1
サイボーグたちが出かけるときは、たいてい車を使う。
が、トウキョウの都心を細かく歩くときは、やはり地下鉄が便利だ。
なぜ都心を細かく歩いたりするのか、というと、フランソワーズの「気晴らし」のためなのだった。
彼女にそんなものが必要であるようにはどうも見えない、とジョーは内心思っていたし、当のフランソワーズもそう思っているようだった。
が、仲間達がこぞってしつこく勧めるのだからどうしようもない。
で、そうなると。
トウキョウに一番詳しいのはジョーだし。
護衛に一番適したサイボーグは009だし。
心配性の(とジョーは思っていた)彼らが、ジョーを彼女に同行させようというのもこれまたどうしようもないのだった。
フランソワーズは、研究所を出るときから、何かにつけて、今日は迷惑をかけてごめんなさい…とひたすら恐縮していたが、そんなに気遣いしなくてもいいのにな…ともジョーは思う。
僕達は、なんといってもきょうだい同様の仲間なのだから。
2
といっても。
きょうだいと都心を散歩した経験など、もちろんジョーにはない。
恋人…のような間柄だった女の子といわゆるデートをしたことならある。
が、もちろんフランソワーズはそういう女の子ではない。
不用意な振る舞いで彼女を困惑させるのは彼の本意ではなかった。
では、いったいどう振る舞ったものなのか。
幸い、フランソワーズは、ジョーがあれこれ余計な気を遣ってエスコートするまでもなく、異国の町を自分なりに十分楽しんでいるようだった。
女の子といえばファッション街でウィンドウショッピングとか映画とかお茶とか…なんだろうと思っていたのだが、彼女が行きたがった場所は微妙にそういうトコロとはズレている。
女の子につきあって歩く…というのは何となく気の重いことのように思っていたジョーだったが、彼女の見たがるもの、面白がるものは、彼にとってもそれなりに面白く、新鮮で…時間は飛ぶように過ぎていった。
休憩に立ち寄ったカフェで、ジョーがふと、最後に浅草に行ってみようかと思いついたのも、その勢いのようなモノだったかもしれない。
彼女が喜びそうな場所など見当もつかない、と研究所を出るときは思っていたのだが、今ならちょっと自信がもてそうな気がしていた。
果たして、彼の簡単な説明に、フランソワーズは目を輝かせ、素敵な町みたいね…行ってみたいわ、と笑顔でうなずいたのだった。
3
予定より帰りが遅くなることを告げると、ジェットは思わせぶりに口笛を吹いた…が、もちろんそんなコトは黙殺する。
ジョーは静かに受話器を置き、電話ボックスから出ると、色とりどりの土産物を楽しそうに眺めているフランソワーズを目を細めて見やった。
可愛いなあ…と思う。
さっきは「お守り」選びに夢中になっていた。
さまざまな趣向をこらしたソレに彼女はすっかり心を奪われた様子だった…が、何より彼女の心を動かしたのは、ソレらの、持ち主を守護する、という機能のようで。
とにかくフランソワーズは、ジョーも含めた仲間達に、それぞれひとつずつ今日の記念に「お守り」を選んでいくのだ、と言い張った。
どれも可愛くて、迷ってしまうわ…と困惑する彼女こそが、ジョーにしてみれば可愛かった…のだが。
「可愛いよ」なんてうっかり言ってしまうと、危ない方向に…というのは、ジョーが何度か経験したことのある、恋人のような女の子との間にあった空気を微妙に醸し出してしまうような方向に…転がるきっかけになりそうで、彼は沈黙を守った。
さんざん時間をかけて、ようやく買い物を終えたフランソワーズが「これはジョーの分ね」と差し出したお守りは、シンプルな空色の守り袋だった。
御利益は「合格祈願・学業成就」。
笑い出しそうになるのを懸命にこらえ、ジョーは神妙な面持ちで彼女に礼を言った。
彼女が御利益の内容をまったく気にせずにそれを選んだことは間違いない。
