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二周目


  9   距離(原作)
 
 
何かヘンだ……と思った。
違和感がある。ずっと。
 
「おっと…!」
 
気をそらせた隙を、したたかに衝かれそうになった。
危ういところでレーザー砲をよけた002は、慌てて体勢を立て直し、スーパーガンを抜いた。
素早く地上に照準を合わせる…が。
 
爆発。
爆発。
爆発。
さらに爆発。
 
「ぁあっ?」
 
呆然と眺めているうちに、002をねらった戦車群はあっというまに炎に包まれた。
やがて。
 
すっと、赤い小さい姿が現れる。
009だ。
 
「マジかよ…?!」
 
たしか、009はずーっと向こうの方で戦っていたはずだ。
後は任せたぜ!と、空に飛び出して、偵察兼先制攻撃に向かったわけだから…っておい。
 
…先制攻撃するのは、だから、俺なんだけど。
 
009の姿はすぐに消えた。
同時に、はるか前方で火の手が上がる。
 
どーなってるんだ???
何張り切ってやがる、アイツ????
 
「しょーがねーな〜」
 
002は銃をホルスターに落とし、飛行速度を落とした。
 
ま、楽させてもらうか。
こんなこと、滅多にねぇもんな。
 
のんびり飛んでいるうちに、更にはるか前方から、巨大な火柱が上がった。
終わったらしい。
 
いつもこうだったら楽なんだが…と思いつつも、002は気持ちを引き締め直すことにした。
もしかしたら。
本当の戦いはこれから…ドルフィンに戻ってから…なのかもしれないわけで。
 
 
 
内心、びくびくしながら帰ったのだが、意外にも、009はかなり上機嫌に見えた。
おつかれさま、とにこやかに002を迎えた。
 
「疲れたのはお前の方だろう、009」
「そうよ…あんなに無茶して…」
 
009はにっこりして、後ろに立っていた003を振り返った。
 
「無茶なんかしてないさ…まったく、心配性なんだから、きみは」
 
…あ。
 
なんというか。
長年一緒に死線をくぐってきた仲間のカンとも言うべきものだろうか。
 
ヤバイ、と002は直感した。
 
張々湖大人がお茶を入れてくれたよ、と003をうながし、背を向けた009を、002はじーっと見守った。
2秒…3秒…4秒。
…このへんでいいか。
 
「002…?あなたも一緒に…」
「あ?ああ、わかってるって」
 
どきっとしたのを懸命に押さえ、002はなるべくそっけなく003に答えた。
 
ばかやろう、こっち向くんじゃねえ!
やっぱり、全っ然気付いてねえな、この女〜!
 
案の定、009の背中が微かに反応した…ような気がした。
…が、彼は振り返らない。
 
振り返らなくても002には何となくわかるのだ。
なのに、肝心の003にはわからない…らしい。
 
だったら肩を抱くなりなんなりして、それなりにわからせてやればいいものを。
なんっちゅーめんどくさいヤツらだっ!
 
「002…どこか、怪我でもしているの…?」
 
とうとう、003は立ち止まってしまった。
重ねて心配そうに聞く。
このままだと、こっちに戻ってきてしまうかもしれない。
 
009は振り返らない。
003をおいて、ゆっくり…ゆっくり歩いている。
 
…ど、どうする???
 
「コイツは、僕が治療室に連れていこう」
 
いきなり後ろから肩をつかまれた。
008だ。
 
「そう…お願いね、ピュンマ」
「ああ、大丈夫だよ、003…心配いらないから」
 
さすがだ。
そつがない。
 
「ピュンマ」と呼ばれてもごく自然に淡々と「003」と返す。
なかなか咄嗟にはできない心配り、と002は感心した。
少なくとも、自分にはできないような気がする。
 
…とにかく助かったぜ。
 
002は感謝をこめて008を振り返った。
まじめな黒人青年のまじめな目の奥に、確かに笑いが躍っている…のがわかる。
二人がキッチンへ消えるのを見届けると、008は声をひそめて言った。
 
「僕の推定だと、安全距離は半径2メートル…ってとこかな?」
「マジかよ?!」
「早く研究所に帰らないと…やってられないよ、ホント」
 
008は珍しく大げさに肩をすくめてみせ…にっと笑った。
 
 
 
008の話によると。
002が飛び立った後、彼らはおよそ非常識な数のサイボーグ兵士たちに囲まれたのだという。
 
「…で?そいつらが、003に何かしやがったのか?」
「そうじゃないと思うよ…少なくとも、その場で戦っていた僕たちには何が起きたのかわからなかったな…003が特に攻撃されたわけじゃないし、もちろん負傷したわけでもない」
「…触っちまった…ヤツがいたんじゃないのか?」
「それもないと思うな。009が側にいたからね」
「そうか」
 
