1
忘れたものはなかったかしら…と、荷物をまとめ上げたバッグを見るとつい思ってしまう。
それぐらい小さいバッグだった。
女の子の旅行でかさばるものといえば、化粧品に髪を整えるためのあれこれ。
そのどれも「003」にはさほど必要がない。
とはいえ、気持ちの問題として、何も持っていかない…ということはないのだけれど。
衣類も、最小限必要な日常着しか入っていない。
コーディネートを考え始めたりするとキリがなくなってしまうから、そこは割り切ることにしている。
それに、かなりの確率で汚れたり破れたり、場合によっては燃えたりしてしまうのだから……
前、アルベルトに、荷物が合理的に小さくまとめてあるのを、賢いとほめられたことがあった。嬉しくないわけではなかったけれど、それでいいのかしら、ともフランソワーズは思う。
2
なんとなく遠慮がちなノックの音がした。
透視するまでもなくジョーだとわかった。
「どうぞ…入って」
「ごめん、忙しいのに…準備、できたかい?」
「ええ。簡単だもの…もうすんだわ」
笑顔を向けると、ジョーの視線は小さいボストンバッグに止まり、戸惑うように揺れた。
「…これだけ?」
「そうよ。もし長引いて何か足りなくなったら、向こうで調達するわ」
「そうか…そうだね、ジャングルに行くわけじゃないもんな」
どこか生真面目につぶやく彼がおかしくて、フランソワーズはくすくす笑った。
けげんそうにしながらも、彼女につられるようにジョーも微笑した。
「ホテルがとれたよ。一応3泊でシングルふたつ。廊下をはさんで向かい合わせの部屋らしい」
「そう…ありがとう」
そのまま部屋を出ようとするジョーにフランソワーズはふと首を傾げ、呼び止めた。
「ジョー?」
「…何?」
「あの…それだけ?…わざわざそれを言うために来てくれたの?」
「あ?…ああ。だって…その、女の子ってさ、準備がいろいろあるだろうな…と思って」
「……」
「え…いや、別に、変な意味じゃないよ…ただ…」
「そういうもの、なの」
「…え?…フランソワーズ?」
「ジョーはよく知っているのね」
「知ってるって…何をだい…?」
「わからないわ。…そう、私がわからないことをよ」
「…フランソワーズ」
「おやすみなさい…」
まだ何か言いたげなジョーを押し出すようにしてドアを閉め、フランソワーズはほうっと息をついた。
3
ジョーの荷物も、ごくフツウの肩掛けカバンにおさまっていた。
二人並んでそれぞれのチェックインをすませ、鍵を受け取ると、部屋はたしかに続き番号になっている。
あまり大きくもなければ新しくもない…けれど、感じのいいホテルだった。
ロビーでは恋人同士…らしいひと組の若いカップルがコーヒーを飲みながら楽しそうに話をしている。
彼らの傍らに、女性のものらしい大きなスーツケースをみとめ、フランソワーズはふと微笑んだ。
荷物の大きさについては、おそらくジョーもアルベルトと似たような意見なのだろう、とフランソワーズは思う。
でも……
たしかに、合理的ではないわ。
でも、あの大きさは、女の子の夢の大きさでもあるんじゃないかしら。
愛する人への切ない思いの大きさでもある…かもしれない。
どちらも、サイボーグとなった私には届かないもの。
寂しくない、といえばきっと嘘になる。
それでも、それは、たしかに自分で選んだものだから。
私は、自分が持てるだけの荷物を自分で持つことに決めたんだもの。
だから、夢をみたがったり、切なさを楽しんだりなんか、もう……
「…え?」
右手がふっと軽くなり、驚いて見上げると、彼女の小さな荷物を取り上げたジョーが困ったように微笑している。
「少しだけど、部屋まで持つよ」
「…あの」
「ゴメン、忘れてた。ブリテンやアルベルトやジェットにもうるさく言われてたのにな」
「…でも」
「本当に小さい荷物だね…女の子なのに、不思議なくらいだ」
「……」
…誰と比べているのかしら?
ついそう思わずにいられなかった…が、フランソワーズはもちろん、ありがとう、としか言わなかった。
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