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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

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原作
 
 
げ。と思ったときは遅かった。
不承不承、それでもていねいに頭を下げる。
 
「こんにちは」
「話がある。坊主」
「…えー…と」
 
どーにか逃げられないモノかと、ジョーはこっそり左右をのぞいた。
…が。
 
「鞄は家に置いてこい。10分後だ……いいな」
「…はい」
 
うるせーこのクソジジイ!と叫ぶ勇気はまだ自分にない。
最近は場数も踏んでいるつもりだったけど、まだまだなんだなあ……と、ジョーはひそかに嘆息した。
 
それにしても、変わらないジジイだ。
そういえば、昔から年齢不詳と有名だった彼のおかげで、子供だったジョーは「若白髪」という言葉を覚えたりもしたのだった。
ついでに言うと、ジョーの目にアルベルト・ハインリヒが実際に「若く」見えたことなど一度もなかった。
 
話って何だろうなーと思うと、やはり気が滅入る。
おそらく、母に対する最近の態度についてあれこれ意見されるに違いない。
母が、アルベルトに直接愚痴をこぼすとは考えられないから…はらはら見守っている様子だった張々湖飯店の店主やら、ソコに居候しているグレートやらが告げ口したのだろうと思う。
 
そんなにマズかったかなあ…と空を仰ぎ、マズかったかもなあ…と反省したりする。
が、同時に苛立ちが胸の底からわき上がるのも抑えがたい。
 
「…ただいま」
 
返事は返らないとわかっているのに、つい習慣で言ってしまったことに舌打ちする。
今日も遅くなる…と母は言っていた。
そういう日が増えたのは、あの男が現れてから…という気がする。
単なる気のせい、かもしれないけれど。
 
この人は、ピュンマ。高校のときの先輩よ。
覚えている?
 
と、母は嬉しそうに彼をジョーに紹介した。
彼は先日、転勤でこの町に…ほぼ10年振りに、戻ってきたのだという。
 
かつてピュンマは、幼いジョーの面倒をよくみてくれたし、ジョーも彼になついていた…というのだが、正直なところ、そんな記憶はジョーにない。
 
 
 
ジョーは父親を知らない。
どんな男だったのか、母に尋ねてみたこともない。
その必要を感じなかったからだ。
 
ごく幼い頃。
自分の父親はアルベルト・ハインリヒだと、ジョーは思っていた。
彼は明らかに「別の家の人」ではあったのだけれど。
 
どうしてなのかはいまひとつわからないし、それは結局自分だけの勘違いに終わっていたので、母にそう話してみたこともない。
が、つらつら考えると、やはりこの「説教」のせいなのかなあ…と思うのだった。
 
「…ジョー。俺が何の話をするか、わかるか?」
「いいえ。わかりません」
「嘘をつくな」
「……」
「オマエ、幾つになった?」
 
知ってるくせに、と思いながら、礼儀正しく答える。
 
「…17です」
「うむ…もう立派な男だな…カラダだけは」
「……」
「フランソワーズがオマエを産んだのは、17の時だった」
「……」
 
その話も微妙に聞いたことがある。
母は、自分を身ごもり、そのため高校を中退したのだという。
そして、相手の男は……
 
少なくとも、自分はその男を知らない。
つまり、そういうこと、なのだろう。
と、ソコまでぼんやり考えて、ジョーはハッと胸をつかれた。
 
…まさかっ?!
 
「…っ!」
「…どうした?」
 
イキナリ飛び上がるように立ち上がり、そのまま固まっているジョーに、アルベルトは眉を寄せた。
 
「……あ?」
「おかしなヤツだな…座れ」
「は…はい」
 
…まさか、な。
 
と、ジョーは思わず自分の掌をじーっと眺めた。
自分が母に似ていると思ったことはあまりない。
が、自分の体に、あの黒い肌の男の血が流れているとは、それ以上に思えなかった。
 
