1
お買い物に行くと、街はどこもきれいに飾り付けされてる。
私の故郷とは少し雰囲気が違うけれど…
でも、この日を待ち望む気持ちにきっと変わりはないわね。
「ねえ、003…サンタさんにお願い、したかい?」
「ふふっ…私はオトナだもの…もうサンタクロースはこないわ…007こそ、お願いしたの?」
「うう〜ん…迷っちゃうんだよな〜」
あんまり迷われても困るのよね…
007ったら、毎日言うことが違うんだもの。
そろそろプレゼントを用意しなくちゃいけないのに…
「サンタさんも楽しみだけど…おっきいケーキが食べたいなあ…」
「ちゃんと作るわよ…期待通りに大きいかどうかはわかりませんけど」
「009も帰ってくるんだから、おっきくなくちゃダメだよ」
どきん、とした。
そう。
もうすぐジョーが帰ってくる。
ドイツで「事件」が起きて…004から応援の要請がきた。
もちろん、ジョーはすぐに飛んだわ。
私も…行きたかったのだけれど…必要ないから…って言われて。
待っているのは少しつまらない。
もちろん、行けば危険に巻き込まれる…ってわかってるけど。
事件はすぐに解決した。
でも、彼はなかなか帰ってこなかった。
004に引き留められて…ドイツ見物ですって。
のんびりしてるわ。
たぶん、クリスマスも向こうで過ごすんだと思っていたら…一昨日電話があって。
23日に戻ると、博士に伝えてほしい…と、彼はちょっとそっけない感じで私に告げた。
「そう…それじゃ、もし疲れていなかったら、研究所でパーティしましょう…クリスマスパーティ」
「…うん。楽しそうだね」
そうね。
きっと楽しいわ。
2
結局…007へのプレゼントは絵本にしてしまった。
こんなのつまらない…って文句を言われちゃうかも。
でも、サンタさんからのプレゼントはとっても欲しがっていた飛行機模型にしたから、それでいいかな…と思って。
イワンには、新しいよだれかけ。
博士には新しいパイプ。
ジョーには…
「003、009に手編みのセーターなんていいんじゃないかなぁ?愛をこめて贈りますぅ〜なんてさ!」
…ですって、007ったら。
おませな子ね!
でも、そんなものをもらっても、きっと困るでしょう、ジョーは。
いろいろ考えて…選んだのは、茶色い革製の時計ベルト。
たしか、今のは半分壊れてたわ…
変なところ、無頓着なヒトなんだから。
そして、23日。
空港にはこなくていいよ、と言われていたから、行かなかった。
でも、着いた…という連絡が入らない。
もちろん、連絡がないってことは…無事に着いた…ってことなんでしょうけど…
夜になっても連絡はなかった。
彼の家に電話してみようかしら…とも思ったけど…
疲れて眠っているかもしれないし…やめておいた。
そして、24日。
日が落ちても、彼からの連絡はなかった。
とにかく、ディナーの用意を始めた私の後にくっついて歩きながら、007がぷりぷり怒っている。
「009のアニキ、なんで顔見せないのかな〜?オイラたちに早く会いたいって思わないのかね?ったく、可愛げがないったらありゃしない…」
「誰が、可愛げがないって?!」
…あ。
私たちはびっくりして振り返った。
ジョーが、立っていた。
「おお〜っ!お帰り、009〜!遅かったねえ〜、会いたかったよぉ〜!」
「なんだよ、調子いいな、007…!」
苦笑しながら、ジョーは007をこづいて…私を見た。
「お…お帰りなさい…ジョー」
「…うん」
「大変だった?」
「そんなことないよ…電話で話したとおりさ」
「そうね…あ、ごめんなさい…コート、もらうわ」
私はあわててハンガーを取ってきた。
彼の脱いだコートを受け取ったとき…気づいた。
時計のベルト…新しくなってる…!
「あ…コレ?」
きっと、私…じーっと見てしまっていたのね。
ジョーは照れくさそうに笑って、時計を軽く振ってみせた。
「向こうで、貰ったんだ…記念にって」
「…そう」
胸が早鐘のように鳴っている。
…どうしよう。
3
大きなローストチキンに、きれいな彩りのサラダ。
それから、腕によりをかけたポタージュ。
パンも焼きたてのを出して…
博士もジョーも、おいしいってほめてくれた。
007なんて、お行儀も忘れて夢中で食べてくれて。
嬉しかった。
とても…楽しい。
…でも。
私の目は、なんどとなく彼の手首に向いてしまう。
黒い皮の…とても上等なベルト。
記念に…って言ってたけど…
何の記念かしら…?
