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二周目


  2   遊戯(旧ゼロ)
 
 
「もう、ジョーなんか、大キライ!」
 
聞いたことのない声音に、007は飛び上がった。
たぶん、003だ。
この家に女の子といえば003しかいないのだから。
…と、一旦考えなければならないほど、その声は彼女らしくなかった。
 
あわてて居間へ走っていくと、そこにはトランプの札が散らばっていて、009が憮然とした表情で座り込んでいた。
 
「あ…あの、009…?今の、003?」
「うるさいな…宿題は、終わったのか?!」
 
うわ。
 
007は急いで後ずさりした。
これは、マズイ。
たぶん、ケンカだ。
とりあえず、張々湖の店にでも避難…
 
…と、思いかけたとき。
009がやおら立ち上がった。
あわてて道をあける007に見向きもせず居間を飛び出し、荒々しい足音を立てて廊下を歩き、玄関を出て…数秒後。
エンジン音も高く、車は研究所から遠ざかっていった。
 
「やれやれ…と、003、大丈夫かなぁ…?」
 
007はふと天井を見上げた。
二階は静まりかえっている。
 
009とケンカした後の003に声をかけたりしたら、あたりちらされてしまうのがオチだという気もするけれど…でも、もし泣いていたら。
さっきのあの声は尋常じゃなかったわけだし。
しばらく逡巡していた007は、やがて、ぎゅっと唇をかみしめた。
 
オイラだって男だ…!女の子が泣いてるかもしれないのを放ってはおけないよ!
 
 
 
003の部屋をノックしても、返事はなかった。
そうっと扉を開けてみる…と。
003は、ベッドに突っ伏すようにしていた。
 
「003…?」
 
おそるおそる近づき、しゃくり上げるような息づかいを確かめた。
やっぱり泣いている。
 
「ねえ…003…泣くなよ…どうしたんだい?」
「…ジョー…は…?」
「う、うん…帰った…みたいだよ」
 
007は途方にくれて、泣きじゃくる003を見つめていた。
 
「何があったのかしらないけどさ…009のアニキ、ヒドイよな…女の子泣かせて、そのまま逃げるなんて…それが正義の味方のすることかいっ!」
「女の子じゃ…ないわ」
「…へっ?」
「ジョーは、女の子には…優しいもの」
「う。そ、それは…まぁ…」
「私は、女の子じゃないのよ」
「…003」
 
胸がしめつけられるように痛んだ。
007は思い切り003の両肩をつかみ、強く揺すぶった。
 
「ねぇ、003…知ってるだろ?オイラはいつだってきみの味方さ。話してくれよ、何があったのか…話によっちゃ、いくら009でも勘弁しないぜ!」
「無理よ…あなたじゃジョーに敵いっこないわ」
「っと…キッツイなァ…」
 
コレだから女の子扱いしてもらえないんじゃないの?かわいげないんだから…と言いかけた言葉を、007は危うく呑み込んだ。
 
「トランプ、してたんだよね?009がズルしたのかい?」
「違うわ…私が…勝っていたの。そしたら、ジョーが…『見』てるんじゃないか…って、言い出して…」
「…何のゲーム?」
「ババ抜きよ」
「…ババ抜き?」
 
二人で、ババ抜き…?
それって、楽しいの?
 
いや。
そういえば、張々湖大人が言ってたっけ。
オトナの恋人同士には、コドモだとわからない楽しみ方があるとかなんとか…
 
ソレか。
たぶん、そうだ。
 
で、それはそれとして。
 
「003がゲームのときに能力を使うはずないじゃないか!009も大人げないなあ…いっくら負けて悔しかったからって…」
「悔しかったんじゃないのよ、ジョーは…ジョーは、罰ゲームがイヤだったんだわ…そんなの、わかっていたけど…でも、あんなに嫌がるなんて」
「…罰…ゲーム?」
 
003はハッと顔を上げて、007を見つめ、あわてて涙をぬぐった。
 
「ううん…何でもないの。ごめんなさい、心配かけて…そう…よね、大人げない…わよね、ババ抜きでケンカして泣いてるなんて」
「003…」
 
さっぱりわからないけど…なんか、腹立ってきた…!
009が悪いよ、絶対っ!
 
たしかに009は僕らの中で一番強いし、リーダーだ。
でも、だからって威張っていいはずないし!
…いや。
そりゃ…009がわけもなく威張ったことなんてない…と思うけど。
 
 
 
「くだらないね、ほっとくヨロシ」
 
張々湖飯店の店主はにべもなかった。
 
「そりゃ、オイラだって、夫婦喧嘩は犬も食わない…って言葉くらい知ってるさ」
「生意気アルな」
「だって、003が…泣いてるんだよ…!」
「ま、目の前で可愛いコちゃんに泣かれたら、動揺するのもわかるアル」
「とにかく、009をぎゃふん〜!っと言わせてやりたいんだ!」
「あぁ、ムリムリね〜、そんなこと考えるの、アンタ百年早いアル!」
 
007はすっかりムクれて、椅子に座り込んだ。
 
「ちぇ〜っ!オイラ、ギルモア博士に改造し直してもらおっかな…009よりずーっと強くて、ずーっとかっこいいサイボーグにさ」
「くだらないコト言ってないで…ホレ!」
「…ん?」
「それ、003に持っていってあげるヨロシ…きっと機嫌直るね」
 
