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  5   第3章 遊戯
 
 
突然のことだった。
闇の中で、不意に001が003の腕をすり抜け、宙に浮かんだ。
 
「イワン?!」
 
驚いて追おうとする003を素早く抑え、009は咄嗟に身構えた。
次の瞬間、辺りはまばゆい光に包まれた。
 
《やあ…久しぶりだね…父さん》
「…イワン、か…待ちかねたぞ…!」
 
003を庇いながら懸命に目を開け、009はガモ博士の姿をとらえ…思わず息をのんだ。
 
彼と顔を合わせたことはない。
が、目の前に立つ老人は、009の想像を遙かに超えた…すさまじい姿をしていた。
 
「あなたが…ガモ博士…なのかっ?」
「どう…して…こんな…!」
 
ようやく目を開いた003も、009の視線の先を追い、声を失った。
ヒトとは思いがたい、異形の者が…よく見ると、それはたしかに老人の姿をしていたが…うずくまっている。
皮膚は灰色にかじかんでくすみ、やせおとろえた顔に、大きな目だけがらんらんと輝いている。彼がエスパーだと聞いたことはなかった…が、そうであっても不思議ではないと思えるほど、それは異様な姿だった。
 
《どうやら、僕はぎりぎり間に合ったようだね》
「ああ、そのとおりだ、イワンよ…」
《おっと。勘違いしないでほしい。僕は、あなたの望みをかなえるために来たのではない。全てを…終わらせるために来たんだ。あなたが望んだ、全てを》
「……」
《今、やっとわかった…あなたがここに僕を呼んだわけを…いや、あなたが僕を作ったわけを…!》
「…そう、か…ずいぶんと、回り道をしてしまったものだな、我々は」
《まったくだね…でも、これで終わる》
「終わる…?どのように?」
《それは、僕が決める》
「なるほど…それで…オマエは何を終わらせようというのだ、息子よ」
《あなたの…愚かな夢を》
「愚かな…夢?」
 
宙に浮かぶ001の目が鈍く光る。
003が叫んだ。
 
「ダメよっ!イワン…!」
「003、危ない!…ウワァーッ!」
「ジョー?!」
 
001の小さな手から、ガモ博士に向かってすさまじいエネルギー波が放たれた。
その瞬間、003はガモ博士に飛びつくようにして彼を庇い、その彼女を009が更に突き飛ばした。
 
《下がっていたまえ009、003!…これは僕と彼の問題だ!君たちを傷つけたくない…!》
「いいえ、ダメよ、イワン…!この方はあなたのお父様なのよ…!」
「…そう、だ…イワン!君は、こんなことをするためにここに来たのではないはずだ!」
 
二人を庇ってエネルギー波を浴び、倒れた009がうめきながら立ち上がった。
が、001の口調はあくまで冷静だった。
 
《警告したはずだ。感傷に溺れるな。ひとつの判断ミスが全てを崩壊させるかもしれないんだぞ、003!》
「感傷?…違うわ!…イワン、わかって…!あなたに、お父様を殺させるわけにはいかないの!私たちは…私は!」
「003の言う通りだ…それに、君は言っていたじゃないか!ガモ博士を倒したとしても問題は解決しないと!」
《問題なら、たった今解決した…僕は、彼の企みの全てを今知ったんだ。そして、とるべき対策はひとつ。すみやかに彼を殺し、この基地を爆破することだ》
「どういう…ことだ?」
《説明している時間はない…003、そこをどきたまえ》
「いやよ…!」
 
003は背後にうずくまったガモ博士を庇い、強く首を振った。
 
《頼むから…どいてくれたまえ。本当に、僕にはこうするより他に道が…》
「いいえ…いいえ!それなら、私たちは何のためにここに来たの?何のためにここにいるの?…他の道を探してちょうだい、イワン!…どんなに険しい…難しい方法でも構わない…私たちは、それを恐れたりしない!」
「そうだよ、イワン…さあ」
《003…009…だが》
「まず、君が知ったという…ガモ博士の目的を、僕たちに教えてくれないか?」
「そうよ、イワン……っ?!」
 
突然、003が声を失い、その場にくずおれた。
はっと振り返った009は、彼女の背に突き立てられた、鈍く光るナイフを見た。
 
「…そうとも…もう時間はないのだ。早く終わらせようではないか」
「ガモ…博士…っ?!」
 
倒れた003の背後にうずくまっていた老人…ガモ博士はゆっくりと顔を上げ、不思議な微笑を浮かべながら、血にそまった両手を見せつけるかのように振り上げた。
 
「遊びは終わりだ!…息子よ」
 
 
 
001は物も言わず、すぐさま凄まじい光を父親に向けて放った。
が、その光は彼を貫きはしなかった。
彼がそれより一瞬前に、はね飛ばされ、壁に叩き付けられていたからだ。
 
《…00…9…?》
「フランソワーズ…っ!」
 
009は003に駆け寄り、夢中で抱き起こした。
彼女の頬は既に土気色に変わり、呼吸も止まっている。
体内の酸素ボンベが強制起動しているはずだが、一刻を争う状態なのは間違いない。
 
《そうか…その手があったね》
「イワン、早く、彼女をドルフィン号へ!」
《僕の手を血に染めることなくあなたを殺すには…こうするのがよかったのかもしれない。父さん、あなたはわかっていなかった…彼女を愛しているのは、僕だけではないということを》
「イワン、頼む…!」
《わかってる…大丈夫だよ、009…急ごう、君も手当が必要だ…でも、その前に…》
 
001は動かない父を冷たく見下ろした。
009が怒りにまかせ、手加減なしの力で壁に叩き付けたのだ。そうでなくとも弱り切っていた老人が、助かるはずもない。
 
《でも、やっぱりあなたには知ってほしいんだ…僕が…僕が、どれだけあなたを…憎んでいるか、ということを…!》
 
再び、まばゆい光が辺りに満ちた。
その光は瞬く間に001の掌に集まり、次の瞬間、ぼろくずのようになったガモ博士へと向かい…そして。
 
突然目を開くや、渾身の力で009の腕を振り払い、飛び出した003の胸にまっすぐ吸い込まれていった。
 
《…な、に…っ?!》
「フランソワーズ!」
 
009の叫びの中、003はぱたり、と倒れ…動かなくなった。
 
《ア…ア…ア……?》
「フランソワーズ…フランソワーズっ!…フランソワーズ!」
《…ウソ…だ》
「目を開けてくれ…!フランソワーズ!」
《ウソ…ウソだ…》
「こんな…まさか…!嘘…だっ!」
《ウソだ!》
「嘘だ!」
《ウソだ…嘘だ…ウソだ…嘘だ…ウソ…》
「嘘だーーーーっ!」
 
 
 
チガウ。
ウソジャナイ。
ボクハ、シッテル。
オワッタ。
ヤット…オワッタ。
 
…アソビハ、オワッタノダ。


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