誰に…貰ったのかしら…?
「しかし…エミル君がそんな研究を進めておったとは…!わしも負けるわけにはいかないわい」
博士とジョーは、ドイツでのことを熱心に話していた。
事件の中で、彼は博士の親友を助けたのだという。
「そうだ…たしか、エミル君にはお嬢さんが…」
「ええ、ロッテさん…いい方でしたよ。優秀で、気だてのいいお嬢さんで」
不意に007が目を輝かせた。
「ロッテさんだって…?ねぇ、美人だったかい、009?」
「さあ…?僕にはよくわからないけど…そうだな、美人だったかもな」
「いいよなぁ〜、いつも009ばっかり…」
「何言ってるンだ…相変わらず生意気だな、007は!」
3人は一斉に笑った。
もちろん…私も。
…でも。
急にお料理の味がわからなくなってしまった。
馬鹿みたい、といくら自分を叱ってみても、気持ちは沈んでいくばかりで。
馬鹿みたい。
いつものことなのに。
いつも、いつも同じで…わかっているのに。
ジョーは女の子に優しい。
「003…もういいのかい?」
…ほら。
心配そうに見つめている。
私が少し沈んでいるの…すぐわかるのね。
「ええ…ケーキがあるから…少しお腹を残しておかなくちゃ」
「そうか…おい、007…!キミもそうしておいたほうが…」
「平気平気…甘いモノは別腹だもんね〜!」
「ホントかのう?腹をこわしたら、特大の注射をしてやるからの」
「ええ〜っ?!」
情けない声を出した007に、私は思わず吹き出した。
くすくす笑いながら顔を上げると…
ジョーも、嬉しそうに笑っていた。
4
ケーキを出してきたら、博士と007がきれいな包みを幾つもテーブルに並べていた。
プレゼントだわ。
それは…そうよね。
ジョーは、帰ってしまう。
今日のうちに渡しておかないと…
…でも。
「003、ケーキ食べたらプレゼント交換だよ〜!」
「…え、ええ」
急いで自分の部屋に行った。
棚から…包みを三つ、ベッドの上に下ろした。
花結びのリボンの下から、小さいカードがのぞいている。
それぞれの名前に、フランス語のメッセージを一言だけ添えて。
…どうしよう。
ジョーの手首に緩やかに巻きついた、きれいな皮のベルト。
記念に貰った…って、あんなに嬉しそうに…
突然、私はハッと顔を上げた。
記念…記念…って。
もしかしたら…ロッテさんっていうヒトが…?
そう…かもしれない。
ううん、きっとそう。
女の子からプレゼントを貰った、なんて言ったら、また007が大騒ぎしてからかうもの。
からかうだけじゃないわ…みんなに手当たり次第、言いふらして。
…だから。
だから。ジョーは…
「003…?!」
下から、ジョーの声がした。
「003、どうしたんだ?早くおいでよ…!」
…003。
私はきゅっと唇を噛んだ。
包みを二つだけ抱えて、私は部屋を飛び出し、階段を駆け下りていった。
プレゼントを受け取って、歓声を上げた007は、ふっと首を傾げた。
「あれ?003…009の分は?」
顔を上げられない。
私はやっとの思いで言った。
「ごめんなさい…クリスマスに…会えるとは思わなかったから…ジョーの分は、用意…間に合わなくて…」
「ええ〜っ?!そんな、冷たいなぁ…なんだよ、003らしくないや…!」
「これこれ、007…003はあんなに忙しくしていたんじゃ、無理を言うな…それに、大事なプレゼントじゃ…ゆっくり選んだ方がいいに決まっとる…」
柔らかい博士の声の後、一瞬…間をおいて。
ジョーの優しい声が降った。
「気にしないで、003…それに…本当を言うと…僕も、プレゼント…持ってきてないんだ」
思わず顔を上げた。
優しい黒い瞳が、申し訳なさそうに瞬いていた。
5
ジョーが帰って…後かたづけをして。
やっとの思いで部屋に戻ったとたん、涙が溢れた。
馬鹿みたい。
こんなことで泣くなんて。
…でも。
涙が止まらない。
私はベッドの上のプレゼントをそっと取り上げて…抱きしめた。
馬鹿みたい。
こんなことで泣くなんて、馬鹿だわ。
どうして笑って渡すことができなかったんだろう。
同じものになっちゃったわね…ごめんなさい…って、どうして言えなかったの?