「まず言っておくが…ピュンマは、オマエの父親ではない」
「……」
 
初めてではないといえ、やはり一瞬ぎょっとしてしまう。
アルベルト・ハインリヒは、時に超能力者であるかのように人のココロを読む、と評判だった。
 
「オマエの父親については、いずれ…時が来ればフランソワーズが話すだろう」
「……」
「彼女の他に、それをオマエに話す資格を持つ者はいない」
「…はい」
「だが、これだけは言っておこう。オマエの父親は、オマエが誇りに思っていい男だ」
「……」
 
このセリフを聞いたのは初めてではない。
というか。
これまでも何度となく聞かされている。
それは、大概、ジョーが何か騒動を引き起こしたり、トラブルにまきこまれたり…といったときに、だった。
 
初めて聞いたときは、胸が熱くなったりもした…が。
さすがに最近はそう素直に心が動いたりしない。
 
少なくとも、「オマエの父親は最低の屑野郎だった」と、わざわざ子供に言い聞かせる人間というのは、そういないはずだ。
是非聞かせてくれと頼まれたわけでもないのに、説教の中で父親の話をわざわざ持ち出すのだから、とりあえず、彼は立派な男だった、と言うよりほかにないだろう。
そう思い至る程度には、ジョーは大人になっていた。
 
「…問題はむしろ、オマエ自身が、父親が誇れる息子であるかどうか、だ。もちろん、フランソワーズにとっても」
「……」
 
そろそろ本題に入ってきたらしい。
ジョーはこっそり息をついた。
 
 
 
年齢不詳の隠居ジジイ…とジョーがひそかに呼んでいる…アルベルト・ハインリヒの説教は延々と続いた。
 
まず、最近のジョーが、母親に非常に冷たい態度をとっている、という件について。
そして、勉学に励む様子がまったく見られない、という件について。
更に、意味もなく帰宅時間が遅れている、という件について。
また、服装がこれまた意味もなく乱れ、持ち物の扱いも乱雑になり、それに従って、人間関係にもどこかすさんだ匂いがつきまとうようになり、特にごく最近の問題としては、異性とのつきあいにそれが顕著に見られるように……
 
どーしてそんなことまで知っているんだ!
 
と叫びたくなるぐらい、彼の指摘は微に入り細にわたっていたし、適確だった。
これは、誰かがチクった…とかいうようなことではない。
間違いなく、アルベルト・ハインリヒ自身が、ジョーの言動をじーっと観察し続けた結果に違いない。
 
「…何か、反論はあるか?」
「…ありません」
「いいか、ジョー。オマエはもう大人の男だ」
「……」
「俺は、誰であれ、フランソワーズを悲しませる男を許さない」
「……」
「誰であれ…もちろん、オマエも含めてだ」
「……」
「かつて、俺はそう誓った。オマエの父親に、な」
「……」
 
ふと、ジョーは思った。
 
もしかしたら…僕の父親というのは、それほどロクデナシ、というわけではなかったのかもしれない。
そして、もしかしたら…死んだ、のかもしれない。
 
…しかし。
 
それならば。
もし、彼が立派な男だったとしても…もう決して会えない…というのなら。
僕にとって、そのことに、何か意味があるだろうか?
 
「オマエは、父親に似てきた」
「……」
「フランソワーズに優しくしろ。アイツと同じ顔で彼女に辛く当たるな」
「…っ!そんな、勝手なこと…言われても…!」
 
思わず抗弁したジョーを、アルベルトは驚いたように見やり、ふむ、と腕組みをして考え込んだ。
 
「勝手…か。たしかにそうかもしれんな。だが、顔はまあどうしようもないとして、オマエが彼女を悲しませてはならない、というトコロに異論はあるまい?」
「…ありません」
「なら、実行しろ」
「…はい」
 
――ということで、本日の説教終了。
 
ジョーはこっそり心でつぶやいていた。
 
 
 
「似てるよなあ…」
「…ジョーのこと?」
 
うん、とピュンマは笑顔でうなずいた。
 
「この前会ったとき、ジョーかと思ったよ、本当にさ……あ、つまりジョーっていうのはジョーのことだけど…って、ああ、ややこしいなあ!」
「うふふ…ごめんなさい」
「君も変わらないからね。…不思議な気持ちだった、君たちを見ていて」
「名前…今思うと、勝手だったわ。私は、あの人のことばかり考えていて…あの子を少しも見てあげていなかったのかもしれない」
「そんなことないさ。君はすばらしい母親だ。彼を見ていればわかる」
「あら…でも、あの子『手がつけられない不良少年』なのよ。私、学校に呼び出されるのはしょっちゅうだし…この間なんて、とうとう警察!」
「へえ!…まったく…そんなトコロまで似ることないのになあ…」
「ほんとねえ…」
 
