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2      原作
 
そういえば、旅行するのはずいぶん久しぶりだった。
 
フランソワーズはクローゼットの奥から引っ張り出した小型のボストンバッグに、細々したものを詰めながらふと気づいた。思えば、コレを使うのにちょうどよい日数の旅…ということは「事件」とは関係のないただの小旅行…をすることなど、最近なかったのだ。
 
どういう気まぐれだったのかしら…ね。
 
そんなことも思う。
昨夜、いきなり旅行しよう、と言い出したのはジョーだった。
 
「こんなに長いこと日本にいるのに、温泉に行ったことがないんだよなあ…君って」
 
とか突然つぶやいたりして。
そう言われてみるとたしかに不思議なような気もしたが、フランソワーズはすぐその理由にも思い当たった。
 
「…そうね。でも、日本の温泉って、ちょっと一人では泊まりにくいような気がするわ…特にガイジンだと」
 
それもそうか、とジョーは納得し、それじゃ、一緒に行ってみようか。伊豆の、張々湖大人がヒイキにしている温泉旅館があるんだ。魚料理がおいしいんだぜ。とか唐突に言い出して。
そういえば、ジョーはよく張々湖と釣りに出かけていた。そう指摘すると、
 
「別に君に釣りをしろ、なんて言ってないよ?」
 
と、彼はちょっとすねた顔をし、すねた勢いで、さっさと件の旅館の予約をとってしまったのだ。で、たまたま空いていたのが三日後。
変なことになってしまったわ…と思わないでもなかったが、こういうことでもないと、彼と旅行などできない…ということなのかもしれない。
フランソワーズはそう思うことにした。
 
 
 
シワになりにくそうで、軽そうで、暖かそうで…と考えながら衣類を選んでいるうち、フランソワーズは、自分がそうした「機能」優先の選び方をしていることに気づいた。
 
昔の私なら、きっと違ったわね…
 
不意にそんなことを思った。
昔…というのは、ジョーと知り合って間もない頃。
 
彼にちょっとしたドライブに誘われたときでさえ、何を着ようか、靴はどうしようか、バッグは…とあれこれ悩んだ。
もちろん、そのときの自分が一番魅力的に見える服装を追求していたのだ。
彼らが置かれた状況は時にひどく厳しいモノでもあったから、どうしても思い通りの服装ができず、適当な理由をつけて、せっかくの誘いを断ったことさえあった。
 
馬鹿な子だったわ、私…と思い起こしながら、そんな自分がなんだか愛しいようにも、フランソワーズには思えた。
 
とはいえ、今の自分たちが馴れ合いの結果として、そういうことに鈍感になった…ということでもないような気がする。
ただ、こうして彼と二人で旅行をするからといって、それが「特別」という感じはしなくなった。
それでも、彼に魅力的だと思ってほしい気持ちはあの頃と変わっていない…少なくとも、自分は変わっていない、と思うのだけれど。
 
 
 
こういうのがパリジェンヌっていうのかもな…と、ジョーはちらっと助手席に目をやり、思う。
フランソワーズの出で立ちは、やはり日本のフツウの女の子とはどこか違う…という気がする。
どこかといったところで、どこがどう違う、と説明はできないのだけれど。
で、説明できないので、自分がそう感じていることを彼女に伝えたこともない。
 
以前、グレートに、エスプリがどうした、とかいう講釈をされて閉口したことがあった。
所詮ヨーロッパ人の…まして生粋のパリジェンヌの感覚など、自分にわかるはずもないのだ。
ただ、ジョーがひそかに、もしかしたら、と思っていることはある。
 
この洗練された少女の美しさを完璧なモノにしている最後のピース。
それが何であるかを知っているのは、世界でただ一人、自分だけだ…ともジョーは思う。
ただの友人でも恋人でもなく、同じ運命を背負い、共に命を賭して戦う自分だけが、ソレを知っている…そう、ジョーは信じている。
 
