1
009たちが滑り込んだ後、そのまま静かに閉じた扉は、ぴったりと動かない。
そもそも、コレはただの扉ではない…とわかってはいるものの、どうにもいらだたしい。
じりじりと待つサイボーグたちは、不意に地の底からはい上がってきた振動と轟音に、ハッと 顔を見合わせた。
すぐさま004と002が扉に体当たりした…が、扉はびくともしない。
「くそっ!どうなってやがる……006!」
「ハイな!」
振り返りざま004が叫ぶと、006が飛び出し、扉に炎を吹きかけた…が、これも効果がな かった。
「アイヤー、どうしたことアルか!…潜って下から行くかね?」
「いや…たぶん、無駄だろう」
「ああ。おそらく、空間が歪んでやがる」
「…空間?でも、たった今しがた、009たちは入っていったアルよ…これ、フツウの扉アル ね!」
「たしかにそうだった…あのときはな」
「…004?」
「つまり……もう一度、《そのとき》が来るのを待つしかない…ってことだ」
002は004をちらっと見やり、小さく息をついた。
「…なんだ?」
「いや…アンタのことだからよ、さっそく爆破…って言い出すんじゃねーかと思っていたのさ 」
「馬鹿か、お前は。001も言ってただろう…もしこの向こう側がそういうことになってるの なら、ここを爆破したからといってどうにもならん」
「そりゃ…そうだな」
…待つしかない。
やがて、振動は収まった。が、やはり扉は動かない。
サイボーグたちは銃を構え、扉の僅かな変化も見過ごさないよう、息をころしていた。
2
001が泣いている。
聞いたこともないすさまじい泣き方だった。
その体から放たれる光はぐんぐん明るく強くなっていく。
「フランソワーズ…イワンが…泣いているよ…」
動かない003を抱きしめ、009はつぶやいた。
目を開けて。
イワンが泣いている。
君でなければダメだ。
…フランソワーズ…?
微かなうめき声が聞こえた。
物憂げに振り向いた009は、仰向けに倒れているガモ博士がうっすらと目を開くのを見た。
「お…おお…イワン…!ついに……」
まなゆい光に目を細め、老人は恍惚の微笑を浮かべた。
「ついに…オマエは目ざめるのだ…神として…真の神として…!」
ぴたり、と泣き声が止まった。
001はすうっとガモ博士のもとに舞い降りた。
《…とう、さん……》
「そうとも…私は…オマエの父」
《…とうさん…?》
「さあ、行け、イワン…オマエが、この世界を救うのだ」
《せか…いを》
「そうだ。目ざめるがよい、息子よ…オマエは私の夢を愚かだと言った…オマエだけではない 、誰もがそう言ったのだ…だが…私は諦めなかった」
《…ボク、は》
「オマエは神だ…神に、母はいない……父もない」
《…とうさん…お父さん……お母…さん?》
「なすべきことをせよ…母は消えた…今、父を消すがよい……オマエのその手で!」
《…っ!》
001の両目が鋭く光った。
次の瞬間、すさまじい光に包まれ、ガモ博士は塵となり、崩れ去っていった。
ソレデヨイ…ムスコヨ。
ワタシハ、オマエヲツクルタメニウマレタ……ニンゲン、ナノダ。
3
「く…っ!」
空間が激しく歪んでいる。
懸命に003を抱きかかえ、庇いながら、009は少しずつ自分を取り戻していった。
大丈夫…まだ、生きている。
君は、死んだりしない…僕を置いていったり…するものか!
「イワン!…ここから出るんだ!」
声を振り絞り、叫んだ。
何が起きているのかわからない。
が、すべてを001が握っていることだけは間違いない。
「イワン…!早くしてくれ!…フランソワーズが…もうもたない!」
001の姿はまばゆい光の中に溶け、とらえることができない。
それでも009は叫び続けた。
「イワン…001!」
「…ウ」
「…フランソワーズ?!」
「…ジョー…?」
微かに目を開き、唇を震わせる003を、009は更に強く抱き寄せた。
「大丈夫…動かないで。すぐ、手当てをするから…」
「…イ…ワン」
「しゃべらなくていい…!」
「ジョー…イワン…を」
「フランソワーズ…!」
「イワンを……たすけ……て」
「…っ?!」
がくり、と彼女の体から力が抜ける。
009は夢中で叫んだ。
「…聞こえたか、イワン!…001!!」
不意に発光が止まった。
再び闇が落ちる。
《…00…9?》
「…イワン」
009は思わず息をのんだ。
闇の中から青白い小さな影が浮かび上がり、少しずつ近づいてくる。
これは…イワン、なのか…?
《009…どう…しよう?……ボク、どう…しよう…》
「イワ…ン…?」
《わからない…009…たすけて…》
001が少しずつ姿を変えていくのを、009は呆然と見つめていた。
赤ん坊から、幼児になり…少しずつその体は「成長」していった。
《たすけて、009!…ボクを、殺してくれ!…早く!》
「001?!」
009がハッと目を見開くのと同時に、背後で大きな物音がした。
仲間たちが扉を押し破り、駆け込んできたのだった。
「チクショウ、やーっと開きやがった!」
「009!…003!?…どうした、何があった!」
「あ、あの子…誰、アルか?!」
《ダメだ…まに、あわない……!》
「なんだ、コイツは…っ!」
004が咄嗟にマシンガンを構える…が、スイッチが入らない。
009は叫んだ。
「待ってくれ!あれは…001だ!」
「…何っ?」
「001…だと?!」
「あの少年が…か?」
《ヒトの愚かな願いが…ボクを生んだ…その願いは愚かでも……ボクは…なすべきことを、す るために…生まれてしまった》
「001…っ?!何を…あっ?!」
009の腕から003が消えた。
《ボクの…なすべきこと…》
ハッと顔を上げ、009は少年をにらみつけた。
003は、いつのまにか少年の腕にぐったりと抱かれている。
少年は無表情に彼女を見下ろしながら、その心臓の上に静かに手を置いた。
「何をする、001!…加速…っ!?」
反射的に加速装置のスイッチを噛む…が、やはり稼働しない。
そんな009を憐れむように見つめ、少年はつぶやいた。
《あの者だけではない。オマエたちの願いは、いつも愚かだ……》
「…っ!」
「…消え…た?」
009は素早く辺りを見回した。
そこは、ごく小さな…暗く、荒れ果てた部屋…でしかなかった。
片隅に、黒い灰の塊がひっそりとうずくまっている。
004が唸った。
「ガモ…博士…か…?」
「…そう、らしいな」
「どういう…こと、アルか?」
「わからない……だが!」
…001は消えた。
瀕死の003とともに。
009は震える拳を握りしめ、呻いた。
「…あなたは…一体、何を作った?…何を…願ったんだ、ガモ博士…!」
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