僕は…ね、フランソワーズ。
自分のことを、相当不幸なヤツだと思ってたんだ。
そんなに間違ってない…とは思う。
だって、物心ついたときから両親がいなくて…教会で育って。
それで、たった一人の親代わりだった神父様を殺されて…しかも、その犯人だと疑われて。
あのとき逃げ出したのは、軽はずみだったのかもしれないけど、あの事件がヤツらのしわざだったとわかった今は、逃げ出してよかったと思う。
…うん。
よかったと思う。
不幸のトドメはもちろん、改造されちゃった…ってことなんだけど。
でも、それは…ほら。
そのおかげで君たちに会えたんだ…って思うこともできるし。
少なくとも、無実の罪に落とされて、真実も知らないままでいるよりはずっとよかったような気がする。
あのまま何も知らなかったら…僕は二度と信じることができなくなっていたかもしれないから。
人の優しさと…強さを。
そうなんだ。
その程度の不幸なんだよな…僕のってさ。
だから、つくづく君ってスゴイと思う。フランソワーズ。
こんなこと、絶対君には言えないけど。
覚えてる?
君と出会って、最初のクリスマスイブだった。
君は、パリに一人で行って…そして。
思い出したくないかもしれないけど。
たぶん、君は辛い目にあった。
…たぶん、だけどね。
僕はあのときまで、君をすごくきれいなお姉さんだ…としか思ってなかった。
きれいで…強くて。
僕なんて、しょっちゅう君に叱られててさ…
覚えてない?
コワかったよ、君は。
もちろん、第一世代のことを聞いたときは驚いた。
ヒドイと思った。
でも…君があんまりきれいに笑っていたから…
だから、僕はよくわかってなかったんだ。
で、あのクリスマスイブだ。
君が帰ってこない…から、僕は心配だった。
むやみに心配になった。
それは、君の身に何か起きたんじゃないかと…実際起きてたんだけど…そういう種類の心配とは少し違っていたかもしれない。
あのときは気づかなかったけど。
僕が、ホンキで心配に…いや。
恐ろしくなったのは、君を見つけてからだった。
君は…踊っていた。
あ。
踊りは、キレイだったよ。
もちろん、驚いたけど。
そうだな…
何が怖かったのか…うまく説明できない。
幸せそうに踊る君の後ろに…何か、暗いものが口を開けているように思えた。
それは、僕が想像したことすらない…暗い…暗い、何か。
君を無理矢理引っ張ったのは、君が引き込まれてしまうような気がしたからだ。
たしかに、アソコの足場も悪かったけど…そんなんじゃない。
このまま踊らせていたら、君はあの闇に引き込まれてしまう…そう思った。
あの闇…っていうのが何なのか、説明はできない。
僕は、知らない。
あんな闇を…僕は見たことがない。
たぶん、これからも見ることはないだろう。
少なくとも、僕の上には。
君は、僕を撃ってしまったことを何度も謝ったけど…
でも、僕を撃ったのは君じゃない…と思っている。
操られていたとか、惑わされていた…とかじゃなくて。
僕を撃ったのは、あの闇だ。
君の背中にいつもぴったりと張りついて離れない…漆黒の闇。
一緒に暮らすようになって、君がとても優しくて素敵なお姉さんなんだ…ってことがよくわかるようになった。
…でも。
でも、君にはやっぱり、アレがくっついている。
あの、底知れぬ闇が。
本当の不幸…って、きっとコレなんだと思う。
僕には想像もつかない。
もし、僕があんなのにとりつかれていたら…
…なんて、考えるのも怖いんだ。
だから…だから、君はスゴイと思う。
フランソワーズ。
君は、あの闇を背負いながら、まだ眩しく笑うことができる。
君は、あの闇に包まれながら、あんなに優しく笑うことができる。
そして、君は諦めているよね。
決して諦めない君が、たったひとつ諦めていること…
それが、この闇だ。
コレに終生つきまとわれること。
コレを払うことなど、決してできない…そう、君は諦めている。
でも、僕が。
…ええと。
僕が、それをやる…って、誓っても、あまり信憑性はない…というか。
君は信じてくれないと思う。
僕だって、自分にそんなことができると信じているわけではない。
でも、僕は、諦めない。
いつか、君から…この闇を払いたい。
そうしたら、君はどんなにきれいになるだろう。
どんなに…優しくなるだろう。
僕は、そうなった君を見たいんだ。
たぶん、それは僕が子供の頃から、ずっと…ずっと夢見てきたものに重なる。
夢見てきたけれど…夢だと思っていたんだ。
本当に出会うことなどできない…ありえないって。
でも、君なら。
もし、君からあの闇を払うことができたら…君なら、きっと。
わからない…?
わからないか…わからないよね。
僕もよくわかってないのかもしれない。
でも、僕が戦うとき…
戦うときは、他にもいろんなことを考えているけど、でも、いつも必ず考えているのが、コレなんだ。
ニセモノの不幸に押しつぶされていた僕なんかが、君を助けたりできるんだろうか、と考えると。
実はできない…のかもしれない。
いや、きっとできない。
結局、僕には何もできないんだろうな、と思うこともある。
でも。
君がこうして笑ってくれるなら。
君がこうして…優しくしてくれるなら。
君が底知れぬ闇を背負って、でものみこまれずに戦ってくれるのなら。
その君の強さが、優しさが、戦う僕の勇気になる。
そして、君がもし、闇から解放されるときがきたら…
本当の幸せを手に入れる日がきたら…
僕は、君の側を離れなければならないのだろう。
そうだよね。
だって…僕だって、君の不幸の一部だからさ。しっかりと。
そのときがきたら、きっと…すごく寂しいと思う。
でも、それでもいいんだ。
僕は…君から闇を払って、本当の君の笑顔を見たい。
朝、目覚めて君を見る。
君は昨日と変わらず、きれいで、優しくて、強い。
そして、昨日と変わらず、あの闇を背負っている。
スゴイよね。
フランソワーズ。
僕が知ってる人の中で、一番きれいで、優しくて、強くて…本当のことをいうと、少しコワイお姉さん。
君に出会えて、よかった。
君は僕を信じていないだろうし、僕だって自分を信じてはいない。
僕には結局何もできないのかもしれない。
でも、もし何もしなかったら…
いつか、君はあの闇にのみこまれてしまうんじゃないか。
そう思うと、いてもたってもいられなくなる。
絶対、そんなことはさせない。
させないから。
本当だよ。
少なくとも、僕の目の前でそんなことはさせない。
それだけは、約束できる。
だって、僕はそのために戦うのだから。
最後の…最後まで戦う。
この命が尽きる瞬間まで。
それだけは、本当だよ、フランソワーズ。
約束する。
僕には結局何もできないのかもしれないけど。
それでも…
それだけは、約束するから。
こんなこと、絶対君には言えないけどね。
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