ジョーは、きっと笑ってありがとう、って言ってくれたわ。
気にしないで。大事にするよって…
…でも。
わかってしまった。
私…003でいるのがつらいの。
仲間だったり。
お母さんだったり。
妹だったり。
いつも笑顔を絶やさない女の子でいようと思った。
私は戦う力が弱いから…
だから、せめて、みんなのために。
あなたは私を特別な目で見てくれる。
私が、003だから。
あなたは私を誇りに思ってくれている。
優しくて強い、かけがえのない仲間。
他の誰にも替えられない仲間…003。
でも…
私、本当はただのフランソワーズでいたい。
こうやってヤキモチをやいて、拗ねて…泣いたりして。
聞き分けがなくて、あなたを困らせて、そして…愛されて。
そんな、ただのフランソワーズでいたいの。
いたかったの。
ごめんなさい。
ジョー、007、ギルモア博士…!
明日になったら、新しいプレゼントを探しに街に行こう。
007が言ってたじゃない。
そうよ、こんな私…ちっとも003らしくないわ。
こんなことでは、ここにいられない。
あなたのそばに…いられない。
でも…でも、今夜は。
今夜だけは。
泣きながら眠るクリスマス・イブなんて。
私、ちっともいい子じゃない。
もしコドモだったら…
サンタクロースだって、私を素通りして行ってしまうはず。
涙をそっと拭きながら耳を澄ました。
007は…まだベッドの中でもぞもぞしている。
もう少し…待たないと。
クローゼットの奥に隠しておいたオモチャの包みをそうっと取り出して、机の上に置いた。
準備は完了。
あとは…007に気づかれないように、これを枕元において…
毛布を肩までかぶってベッドに横たわり、目覚まし時計を午前二時にセットした。
ごくごく、小さな音で鳴るように。
この時間なら、きっと大丈夫。
誰も目を覚まさないわ。
小さく溜息をついた。
目が、少し腫れぼったい。
少し…眠った方がいいのかもしれない。
…寒い。
眠ってしまったんだわ。
でも…たしか、私…毛布をかぶっていたはず…なのに。
ゆっくり目を開いた瞬間。
大きな手が私の口を塞いだ。
「…っ?!」
「…静かに…!」
耳元で、囁く声。
この、声…?
片方の手で私の口を塞ぎ、もう片方の手で私の背中を起こしていたその人は、真っ白い長いひげをたっぷりとたくわえていた。
そして…真っ赤な服。
目を丸くしている私に、彼ははにかみながら微笑した。
「メリー・クリスマス…フランソワーズ」
「…ジョー…?」
彼は可笑しそうにくすくす笑いながら首を振った。
「ジョー…?知らないな…キミの友達かい?」
「…あ」
だんだん頭がハッキリしてくる。
サンタクロースの扮装をしたジョーは、床に置いた布袋を探り始めた。
「はい。プレゼント」
「……」
「世界で一番優しい、いい子のキミに…気にいってくれるかな…?」
私は震える指でリボンを解き、包みを開いた。
…細かい模様がほりつけてある…銀のロケット。
「…あの…」
「きれいだろう?ドイツで見つけたんだ…キミに似合うと思った」
「……」
ジョーは…サンタクロースは、ぼんやりしている私に優しく微笑んで、机の上の包みを指さし、「007に?」と聞いた。
私がうなずくと、彼は笑いをかみ殺しながら、それを袋に入れて…ウィンクを残し、部屋を出て行った。
夢を…見てるのかしら。
不意に、目覚まし時計が鳴った。
慌ててベルを止めてから、私は手の中のロケットに見入った。
裏に、小さい小さい文字が彫ってある。
月明かりの中で、その文字は優しくにじんだ。
「from J to F」
6
「実はさ、失敗したなあ…って思ってたんだ」
クリスマスの次の週末。
ジョーは私をドライブに誘った。
海岸沿いの道。
空気が澄んできらきらしている。
「失敗…?でも、007は、何も気づかなかったみたいよ」
「だから、さ…たしかに、バレたら大失敗なんだけど…せっかくあんなに準備したのに、誰にも気づいてもらえなかったら…それはそれで寂しいよな〜って思ったんだ。根本的に欠陥のある計画だったってわけ!」
「…まあ…!」
笑いながら、私はジョーに尋ねてみた。
どうやって研究所に忍び込んだのか。
「ふふ…まず、警備システムを切っておいた」
「…どうやって?!」
「内緒…でも、そんなこともう二度とできないようにしておいたよ…物騒だからね」
「…アナタみたいなヒトが他にいるとは思えないけど」
「まあまあ。で、そうしておいてから、屋根に上って、煙突に…」
「まさか…!煙突から…?!」
「だって、サンタクロースだからね…結構大変だった」
…呆れた。
「ねぇ、ジョー…?煙突を一生懸命降りてるとき、ボク、馬鹿なことしてるなぁ…って思わなかった?」
「全然…!わくわくしたよ」
そ、そうなの?
