1
これで、数え始めてから5人目。
数える前にも何人かいたから、もう10人に到達しそうな勢いだ。
なんなんだ、この国はっ!!!
009はしだいに苛立ちが募るのを感じていた。
そうしているうちにも…6人目。
003は何も気付かないようにすたすた歩いている。
いままでの男たちはそれであきらめた…が。
ソイツは違った。
なにやら話しかけながら、しつこく彼女を追いかけていく。
とうとう、彼女の前に両手を広げて立ちふさがった。
…コイツっ!
反射的に飛び出しそうになったとき。
003の右手がさっと閃き、したたか男の頬を打った。
009は思わずぎょっと立ち止まった。
周囲の人々の動きも一瞬止まった。
彼女は無言のまま、呆然と立ちすくむ男をおいて再び歩き始めた。
誰からともなく吐息がもれる。
もちろん、009も息をついていた。
スゴイ…じゃ、なくて。
そうだ、いけない!
目が覚めたような気持ちで、009は軽く頭を振った。
つい彼女を追いかけてしまって、持ち場から遠く離れすぎた。
なんなんだよ、本当に…この国は。
2
どうもちかけようかと小一時間悩んだ。
さりげなく、言った方がいい。
003は弱音を吐くことがほとんどない。
自分からは絶対に言わないはずだ。
そして、こちらから「明日から僕と一緒に行動しよう」と言えば、当然「どうして?大丈夫よ」と返されるに決まっている。
大丈夫といえば大丈夫…なのかもしれないけれど。
009はぐるぐる考え続けた。
とにかく…このままにしておけない。
かわいそうじゃないか。
そうでなくても、彼女の任務は神経をすり減らすモノなんだ。
フツウの男が…屑みたいなヤツだとしても…近寄ってくれば、それだけでとりあえず煩わしい障害となる。
そうだ、そんなときに、イキナリ敵に襲われたりしたら…
いや、ありえないけど。
ありえないけど、ありえないことが起きるのが戦いというものじゃないか!
そうしたら、彼女は絶対にソイツを庇う。
なんとしてでも。
屑みたいなヤツであっても。
戦闘力が十分でない003が、奇襲攻撃を受けたとき、他人を庇いながら戦うなんて、至難の業だ。
至難の業だけど、彼女は絶対にソイツを庇う。
自分の命を投げ出して。
そいつが、屑みたいなヤツであったとしても…だ!
そんなことがあっていいはずないじゃないか!
それはきわめて明快なことだと思われた。
でも、それを003に説明しようと考えた途端、009は途方に暮れるのだった。
まず、こんな風に切り出してみるとして。
「明日から、僕と一緒に行動しよう、003」
「どうして?大丈夫よ」
問題は、その後だ。
「今日、たまたま近くにいたとき、君を見たけれど…」
…うん。
これは不自然じゃない。
本当にそうだったわけだし。
「ヘンなヤツに声をかけられていただろう?」
「やだ…見ていたの、009…大丈夫よ、ああいうのはこの国の挨拶なのよ、きっと」
…とかなんとか。
彼女はきっとそんなようなことを言うだろう。
挨拶のわけないじゃないか!
いや、たとえ9割方そうだとしても、世の中にはとんでもないヤツだってきっと混ざってるわけで…そういうのって、僕たちがさんざん思い知らされてきたことで…!
「でも…それはどこにいても同じことだわ…ごめんなさい、009…私に力がないから…そんな心配を」
…あれ?
