ホーム はじめに りんご 結婚式 メール お泊まり準備 お守り袋 これからどうするの? 383934 Who are you?
介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

5      旧ゼロ
 
旅に出ることは多いが、それが楽しい旅であることはあまり多くない。
…ということを考えると、今回の旅は結構楽しいはずなのだが…いや、楽しくなかったわけではないのだが。
いずれにしても、今夜で終わりだ
やれやれ…とベッドの上で伸びをした009は、ふと、ああそうか、と気づいた。
 
楽しくなかったわけではなくて…不便だった、のかな。
やっぱり、彼女がいてくれないと、なんとなく調子が狂ってしまう。
 
慌ただしく出てきたせいでもあるのだろうが、とにかく身の回りの細々したモノを忘れていて。
なかなかサービスが行き届いた旅館だったので、それで困ることはなかったのだが……
 
 
 
「おいおい003、寝てなくていいのかい?…そんなコト、別に今しなくたって…」
「…もう大丈夫なのよ。だって、3日も寝ていたんですもの…」
「本当に、ただの風邪だったのか?」
「そうよ…ごめんなさいね、せっかく誘ってくれたのに…ちょっと待ってて、これがすんだらお茶を入れるから…おみやげ、どうもありがとう…楽しいお話も聞きたいわ」
 
そう言いながら、大きなボストンバッグから汚れ物をてきぱき取り出してはランドリーへ運んでいく003に、009は思わず肩をすくめた。そんなことをしてほしい、と頼んだわけではなかった。もちろん、迷惑だと思っているわけでもないのだが…。
 
で、結局自分に「楽しいお話」ができたのかどうか、009にはわからない。
が、彼の話に003はころころとよく笑った…し、お茶も申し分なくおいしかった。
そして、ほどなく洗濯物は乾燥機から出され、手早くアイロンがけされ、キレイにたたまれて…また彼のボストンバッグへと収まった。
 
オヤスミ、と003に手を振ってクルマに乗り込む。
助手席にボストンバッグを置くと、来たときよりも中身が少なくなっているように見える。
もちろん、それは錯覚で、彼女のパッキングが上手だ…ということなのだろう。
 
あんなお菓子一箱で、ずいぶん働かせちゃったなあ…と、009は息をついた。
別れ際、003の頬は少し赤味を帯びているように見えた。
もしかしたら…いや、たぶん、また熱が上がったんじゃないかと思う。
 
 
 
009を見送ってから、研究室にこもっていたギルモアに声をかけ、001を寝かしつけ……003は思わず長い息をついていた。
何となく体が熱っぽい。
とにかく、寝てしまった方がいいわね、と思い、そのまま寝室に入った。
無造作にベッドに倒れ込むと、枕の冷たさが心地よい。
 
どうして、こんなにヒドイ風邪をひいちゃったのかしら。
せっかく、ジョーが旅行に誘ってくれたのに。
もちろん、二人きり…っていうわけでは…そういう旅行ではなかったけれど。
 
ぼんやり天井を見つめながら、003はまた溜息をついた。
 
泊まりがけで、今シーズン最後の春スキーに行かないか、と009に誘われたのは先週のこと。
話を聞くと、彼の仕事仲間たちが一緒なのだという。
で、男性は女の子を連れて行くのが参加条件なんだ…とかで。
 
結局、ジョーは誰を連れて行ったのかしら…?
 
さっきの話に、女の子の名前もいくつか出てきてはいた。
そのうちの誰がそうだったのか、彼ははっきりとは言わなかったが。
 
003は静かに頭をめぐらせて、部屋の隅にちょこん、と置いてある小さなボストンバッグを見やった。
もうすっかり支度はできていたのだ。
それなのに、出発するときになって、急に悪寒がした。
迎えに来た009は、すぐに厳しい表情になり、大丈夫だと言い張る彼女を無理矢理ベッドに押し込んで……
そして、ギルモアがただの風邪だと診断すると、009は仲間達と何か慌ただしく連絡を取り、出発してしまったのだった。
 
ちょっと拍子抜けがした。
女の子を連れていかないと参加できない、と聞いていたから、009に迷惑をかけないように、無理をしてでも行こうと思っていたわけで。
でも、考えてみたら「女の子」は自分の他にも無数にいるわけで。
 
