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二周目


  10   抱擁(超銀)
 
 
フランソワーズ。
もし、君がいなければ…僕は生きていくことができないだろう。
 
比喩でなく。
ついでに言うなら、愛の表現でもない。
厳然たる事実として、僕はそう思っている。
 
僕は、君を抱きしめて、君を確かめて…僕の進むべき道を知る。
君のうなずく道が、僕の進むべき道だ。
 
 
 
初めて、君を抱きしめたのは、望みのない戦いに旅立つ前だった。
美しい海の夕日を前にして、僕は考え…決めていた。
君をこの戦いに連れていくのは、やめよう…と。
 
君はそんな僕を打った。目に涙を浮かべて。
 
「いくじなし!」
 
突然、目の前がぱっと開けたような気がした。
そうだ。
僕は…あきらめていた。
 
いつものミッションと違う。
成功する望みは万に一つもない。
 
003…探査型サイボーグ。
得体のしれない宇宙の敵と戦うなら、彼女の力はどうしても必要だ。
いつものように…いや、いつもよりもずっと。
その彼女を残していこうと思ったのは…あきらめていたからだ。完全に。
どうせ、敵わない相手だから…僕たち全員でかかっても勝てるはずのない敵だから…と。
 
そうだ、フランソワーズ。
僕はいくじなしだ。
戦う前から負ける気でいる。仕方ないと思ってる。
だって…そうじゃないか?
 
あの宇宙船…イシュメール。
あんな船を造ることができる文明の持ち主が…完膚無きまでに叩かれたんだ。
全滅…させられたんだ。
そんな敵に、僕たちが向かっていって、勝てるはずがない。
そしてもちろん、戦わなくとも僕たちは死ぬ。この地球とともに。
 
だったら、どこで死ぬ?どうやって死ぬ?
戦場か?故郷でか?
サイボーグ戦士としてか?それとも、フツウの人間として?
 
そうだ、それなら、せめて君は…君だけは!
 
「君には戦いは似合わない。君には美しい自然や音楽や…鳥のように舞うバレエが、よく似合う」
 
そして、その君の姿を思いながら、僕は死にたい。
戦場で、むごたらしく血まみれになって息絶える君を抱きながら死ぬよりも…
姿は見えなくてもいい、あの舞台の君を…あの日のまま、故郷にあって夢のように美しい君を思いながら、一人で死にたい。
 
たしかに、僕はいくじなしだった。
でも、君はそれ以上僕を責めなかった。
その代わりに、言った。
 
「私は、いつもジョー、あなたと一緒にいたい…!」
 
君と…一緒に。
一緒に、生きる。
ああ、そうできたら、どんなにいいだろう…!
 
僕は君を見つめた。
 
君の青い瞳の中には…生きる希望が輝いていた。
この瞳。
そうだ、この瞳だ、フランソワーズ。
僕は君を見るたびに、力を与えられてきた。
どんな苦しいときも。
 
こんなときでも、君は…生きようとしているのか。
 
違う。
君にとっては…ごく自然なことなんだ。
生きること。生き続けること。
 
僕は…震えながら両手を伸ばした。
夢中で君を抱き寄せた。
いや。
すがりついていたのかもしれない。
 
生きる。
君と、生きる。
まだその望みがあるのだろうか?
 
…ある。
 
あるから…戦うんだ。
僕たちは、いつもそうして戦ってきた。
この戦いだって、同じことだ。
 
僕たちは…生きるために戦ってきたんじゃないか…!
勝つためじゃない。
 
初めて抱きしめた君の体は…熱かった。
肌から肌へ、希望が伝わってくる。
ああ、フランソワーズ、君は……
 
そのとき…そのとき、ようやく気付いたんだ。
僕がそれまでなぜ戦い続けることができたのか。
それが、初めてわかった。
 
こうして、君と生きる。
今日のように、明日も。
そうやって生きていく限り、僕たちは負けない。
勝つことができなくても…戦うことができる限り、僕たちは、負けない。
 
勝てない戦いはあるかもしれない。
でも、望みのない戦いはない。
 
思い出した。これで戦える。
009として立てる、いつものように。
 
そう思った。
でも。
でも、もう少し。
 
もう少しだけ、君に触れていたい。
君の熱い命を確かめたい。
僕に、力を。
 
そう念じながら、ひときわ強く君を抱きしめた、まさにその瞬間。
戦いの火蓋は切って落とされた。
 
間に合った。
かろうじて、僕は間に合ったのだ。
 
 
 
