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  9   第7章 我侭
 
 
 
おかしい、と始めに気づいたのは008だった。
 
「…停戦が成立した、らしい」
 
コンピューターの画面を睨みながら、008は何度も首をひねり、キーを叩き続けた。
彼の故郷の隣国で、いつ終わるともなく続いていた内戦に急激な変化が現れたのだ、と彼は浮かない顔で仲間達に説明した。
 
「どうしたアルか?…それ、結構なコトね」
「まったくだぜ…何が不服なんだ?」
「不服だなんて…!そんなわけないさ。でも、おかしいんだ。この闘いの根は恐ろしく深い…一体、どうして急に…」
「…確かに。報道を見た限りじゃ、対立していた双方の指導者たちが劇的に方針を変えた…としか考えられないな。さすがに疲弊する民衆を見過ごしにできなくなったということか?」
「それはないよ、アルベルト…残念だけど、彼らにそんな度量があるなら…こんなに長い間闘いが続くこと自体がそもそも考えられない」
 
ふむ、と首をひねり、ジェットはふとジョーを振り返った。
 
「だが、日本の例もあるよな…?長い闘いで疲れきった民衆は、何をおいても平和を望むモノさ…それをもたらすのが憎い敵であったとしても、だ」
「そうかもしれないね…でも、僕もよくは知らないけれど…全ての日本人が敗戦をすんなり受け入れた…というわけでもないようだよ。それなりに、いろいろな動きはあったらしい」
「まあ、いずれにしても…指導者だけでも考えを改めてくれたというのなら、それはそれで結構なことだが…ピュンマよ、君が気にしていたのはそのことだけではあるまい?」
「そうです、ギルモア博士…実は、よく似た動きが、他の紛争地域でも起き始めているようなんですよ」
「…他の?」
 
ピュンマはマーキングされた世界地図をディスプレイに映しだし、サイボーグたちに示した。
 
「これらの紛争収束の流れは…先週辺りから起きている」
「先週?…これが、一度にかい?」
「…おかしいだろう?」
「ううむ…?」
 
もしかしたら、という思いが、サイボーグたちの胸に同時に浮かんでいた。
が、それを口に出す者はいなかった。
 
重い沈黙を破ったのは009だった。
 
「とにかく…実際に行って様子を調べてみよう。みんなで手分けして、だ…001と003の捜索は一時中止する」
 
サイボーグたちは無言でうなずいた。
 
 
 
険しい岩山の中にある前線の村は、殺伐とした雰囲気に包まれていた。
 
「外国人」としておおっぴらに歩き回ることを避け、009と002は日が落ちてからひそかに調査を始めた。
 
「…君はどう思う、ジェット?」
「たぶん…お前と同じことを考えてるぜ…ピュンマの睨んだとおり、コイツはおかしすぎる」
「…やはり、そうか」
「最前線に停戦の動きが伝わるのは遅い…それは当たり前だが…この様子は…それ以前の問題じゃないか?」
「そうだね…今、この人たちに停戦、なんて持ちかけたら…それだけでその場で射殺されてしまいそうだ」
「む?おい、ジョー、隠れろ!」
 
数人の慌ただしい足音と怒号とが近づいてくる。
009と002は咄嗟に崖下へと飛び降り、身を潜めた。
 
「大変だ!…我らの偉大なる国王が暗殺されたぞ!」
「なんだと?!」
「だが、サイードの野郎も殺されたらしい。天罰が下ったのだ!」
 
人声は次第に大きくなり、村全体にざわめきが広がる様子が伝わってくる。
009と002は気配を殺しながら、少しずつ村から離れていった。
 
「サイードというのは…クーデターを起こして、国王を追放した陸軍大臣だったよな?」
「ああ。彼と、国王が暗殺された、とすると…せっかくの停戦の話もこれで立ち消えのようだね」
「…ちがいねえ…この分だと、他でもこういうことになってるんじゃないか?」
「ああ…たぶん。一部の指導者の考えだけが変わっても…どうにもならないってことなんだろうな」
 