そういう話をしてるんじゃない…ああっ、これじゃ彼女を責めているみたいだ。
彼女はそれをすごく気にしている…戦闘能力が低いことを。
そっちに話が行くと、また彼女を傷つけてしまうかもしれない…
「そうじゃない、フランソワーズ!キミになれなれしく声をかける男を片っ端から蹴散らしてやりたいだけなんだ、ボクは!」
「ぅわあっ?!」
仰天して振り向くと、赤ん坊がふわふわ浮かんでいた。
「ゼ…001?」
「そう素直に言えばいいじゃないか、009」
「心をのぞいたのか?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ…こんな至近距離でぶつぶつぶつぶつフランソワーズフランソワーズフランソワーズって連呼されたら聞かないわけにいかない…目が覚めちゃったし」
「…なっ!」
「いま誰か、呼んだ…?あ、001…目が覚めたのね!」
「ウン!」
凍りついたように立ちすくむ009の頭上を、001はゆらゆら飛び越え、003の胸におさまった。
「ボク、おなかすいちゃったんだ」
「わかったわ…すぐミルクをあげるわね」
お、驚いた。
心臓が口から飛び出そうなほど…って、こういうこと言うのか。
009はぐったり壁によりかかった。
3
その夜。
打ち合わせの席で、イキナリ002が言った。
「003、明日から俺と組もう」
「…え?」
「002…?」
009は弾かれたように顔を上げ、まじまじと002を見つめた。
002は微かに眉を寄せるようにして続けた。
「まあ、見るともなく見ちまったんだが…お前、今日へんなヤツらに声かけまくられてただろうが」
「やだ…見ていたの?」
「まぁな」
「私は大丈夫よ…きっと、ああいうのって、この国の挨拶のようなものなのよ」
「俺が気にくわねえ、って言ってるのさ…あんな屑野郎どもがオマエになれなれしく話しかけるなんざ…イライラするぜ」
「……」
なんだ…?
いったい…なにが…まさか。
009は素早く001を見た。
赤ん坊は003の胸に顔を埋めるようにして、じーっと目を閉じている。
タヌキ寝入りだ。
間違いない。
「構わねえだろ、009?」
「え…」
咄嗟に返事ができなかった。
代わりに008がうなずいた。
「いい考えかもしれないな。もちろん、そんなヤツらだけなら003一人でも十分あしらえるだろうけど、たしかに索敵中は自分の身の回りのことがおろそかになりがちだ」
「…でも」
「俺も賛成だ…そう人手がいる作戦じゃなさそうだしな。それより、安全を確保できた方がいい」
「004まで…私、本当に…」
「気にするなよ、003…かわいくない女だな〜!」
「…まあ」
可愛らしく尖らせたバラ色の唇に人差し指を軽く押しつけ、002は笑った。
…そのとき。
009の中で、何かがぷつん、と切れた。
「ボクが、行く!」
「…へ?」
勢いよく立ち上がった009を、仲間たちは一斉に見た。
が、009はひるまなかった。
「002が欠ければ、作戦の展開は二次元上のみになってしまう。影響が大きい」
「…なるほど?」
004は鼻で笑いつつ、うなずいた。
4
本当に、何なんだ、この国は!
003と歩き始めて2時間足らず。
009は目に見えて憔悴していた。
フツウ、男と歩いてる女の子に声かけるかっ?
これまで003に話しかけてきた男性は4人。
その誰もが、009などいないかのようにふるまった。
そして、003は落ち着き払って彼らを斥けた。
これでは、一緒に歩いている意味がない。
それとも…
恋人同士になんか見えない…ってことなのか?
要するにボクがナメられてるんだ。
年より子供に見られることが多いし……特に外国だと。
「…009?」
いきなり肩を抱き寄せられ、003は驚いて009を見上げた。
「ごめん、003…全然役に立たなくて」
「なんの…こと…?」
怪訝そうに見つめられて、009はぎゅっと唇を結ぶと、決然と彼女の肩から腰へと手を滑らせた。
思わず悲鳴が出そうになるのを懸命に抑え、003はわずかに身を堅くした。
「やっぱり、002の方がマシだったかもしれない」
「あの、ジョー…」
「でも、なんとかするから。透視に集中してくれ」
そ、そんなこと…言われても…!
