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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

5      旧ゼロ
 
彼とケンカになってしまうとき、その理由はいつも、とてもくだらない。
それは、もし大事なコトなら、彼と意見が食い違うはずない…私が、彼に逆らうはずないから…なのかもしれないけれど。
 
そのときも、「もう知らない!」と私が捨て台詞を残して彼を置き去りにしたのは、本当にくだらない理由からだった。
でも、本当に腹が立ったんですもの。
 
全力疾走した。
彼が、本気で追いかけるつもりなら、逃げ切れるはずなんかないとわかってる。
でも、彼はきっとそうしないわ。こんなトコロで思い切り走るなんて、みっともない…大人げないコトだから。
案の定、彼が追いかけてこないのを「耳」で確かめて、私はようやく足を止めた。
そうっと振り返って、彼の様子を「目」で探る。
 
彼は、もうこちらに背中を向けて、歩き始めていた。
駅に向かっているみたい。
 
やっぱり。
やっぱり、あなたなんて…ジョーなんて、大嫌い。
 
涙がにじんでくるのを一生懸命まばたきでごまかした。
こんなことで泣くのはイヤ。
別に、悲しくなんかないわ。
私は、ただ、怒っているのよ。
 
 
 
「まったく…コドモだなあ、君は…!」
 
…というのが、彼の口癖。
今日は、イヤというほど聞く羽目になった。
 
私が「嬉しい」とか「楽しい」とか思ったとき…それが態度に出てしまうと、必ずそう言われてしまう。
ホントに、必ず。
 
だから、なるべく我慢するようにしていたの。
何を見ても、聞いても…007のコトバを借りれば「クール」に構えるように努力して。
 
そんなくだらない努力をするより、「そんなこと言わないで!」とハッキリお願いすればよかったのかしら。
コドモだ、と言われると不愉快だ…と、ハッキリ彼に言えばよかったのかしら。
…ううん。
 
そんなコト言ったら、またコドモだって笑われる。
そう。
彼は、いつも笑っているんだもの。私のこと。
 
とぼとぼうつむいて歩いているうちに、大きなショーウィンドウにぶつかりそうになって、私は慌てて顔を上げた。
磨かれたウィンドウの中で、びっくりした顔の私が私を見ている。
 
本当に…イヤになるほど、コドモっぽい表情の私。
 
彼は、嘘を言わない。
それもわかってる。
私は、たしかにコドモなんだわ。
 
あのひととは、全然違う。
 
 
 
今日、朝ご飯の片付けが終わった頃、突然研究所にやってきた009は、
 
「ココのところずっと、003のお守りをしていなかったからね!」
 
なんて言って、私を街に連れ出した。
彼は、彼なりに気を遣っていてくれたのだと思う。
…でも。
 
だんだん、気づいてきた。
彼が選んだ「女の子が好きそうな公園」も、「女の子が好きそうな美術館」も、「女の子が好きそうなレストラン」も、「女の子が好きそうな町並み」も、「女の子が好きそうなカフェ」も、みーんな、あのひとと行ったことのあるトコロだったんだ…ってこと。
 
だって。
私が「すてき!」とか「きれいねえ…」とか喜ぶたびに、彼は何かを思い出すように…私を誰かと比べているように目を細めるんですもの。
そして、いつものように言うの。
 
「まったく、君ときたら…ホントにコドモだな」
 
…って。
だから、つい、想像してしまったのよ。
あのひとは、どんなふうだったのかしら…なんて。
 
もう少しで、彼に聞いてしまうところだった。
でも、それだけはしてはいけないことだと思ったから…我慢したわ。
だって、あのひととは…もう二度と会えないさだめの私たちだから。
 
彼の恋は、いつもそうやって終わってしまう。
愛するひとを守って…守り抜いて、それで、おしまい。
そして私は、ただそれを見ているだけ。
 
せめて私といることで、彼が、あのひとと過ごした幸せな時間を思い出せるなら…私がそんな女の子だったら…少しは慰めてあげられるのに。
でも、それもできない。
私は、どうしようもなくコドモで……彼に、失ったモノの大きさをより強く感じさせているだけで。
 
ううん、そうじゃない。
悲しくなんかないわ。
私は、怒っているんですもの!
 
