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4      平ゼロ
 
コンビニ、とジョーは言った。
それが、文字通り24時間開いている店で、しかもどんな町にもたいていあるものだと知ったとき、フランソワーズは驚きを通り越して、呆れるような気持ちになった。
第一、早朝や深夜に買い物に出る客などいるわけない…と思うのだが、どうもそこから間違っ ていて、ソコには時間を問わず、訪れるヒトが絶えないのだという。
 
「だって、夜は寝るものよねえ…」
「まあ、それはそうなんだけど…でも、結構便利なものだよ…ボクはあるのに慣れているから 、なくなってしまったらちょっと戸惑うかもしれない」
「…そうなの?」
「うん…考えてみたら、実際に行くことはめったにないけどね…あ。だから、フランソワーズ …来週は、そんなに荷物をもっていくことないと思うよ。途中にも、ホテルから歩いて行ける ところにもコンビニがあるから」
「…そう、なの…」
 
そう言われてもやはり腑に落ちない。
ドルフィン号で出撃するときは、いつも食料品や日用品を細かくチェックして積み込んでいる 。
でも、たしかに、戦場に「コンビニ」はなかったわけだから……
 
 
 
実際にどういうものか見せるから、と、ジョーは翌日、フランソワーズを近くのコンビニに連れて行った。彼女がどうにも荷造りに困惑しているようだったから。
 
「…本当になんでもあるのねえ…!」
「うん。値段もそれほど高いわけじゃないし」
「そうね…たしかに…でも、向こうにあるお店がココと同じようだとは限らないんじゃない? 」
「いや…コンビニって、どこに行ってもこんなものだから大丈夫だよ」
「まあ、そうなの…?」
 
フランソワーズは棚を見ながらしばし考え込んでいた。
 
「これなら、たしかに余分の飲み水やパンを持って行く必要ないし…」
「使い捨ての食器もいらないよね」
「…そうね」
「イワンのモノだけは持っていった方がいいかな」
「ええ…使い慣れたモノのほうがやっぱりいいかもしれない…つまり、どんなものでも、足り なくなったら困るから余分に持って行かなくちゃ…って考える必要はないってことなのね」
「うん。そういうことかな」
「すごいわねえ……」
 
ありがとう、とても参考になったわ…と、にっこり笑いかけるフランソワーズに、ジョーは、 でも君が必要だと思うものはなんでも持って行くといいよ、クルマだし…と、一応言っておいたのだった。
 
ブラック・ゴーストとの戦いに終止符が打たれ、サイボーグたちが故国へと旅立って数週間。
その寂しさに耐えかねたかのように、ギルモアは、ジョーとフランソワーズに「家族旅行」というものを、我々でしてはみないか、と、突然もちかけてきた。
 
とはいえ、正直、ソレがどういうものなのか…ジョーにはいまひとつ想像ができず。
もちろん、それについては、ギルモアもイワンも似たようなものだった。
頼りになるのはフランソワーズだけ…なのだが、彼女もまた、故郷から時間も空間もはるかに隔てたこの日本で、ソレを経験したことはない。
しかし、ギルモアから相談を受けたコズミが「家族旅行超初心者向け」の宿とプランを早速紹介してくれたのだった。
 
「ギルモアくんの口から『家族旅行』という言葉を聞く日がくるとはの…いや、嬉しいことじゃ。ジョーくん、頼んだぞ?」
 
頼んだぞ、と言われてもなあ…と困惑しながらも、頼まれたことが嬉しいような気持ちも、ジョーにはたしかにある。自分にできることならなんでもしよう、と思っていた。
 
 
 
「結局こんなになっちゃったんだけど…おかしいかしら?」
 
出発前夜、どこか申し訳なさそうに、フランソワーズはまとめ上げた荷物をジョーに見せた。
大きなボストンバッグが2つ。これもまた大きな紙袋が3つ。
 
おかしいかしら、と言われても、家族旅行がどんなものだかわかっていないジョーには答えようがない。が、たしかに、軽井沢へ1泊2日…にしては多いような気もする。
 
「ええと。君と、博士と、イワンの分…だよね?」
「いいえ。私とイワンの分よ。博士はご自分で準備なさる…って」
「……」
「こんなに持って行かなくてもいいのかしら?」
「…どう…かな。赤ちゃんの用意って、大変なんだよね?」
「これに、明日はお弁当もあるから…」
「お弁当?」
 