003は真っ赤に頬を染めてうつむいた。
こんなに009とぴったり寄り添って歩いたことなどない。
烈しくうつ鼓動も、彼の腕に伝わっているかもしれない。
そう思うと、このまま消えてしまいたいぐらい恥ずかしい。
索敵どころではなかった。
とにかく、ずんずん歩く。
二人はぴったり寄り添ったまま、むやみに歩いた。
…が。
「美しいお嬢さん、ごきげんよう」
009は耳を疑った。
いつのまにか、003の横に体格のいい男が立っている。
カッと血が上った。
「彼女に、何の用だっ?!」
003の腰に回した手にぐっと力をこめ、更に引き寄せながら、009はありったけの怒りをこめて言った。
が、男は彼を黙殺した。
戸惑う003の左手を恭しくとり、甲の中指に唇を当てる。
いつもなら間髪を入れず頬をひっぱたくところだが、009に引き寄せられているので、右手が自由にならない。
「…放して」
氷のような声で、003は短く言った。
ひややかな殺気のこもった声音に、009は思わず彼女の腰からびくっと手を放してしまった。
が、男の方は全くひるまない。
唇を放すと、ぐい、と力をこめて彼女の左手首をつかみ、引き寄せようとした。
003の右手が翻った…瞬間。
男が、飛んだ。
…ように、見えた。
003は、肩で息をしている009を素早く振り返った。
まさか…今、加速…?!
男は人のいないベンチへと頭から落ちた。
ベンチがバラバラに壊れる。
003はあっと我に返り、次の瞬間、男を透視し、叫んだ。
「サイボーグよ!」
「…っ!」
009が消えるのを確認し、003は素早くその場にうずくまった。
続いて起きるであろう、爆発なりなんなりに備えて。
5
001が起きていたので、捕らえた男から情報を得ることはかろうじてできた。
彼の任務は街で探査をしているであろう、サイボーグ003を探し出し、彼女を妨害または抹殺することだった。
敵の持ち駒が予想以上に少ないこともわかった。
彼と同型のサイボーグは他におらず、情報戦についてはこれでほぼ収束したと言える。
もちろん、こちらの圧倒的勝利だ。
「とりあえず、読み取れたのはそれだけ。あとは彼の回復を待たないと。できれば、しゃべれるぐらいにしておいてくれると楽だったんだけどなあ…」
「無理言うなよ、001」
009は珍しくひややかに口答えした。
001は口をつぐんだ。
003がとりなすように言った。
「私がいけなかったの…始めに気付かなかったから…ごめんなさい。009はすぐわかったのに…」
「わかった…って?」
「あの人がサイボーグだってこと」
「……」
「009が急に加速装置で攻撃したから、私、びっくりして…それでやっと透視したの」
「……」
「フーン、さすが009…戦闘のプロフェッショナルだ。気にすることないよ、003…キミは遠くを見ていると、身の回りのことがおろそかになる…そのための護衛だったんだから。つまり全ては作戦どおり、当然の仕事をしたってことさ。そうだろ、009?」
「…あ、ああ」
ぷい、と席を立った009を、008は面白そうに見送った。
「003、キミも疲れただろう?明日からはここで少し休むといい」
「…でも」
「もう街を探査する必要もなくなったからね…それに、キミのことが心配で任務どころじゃなくなっちゃうヤツもいるわけだし」
003はほんのり頬を染めた。
「もう…!002って、大げさなんだから…」
「…え?」
「あんなの、よくあることなのに…声をかけてくる人って、そんなに悪い人じゃないことが多いのよ」
「そ、そうなのかい?」
「親切にしてくれることもあるし」
「日本でも?」
「ええ」
「…そっか」
008は懸命に笑いをこらえながら言った。
「ほら…002は、自分に何か後ろ暗いコトがあるんだよ、女の子については…だからさ、きっと」
「…そうかしら」
「ああ…ほら、寝た寝た…!」
押し出すように003を作戦室から追い出し、振り返ると、001がじーっと見ていた。
「ごくろうさま、008…疲れるよね、あの二人」
「うん…いや、彼らもキミに言われたくはないかもしれないけど」
「ねえ、008、賭けをしないか?」
「賭け…?」
赤ん坊はふわっとゆりかごごと浮かび上がった。
「009は、あの男がサイボーグだとわかった上で加速攻撃した…かどうか」
「それって、賭けになるのかい?」
「無理かな、やっぱり」
「無理さ。それより、こっちの方がいいと思うよ…あの男は、003の隣にくっついてたのが、『あの』サイボーグ009だと気付いていたかどうか」
赤ん坊はしばし考えこみ、言った。
「それも賭けにならないなあ…」
「ってか、キミにはわかってるんだろう?」
「まあね」
ゆりかごが微かに揺れた。
どうやら、笑っているようなのだった。
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