翌日、009と002はひとまず研究所へ戻った。
次々に帰還した仲間たちも、結局似たような事件が続出しているということを疲れた表情で告げた。
…しかし。
 
「…っ!…まただ!」
「え?!」
 
008の叫び声に、集まったサイボーグたちは、新たな停戦のニュースに目を見張った。
 
「どういう、ことだ…?!」
「コイツら、つい昨日、停戦の破棄と…徹底抗戦を宣言したばかりだったんじゃ…」
 
『我々は、我々の偉大なる指導者たちの遺志を継ぎ、いかなる困難がふりかかろうとも、この地に平和をもたらすことを誓う…!我々の、命に替えても…!』
 
「…命に替えても、か…わけがわからんなあ…?」
「スゴイ勇気アル、えらいアル…と言いたいところやけど…そう簡単ではないことね、きっと」
「彼らは、まるで…何者かに心を操られているようだ」
 
009のつぶやきは重かった。
ややあって、004がぽつり、と言った。
 
「001、か……?」
 
返事をするものはいない。
…が。
 
《そういう、ことだよ…!》
 
澄んだ少年の声に、サイボーグたちはハッと振り返った。
 
「イワン…っ!?」
 
透き通るような白い肌をした銀髪の少年が彼らの前に忽然と現れ、微笑した。
 
 
 
《おっと…研究所を壊さないように、始めにいっておくけど…僕のこの姿は実体ではない…ホラ、ね》
「ひぃゃあああああっ!」
 
不意に自分の傍らに現れ、腕をつかもうとした少年に、006は肝をつぶし、滅茶苦茶に両腕を振り回した…が、その腕は少年をすり抜けていった。
 
《ふふ、ゴメンよ張大人…脅かして……そうだ、ジョー…僕は、イワン…正確に言うと、イワンの精神体さ》
 
「どういうことだ…?003は…フランソワーズは、無事なのか?」
 
低く抑えた声に、イワンはまた微笑した。
 
《コワイなあ…そんなに睨まないでよ…安心して。彼女は無事だ…殺したり傷つけたりなんか、決してしない…むしろ、僕は彼女の忠実な守護者であり、下僕だ。そう考えてくれたまえ》
 
「なんでもいい、無事だというのなら…すぐに彼女をここへ…!」
 
《それは、できない…僕には、彼女が必要だから》
 
「おい、イワン…わけがわからないぜ?…お前、今どこにいるんだ?003も一緒なのか?…なぜここに連れてくることができない?」
 
《質問に答えるよ、002。まず、僕たちの居場所については…ピュンマのコンピューターにデータを送った。調べれば、明日にでも来ることができるだろう…そこに、003もいる。そして…彼女をここに連れてくることができないのは…ここでは、僕と彼女の力を十分に発揮できないからだ》
 
「それは…設備の問題かね、イワン?君は…君の超能力で、世界を平和に導こうとしておるのじゃろう?」
 
気遣わしげに訪ねるギルモアに、イワンは首を振った。
 
《問題は設備ではありません……君にあるんだ、ジョー》
「…何…だって?」
 
イワンは無表情な視線を009に向けた。
 
《君は彼女の意識を003に染めてしまう。サイボーグ戦士003に。彼女は戦うことを望んでいない…彼女が望むものの対極にいる存在…それが、君だ》
「…っ!」
《それでも、彼女は君に惹かれている…君が傍にいる限り、彼女は003であろうとし続けてしまう…それでは、僕が困る》
「困るって…なあ、イワンよ…お主、いったい何を企んで…」
《企む、なんて人聞きが悪いなぁ…僕の望みはとてもシンプルさ…僕は、フランソワーズの願いをかなえたい。そして、彼女の願いは……》
「…平和、だと…そう、君は言うんだね?」
《そのとおりだよ、ピュンマ…たしかに、僕も全てをうまくできるというわけではない…でも、僕は諦めない…そして、僕の目的は君たちと同じはずだ》
「それは、そうだが…」
《もし、君たちが、僕に疑念を抱いたとき…僕が道を誤っていると思ったときは…僕のところに来るがいい。僕を、倒しにね》
「待て!…お前、本気で…一人ですべてをやりとげるつもりなのか?…できると思っているのか、イワン?!」
《できるよ、ジェット……僕は、神になるんだ…彼女が僕の傍らにいて、それを望んでくれている限り…僕にはそれができる。》
「神、だと…?」
 