彼が、あんまり失礼だから。
私とデートしているのに、他のひとのことばかり考えていて…私をコドモ扱いして、馬鹿にするから。
だから、私は怒っているの。
 
悲しくなんか…そんなこと、ない。
 
 
 
お茶を飲んだあと、そろそろ帰るのかしら…と思っていたら、彼は私をきれいな神社に連れて行ってくれた。
やっぱり「女の子の好きそうな」神社…で、つまり縁結びで有名なトコロ…みたい。
溜息が出そうになるのを我慢して…私は、彼と並んでお賽銭を投げて、鈴を鳴らして…お祈りした。
 
いつか、ジョーが幸せな恋に出会えますように。
 
そうしたら、私だって、こんな気持ちにならないですむわ。
こんな…切ない気持ちに。
 
楽しくなかったわけじゃない。
彼と一緒に街を歩いて…ご飯を食べて、お茶を飲んで…こうやって並んでお参りまでして。
それは、本当に楽しくて…幸せで。
そう思うのは申し訳ない気がしたけれど…でも、彼だって、そうして私が喜ぶのを見て、気を紛らわせているにちがいないから。
私が全然楽しそうな顔をしなかったら、彼はまた心配して…がっかりするから。
 
…ちがう。
私は、本当に楽しかった…幸せだったの。
何度、それは幻だ…って思い知らされても。
どうせそうなるって、知り抜いていても。
あのときだって。
 
お祈りをすませると、彼は小さな溜息をついて、私を見つめて…とても優しく笑った。
そして、小さな声で、今日は楽しかったよ…ありがとう…って。
 
胸がおかしいくらいどきどきして…嬉しかった。
何か言うと、涙が出そうで…私はただうなずいただけで。
 
彼は、そんな私の手を引いて、どんどん歩いて…色とりどりのお札の前に連れて行って、こう言った。
 
「好きなのを選んでよ…今日の記念に。君の願いごとがかなうように…さ」
 
夢を見ているみたいに嬉しくて、幸せで…有頂天になってしまった。
馬鹿な私。
 
自分がどうしてここにいるのか。
自分の役割は何なのか。
あんまり嬉しくて、すっかり忘れてしまっていたんだわ。
…だから。
 
本当に一生懸命選んで、そうして、見つけた。
優しくて、幸せで…そんな気持ちをそのまま形にしたような、可愛らしいお守り袋。
息がとまりそうに嬉しくて…手が震えそうになって…そうっとそれを取り上げたら。
それを見るなり、彼は、くすっと笑った……いつものように。
 
「ソレなのかい?…まったく…コドモだなあ、君は!」
 
一瞬で、夢から覚めた。
どうしたらいいか…わからなかった。
 
彼はぼんやりしている私からお守り袋を取り上げて、お金を払って…まだくすくす笑いながら、はい、と私の手にソレを戻して。
 
…だから、私は。
 
「ジョーなんて、大嫌い!もう、知らない!」
 
はっとしたときは、もう叫んでしまったあとだった。
きょとん、としている彼を置き去りにして、走った。
 
どうしたらいいか…わからなかったんだもの。
ううん、違う。
本当に腹が立ったんだもの。
 
悲しくなんかない。
私は、ただ…ただ、怒っているの。
 
 
 
いつのまにか、辺りは薄暗くなっていた。
ぼんやり考えながら歩いていたから、自分がどこにいるのかもわからない。
でも、もちろん、私は不安になったりしない。
だって、私は003だもの。
 
003、だもの。
そして彼は……009で。
 
それは、いつまでも変わらないこと。
だったら……
 
あのお守り袋を握りしめたままだった手を、静かに開いた。
 
やっぱり、とても可愛いお守り袋。
優しくて、幸せで…そんな気持ちをそのまま形にしたみたい。
 
ぽたぽたぽた、と、大粒の涙が続いて落ちた。
悲しくなんか…ないのに。
 
うつむいて、泣きながら歩いた。
悲しくなんかないのに、涙が止まらない。
それでも、私は迷子になったりしない。
 
「お嬢さん…大丈夫ですか?」
「迷子になったのかな?」
「駅に行きたいの?…方向が違うよ」
 
いろんな人に声をかけられた。心配そうに。
女の子がぽろぽろ泣きながら、前も見ないで歩いているのだから、当たり前だわ。
みっともない私。
でも、大丈夫。迷子になったりしない。私は、003だもの。
 
「ほら!危ない…!」
 
不意に、ぐい、と腕をつかまれて、引き寄せられた。
車のヘッドライトがまぶしい。
 
この力…ジョー?
 
思わず顔を上げて、振り向くと。
知らない男の人が、恐い顔で私を睨んでいる。
 
「…あ」
「そっちは車道ですよ。どうしたんですか?」
「す…すみ…ません」
「失礼ですが…何か、事情がおありのようですね」
「……」
「駅までお送りしましょう…もう暗くなってきた。あなたのようなお嬢さんがひとりで歩くのは物騒ですよ…さあ」
 
そっけない、ぶっきらぼうな声…でも、とても温かい。
 
私ははっと我に返って…とても恥ずかしくなって。
だから、その見知らぬ人に頭を下げ、差し出された手を素直に取った。
そのとき。
 
けたたましいクラクションが、後ろで鳴った。
その人は私を背中に庇いながらそっちをにらみつけ…私も咄嗟に振り向いた。
…息が、止まった。
 
「フランソワーズ!」
「……」
 
…ジョー。
 
 
 