そして、こっそり盗み見した、仲間達へと彼女が選んだ数々のお守りも、ソレについては無茶苦茶と言ってよかった。
さすがに、ジェットにと選んだ明るい色彩の守り袋が「恋守」であると気づいたときには、やはり何か言ってあげた方がいいような…気もしないではなかったが。
そんなことを言ったら、彼女が今度は御利益の内容も加味した上で、全員分を「はじめから選び直し」するに違いないので、思いとどまったのだ。
4
結局、一緒に食事までしてしまった。
日暮れ前には研究所に帰るつもりだったのに。
店は、ジョーが以前女の子と何度か行ったことのあるレストランで。
他に知らなかったのだから仕方がない。
…が。
やっぱりココはやめておけばよかったなあ…と、ジョーは食事の間中、何度となく思った。
無邪気に幸せそうに笑う彼女の目は青く澄んでいて、何もかも見透かされてしまうような気がする。
君は、僕を頼りになる優しい兄貴…みたいに思ってくれているんだろうな。
僕も、そうありたい。
本当にそう思ってる。
だから、気づかないで。
見抜かないでほしい……僕の、正体を。
店を出ると、さすがにフランソワーズも疲れた様子を見せていた。
そりゃそうだよな…と、タクシーを拾おうとしたときだった。
背中に、不意に温かく柔らかいモノが押しつけられてきて、ジョーは文字通り飛び上がった。
「…っ!」
「あ…!ご…ごめんなさい…ジョー」
「…フラン…ソワーズ?」
ふらっともたれかかってきた彼女は我に返り、大きく目を見開いて、頬をかあっと染めた。
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す彼女をしどろもどろで宥めながら、ジョーは唐突に決心した。
やっぱり、タクシーはダメだ!
地下鉄に乗るぞ!
というのは。
この状態でタクシーに乗せたら、彼女は間違いなく眠ってしまう。たぶん、ジョーにもたれかかりながら。
そういう経験も、彼には何度かあった。
もちろん、相手はフランソワーズではなかったわけだが。
5
地下鉄に乗っても、彼女が眠ってしまうことに変わりはない。
眠ってしまえば、彼女はこちらに寄りかかってくる。
だがむしろ、この場合は身も知らぬ他人によりかかるよりも、そうするべきだ。
そんなわけで、ジョーはかなり心安らかに、フランソワーズの柔らかな寝息を耳元にとらえていた。
何より安心なのは、ココが衆人環視の場である、ということだ。
疲れた…かもしれないけど、楽しかったなあ…と、ジョーはしんみり思っていた。
彼女の気晴らしの手伝いをするはずだったのに、楽しんだのは自分の方だったかもしれない。
終点まで来たら、ちょっと可哀相だけど起こさなくちゃいけない。
そして、電車を乗り継いで。
始発だから、たぶん座れるし、座ったらまた彼女はこうやって眠るだろう。
電車を降りたら、研究所までは歩いていこう。
彼女と並んで。ゆっくりと。
彼女は半分眠りながら、でも楽しかった、ありがとう…と、何度も僕に言うんだろう。
そうやって帰ったら、みんなに何か言われるかな……言われるだろうな。
なぜタクシーを使わなかった、とか、なぜ迎えを呼ばなかったのか、とか、薄情なヤツだとか…なんとか。
なぜ…か。
なぜ、なんだろうな。
僕は、ただ……
ただ、こんなことは初めてなんだ。
こんなふうに、女の子と家に帰るのは。
家に……帰るのは、ね。
だから、フランソワーズ。
僕は君を大切に思っている。
薄情…なのはホントにそうなのかもしれないけど。
でも、君をとても大切に思ってるんだ。
誰よりも…いや、そうじゃない。
こんな気持ちになれる人なんて、きっと君のほかにはいないから。
比べようがない。
なぜかわからないけど、そんな気が、する。
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