1
「僕は、モナコへ行くことになるな…君は、パリで舞台だったね」
さらりと言ってのけるあなた。
私は、またあなたを甘やかしたのかもしれない。
本当に聞きたかったことを、悲しいほど勇気を振り絞って言ったのに。
つい、すぐ逃げ道を用意してしまった。
そして、したたかにしなやかに、ためらいもせずそこから逃げてしまったあなた。
逃げるあなた。
逃がす私。
私たち、いつまでもきっと、このままね。
2
私が、あのひとの名を口にしたから。
どうしてあのひとを思い出さなかったの?と尋ねたから。
私があのひとを忘れていないと…いつまでも忘れる気はないのだと、あなたは知った。
だから。
逃げたくせに、その晩あなたは私を抱いた。
それも、いつものこと。
もうすぐ、私たちはいっしょの飛行機に乗る。
たぶん、数日間をいっしょに過ごして。
それから、あなたは消えてしまう。
いつものように。
「フランソワーズ…舞台が終わったら…戻ってくるんだろう?」
「…どこに?」
半ば放心した私のつぶやきに、あなたは微笑む。
「…君の…望むところに、さ」
「それは、どこ…?」
「…わからないのかい?」
「わからないわ」
「だったら……」
不意に激しく突き上げられ、あえぐ私の耳に、あなたは囁いた。
呪文をかけるように。
「だったら、ここに戻ってこい」
「……」
「君は、僕のものだ…どこにいようと」
「…ちがう、わ」
「ばかだな…君は」
わかってる。
でも、それはあなたも同じよ。
3
あなたは…今、誰を想っているの?
あれほどひたむきな愛を交わしたあのひとを忘れるあなたなら…いつか私のことも忘れるわね?
いいえ…そうじゃない。
私は、あなたに忘れられることすらないのかもしれない。
だから思い出されることもない。
「これからどうするの?」なんて、無意味な問いだわ。
答は定まっている。
だからあなたは安心して、逃げてしまった。
私は、パリへ。
あなたは、モナコへ。
どこに行こうと、それは問題ではない。
どうでもいいこと。
戻る場所が…いつも同じならば。
4
なぜあのひとを思い出さなかったのか…思い出したのかどうかすら、あなたはわからない、と言った。
どうして、そんなことを聞くの?!
声にならない、あなたの悲鳴が聞こえた気がした。
それって、大切なこと?
僕は、どこに行こうと君に還るのに。
こうして還ってきたのに。
還って、きたじゃないか!
それなのに、君は、僕の何を確かめたいの?
何のために確かめたいの?
確かめて、それが君の気に入らなかったら、もしかしたら、君は…
君は、僕を捨てるかもしれないの…?
不意に小さく小さくなってしまったあなたを…そのまま消えてなくなりそうになってしまったあなたを、私は必死で抱きしめる。
ずるいわ、ジョー。
あなたはいつも、いつも…こんなに儚い。
5
「これから、どうするの?」
船を見送る港のように、私はやさしくあなたに尋ねる。
あなたは、澄んだ瞳を水平線に向けて、未来を語る。
そのまなざしが、一番好き。
時折私に向けられる、熱い想いのこもったまなざしよりも、もしかしたら好き。
だから、私はあなたを甘やかす。
そう、私だってずるいのよ。
逃げるあなた。
逃がす私。
いつも、胸は鋭く痛むけれど。
その痛みに、いつか耐えられなくなる日が来るかもしれないと、心が震えることもあるけれど。
でも、やめられないの。
私たち、いつまでもきっと、このままね。
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