不意に005が顔を上げ、イワンをじっと見つめた。
イワンは、微苦笑でそれに報いた。
 
《それじゃ……邪魔しないで欲しい…さようなら、みんな》
「イワン!」
 
空気に溶けるように少年は消えた。
我に返った008がコンピューターのキーを叩く…と。
 
「本当だ…!場所が、示されている…!」
「…なんて…こった」
 
007が深く息をつき、天井を仰いだ。
 
 
 
世界は緩やかに…緩やかにではあるが、たしかに平和に向かっている。
そう009には思えてならない。
 
仲間達は…特に、002と004はイワンが示したポイントへ総攻撃をしかける計画を熱心に推し進めている。
彼らの気持ちはもちろん十分にわかるが、それでも、009は迷わずにいられなかった。
そんな自分に、002が何度も殴りかかろうとしたのもわかっている。
…それでも。
 
テラスに出た009は、深い溜息をついた。
満天の星空が美しい…と思うのに、それに心を動かされることはない。
自分でもおかしいぐらいだ。
 
「…星を、見ているのか」
「…ジェロニモ」
 
005がゆっくりとテラスに降り、星空を見上げた。
 
「003は、星を見るのが好きだった」
「…うん」
「おまえは、どうする…009」
「……」
「何、迷ってる…?」
「何って…何もかも、だよ…どうしたらいいのか…本当に、わからないんだ」
「003、助けたくないのか?」
「…助ける…?僕が…?」
「そうだ」
「助けて…ここに連れてきて…そして、また戦わせるのかい…?」
「…ジョー」
「わかってる…イワンは、勝手なことを言っている。フランソワーズは彼を神にすることなんか絶対に望まないはずだ。たとえ、世界が平和になっても…それが、ただ一人の超能力者によってもたらされたものだというのなら…それは、もろい…偽りの平和にすぎない」
「…だったら…!」
「でも、偽りの何が悪い…?」
「……」
「ここに戻ったって…彼女の願いはかなわない!」
「諦めるのか?…お前は、彼女の願いをかなえようと努力しないのか?イワンのように…?」
「努力なら、いくらでもする。僕の命にかえても…!でも、僕にできるのは、それだけだ…ひとつの闘いを終えて、次の闘いへ向かう…その繰り返しにすぎない」
「それは、イワンも同じ」
「同じだとも。だったら…それならば、僕とイワンにどれほどの違いがあるだろう?」
「……」
「いや。イワンの方がきっと僕よりはマシだ…うまくできる。彼女を危険にさらすことも…僕よりは、ない」
 
005は009の傍らを静かに離れ、テラスの隅に歩いていくと、そのまましゃがみこんだ。
 
「お前たちは…よく似ているな、ジョー」
「……」
「お前も、イワンも大事なことを考えない…見ろ」
 
立ち上がった008は、手の中に収めた小さな鉢植えを009に示した。
003が育てていた花だった。
 
「彼女がいなくなって、誰も…世話をするのを忘れていたから…ずいぶん弱ってしまった」
「……」
「彼女にしかできないことがある」
「…ジェロニモ」
「お前も、イワンも……それを考えない」
「……」
「彼女の願いをかなえるのは…彼女自身だ。お前でも、イワンでもない」
「…彼女、自身が…」
 
005は微笑すると、鉢植えを009に手渡し、部屋へと戻っていった。
 
「…くっ!」
 
009は歯を食いしばり、両手にあらんかぎりの力を込めた。
手の中で、鉢植えが粉々に砕け、足元に散っていく。
 
「…フランソワーズ…!…ち、くしょう…ちくしょう、僕…は…っ!」
 
ぽたぽたぽたぽた、と弱り切った草花の残骸に、涙が落ちる。
009はがっくりと膝を落とし、両手で鉢植えのかけらを握りしめ、声を殺して泣き続けた。
 
「僕は…君に、何も……してやれない…でも…!」
 
――でも、このままでは。
 
君がいてくれなければ、僕の夜は明けることがない。
君がいてくれなければ、その夜空に星を見ることすらない。
君がいてくれなければ…僕は、一本の草花すら守れない。
 
君が、いてくれなければ……だから!
 
「僕は、我侭だ…でも、フランソワーズ…」
 
僕は君を取り戻しに行く。
君を、戦場へ……僕の腕に、もう一度。
 
「君を……愛している、から……!」
 


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