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三周目


  11   距離(旧ゼロ)
 
 
 
「あの」
 
不意に真顔で見つめられ、003はたじろいだ。
 
「な…なにかしら、翔太さん?」
「前から聞きたかったんですが…あの人は、あなたの…その、恋人…なんですか?」
「あの…ひと?」
「島村さん…です」
「え…?」
 
声が、出なかった。
そんな003を寂しそうに見つめ、翔太は深い溜息をついた。
 
「やっぱり…そうなんですね」
「あ、あの…待って。私たち、そういう、わけじゃ…」
「でも…」
「私たちは、仲間なの…志をともにする、大切な仲間」
「志…?仲間…?」
 
003は深呼吸した。
まだ胸が高鳴っているような気がする。
 
「そうよ。あなたを苦しめた人たちのように、自分のことだけしか考えず、平和を乱す人たちが、世界にはたくさんいるわ。そういう人たちと戦うの。それが、私たちの使命なのよ」
「使命…それじゃ、彼は使命をともにする同志、ということですか?」
「…ええ」
「なる…ほど」
 
考え込んでしまった翔太を、003はけげんそうに見つめた。
 
だ…大丈夫よね、今ので。
びっくりしちゃった。
 
 
 
「僕が003の…恋人か、だって…?」
 
目を丸くした009を007はむやみにつっついた。
 
「そ!どうやら翔太さん、003にぞっこんらしいよ」
「それはまた…」
「そりゃ003は美人だけどさ、結構気が強いじゃじゃ馬なのになぁ…その辺わかってるのかね、翔太さん」
「ヒドイ言い方するな、君も…それで?003は、彼に何て言ったんだい?」
「なんだ…興味あるんじゃない、やっぱり」
「わざわざ告げ口にきたんだろ?最後まで言えよ」
 
どこか面白そうな表情の009に、007はちぇっと軽く舌打ちした。
 
そりゃあね、アニキがこれっくらいで慌てるとは思ってなかったけどさ。
それにしても……
 
「それはもう、優等生の答だったよ。私たちは志をともにする、大切な仲間同士です、だってさ」
「うん。そのとおりだ」
 
…で?
それで、終わりなのか、アニキ?
 
終わりらしい。
009は新聞を広げ直している。
 
「やっぱり、つまらないな…アニキってさ」
「どうでもいいけど、店の掃除はすんだのかい?張々湖が探してたぜ」
「…え!そりゃマズイ!」
 
慌てて駆け出そうとして、007は目を丸くした。
 
ふーん。
ちょっとは気になってるのか。
 
「009、新聞逆さまだよ〜!」
「…え?」
 
 
 
翔太は、009たちが追っていた事件に巻き込まれ、助けられた少年だった。
バレエダンサーを目指していた彼だったが、事件の中で運悪く足を痛めてしまった。
バレリーナでもある003は、そんな彼を心配し、事件が解決した後も、ギルモアに丁寧な治療を依頼していたのだった。
そういうわけで、彼はここのところ頻繁にギルモア研究所を訪れている。
 
「うん…これでもう大丈夫。完全に治ったわい」
「ありがとうございます、ギルモア博士…!」
「よかったわ…」
「ありがとう、フランソワーズ。君のおかげだよ」
「そんなこと…これでまたしっかりお稽古できるわね」
「ああ。いつか、君と踊れたらいいな」
「…そうね…いつか」
 
ふとうつむく003の肩を、翔太はいたわるように抱いた。
 
「いつか、踊れるさ…僕は信じているよ」
「…ありがとう」
 
不意にドアが開いた。
009が紙袋を抱えて立っている。
 
「こんにちは、ギルモア博士…!いらっしゃい、翔太くん」
「こんにちは、島村さん…いろいろお世話になりました」
「翔太さんの足、完全に治ったのよ、ジョー」
「そうか…!それはよかった!」
 
009はがさごそと紙袋をテーブルに置いた。
003が不思議そうにのぞき込む。
 
「これ、なあに、ジョー?」
「当ててごらん…たぶん、君の好きなものさ」
「何かしら…まあ、毛糸…?こんなにたくさん…!どうしたの?」
「もらいものだよ。スポンサーから回ってきたんだ」
 
007も、どれどれ…とのぞきにきた。
 
「ホントだ…!いっぱいあるなあ…!ねえフランソワーズ、コレで僕のセーター編んでくれよぉ〜」
「ふふっ、そうね…みんなのがおそろいで編めそうだわ…ありがとう、ジョー」
「どういたしまして…フランソワーズ、僕にもコーヒーを一杯もらえるかい?」
「ええ。ちょっと待ってね」
 