なるほど。
だったら、ありえない。
 
009が側にいるとき、003に触ることができる敵がいるとは思えない。
 
「じゃ、なんでアイツ、あんなにぶちキレて…」
「よくわからないんだよな、それが…とにかく、気付いたら、009はああなってた…ってわけさ」
 
加速装置全開。
あらゆる敵をすみやかに着実に倒し。
行く手を遮っていた大軍がみるみる消えていく。
 
「ってことは、つまりアレか、ほら…旧約聖書の」
「…ああ、海が分かれるって、アレ?」
 
モーゼの…アレ。
 
「うん、そうだな。そういう感じだった」
「う〜む」
 
見たかったような見たくなかったような。
 
「まあ、そうあることじゃないけどね…たしかに、009があれだけやってくれれば、僕たちはすごく楽できる…でも、それって本来の彼じゃないだろう?何か間違ってるというか…あまりよくないと思う」
「…そうだな」
「とにかく、何があったかはわからないけど、僕の推定では、現在の安全距離・半径2メートル。相当ピリピリしてるぜ、彼。気をつけないと…」
 
半径2メートル…じゃ、たしかにドルフィン号内部で気を抜いてはいられない。
しかも003には自覚なしだし…
 
「それだったら、いっそのことよぉ、てめーのキャビンに連れこんじまってくれりゃ、楽なんだけどな〜!」
「ははは、そうかもしれないね…009にそう言ってみたら?」
「冗談じゃねえ」
 
…それにしても。
002は真顔で008を見つめ直した。
 
「ほんっとにわからないのかよ?何があったのか」
「ほんっとにわからない…僕だけじゃない、アルベルトもグレートもそれなりに考えたんだけどね…わからなかった」
「わからないじゃ困るぜ…もし万一、俺たちがうっかり同じことしちまったら…」
 
とにかく。
敵について言うなら、009の逆鱗に触れたヤツが悪い…で片づければいい。
彼に逆鱗などないと思いこんでかかっていたとしたら、なお悪い。
間抜けなヤツらだ。
…しかし。
 
「まあ…もし万一そうなったとしても、僕たちにあそこまではしないと思うなあ…一応、仲間なんだし」
「…あのな。お前、誰が相手だと思ってる?0・0・9だぞ?」
「…それは、そうだけど」
 
008も難しい表情になった。
 
「そうだな。001に聞いてみるか」
「あのガキ、素直に教えるかぁ?」
「僕か004が聞けば大丈夫さ」
「そういうもんかよ?」
 
とにかく、危険は回避しなければならない。
常に身近に潜んでいる危険ならなおのこと。
 
 
 
「今日は、優しいのね」
 
微かに頬を染めて囁く003を、009は愛しげに見た。
 
「いつもは、優しくない…ってことかい?」
「そうじゃ…ないけど…何かあったの?」
「何か…って?」
「わからないわ…でも」
「本当に…わからない?」
 
やっぱり。
何かあったんだわ。
 
戦いの最中はとにかく必死だから、何があったのか思い出そうとしても難しい。
特に、今回は…特別、彼を怒らせるような何かが起きた…という覚えも全くない。
傷は負っていないし…敵に何かされたわけでもないし。
 
でも、009の様子はいつもと違った。確実に。
ああいう状態になった彼を、003は覚えている。
 
あのときは、敵に押し倒された。
 
戦闘中だから、相手に下心があったとは思えない。そんな余裕はない。
だから、偶然。
まったくの偶然。
 
…だったはずなのだけど。
 
のしかかられて、組み伏せられた…と思うか思わないかのうちに、敵は消えていた。
呆然と起きあがる間に、周囲の敵も瞬く間に倒れ。
やがて、肩で荒く息をしながら、009が姿を現した。
その後も…スゴかったわけで。
 
うぬぼれているかもしれない…と自戒しつつも、いろいろ考えに考えて、やはりあの009の狂ったような戦いっぷりは、自分が襲われたことが引き金になってのことだったのではないか、と003はひそかに結論づけた。
それは嬉しかった…けれど、空恐ろしいことでもあるような気がした。
 
「わからないわ…何が…あったの?」
 
009はちょっと困ったように微笑み、静かに首を振った。
 
「何も…なかったよ。それに、きみがそう思っているなら…なおさら」
「ジョー…?」
 
不安そうに見上げる003を軽く抱き寄せ、唇を触れ合わせると、009は再び微笑んだ。
 
「おやすみ…フランソワーズ」
「ジョー…」
「大丈夫…ゆっくり休んでくれ…目がさめたら、研究所だよ」
 
まだ何か言いたそうにしている003を遮るように扉を閉め、009はほっと息をついた。
 
いっそ、彼女を自分のキャビンに連れ込んでしまいたい。
もう、ひとときも離したくない。
 
が、009は自分をなだめるように、ゆっくり首を振った。
そんなことが許されるはずない。
戦いは終わった…とはいえ、まだここはドルフィン号の中なのだ。
公私混同は許されない、と009は堅く自らを律していた。
 