006が鼻歌まじりに積み上げた中華饅頭の山に、007は一瞬目を輝かせ、つばを飲み込んだ。
 
…が。
 
「ふざけんな…!傷ついた女の子が、こんなもんでごまかされるもんかっ!」
 
007の剣幕に、006は一瞬たじろぎ、う〜ん、と天井を仰いだ。
 
「まぁ、気持ちはわかるアルけどねえ、007…『腹が減っては戦ができぬ』って言葉もあるアルよ!」
「誰が誰と戦うのさ?」
「細かいことは気にしないアル!とにかく持っていくね〜!」
 
持たされたからには、温かいうちに持っていってあげたいような気もして、007は研究所へと急いだ。
009の車はない。
ギルモア博士もまだ戻っていないようだった。
 
「003…?」
 
007はそうっと玄関に入り、二階へ上がった。
003の部屋はひっそり静まりかえっている。
内側からカギがかかっていた。
 
「003…006に、おいしい饅頭もらってきたんだ…一緒に食べようよ…お腹すいただろう?」
 
ややあって、細い声が応えた。
今、食べたくないの…ごめんなさい。さめないうちに食べて…と。
 
しょんぼり階段をおりかけた007の耳に、聞き慣れたエンジン音が届いた。
 
「…009…!帰ってきた!」
 
チックショウ、と口の中でつぶやきながら、007は玄関へ走った。
 
「ただいま、003…!」
 
拍子抜けするほど明るい声に、007はカッとして叫んだ。
 
「なぁにが、ただいまだよ、009!…どこいってんたんだ、003ずーっと泣いて…わっ!」
「おっと…!だいじょうぶか、007…あれ?どうしたんだ、それ…おいしそうだな」
「006の特製中華饅頭さ…触るなっ!003のために作ってくれたヤツなんだから…!」
「003…?それはちょうどいい…もらってくよ!」
「な、な、何するんだよ〜!」
 
階段を半分ほど駆け上ったところで、009はあ、そうか、と足を止め、紙袋から饅頭を取り出すと、続けて二つ、007に放った。
 
「それ、きみが食べるといいよ…!」
「ンだとぉ〜っ?ふざけんな〜!!!!」
 
一気に階段を駆け上がり、勢いよくノックする気配があって。
次の瞬間。
ばりばりばりばりっ!とすさまじい音に、007は飛び上がった。
 
ドア、壊しやがった、009のヤツ〜????
 
…そして。
それきり、音はぴったりやんだ。
怒鳴り声も泣き声も聞こえてこない。
しばらく息を殺していても、やはり何も聞こえない。
 
007は意を決し、両手に饅頭を持ったまま、そうっと階段を上り始めた。
 
 
 
壊れたドアが廊下に転がっている。
 
むちゃくちゃだよ…とため息をつきつつ、007は部屋の手前で立ち止まった。
これ以上進んだら、向こうから見えてしまう。
 
「おいしいかい…?」
「ええ…ジョーも食べて」
「僕はいいよ…こんなに泣いて、お腹がすいただろう?」
「意地悪…!」
 
…あれ?
 
「002がさ、『オマエ罰ゲームはどうしたんだよ?』ってうるさかった…もう、目がきらきらしちゃっててさ」
「…ごめんなさい」
「きみが謝ることないよ…だまされてただけなんだから」
「でも…」
「それとも…今、していいかな、罰ゲーム?」
「…え」
「002に話を聞いて…だったらやればよかったな〜って、ちょっと思ったんだ」
「ジョー!」
「ね…いいだろ?」
「駄目…!駄目よ、もう…もう、時効です!」
「えぇ〜!」
 
えぇ〜!って言いたいのはこっちだよ。
なんなんだ、すっかり仲直りしてるじゃないか。
 
「それじゃ…もう一勝負しようか?」
「…え?」
「002に新しいゲームを教わってきたんだよ…ちょっと難しいんだけど」
「まあ…なぁに?」
 
ぱらぱらぱら、と軽やかにカードを扱う音がした。
 
「『ナポレオン』っていうんだって。知ってる?」
「いいえ…」
「ふふっ、フランス人なのに知らないのかい?じゃ、教えてあげるよ。今度は負けないぞ…!きみに罰ゲームしてもらわなくちゃね」
「ジョーったら…もうしらない…!」
 
くすくす忍び笑いする二人の気配に、007は深いため息をついた。
なんか…いいけどさ。
これじゃ、晩ご飯は出てこないかもな。
饅頭二個じゃもたないよ〜!
 
よろよろ階段を下りると、玄関が開いた。
ギルモアが出張先から戻ってきたところだった。
 
「おや…?007…003はどうした?」
「009と夢中で遊んでるから駄目ですよ、博士…夕ご飯は張々湖飯店に行きましょう」
「ム?遊んでる…って…また二人でババ抜きかね?」
「いえ…『ナポレオン』って言ってました」
「……」
 
まじまじと007を見つめ、二階を見上げ、足下に目を落とすと、ギルモアは無言で荷物を持ち直した。
 
「あ、オイラが持つよ、博士…!」
「年寄り扱いせんでいいわい…!全く、おかしな子たちじゃ…が、まぁ、悪い遊びをしているわけでなし、よしとするか…たまの平和を楽しんでおるわけじゃからして…」
「よくわかんないや…ねぇ、ギルモア博士?」
「…うん?」
 
靴をとんとん、とはき、007はギルモアを見上げた。
 
「『罰ゲーム』って、悪い遊びじゃないですよねぇ?」


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