宿は、正面が魚売り場になっていた。
一見、マトモな旅館に見えないのだが、フランソワーズは怯む様子もなく、背筋を伸ばして優雅に歩いていく。そして、どんな場違いに見える所に踏み込もうと、次の瞬間には周囲の雰囲気に柔らかく馴染んでしまう。彼女のそういうところが、ジョーは好きだった。
そういう彼女だから、隣にいるのが自分のような男でも大丈夫なのだ、とも思う。
 
 
 
夜の海も素敵だったわ…と、露天風呂から引き上げてきたフランソワーズが言う。
ジョーは海なんて毎日見ているくせに、と笑った。
 
「もう…!そういうものじゃないのよ…どう言ったらいいのかしら…本当に、体ごとすっかり海に包まれている感じ。素敵なところね。お料理もとってもおいしかったし」
 
夕食は部屋で…だったので、フランソワーズははじめから浴衣に着替え、くつろいでいた。
まだ寝るには早い時間だったが、既にさっぱりとした布団が二組、敷かれている。
正直、あまり待てないような気がしているジョーだったが、それを彼女にどう伝えるかというと、なかなか難しい。
 
「明日、どうしようか…少し高原の方に上がってみるかい?」
「ええ…でも、海沿いに走ってもいいわ。海なんて毎日見ているくせに…って言われちゃうかもしれないけど」
「言わないよ…やっぱりウチのあたりとは雰囲気も違うしね…ただ、そうするとお昼がまた磯料理になっちゃうかな」
「私は構わないけれど…」
「…うん」
 
どうも歯切れの悪い彼には見切りをつけた…というように、フランソワーズはジョーが適当に一冊だけ持ってきた観光案内を手にとると、熱心に眺めはじめた。
…と思ったら、不意に首を傾げ、ページの真ん中を指さして、これは何…?などと質問するのだ。質問されたら答えなければならない。
生返事をしながらジョーがのぞきこむと、その冊子にはまだまだ、彼女の興味を引きそうなモノが満載されている感じなのだった。
ちょっと参ったな…と、彼はさりげなく部屋を見回し、ふとフランソワーズの小振りなボストンバッグがちょこん、と隅に置いてあるのに目をとめた。
 
「フランソワーズ…君、持ってきた…?」
「…え」
 
ジョーの真剣な眼差しを認めるなり、彼女の怪訝そうな表情は一瞬で消えた。
その急激な変化に感嘆しながら、ジョーは黙って彼女を見つめた。
 
「…持ってきているわ。でも、どうして?」
「……」
「そういう…ことだったの?」
 
あなたが急に旅行、なんて言うから…おかしいと思っていたけれど。
 
そうつぶやく声音があまりに寂しそうで、ジョーは早々と降参することに決めた。
というか、たぶん十分な効果があった…ように見えるし、もういい。
少しうつむいた彼女の肩を自然に抱き寄せながら、囁くように言った。
 
「…ごめん。変なことを聞いて。何でもないんだ」
「何でも…って」
「だから、何でもない…本当にただの旅行だよ…たまには君と二人で…」
 
それ以上は面倒になった…というか、限界にきていたというか、抱きしめてしまえば後は簡単だというか。
とにかく、それがその夜の彼の最後の言葉だったのだ。
 
 
 
結局、ランチは高原の洒落たレストランで…ということになった。
テーブルの向こうのフランソワーズはいつものカチューシャで髪を整え、軽くて暖かそうなごくあっさりした服に身を包んでいる。
やっぱり、カッコイイ子なんだよなあ…とジョーはしみじみ思う。
 
たとえば、僕だったら、スーパーガンは上着の内ポケットだ。
全然芸がないけど、他にどうしようもない。
でも、彼女は…違うんだろうな。
 
持ってきている、というのだからどこかに潜ませてあるのだ。
が、それがどこだか見当がつかない。
だから、カッコイイわけで。たぶん。
僕が考えると、スカートの下かなー、みたいにどうにも俗で下品な発想になってしまうけど。
彼女に限ってそんなことはないはずだ。
 
食後のコーヒーをゆっくり味わっているフランソワーズを、覚えずほれぼれと眺めながら、ジョーは満ち足りた溜息をついていた。
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