1
「なっ!」
002は振り向きざま、一瞬身構え…すぐ力を抜いた。
「お、おどかすなよ、009…なんだ?妙に殺気立ってるじゃねえか、珍しい」
「…ご、ごめん…そう…かな」
009は気まずそうに視線を逸らした。
002は首をかしげた。
コイツらしくねえな…何うじうじしてやがる?
数秒後。
恐ろしいほどの真剣な黒い瞳にとらえられ、002は息を呑んだ。
「あの、002。聞きたいことが…あるんだ」
「お、おう…な…んだ?なんでも聞いてくれよ」
「うん…」
009はふとうつむき、やがてぱっと顔を上げ、迷いを振り切るように言った。
「カトリックの教会って、妊娠した女の人が結婚式しても大丈夫かい?」
「…はぁっ?!」
2
要するに。
003が妊娠しているらしい…と009は言うのだった。
ちょっと待て。
と、叫びそうになるのをおさえ、002は、ぽつりぽつり、言いにくそうに続ける009の言葉に耳を傾けた。
「…彼女はただの風邪だって…言うんだけど…その割にはクスリを飲もうとしないんだ。食欲もなくて、食べてもすぐ吐いてしまうし…微熱が下がらない。それって…そういうことだよね?」
たしかに。
ソレは妊娠の兆候だが…
風邪の症状でもある。
「そんなの…彼女に聞けばいいだろ?」
「もちろん、聞くよ…でも、その前にいろいろ確かめておきたいんだ」
「…ふーん」
「きっと、彼女…不安だと思う。少しでも安心させてあげたい。そのためには、僕がしっかりしないと」
まぁ、その心がけは殊勝だ。
しかし……
ギルモアにも相談していない、と009は言った。
とにかく、自分の力でなんとかしたい、とがんばってきたのだが、やはり限界を感じて…
「こんなこと、相談できるのは…君だけなんだ…ごめん」
「いや…別に謝ることはねえ…ま、まぁ…めでたいこと…だよな、うん、そうだ、言い遅れちまったが…おめでとう、009」
「ありがとう」
009はほっと息をついて微笑み、002を見上げた。
嬉しそうな笑顔に、002の気持ちもふと和らいだ。
いや、たしかに…めでたい…よな。
サイボーグの俺たちに、こんなことが起きるなんて…よ。
コイツと003の赤ん坊か…女の子なら相当の美人になるだろうな…って、いや、そんなノンキなことを言ってる場合じゃねえか。
まあわかるぜ、009…そりゃ心配だろう。人一倍。
何と言っても、俺たちはいつ戦いに巻き込まれるかわからないんだからな。
現にこの前だって……
…ん?
「どうしたんだ、002?」
「…待てよ、009…003、今つわり…なんだよな?」
「うん、たぶん」
ってことは…
ええええええええ〜〜っ?????
「…00…2?」
「い、いや…別に…はは、構わないけどな…はははははは」
「どう…したんだ?」
どうって…だってよ、俺たち、この前まで絶好調戦闘中だったじゃねえか!