フランソワーズはくすくす笑った。
「手がつけられない不良少年」の母…らしい苦悩のようなものがまったく見られないその笑顔に、ピュンマは胸をなで下ろしていた。
 
といっても。
彼女は、かつて「手がつけられない不良少年」の数少ない理解者であり、恋人でもあった女性なのだ。
そして、あの頃の彼女も、今のように穏やかに微笑していたものだったが…
 
「ジョーは、幸せな男だな」
「……」
「結局、君を母親にしてしまったんだ」
「幸せ…だと思ってくれているかしら…?」
 
細い声に、ピュンマは首を傾げた。
 
「もちろんさ。…あ、どっちのジョーの話をしているんだい?」
「…両方、よ」
 
フランソワーズは儚い微笑を浮かべた。
その真意をはかりかね、ピュンマは口を噤んだ。
 
ただ。
僕たちが本当に気に懸けているのは…
フランソワーズ、君が幸せかどうか…なんだけどね。
今も、あの頃も。
 
 
 
行動を起こす前に、じっくり考えろ!
 
と、隠居ジジイ…アルベルト・ハインリヒに、ジョーは何度言われたかわからない。
それだけやかましく言われ続けたということはつまり、自分には、どーしても考える前に行動を起こしてしまう性癖がある、ということなのだ。どーしても直らないから、何度でも説教を食らう。
 
たぶん、死ぬまで直らないのだろう。
どうやら、そういうことらしい。
 
泳ぎには、一応自信があった。
が、おぼれかけた子供を単身で助ける…などということをしてみたことはなかった。というか、そもそも、できるかどうか、と考えてもみることさえしなかったのだ。
気づいたら、ジョーは冷たい川に飛び込んでいた。
 
飛び込んだら、泳ぐしかない。
どーにか子供のところまで泳ぎ着くと、今度はがむしゃらにしがみつかれ、身動きがとれなくなった。
それでも、助けようと思ってココまで来たのだから、どうにかしなければならない。
 
どうやって泳いだのか、まったくわからない…のだけど、とにかく、何か…鉄棒のような、堅い金属が突然手に触れた。夢中で握りしめる。同時に、罵声のような大声が耳に入った。
どうやら、岸辺に人が駆けつけ、つかまるモノを差し伸べてくれたらしい。
助かった、と思った。
 
案の定、棒はゆっくりと岸辺にたぐり寄せられ…ジョーが抱えていた子供がまず、数人の大人の手で引き上げられた。
やれやれ…と、気が抜けた、のかもしれない。
冷え切って、感覚がなくなっていた手が、するり、と棒から離れてしまった。
 
怒鳴り声が遠ざかる。
泳がなければ、と思うのだが、体がどうにも動かない。
 
物事は、最後まで油断せず、やり通せ!
 
…ともよく言われた。
これもまた、よく言われたということは、つまり…
 
死ぬまで直らない、ということなのかもしれない。
 
ふと、母の笑顔が脳裡に浮かんだ。
そういえば、フランソワーズを悲しませるな、とも言われた。
 
――ああ。
 
僕は、結局……いつも。
いつも、あなたを悲しませる。
 
「この馬鹿野郎!」
 
…ジジイの声…ではない、かもしれない。
 
「どこまで親父に似てるんだ…おい!…しっかりしろ!ジョー!」
 
…親父?
 
「…ったく。フランソワーズを悲しませたら許さない、と言っただろうが。馬鹿息子」
 
…あ。これはジジイだ。
…なんで、ここにジジイが…って。
 
……ここ?
 
