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発展編


  12   約束(平ゼロ)
 
 
「私は、バレリーナになるのが夢だったの。あなたは?」
 
彼女が、優しく尋ねた。
僕は、答えられなかった。
 
僕の夢は…ぼんやりしたイメージでしかない。
うまく説明できない。
 
「あ。ごめんなさい…無理に答えなくてもいいのよ。そんな顔しないで」
 
彼女が微笑んだ。
日だまりのように。
 
…そう。
それに、似ている。
僕の夢は。
 
でも、僕は何も言えなかった。
 
 
 
すばらしい未来を夢見ることができるから、戦える。生きていける。
彼はいつもそう言うけれど。
でも……
 
だったら、彼の夢見るすばらしい未来…って、どんな未来なのかしら。
 
どうしてそんなことが気になったのか、わからない。
ただ、それが気になるようになったのは、たぶん、私が私以外の人のことについても考えることができるようになったからなのだと思う。
 
彼の…ジョーの未来。
それは、私とはなんのつながりもない、彼だけの未来のはずだけど。
それでも、私は知りたいと思った。彼の未来を。夢を。
 
一緒に暮らしているうちに、少しずつわかってきた。
彼が何も望まないように見えるのは、何も与えられたことがないからなのかもしれない…と。
彼が、誰よりも「未来」にこだわるのは、そのせいかもしれない。
 
華やかな色彩に彩られた、私の優しい記憶。
永遠に奪われた過去。
彼は、それを持っていない。
奪われるのと、はじめから与えられないのと…どちらが残酷なのか、そんなこと、考えてもしかたないのかもしれないけれど。
 
だから、私は知りたいと思った。
彼が夢見る未来…彼のあの凄まじいまでの力を支える希望。
それは、どんな未来なのかしら。
 
 
 
私たちの家は焼け落ちてしまった。
また、放浪が…いいえ、戦いが始まる。
きっと、これまで経験したのよりはるかに過酷な…出口の見えない戦い。
その、出撃前夜。
流れ星を見つけた彼は、願い事をしなかった。
 
「これから戦おうとしている僕が、平和を願うのは…矛盾している気がして」
 
彼は、口を噤んだ。
私は、一生懸命笑った。
 
「だったら…せめて、この戦いが無事に終わることを願うわ。今度、星が流れたら」
 
それぐらいなら…いいでしょう?
 
そっと覗き込むと、彼は微かにうなずき、微笑んだ。
少し…安心した。
でも。
 
もしかしたら。
もしかしたら、そうなのかもしれない。
彼が夢を語らないのは…あんなに、未来を切望する彼が、自分の夢を語ろうとしないのは、そのせいなのかもしれない。
未来を夢見ては…いけないと、彼は思っているのかもしれない。
 
どうして?
どうしてかしら。
 
そう。
彼は、心から望んでいる。すばらしい未来を。
戦いのない、幸せな未来を。
…でも。
 
そこに、あなたはいるの?
 
きっと、彼にとって、それはどうでもいいことなんだわ。
きっと、そう。
 
胸が苦しい。
 
どうして…なのかしら。
 
長い戦いの中で。
もっと長い穏やかな暮らしの中で。
私は、彼を支えに生きてきたのだと思う。
彼の言葉と…笑顔を信じて。
 
「ジョー!」
 
立ち去ろうとしていた彼は驚いたように振り返った。
切羽詰まった声が出てしまったみたい。
…でも。
 
「フランソワーズ?」
「…約束…して」
「え…?」
「どこにも、行かないで」
 
彼は怪訝そうに首を傾げた。
 
「…どうしたの、フランソワーズ?」
「あなただって、ここにいなければいけないわ。幸せな未来があるのなら、あなたもそこにいなくちゃいけないの…!」
「フランソワーズ」
「そうでなかったら…そうでないのなら、私はいや。私は戦わない。あなたのいない未来なんて欲しくない!そんなの、少しもすばらしい未来なんかじゃないわ…!」
 
彼は、じっと私を見つめて…何かつぶやいた。
それから。
 
突然、呼吸ができなくなった。
動けない。
抱きしめられて…いるのだと思う。
たぶん。
よくわからない。
 
…ジョー?
 