なあんだ…と思い、気が抜けた…途端に、熱もぐん、と上がった。
それきり、今朝まで満足に起き上がることができなかったのだ。
気づいたら3日がすぎていて、009も旅行から帰ってきて……
 
さっきの洗濯物の中には、003が一度も見たことのないシャツが混ざっていた。
彼が、部屋にしまっておいたのを出したのか、向こうで買ったのか……それとも。
 
「…関係ないわ」
 
つぶやいてみる。
そう、私には関係ないもの、そんなこと。
私は、いつも……ただ。
 
003はそのまま静かに目を閉じた。
 
 
 
「おい…!003、起きろ!…まったく!」
 
烈しく揺すぶられ、うっすら目を開けると、009が厳しい表情で見下ろしている。
何がなんだかわからず、ぼうっと見上げていると、乱暴に抱き上げられ、またすぐにベッドに落とされ…毛布を被せられてしまった。
 
「こんなに熱があるのに、どうしてちゃんと暖かくしていないんだ?」
「…009…今、何時なの…?」
「もうすぐ12時になるところだ…今からでもゆっくりお休み。本当に、君ときたら…こんなことをしていたら、こじらせちまうぞ」
「ごめんなさい…つい…うとうとしてしまって…」
「薬は飲んだのか?」
「ええ…ごめんなさい」
「喉が渇いているんじゃないか?…本当に、ひどい熱だぜ?」
「……ごめんなさい」
「謝らなくたっていい…ほら…水」
「…ありがとう……ごめんなさい」
 
抱き起こされ、冷たい水をもらうと、少し楽になった。
003は小声で尋ねた。
 
「ジョー…どうして、戻ってきたの?」
「……」
「…ジョー?」
「ハミガキ粉が」
「…え?」
「ハミガキ粉がなかったんだ」
「……」
「だから…家に帰って、寝る前に歯を磨こうとしたら…切らしていて」
「……」
「君なら、持っているだろうって思った」
「……」
 
003は009の視線を追い…部屋の隅のボストンバッグを見た。
たしかに、入れた…と思う。
…でも。
 
「ジョー、ハミガキ粉、持っていかなかったの…?」
「ああ。旅館にはあったけどね」
「…そう」
「そのカバン…僕のハブラシも…寝間着も、着替えも入ってるよね?」
「…ええ」
「じゃ、今夜はココに泊まるから」
「……」
 
003は何も答えず、目を閉じた。
どうも、夢を見ているらしい…という気がしてきたのだった。
 
だから、彼の気配が毛布の中に滑り込んだときも。
彼の両腕にしっかりと抱きかかえられた…気がしたときも、彼女は慌てなかった。
 
「…ありがとう…ジョー」
 
火照った頬を、少しひんやり感じられる広い胸に押しつけるようにして、003はつぶやいた。
 
 
 
翌朝。
003が目ざめると、熱はすっかり引いていた。
そして、009の姿はどこにもなかった。
なかった…のだけど。
 
ランドリーには、ボストンバッグに入れておいたはずの彼の寝間着が放り込まれていて。
洗面所にも、バッグに入れておいたはずの彼のハブラシとハミガキ粉が置かれていて。
…と、いうことは。
 
かあっと頬が熱くなり、003は慌てて寝室に戻ると、毛布をそうっとめくり上げた。
が、もちろん…というかなんというか。
彼がソコにいた痕跡など、何も残ってはいない。
 
どこまでが夢でどこまでが現実だったのか、わからない。
それにしても、彼に何らかの迷惑をかけてしまったらしい…ことは確かだったので、その日の午後、003はおそるおそる009の部屋に電話をかけてみたのだった。
…が。
電話に出たのは、若い女性だった。
 
咄嗟に受話器を置こうとしてしまった003を「009」の厳しい声が引き留めた。
 
「フランソワーズか!…もう、熱は下がったのか?…なぜ起きているんだ!」
「…あの…」
「まさか、またうろうろ動き回ってたりしているんじゃないだろうな…今日は、掃除も買い物も禁止だ。夕食は、僕がそっちに持って行くから」
「…ジョー…あの、大丈夫よ…それに」
「こっちが片付いたらすぐに行く。いいかい、もし僕が着いたとき、寝ていなかったら…承知しないからな!」
 