「…お知り合いですか?」
 
囁くように尋ねられ、私はうなずいた。
 
「…大丈夫ですか?」
 
心配そうな問に、はっと顔を上げ…私は、その人の目をしっかり見つめて、またうなずいた。
その人は、ふと笑顔になった。
 
「それなら結構です……お気をつけて」
「…ありがとう…ございます」
 
大きな背中が遠ざかる。
ほうっと息をつくと、ばたん、とドアが閉まる音がして…肩を強くつかまれた。
 
「なんだ、アイツ?…知り合い?」
「…いいえ」
「いいえ…って…どういうことだ?」
「親切にしてくださったの…」
「はぁ?」
「さっきは、ごめんなさい…ジョー…迎えにきてくれたの?」
 
私はすっかり穏やかな気持ちになっていた。
彼に…ジョーに申し訳ないことをした、と素直に思った。
 
彼は、口の中で何かぶつぶつ言ってから、私をちらっと見下ろして、ポケットから大きなハンカチを取り出し、あっという間に私の顔をごしごし乱暴にこすった。
 
「…痛い…!」
「まったく…!思ったとおりだ、みっともないぞ、こんな町中をべそべそ泣きながら…」
「泣いてなんかいなかったわ」
「嘘つけ…!手のかかるヤツだ」
 
ああ、そうだったのか…と思った。
ジョーは、私がべそべそ泣いているにきまっているから、追いかけてこなかったんだわ。
涙でぐしゃぐしゃになった私を電車に乗せるのは可哀相だと思って…急いで、アパートに車を取りにいった。
 
だったら、私をアパートまで引っ張っていってくれてもいいのに。
泣いている女の子と一緒に歩くのなんてイヤだったのかしら。
それとも、泣いている女の子をアパートに連れて行くのは不謹慎だと思ったのかしら。
それとも……
 
「フランソワーズ!」
 
怒鳴るように呼ばれて、はっと我に返った次の瞬間。
文字通り、息が止まった。
彼に、抱き寄せられて…そのまま抱きしめられていた。
 
苦しい。
じたばたもがいてみたけれど、彼は腕をゆるめてくれなかった。
 
「知らないヤツについていくんじゃない…って…いつも言ってるだろう?」
「……」
 
でも、親切な人だったのよ…本当に。
 
「親切に見えるヤツほど、危ないんだぞ…!ちっともわかってないんだな、君は!」
「……」
 
でも。
 
「やっぱり、すぐに追いかければよかった…ちょっと目を離すと、コレだ」
「……」
 
でも、ジョー。
 
本当は、口答えしたかった。
言いたいこともいっぱいあるような気が…したのだけれど。
 
伝わってくる彼の鼓動があんまり速くて。
声も腕も震えていて。
何か言ったら、壊れてしまいそうで。
 
だから、私はただうなずいて、小さな小さな声で言った。
 
「ごめんなさい、ジョー」
 
彼は、返事をしなかった。
 
 
 
それにしても、不思議だった。
どうして、彼は私の居場所がわかったのかしら。
 
トウキョウはあちこちに一方通行の道があって。
車で動くのは本当に難しい。
偶然、運良く見つけた…ってことなのかしら。
でも、それにしては…早かったように思う。
 
研究所へ向かう車の中で、私たちはちゃんと仲直りした。
彼は、私をコドモ扱いしすぎた非礼を詫び、私もイキナリ怒って彼を置き去りにしたことを詫びた。
 
「今日はありがとう…本当に楽しかったわ」
「…本当かい?」
「ええ」
「君がお世辞を言ったりしないのは知っているけれど…ヘンに気を遣うことがあるからな」
「え…どういうこと?」
「…いや。まあ、楽しかったのなら…よかった…そうだ、あのお守り袋…どうした?」
「ここよ…」
 
服の胸ポケットを指さす私に彼はちょっと目を細め、ホントに気にいったんだね…と笑った。
 
 
 
そのお守り袋に小さな小さな発信器がついていた…と知ったのは、もっとずーっと後になってからのことだった。
 
事件に巻き込まれて、敵に攫われてしまったとき…彼らが気づいたのだ。
003である私が長い間それを知らずにいたのは、009が、私の「耳」では捕らえられない特殊な電波を使っていたから。
 
大事なお守り袋は取り上げられ、踏みにじられ…捨てられてしまった。
でも、もちろん、彼らは間に合わなかった。
あっという間に009が駆けつけて、彼らを蹴散らして…私は救出された。
 
彼は…009は、あのほんの僅かな時間…私が選んだお守り袋を取り上げて、お金を払って、それを私の手に戻すまでに…ソレをくっつけてしまったにちがいない。
手品師みたい。
 
と、いうことは。
私が身につけている、彼からもらったモノには…もれなくソレがついている、ということかしら?
たぶん、そうなんでしょうね…
だったら、たしかにお守り袋なんて、私には必要ないんだわ。
 
でも、私は、あの可愛いお守り袋がどうしてもまた欲しいのだと、彼にねだった。
彼は呆れながら、新しい…同じモノをもらってきてくれた。
 
ホントに、君はコドモだなあ…と笑いながら。
 
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