フランソワーズはうなずいた。
コンビニに寄ればいい、とわかってはいても、ソコにあるものがギルモアの好みに合うかどうかを考えると、とりあえず持って行った方がいいような気がする…というのだった。
 
「イワンのミルクに、どうせお湯をもっていくから…それなら、お茶もできた方がいいかしら…って」
「あ。じゃ、あのポットも持って行くんだね」
「ええ。ミルクのお湯には、困ることもある…って、雑誌で読んだの」
「そう…か」
 
あのポット、というのは、イワンとギルモアが共同で製作したモノだった。
もちろん、戦闘時のミルク確保…という、切実な目的のためだったから、容量も大きく、フツウに持ち歩くにはずっしりと重い。
 
やっぱり、多いよなあ…と、ジョーは思った。
今回はさすがに、大きい方のクルマを使うつもりだった。
それは、日本人の家庭でよく使われているというサイズのバン…なのだが。
ざっと見積もっても、荷物でいっぱいになってしまいそうだ。
 
ホンモノの家族旅行では、コドモがもう一人ぐらいいてもおかしくないし、2泊、3泊と長期にわたることだってあるだろう。この程度の旅行で、クルマのキャパシティを使い果たす、というのはちょっとおかしいのかもしれない。
おかしいのかもしれない……が。
 
「十分積めるから大丈夫だよ…それで、足りないモノはない?」
「ええ…もし万一のときも、コンビニがあると思うと、ずいぶん気が楽になるものね」
「……」
 
そう…なのかな。
 
と、ジョーはひそかに思ったが、もちろん口には出さなかった。
 
 
 
「ジョー…疲れた?次のパーキングで、運転、替わりましょうか?」
 
心配そうにのぞき込むフランソワーズに、ジョーは笑顔を返し、首を振った。
 
「大丈夫…あのクッキー、まだある?」
「ええ…待ってね」
 
フランソワーズはシートベルトをはずして振り返ると、後部座席で眠り込んでいるギルモアの肩からずり落ちかけたタオルケットをちょっと直してから、その脇に置いてあった小さなトートバックをそうっと取り上げた。
 
「お茶もいる?」
「うん…ありがとう」
 
いつものお茶。
いつものお菓子。
そして、いつもの……
 
こういうのが、家族旅行、なのかもしれないな…と、ジョーは思った。
どんなトコロに行こうと、「いつもの」何かが、かならず身近にある。
 
特に注目していたわけではなかったが、フランソワーズのあの大荷物の中には、彼女自身の持ち物がほとんどなかった…ことに、ジョーはほどなく気づいていた。
入っていたのは、ギルモアや、イワンや…ジョーが何気なく愛用している「いつもの」細々したモノで。
 
まるで魔法のカバンみたいだね、と、昨夜思わずもらしたジョーに、フランソワーズは笑顔で言った。
 
「私はやっぱり『昔』のヒトだから…いつでも手軽に使えるモノが、どこにでもたくさんある…ってことに、まだ慣れていないのよ」
 
そうなのかもしれない。
…でも。
 
お茶は、ギルモアの愛飲しているモノ。
さっきのパーキングで、フランソワーズが例のポットを使って入れ直しておいてくれた。
クッキーは、やはりギルモアの好みに合わせて彼女が焼き、研究所にいつもストックしてあるもので。
 
前方には、赤いブレーキランプが果てしなく続いている。
まだまだ遠いなあ…と思うと、ふと「家」が恋しくなった。
思わず、溜息が漏れる。
 
「…ほら。やっぱり疲れてるわ」
「ごめん、そうかも…それにしてもスゴイ渋滞だなあ…運が悪かったね」
「さっきのインターで降りればよかったのかしら…」
「いや。…この辺の一般道はカーブが多いから…博士やイワンを起こしたら、かわいそうだよ」
「…やさしいのね、ジョーは…昨日も今日も、本当に楽しかったわ……ありがとう」
「……」
 
ボクの方こそ、と言おうと思った…のに、なんとなく喉が詰まって声が出ない。
ジョーはまたカップを取り上げ、お茶を一口飲んだ。
いつもの、あたたかい香りが広がる。
 
 
やさしいのは、君だよ。
 
 
そうか、そう言いたかったんだ…とジョーは不意に気づいた。
気づいたが、もちろん、口には出さなかった。
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