フランソワーズ。
君は確かに女だ。
でも、それだけじゃない。
 
僕は、君を愛している。君が愛しい。
でも、それだけじゃない。
 
それだけじゃない…ということが、もしかしたら君を苦しめるのかもしれない。
タマラに出会って、そう思った。
 
タマラは、ただ女だった。
君とは違う。
女は数限りなくいる。君は一人しかいない。
 
…でも。
君はただ女でありたかったのかもしれない。
 
僕は今でも、タマラのぬくもりを覚えている。
肌の柔らかさを。髪の手触りを。甘い匂いを。
彼女は隅から隅まで女だった。
僕を求め、僕を包み、僕を酔わせた。
 
フランソワーズ。
君は、違う。
君は…それだけではない。
 
それだけではない…ということは僕にとって驚嘆すべきことであり、君への讃辞にもなると思っている。
でも…もしかしたら、違うのかもしれない。
 
君が知っているとおり、僕は女性に弱い。
すがりつかれると、ふりほどくことができない。
 
でも僕は、君の声で彼女をふりほどいた。
君の声にはそれだけの力がある。
僕が彼女をふりほどいたのは、君が女として彼女よりも魅力があるから…ではない。違うと思う。
 
違う、ということに君は苦しんでいるのかもしれない。
どう言えば君にわかってもらえるのか、僕にはわからない。
 
僕が欲しいのは女ではない、君なんだ。
全然違うものを比べることはできない。
 
タマラは、本当に魅力的な女だった。
ただ女であるというだけで、僕を酔わせた。
でも、フランソワーズ…
 
そうだよ。
君は、僕を酔わせない。
君は、僕を覚醒させる。
 
それが、君には辛いのかもしれない。
自分は僕にとっていい恋人なのかどうか考えはじめてしまったら、君はきっと辛くなる。
だって、そうしたら君は、他の女と自分を比べるしかないだろう?
彼女たちと君は全然違うのに。
 
彼女たちは、男を酔わせようとする。
誰が一番上手に酔わせるかを競う。
 
君が、そんなレースに参加する必要はない。
君より上手に僕を酔わせる女がいたとしても、それを悲しむことはない。
 
フランソワーズ。
お願いだ、君をただの女と比べないでくれ。
君がそんなことで苦しまないように、僕を信じてくれるように…僕はいつもそう願っている。
 
 
 
僕は、今日も君を抱きしめる。
 
君が僕に流れ込む。
命が、流れ込む。
 
君を抱きながら、僕は道を見つける。
 
フランソワーズ。
僕は、君に何かを与えることができているだろうか。
 
もし…もしも。
こうして君と抱き合うことで、僕だけが満たされているのなら。
君はただ僕に奪われているだけだというのなら。
…僕は、どうしよう。
 
君はいつも微笑む。
あなたの側にいたいの、幸せよ、と囁く。
 
君は嘘をつかない。
それはわかっている。
でも。
 
幸せよ、と微笑む君が、幸せに微笑んだまま、小さく小さくすり減ってしまうことはないのだろうか。
ときどき、僕は不安になる。
君がひどく儚く見えるときがある。
君が…いつか消えてしまいそうに思うときがある。
 
だから、僕は祈る。
今日も、君を抱きながら。
 
君がいつまでも僕の側にいてくれますように。
君が僕を信じてくれますように。
僕が君に何かを与えることができますように。
 
本当に、いつもそう祈っているんだ。
もし、君がいなければ…僕は生きていくことができないのだから。


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