でも、もう大丈夫なのよ…と言おうとした瞬間、電話は切られてしまった。
…そして。
 
「…片付いたら…って。シマムラくん、ずいぶんな言い方ねえ…」
「もちろん、手抜きをするつもりはありませんよ…でも、少し急がないと」
「はいはい…こっちもそうしてもらえるとありがたいわ」
 
 
 
009はなかなか来なかった。
いまひとつ食欲のない自分はいいとして、ギルモアの夕食をあまり遅らせるのはどうか…と思い、でも彼のあの剣幕を思い出すと、動いてはいけないようにも思い。
 
が、とうとう日が落ち、辺りが暗くなったとき、003は意を決してベッドから身を起こした。
手早く身支度を整え、階下に降りてキッチンへ入りかけ…ると。
耳慣れたエンジン音がした。
 
いけない!と肩をすくめ、キッチンを飛びだそうとしたが、003はすぐに思いとどまった。
間に合うはずがない。
下手に階段を駆け上がったりしたら、また何を言われるかわからない。
…と思ったとおり、あっという間に玄関のドアが開き、009がつかつかと入ってきた。
 
「すまない、遅くなって」
「…009」
「ああ、ずいぶん顔色がよくなったね…もういいから君はソファに座っていたまえ」
 
怒鳴られるかと身構えていた003は思わず肩の力を抜いた。
そんな彼女に、009は苦笑した。
 
「今、起きたところなんだろう?…灯りがついたから、わかったよ……待たせてしまって、すまなかった」
「…ジョー…大丈夫だったの?」
「何が…?」
「ここに急いで来たりして…あなた、何か予定が…」
「ああ。仕事なら終わったから大丈夫。思ったよりてこずっちまったけど」
「…仕事?」
「うん…君を連れていかなかったからね、ペナルティだって押しつけられたのさ…まったく」
「……」
「どうした?…君が気にすることはないよ」
「…あの」
「さあ、その代わり…といってはなんだけど、夕ご飯だ…ああ、安心して。僕が作ったんじゃないから…さ。ちゃんと食べられるモノだよ」
 
003を無理矢理ソファに座らせると、009は担いできた荷物を下ろし、てきぱきと動き始めた。どうやら、スープのようなものを持ってきたらしい。
あの電話に出た女性が作ったのだろう、と003は思った。
 
 
 
003を気遣って…なのだろう、そそくさと夕食をすませると、食後のコーヒーも断って、009は腰を上げた。治り際が肝心なのだから、すぐに寝た方がいい、と003に釘をさしながら。
こういう彼に逆らっても意味がないことをよく知っている003は素直に頷き、彼を玄関まで送った。
 
「そうだ…フランソワーズ、週末にスキーに行かないか?…その頃には、君の風邪もよくなっているだろうから」
「…え?」
「それぐらいまでなら、なんとか雪がもつらしいんだ…景色もキレイだったし、きっと楽しめると思うよ…どうだい?」
「え、ええ…でも、ジョー…あなたは行ってきたばかりなのに…」
「ははは、僕を誰だと思ってるんだよ?…それくらいでヘバったりしないさ」
「……」
「それに、君は準備もちゃんとできているんだしね…そうだろう?」
 
たしかに、準備はできている。
でも……
 
逡巡する003に、ヘンな遠慮はするなよ、とやや厳しく言いおいて、009は車に乗り込んだ。
 
「わかったわ…ありがとう、ジョー」
「うん…それじゃ、お大事に」
 
…おかしなひと。
 
車が遠ざかるのを見送り、003はほうっと息をついた。
考えてみたら、日帰りなのか、泊まりなのかも聞いていない。
距離を考えると、泊まるしかない気もするけれど…それなら、何時頃出発するつもりなのか、宿はどうするのか。
 
わからないことだらけ…ではあるけれど、009がああいう風に言い切ったときは、その手の心配をする必要はない。
ただ、彼が迎えに来たときに出かけることができればいいわけで…
 
そういうことだ。
だって、準備はできている……009もそう言った。
彼がそう言うのなら、何も心配することはない。
…たぶん。
 
003は、彼女の「目」でしかとらえられなくなった車の後ろ姿に、小さく手をふった。
 
 
おやすみなさい……
ありがとう、ジョー。
PAST INDEX FUTURE

ホーム はじめに りんご 結婚式 メール お泊まり準備 お守り袋 これからどうするの? 383934 Who are you?
介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?