やっぱり…変な人。
「たしかに…そこまでして、誰も気づかなかったら…寂しいわね…よかったわ、目を覚ましてあげて」
「え…?…あ、ああ…本当を言うと…キミのことは…その、起こしちゃった…んだけどね。ごめん」
ジョーはなんとなく口ごもった。
「そう…?気づかなかったわ…ちょうど起きるところだったから。二時に目覚まし時計かけてたし…」
「…気づか…なかった?」
「ええ」
そっか、と小さく息をついて、ジョーは砂浜へ向かう道へカーブを切った。
「ねえ、フランソワーズ?」
「なあに…?」
「やっぱり…やめておこうよ」
「…何を?」
「その…写真なんて。僕、すっごく苦手なんだ。撮られるのって」
私はきっぱり首を振った。
「ダメ…!このロケットに入れる写真、持ってないのよ、私…!」
「だから…いいじゃないか、写真なんか入れなくたって…それ、可愛いだろ?そんなしかけになってるなんて知らないで買ったんだからさ…」
「買ったの…?あなたが…?嘘ばっかり…!」
「…え?」
「これはね、サンタクロースに貰ったのよ…本物の、サンタクロースさん」
「…フランソワーズ…カンベンしてよ〜!」
心底情けなさそうにぼやく彼が、可笑しくてたまらない。
もう少しイジワルしたくなってしまった。
「ダメよ…写真をくれないなら…あなたへのプレゼントだってお預けのままにしますからね…!」
「プレゼント…?もう、貰ったよ」
「…え?」
「キミからのだろ…?嬉しかった。とても」
車が止まった。
砂浜に続く駐車場。
冬の海を訪れる人はまばらで…車が二台、ぽつん、ぽつんと停まっている。
ジョーはいきなり私の方に体を向けた。
かちっ、と音がして、シートベルトが外れる。
あ…と思う間もなく、シートが傾いた。
強い腕に背中を抱えられて…そのまま。
私は、堅く目を閉じた。
唇が静かに離れて…彼がそっと身を起こした。
照れくさそうな微笑。
「…外に、出ようか?」
赤くなった頬を隠すように顔をそむけて、彼がドアをあける。
私は大きく目を見開いた。
袖口からちらっとのぞいた…手首に巻き付いている、真新しい茶色のベルト。
ぼんやり座っていると、助手席のドアが開いた。
手を引かれ、ふらふら車を降りたとたん、強い海風が吹き付ける。
庇うように抱き寄せられて、私は目を閉じた。
…だめ。
見ないで。
彼の胸に、強く額を押し付け、涙を隠した。
暖かい手が、私の両肩を優しく包む。
「フランソワーズ…来年は…二人でどこかに行こうか」
「…え?」
「どこでもいいんだ。みんなと一緒のにぎやかなクリスマスもいいけど…キミと二人だけで…静かに過ごすのも、きっと素敵だよ…そう思わないかい?」
ありがとう…ジョー。
あなたは…いつも…とても優しい。
…でも。
でも、ごまかされないわ。
写真は、絶対、貰いますから…ね!
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