それに、今彼女を思うままに抱きしめたら、自分がどうなってしまうかわからない…という恐ろしさもあった。
 
彼女も、何かおかしい、と気付いていたようだった。
一方で、実際に何があったのかについては自覚がないようで。
それが、009をわずかに安心させた。
 
彼女がそれを知りたがる気持ちもよくわかったけれど……
009には、そんなことを彼女の耳に聞かせることさえ、汚らわしいような気がするのだった。
 
…アイツ。
 
不意にわき上がった怒りに、009は堅く拳を握りしめ、深呼吸を繰り返した。
 
 
 
赤ん坊はちょっと眉を寄せるようにしながら、大きな目で008を見つめた。
愛くるしい…と言えなくもないつぶらな瞳。
が、もちろん、008にとって、それはほとんどどうでもいいことだった。
 
「君なら、わかるだろう…?009はなぜあんな風になってしまったんだ?何があった?」
「……」
「…001」
 
001はふ〜ん、と鼻を鳴らすようにした。
 
「一応説明するけど」
「…うん」
「でも、きっとあきれるよ」
「わかってる。絶対、くっだらないコトにきまってるんだ。でも、だからこそ知っておきたい」
「まあ…そうだね…」
 
001はふわっとゆりかごから浮かび上がり、008の腕に収まった。
 
「008、きみは、敵の隊長みたいなのがいたのに、気付いた?」
「ええと…サイボーグ兵士のかい?」
「ウン。一人だけ、マスクをしてないのがいただろう?指揮官でさ」
「いたな、そういえば…」
「彼が原因だよ」
「…?」
 
008は首をかしげた。
たしかに、それらしい指揮官はいた…いたけど。
彼が003に近寄ったことなど…
 
「近寄ってはいないけど…『見た』んだよね」
「…見た?…003を?」
「ウン」
「見た…って。それだけ…?それだけなのか、001!」
「それだけ…だなぁ…それで、009は怒ったのさ」
「ちょっと…待ってくれよ〜〜!!!」
 
そんな、「見た」ってなんだよ?
不良少年同士のケンカじゃないんだぞ〜〜!!!!
 
「009は元不良少年だしね。視線には敏感だ」
「…001」
「だから、あきれるよって言っただろ?」
 
あきれるよ…って。
そりゃあきれたけど…でも、それって…
 
「まあ、たしかにタチのよくない視線だった。僕もキレそうになったもん」
「そうなのかい?」
「うん。ソイツ、003を見て、イロイロ考えたんだよ、一瞬だけどね。僕たちを皆殺しにしても、彼女だけは殺さないでおこう、そうして…って」
 
これ以上言うのは、赤ん坊としてよくないと思うから察してくれよ、と赤ん坊はその赤ん坊らしからぬ口を噤んだ。
…なるほど。
それは…たしかにムカつく野郎だ。
 
「でもさ。きみはエスパーだから、わかったんだろう?…あ!そうか、きみ、それで009を煽ったんだな!やる気を出させようとして、テレパシーをこっそりおくって…」
「違うよ。だって、彼の方が早かったもん。気付くの」
「え?」
「彼の思念がいきなり変わったから、驚いて…それで、僕も気付いたんだ」
「……」
「不思議だよね」
「…って、きみがそういうこと言うかな、001…?」
 
だったら…もうお手上げだ。
じーっと額を押さえている008に、001は言った。
 
「しばらく、009には気をつけた方がいい。そうだな、きみたちも003の半径2メートル以内には近寄らない方が安全だ」
「…それは、わかってる」
「009自身は、公私混同しないぞ…ってかなり強く思ってるけどね。仲間が彼女に近づくのは当たり前だし。それで不機嫌になるのは理不尽だし。特に、リーダーとしてそんな身勝手を言うことは許されない」
「まあ、そうだな」
「ホントは彼女を自分の部屋に閉じこめておきたいぐらいの気分なんだろうけど、そういうことは絶対しちゃいけないんだって思ってるからね、009は」
「むしろそうしてくれた方が楽なんだけどな…僕たちとしては」
「そう言ってみるかい?009に」
「…いや」
 
言えるモノならとっくにきみが言ってるだろう、001?
 
「もっとも、009の意志が並はずれて強いのは、きみも知ってるよね、008?」
「もちろんだ」
「たぶん、騒動はおきない。大丈夫だと思うよ」
「たぶん、じゃないさ。絶対、大丈夫」
「……なるほど」
 
そう。
彼の意志の力を僕たちは信じているし。
もちろん、それを試すような真似をしたいと思うヤツだって、僕たちの中には一人もいないからね。
 
「念のため半径2メートル半…ってみんなに言っておこう」
「…きみはいつも賢明だよ、ピュンマ」
 
赤ん坊は深々とうなずいた。


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