はっと目を開く。
体はやはり動かない…が。
 
二人の男が、怒りと悲しみと不安の入り混じった目で、横たわるジョーを見下ろし、にらみつけていた。
 
 
 
母は、泣いた。
 
こんなに泣く母を、ジョーは見たことがない。
どうにも、切ない。
 
「…ごめん…なさい」
 
ようやく声を振り絞って言う。
その声に、母はまた泣いた。
 
「もう泣くな、フランソワーズ。心配はいらない。この馬鹿はこのとおり、ピュンマが助けたんだ。コイツには、ピュンマだけじゃない…俺たちがいつもついている」
「…アル…ベルト」
「こいつがオマエより先に逝くことは決してない。俺たちがそんなことはさせない。…いいな、ジョー。オマエもそう誓え。今、ここで誓え」
「…え」
「そうさ。親より先に死ぬのは、最大の親不孝なんだぜ、ジョー」
「……」
 
親不孝なら、さんざんしてきたと思う。
でも、どんなときも母はいつも自分を受け止めてくれた。
いつも……笑顔で。
 
「…誓う」
「…ジョー?」
「誓う…から…もう、泣かない…でよ、母さん…」
 
母の涙がこんなに切ないとは、思わなかった。
ジジイに言われるまでもなく、これでは死ぬわけにはいかない…とジョーは思う。
 
こんなに切ないなんて。
僕は、知らなかった。
たぶん、アナタも知らなかったんだろう。
 
――父さん。
 
 
 
病院へは、とりあえず救急車で運び込まれただけだろう、すぐ帰れるはずだ、とジョーは思っていたのだが、少々甘かった。検査だなんだと、結局数日入院するハメになってしまったのだ。
どうやら、意識を失っていたとき熱を出し、肺炎を起こしかけていたりしたらしい。
 
これといった自覚症状もないまま、病室でおとなしくしていなければいけないのは、かなりの苦痛だったが、ジョーは耐えた。
これ以上母に心配をかけてはいけない、とさすがに思ったからだ。
 
そして、ようやく明日は退院できる、という夜。
仕事の帰りに、いつものように病室に立ち寄ったフランソワーズは、帰り際、ジョーに小さな包みを渡した。
 
「…お見舞いよ」
 
悪戯っぽく笑う母と、妙に可愛らしいラッピングにジョーは首を傾げた。
 
「…ありがとう」
 
何となくかしこまって礼を言うと、母はまた笑った。
お父さんにそっくり…だと。
そんなことを言われたのは初めてだった。
 
どぎまぎしながら包みを開くと、小さい箱の中に、手作りらしいハート型のチョコレートがぎっしり詰まっている。
…これは。
 
「…バレンタイン?」
「ええ」
「…母さんが…作ったの?」
 
母は楽しそうにうなずいた。
あっけにとられ、固まっている息子の様子が、これもまた父と同じだと言い、更に笑う。アルベルトやピュンマの話を思い起こしてみても、自分は父とかなり似ているらしい。
ややためらいながらも、ジョーはまっすぐに母を見つめ…初めて尋ねた。
 
「僕の父さんは…死んだ、んだよね?」
 
母は、微笑したまま、またうなずいた。
ジョーは思わず深く息をついた。
 
「もしかしたら…父さん…は……」
「…そうよ、ジョー」
 
母はジョーの前髪にそっと手を伸ばし、優しく言った。
 
「あの人は…あなたのお父さんは、車道に飛び出した小さい子供を助けようとして、トラックにはねられてしまったの」
「……」
「…ジョー?」
「その子は…助かった…?」
「そんなふうに、あの人も私に聞いたわ…あの子は無事?…って。それが最後の言葉だった」
「……」
「バレンタイン・デーだった。校門のところで別れるとき、チョコレートを渡したの…それが、そのまま鞄に入っていたんですって」
「……」
「私が、初めて手作りしたチョコレート」
「……」
「だから、ソレは2回目の作品。…味は保証しません」
「…うん」
 
ジョーはチョコレートをひとつつまみ上げ、ゆっくり口に入れた。
父が味わうことのなかった、優しい甘み。
 
おいしい、と言おうと思った。
言わなければならない…とも思ったが、声にならなかった。
だから、ジョーは黙ったまま、前髪に触れている母の白い手を、ただそっと握りしめた。
 
たぶん、父もそうしていたにちがいない…と、思いながら。

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