立ち上がった003はふと振り返り、翔太がじっと見つめているのに気付いた。
 
「あ…ごめんなさい、翔太さん…ね、にぎやかでしょう?」
「いえ…お気遣いなく。みなさん、本当に仲がいいんですね…」
「ああ。僕たちはみんな、きょうだいみたいなものさ」
 
明るく言い放つ009に、翔太はどこか寂しそうな笑顔を向けた。
 
 
 
駅まで歩くから、と固辞する翔太を、通り道だから、とクルマに乗せ、009は研究所を出た。
なんとなく沈黙が落ちる。
 
「…あの、島村さん」
「ジョー、でいいよ」
「僕…これからも、研究所にいきたいです」
「うん。そうしてくれると、きっとみんな喜ぶよ。フランソワーズもね」
「そう、ですか」
「どうかしたのかい?」
「…いいえ」
 
また沈黙が流れる。
009がぽつん、とつぶやくように言った。
 
「彼女には、フツウの友達が…必要だ。君がそうなってくれると、僕も嬉しい」
「…それって」
「僕は、彼女の恋人じゃないし…フツウの友達でもない。きょうだいでも…ないな」
「…ジョー」
「でも、君なら、フツウの友達になれる。きっとね」
「恋人には?」
 
009は小さく息をついた。
 
「無理だよ…それは」
「なぜ?」
「なぜって……」
 
それきり口を噤んだ009に、翔太は苛立たしげに言った。
 
「いや、理由なんてどうでもいい。どうして、アナタにそんなことを言われなくちゃいけないんだ?」
「どうして…?さあ、どうしてだろうな」
「僕は、諦めません。あの人が好きなんだ!」
 
いきなり、クルマが止まった。
はっと息をのむ翔太に、009はゆっくり向き直った。
 
「君がどんなに彼女を好きでも、彼女が君を好きになっても…彼女に一番近いモノは、僕たち00ナンバーサイボーグだ。それを承知してくれるなら、君は彼女のいい友達になれると思う」
「そんな…!」
 
翔太は絶句し、やがて呻くように言った。
 
「…ジョー。あなたは、卑怯だ」
「そうか…な。そうかもしれない」
 
009はまた前を向いて、エンジンをかけ直した。
 
 
 
それから数ヶ月後。
003がいきなり009の部屋を訪れたのは、雪がちらちら舞う寒い夜だった。
 
「ごめんなさい、こんな時間に…」
 
申し訳なさそうに肩をすくめる彼女を慌てて部屋に入れ、お茶をわかそうと台所に入る009を、003はすぐ帰るから、と引き留めた。
 
「これを渡したかっただけなの…」
 
紙袋から取り出したセーターに、009は目を丸くした。
 
「これ…君が?」
「ええ…あなたのが9枚目。最後になっちゃったわ」
「ホントにみんなの分、編んだのか?」
「そうよ」
「スゴイなぁ…」
 
着てみて、と言われて、おそるおそる袖を通してみる。
ぴったりだった。
 
「うん、暖かい…ありがとう、フランソワーズ」
「よかった、気に入ってくれた?」
「ああ…とても」
 
とにかく、座れよ、と彼女をソファに押し込むように座らせ、ジョーはあり合わせの菓子をテーブルに並べた。
 
「何もいらないわ…晩ごはんがすんだばかりだもの…あなたは?」
「僕もさっき終わったよ…今日のオカズ、なんだったんだい?」
「チキンソテーとポテトサラダよ」
「へえ…!」
「ふふっ、ジョー、好きでしょう?」
「うん…ごちそうになりにいけばよかったかな」
「口ばっかりなんだから…本当に、たまにはいらっしゃい…事件のときばかりじゃなくて」
「うん、そうするよ」
 
信じられないけど、と肩をすくめる003を、009はなんとなく見つめた。
 
「これ、彼の分も…編んだの?」
「いいえ」
 
即答だった。
何も聞き返そうとしない彼女に、胸が微かに痛んだ。
 
「翔太さん…このごろ来なくなったわ」
「…そう」
「あなたのことが…わからないって…そう言ってた」
「そうか」
「…わからないかも、しれないわね」
「…うん」
 
009はふと耳を澄ませた。
雪が、積もり始めているのか、不思議なほど静かだった。
平和な…これ以上ないほど、平和な夜。
 
ここに、君がいる。
君は…いつも僕の近くにいる。
手を伸ばせば、届くところに。
 
でも、僕は手を伸ばさない。
今は…こんな静かな夜だから。
 
「寂しく…なった?」
「そうね。でも…」
 
003は009を見上げ、優しく微笑した。
 
「私は、幸せよ」
「……」
「あなたは?」
 
009も静かな微笑を返した。
 
「僕も、幸せだよ…003」
 
そう。
君がいてくれる。
いつも、僕の近くに。
 
手を伸ばせば、届くところに…いつも。
 


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