「大丈夫」
 
遠くから微かな声。
あなたの…声?
 
「ぼくは、ここにいる」
 
なんて、遠い声なの。
あなたなの…?
あなたなんでしょう…?
 
「これからも、ずっと」
 
我に返ったとき、私が見たのは…遠ざかる彼の背中だった。
呼ぼうとしても、声が出ない。
追いかけようとしても、足が動かなかった。
 
 
 
忘れるところだった。
忘れてしまうところだった。
 
温かい手が僕の手を強く握る。
…ジェット。
 
「…ジョー。きみは、どこに落ちたい?」
 
どこに…落ちたい?
 
落ちたい場所なんかない。
眼下の地球は青くてキレイで。
泣きたいほどキレイで。
 
この星を守れたのなら、それだけで僕には十分すぎるほどだから。
もう、望むものはない。何も。
ひとつだけ望むことがあるなら…ジェット、きみが。
きみが…どうか。
 
でも、きみの腕は強く僕を抱きしめたままで。
僕には、それをふりほどく力すら残っていない。
 
「仲間、なんだからよ」
 
温かい声が蘇る。
 
…ごめん。
ありがとう、ジェット。
 
目を閉じようとしたとき。
僕の耳に、悲鳴が聞こえた。
 
違う。悲鳴じゃない。
 
…フランソワーズ?
 
呼んでる…?
僕を…?
 
僕は大きく目を見開いた。
思い出した。
約束、した。
 
僕は、彼女と約束した。
 
「あなたのいない未来なんて、欲しくない…!」
 
忘れていた。
忘れてしまうところだった。
 
僕は、動かなくなったジェットを抱きしめた。
…そうか。
そうだったんだ。
だから…だから、ジェット、君は。
 
「仲間、なんだからよ」
 
どうして…わからなかったんだろう。
涙が、あふれる。
どうして、僕は…今まで。
こんなになるまで。
 
帰りたい。
もう一度帰りたい。
あの場所へ。
 
君がいる…みんながいる…そして、僕がいる、あの場所。
 
フランソワーズ。
ジェット。
みんな。
 
僕は、帰りたい。
 
約束、したから。
だから、帰らなくては。
 
きみは、見つめている。
あの大きな…美しい瞳で。
きみが、僕を見つめている。
 
望むものは何もない。
あとは、きみだけ。
きみとの、約束だけ。
 
僕は、もう一度ジェットを抱きしめた。
なるべく身を縮め、歯を食いしばる。
 
神父さま。
 
僕に、力をください。
僕は、最後まであきらめない。
でも、もし、このまま燃え尽きてしまったら。
…そのときは、力を。
 
僕の初めての約束。
初めての…ただひとつの。
 
「ジョー、きみは…どこに、落ちたい?」
 
その場所は、ひとつ。
約束の場所。あの場所へ。
…どうか。
 
 
 
忘れてしまうところだった。
 
泣いて、泣いて…何もかもわからなくなるぐらい、泣いて。
…そのとき。
強い光が、心をよぎった。
 
「ジョー!」
 
夢中で叫んだ。
そう。そうだわ。
忘れていた。
忘れてしまうところだった。
 
私は空を見つめた。
いいえ。空じゃない。
 
ここよ。
ここにいるわ。
ジョー、私はここよ!
 
泣いても何にもならない。
それより、空を見上げて。未来を信じて。
そう教えてくれたのは、あなた。
 
幸せな未来がくると信じていれば、戦える。
生きて…いける。
そう教えてくれたのは、あなただわ、ジョー!
 
「大丈夫」
 
約束…したから。
 
「僕は、ここにいる」
 
そうよ、あなたはそう言った。
 
「これからも、きっと」
 
約束したわ、私たち。
 
私は、ここよ。
ずっと見ている。あなたを見ている。
だから、私を見つけて!
 
約束の場所。
ここが、その場所よ。
あなたの夢を聞かせて。今度こそ。
 
ここが、その場所よ。
あなたが守り抜いた場所。
私は、ここにいる。
あなたを…
 
あなたを、信じてる。


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