって、要はそれを使う人の心がけの問題であって、電話自体が悪いわけじゃ…」
「そうよね!」
「…へっ?」
 
思わず目を丸くしてしまった。
003は嬉しそうに微笑しながら、きれいな色刷りのパンフレットのようなものを009の前に差し出した。
 
「これ…電話機のカタログよ」
「カタログ…って」
「よかった、あなたが味方になってくれたら、セブンも諦めてくれるわ…!心配してたの。だって、セブンったら、あなただって自分と同じ考えに違いない、なんて言うから…私があなたに絶対逆らえない…ってこと、ちゃーんと分かってるのね」
「え?…いや…だって、君は」
 
何となくどぎまぎしているうちに、003はさっさとカタログを広げ、ギルモアと自分が選んだ機種を指さしては丁寧に説明を始めた。
やがて相談にはギルモアも加わり、夕食を終えて帰るころには、ジョーが持つ機種まで選ばされていたのだった。
 
「まあ…仕方ないか。邪魔にはならないよな」
 
帰り道、車の中で009はひとりつぶやいた。
ギルモアと003が持つというなら、自分も持たなければ意味がないだろうし。
 
 
 
やがて届けられた携帯電話を、009はしばらくの間ほとんど使わなかった。料金が割安だというような話も一応聞いてはいたのだが、やはり電話をするときは習慣で、今までどおり固定電話を使ってしまうのだ。
が、003からメールがぽつぽつ届くようになると、たしかに便利なものだなあ、と思うようにもなった。
 
深夜にふと伝えたいことを思い出したときや、相手の時間に割り込むのはどうだろう、と気を遣うようなときに、メールは重宝だった。
向こうでもそう思っているらしく、メールのやりとりをするようになってから、009はちょっとした機会をうまく利用してギルモア研究所を訪れることができるようになった。
 
そして、その日も。
009はいつものように何気なくメール画面を開き…首を傾げたのだった。
昨日、003にメールを出したのだが、返信がきていない。
 
別に緊急の用事というわけではなかった。
ひと月先の芝居のチケットが手に入ったから、一緒に行かないか、と誘っただけだ。
しかし…。
 
003は、007の言ういわゆるメール依存症とはほど遠く、一日にほんの数回しか携帯を開くことがない…らしい。
が、009からぽつりぽつりと連絡が入ることにも慣れてからは、一度も携帯を開かないですませる日もない…ようなのだ。
おかしいな、とちらっと思った。
 
なんとなく胸騒ぎがする。
まだそれほど遅い時間でないことを確かめてから、009は研究所に電話をかけてみた。
…誰も、でない。
 
念のため、003とギルモアの携帯電話にも電話をいれてみたが、どちらからも応答がない。
どうやら、電源を切っているらしい。
 
「…まさか。何か、あったのか…?!」
 
009はすばやく防護服を着込むと、アパートの窓から飛び出していった。
 
 
 
運が悪かったんだわ…と、003は何度目かの溜息をついた。
あんな顔色の009を見たことは最近ほとんどない。
ひどい心配をかけてしまったようだ。
 
友人たちと遊びに出かけ、おしゃべりに夢中になっているうちに、つい時間を忘れてしまった。
ギルモアはギルモアで、003が留守をしているのがわかっていたので、その日は地下の研究室にこもることを決め込み、電話などに全く気づかなかったのだという。
 
それにしても……
ジョー、どうやって、私があそこにいる…って、わかったのかしら。
 
003はまた溜息をついた。
さすがに遅くなってしまった…と、少々焦り、引き留められるのをやんわり断って、その小さなスナックを出た…ところで、009と鉢合わせになったのだった。
店に踏み込まれなかっただけ、よかったといえばよかったのだけど……
 
「一体、なにしてたんだっ!」
 
いきなり怒鳴られた。
始めはわけがわからなかった…が、昨夜、友人達との打ち合わせをすませてからは、バッテリーを節約するためもあって、携帯電話のスイッチをほぼ丸一日切っていたことを思い出し、ようやく腑に落ちたのだった。
事情を話し、素直に謝ると、009もさすがに怒りを抑え、怒鳴りつけて悪かった…と言った…が。
携帯電話を持っていなければ、こんな心配をかけることもなかったんだわ…と、003はやはり思ってしまった。
 
007が言っていた、依存症、というのとは少し違うけれど…。
何だか、見張られているみたい。
 
もちろん、それは自分自身についても同じことで。
009と気軽にメールのやりとりができるのは嬉しいことだが、そのために彼を縛るようなことになってしまったらイヤだわ…と、003は改めて思うのだった。
 
 
 
「…あ?」
 
うっすらと目を開いた。頭がずきずき痛む。
いや、頭だけではない。
 
003はハッと飛び起きようとした…が、体が動かない。
手足を固く縛られているのだと気づいた。
 
油断していた。
ギルモアの使いで神戸に来ていたのだが、予定が少しずつ狂い、結局、帰りの新幹線に間に合わなかった。研究所に連絡した上で、駅近くのシティホテルに急遽泊まることにしたのだった。
特に治安の悪い場所ではなかったし、ホテルも上等の方だった…と思う。
 
