1
「そうだな…君といっしょにフランスに行くか!」
彼女の目が、丸くなったのを見て、我に返った。
自分が何を口走ったのかを素早く反芻し、うろたえそうになったとき、彼女のきょとん、とした表情に気づいた。
い、いや、大丈夫。
ありがたいことに、彼女はフランス人だ。
こういう言い回しでは何も伝わっていないに違いない。
2
正直、不意打ちだったのだ。
今さら、フランソワーズから「タマラ」の名が出るとは思っていなかった。
だから、慌てた。
あのファンタリオン星でのことを…僕の気持ちを、彼女は糺しているのだと、すぐ思った。
でも、驚いて彼女を見返したとき。
彼女の澄んだ瞳に、そんなことを一瞬でも思った自分を恥じた。
そういう意味の問ではなかったのだ。
フランソワーズは、いつも僕を見てくれている。
僕の悲しみを自分の悲しみのように受け止めてくれる。
だからこそ、ハインリヒの復活にあったとき、彼女が真っ先に思ったのは、タマラのことだったのだ。
あなたの、もうひとつの悲しみは…?
フランソワーズの瞳は、僕にそう問うていた。
3
悲しみは、消えない。
それを僕は知っている。
だから、004の死は、僕を永遠にうちのめすはずだった。
死の覚悟はできている、なんて嘘だった。
僕が覚悟できていたのは、要するに自分の死だけだったのだ。
仲間を失って、なお戦い続ける…などということは、そんな覚悟は、僕にはできていなかった。
だから、僕は祈ったのだ。
もしかしたら、僕がボルテックスに行き着くことができたのも、その思いがあったからなのかもしれない。
004の復活は、僕が生きるための唯一の道だった。
「生きたい」と僕は宇宙に散らばる一つの生命としてひたすらに祈り、その祈りの果てに004があり…地球があり……フランソワーズがいた。
僕は、神の力を手に入れたわけではなかった。
僕は、ただボルテックスに生かされただけだった。
生きることを許されたのだ。
僕は004の復活を…地球への帰還を「選んだ」わけではない。
僕が望むことができたのは「生きたい」ということだけだ。
そして、004の復活も地球への帰還も、それと直接結びつくことだったのだ。
あの海辺でのフランソワーズのまっすぐな問いと、澄んだまなざしを思い浮かべ、繰り返し考えるうちに、僕はそう思い至った。
4
悲しみは、取り返しがつかないものなんだよ、フランソワーズ。
僕は、タマラの復活を願わなかったんじゃない。
願ったとしても…それは叶わないことだ。
僕達は、悲しみを繰り返し、涙を繰り返しながら、それでも先に進もうとする。
それが、生きるということだから。
君といっしょにフランスへ行く。
僕の答はそれしかない。今でも。
本当にそうできるのかどうかは…いつもわからないのだけど。
5
あのとき、ちゃんと彼女に話すことができていたら…と、今、一人の部屋で僕は思う。
モナコ・グランプリなんて苦し紛れの口実だ。
…というかさ、モナコはフランスじゃないよね?
君は、ありがとう、と言ってくれた。
モナコとパリに別れるさだめでも、さだめの許す限りは一緒にいよう、と僕が言ったのだと思いこんで…。
さだめの許すかぎり…だって?
それなのに、ありがとう、と幸福そうに笑ってくれた君。
君は強い。
君は、僕を見送ってくれた。
あの宇宙で…永遠の別れを受け止めてくれた。
たぶん、僕にそれはできないだろう。
もし君がさようならと僕の許を去る日がきたら…
僕は再び、あの宇宙の深奥へと飛ぶだろう。
僕の命を取り戻すために。
6
彼女はフランス人だから…ちゃんと言わなければ、きっとわかってもらえない。
僕は、こう言うべきだった。
「君と一緒にフランスへ行く。僕は君の故郷になりたい。二度と離れることのないように」
…いや。
無理だよなあ、と思う。
絶対、無理だ。
恥ずかしい。
恥ずかしい、とか、そんなノンキなことを言っている場合ではないのかもしれない。
何より伝えなければならないことを、恥ずかしいから、とぼかしてしまう僕は愚か者にちがいない。
でも、この愚かさのせいで彼女を失う日がきたら…
僕は、また宇宙の果てをめざせばいい。
僕は生きたいのだと、ボルテックスに叫べばいい。
その道のりがどんなに険しくても…絶望に充ちたものでも、僕はひるまない。
…いや。
そんな覚悟をするぐらいなら、ちゃんと言えばいいじゃないか、と我ながら思わないこともないけれど。
やっぱり、僕はどうしようもなく愚かなのだ。
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