あの事件はキツかった…解決までエライ時間がかかって…
「…002…気になることが…あるんなら…言ってくれないか?」
「いや、まあ…なんだ…見直したぜ、009」
「え?」
「よくあんな中でやることやったよなぁ…はは、そんなガキみたいなツラして大したもんだぜ!」
「やる…こと…って」
009の頬がみるみる真っ赤になった。
「…よせよ…たしかに…不謹慎だとは思ったけど…」
「いや、そんなことねえぞ…うん…でも、よくできたよなぁ…あの頃、テントだってロクにはれずに、その辺で野宿…ってかごろ寝してたじゃねえか…いや、003がよくそんなんで承知したと…おっと、これはアイツにはナイショにしといてくれよ」
009はますます赤くなった。
「003は…戦闘中だってことをちゃんとわかってくれてる…そんな、無理は言わないよ…」
いや、無理を言ったのは…ボクの方か。
でも…彼女は優しかった。
いつもそうだけど。
「それに、外でだって、ちょっと恥ずかしいけど…フツウにできるし」
「……」
002は思わずまじまじと009を見つめた。
よせよ、と言いたげに、照れる009。
いや…待て。
おかしい。
これは…やっぱりおかしいぞ。いくらなんでも。
まさか。
まさか…な。
だが。
「なぁ…009?」
「うん…?」
002は009の肩をつかみ、ぐいっと引き寄せた。
「002…?!」
「オマエ…何した?」
「え?」
「だからよ…そのとき。外で。003と」
「…な、何…言うんだよ!」
「いいから、聞かせろ!」
「そんな…わかってるくせに…イヤだよ…!」
「うるっせえ、言え!ここまで言って何恥ずかしがって…」
「イヤだったら…!」
「そ…っか。じゃ…003にバラすぞ。オマエが俺に相談した…ってこと」
「…002!」
009はぐっと拳を握りしめ、002を睨み付けた…が、彼は全く動じる様子がない。
「…わかったよ、002…だから、彼女には…」
「ああ、いいから早くしろっ!」
009は002の耳元に口を寄せ、辺りをはばかるようにしながら、二言三言、短く囁いた。
「……」
「…聞こえた?」
「…オマエ」
「00…2?」
いきなり突き飛ばされ、009は目を白黒させた。
「いいっか、よーく聞け、009っ!」
「あ…あの…002」
002は吼えるように叫んだ。
「それじゃ、赤ん坊はできねえっ!!!!!」
3
「それで…なんで俺に聞くんだ、009?」
心底ウンザリしたように004はぼやいた。
が、009はひるまなかった。
「それで、僕が間違っていた…のは、わかったんだけど。でも、002の言ったことも信じられないんだ」
「……それで?」
「…君なら…ホントのことを教えてくれるかと思って」
深い深い溜息をつきつつ、004はすがるように見つめる黒い瞳を見返した。
「…だって。いくら…恋人同士に…なったからって、003に…そんなこと」
「やかましい…!本でも見て勉強しやがれ!その手の本ならどこにでも転がって…大体、オマエ、義務教育受け…!」
004はハッと口をつぐんだ。
009の表情がみるみる曇っていく。
や…やばかったか。
そうだった。
そういえばそんなような話を聞いたような聞かなかったような。
コイツ、子供の頃はたしか…
「…そう…なんだよね…本来…ボクみたいな奴が、彼女とそんな関係になること自体が…間違ってるんだ」
「ま、待て…な、待てよ…009…俺が悪かった」
「いいんだ、004…とにかく、彼女が妊娠したわけじゃない…ってわかっただけで、いいことなんだから…それに、どうすればそうなるのか、なんて…そうだよ、僕なんかが知る必要のないことなんだし」
「待てっ!それじゃ未来はどうなる?…わかった、いいかよく聞け、009…一度しか言わないからな」
004はとぼとぼ立ち去ろうとする009の腕をぐいっと引き寄せ、素早く耳打ちした。
馬鹿馬鹿しいような気もするが、これも未来のため…かもしれないわけだし。
「……」
「わかったか、009?」
「……うん」
「大丈夫か、009?」
「あ、ああ…ありがとう、004」
ふらふら歩き出した009に、004はもう一度呼びかけた。
「009!」
009は力無く振り返り、微笑んだ。
「大丈夫…君の言ったとおりなら…なんとかなるかもしれない。002に聞いたときは、全然無理だと思ったけど…やっぱり、ダマされてたんだな、僕」
「…そ、そうか…まぁ…がんばってくれ」
「うん」
009の背中を見送り、004は深い溜息をついた。
やれやれ…
これじゃ「子孫」は遠そうだな。ま、それはそれで構わないが。
それにしても…
002のやつ、一体何言いやがったんだ?
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