ベッドに入る前、もちろん戸締まりは確認していた。
そこにあっさりと侵入し、何の警戒もなく眠り込んでいたとはいえ、サイボーグである自分を、こうやすやすと誘拐した…ということは…
敵は、普通の相手ではないのかもしれない。
 
「目を覚ましたようだな、お嬢さん」
「…何なの、アナタたち…?」
 
素早く辺りを見回した。
人相のあまりよくない男が3人。
粗末な山小屋のような建物の床に転がされている。
建物の周囲は、深い林だった。
目をこらし、耳を澄ませてみても、町や車の気配は感じられない。
 
「手荒なことをして失礼した…が、こっちも切羽詰まっているんでな…俺たちはギルモア博士に用がある」
「…博士…に?」
 
もしかしたら、と思い当たることがひとつあった。
003の顔色から何かを悟ったのか、男の一人がにやっと笑う。
 
「そうだ…この前、アンタたちに手ひどく追い払われた…」
「人工臓器…の話を持ちかけてきた人たちね。あのとき言ったはずよ…博士は、お金もうけのためにご自分の研究を売ることは絶対になさらない。まして、あなたたちの目的は…」
「…そう。俺たちの目的は、実に重大なのだ。何しろ、我が国の存亡がかかっているのだからな」
「あなたたちの国では、ごく一部のお金持ちの人が豊かになるために、侵略戦争を起こそうとしているわ。そんなことのために、協力なんて…!」
「やっぱり威勢のいいお嬢さんだ。だが、しばらくおとなしくしていてもらおう…おっと。あの腕っ節の強い用心棒の兄さんに連絡をとろうとしても無駄だからな。アンタの持っていた通信機は全て、処分してきた」
「……」
 
003は男の手首に光る時計にちらっと目を走らせた。
…午前4時。
 
「夜が明けたら、ギルモア研究所に連絡を入れる。大事なお嬢さんを預かっている…とな」
「こんなことをして…ただですむとは思わないことね、あなたたち」
「余計な口をききすぎると…ただですまないのはそっちのほうだぜ、お嬢さん?…ここは俺たち組織が管理する私有林の真ん中にある山小屋だ。助けなど絶対に来ない」
「…そう、かしら?」
 
003はじっと耳を澄ました。
小鳥のさえずりが微かに聞こえる。
そして、風の……音…!
 
「3人よ、009!気を付けて、銃を持ってるわ!」
 
003は叫びながら素早く身を縮めた。
次の瞬間、小屋のガラス窓が一度に砕け散り、すさまじいつむじ風が舞い込んだ。
男達は銃を構える暇もなく、次々になぎ倒され……
 
「003!…ケガはないか?」
「ええ…009。ごめんなさい…油断していたわ」
「君は悪くない…僕がもっと用心するべきだった。あんなことがあったのだから…君を一人で行かせるべきではなかった……っと、動くな!」
 
うめきながら身を起こそうとした一人の男に、009は素早く銃口を向けた。
 
「ちく…しょう…っ!キサマ、どうして、ここが…!」
「オマエたちのやることなど、見え透いているのさ…命が惜しいなら、警察がくるまでおとなしくしていろ。日本の警察は犯人をいきなり射殺したりしないだろうが…今の僕は何をするか、わからないぜ」
 
低い、しかしすさまじい怒りのこもった声に、男はぐっと唇を噛み、またそろそろと床に横たわった。
 
 
 
「君からメールの返事が…来なかったからね」
 
やっぱり…と、003は息をついた。
009からメールが入っていることには、神戸に到着したとき気づいていた。
気になってはいたのだが、昼間は忙しくて返信することができなかったし、夜になって慌ただしくホテルを探し、やっと部屋に落ち着いたときには、うっかり忘れてしまっていたのだ。
研究所には連絡してある…という安心感も、油断につながったかもしれない。
 
「電源も切れているようだったから、まず研究所に電話してみたんだ…そうしたら、君は神戸に泊まっているっていうじゃないか。だったら、ますますおかしいと思った…一人でそうしているなら、君が携帯電話の電源を切っておくはずがないし…僕のメールに返信しないのだっておかしい」
「それで…神戸まで探しにきてくれたのね」
「ああ。ホテルから君が攫われているとわかったとき、この間のアイツらのことをすぐ思い出した。あのときも、考えの浅いヤツらだと思ったから…どうせ、自分たちにとっての安全地帯に隠れたんじゃないかと…だから、車で数時間以内に移動できる範囲の、大きな私有林を片っ端から調べたのさ…案外簡単だったよ」
「…そうだったの…ありがとう、ジョー。本当に、助かったわ」
「まあ、携帯電話のおかげ…かな。君のは生憎ホテルで壊されちまってたけどね。戻ったら、またすぐ買いに行くといいよ」
「ええ、そうするわ」
 
003は素直にうなずき、甘えるように009の胸に頭をもたせかけた。
本音を言うと、ちょっと、どうしようかな…とも思ってはいたのだけれど。
 


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