Top ゆりかご 更新記録 案内板 基礎編 発展編 二周目 三周目 四周目 五周目
四周目


  3   闇夜(超銀)
 
 
どうしよう。
 
私はあなたのもの。
でも、あなたは私のものとは限らない。
 
そう納得したはずじゃなかったの?
ずっとずっとそう納得していたのに。
あの、海辺。
あの夕映えが、私たちを惑わせた。
 
そして今、この星の夕映えが、あなたを惑わせる。
 
そうよ、ジョー。
それは、ただの迷い。
はかない夢にすぎない。
早く、目を覚まして……!
 
あなたは私のものではない。
でも……
 
あなたが夢の中へと去ってしまったら、私はひとり残される。
どこまでも暗い、闇の中に。
 
 
 
「不思議だわ……」
 
ぽつりとつぶやいた003に、008はひそかに眉を寄せた。
 
「何が?…月が二つあることかい?」
「それも、不思議だけど……」
「まあ、ココに僕らがいること自体が不思議なんてものじゃないくらい、不思議なことだけどね 」
「…ふふ、ほんとね…あのね、私、ずーっと、コドモの頃から不思議に思っていたことがあるの 。それを、思い出したのよ」
「コドモの頃から?」
「ええ…笑っちゃいやよ……どうして、昼は明るいのかしら…って」
「…え?」
「だから…ロケットが月に行くでしょう?そうするとね、お日様に近くなっていくはずなのに、 どんどん暗くなっていくの」
「ああ。それはつまり、大気圏の……って、そんなことは君、今なら知ってるだろう?」
「もちろんよ…でも、やっぱり不思議な気がする。私たち、この星を飛び立ったら、ほんの一分もたたないうちに、また闇に包まれてしまうのよ」
「……なるほど?」
 
008はようやくうなずき、微笑した。
 
「どうしたんだ、003?ちょっと弱気になってる?」
「……」
「…009は、大丈夫だよ」
「…え?」
 
はっと顔を上げ、またすぐにうつむいた003を優しく見下ろし、008はさりげなく続けた。
 
「君の言うとおり、たしかに不思議だ。この世界は闇に包まれている…無限に広がる闇に。そして、同時に僕たちは、いつも光に照らされてもいるんだ。ただ、気付かないだけでね」
「…008」
「ほんの少しのことさ、それに気付くために、僕たちに必要なものは…そうだな、たとえば、ささやかな大気圏を持つちっぽけな惑星とか、たった9人の仲間……とかね。君も、そう思うだろう?」
 
 
 
あなたの夢の中に、私は入れない。
だから、私は途方にくれる。
幸せそうに眠るあなた。
いつまでも目ざめないあなた。
 
そっと肩に手をかけて、揺り起こせばすむこと。
きっとそう。
…でも。
 
怖い。
目ざめたあなたの奥に悲しみがよぎるのを見てしまったら。
もし、あなたの目にうつるものが闇でしかなかったら。
 
私は、まだあなたの光でいられる?
あなたは、まだ私を照らしてくれる?
もし、そうでなかったら……
 
なんて、はかない、ちっぽけな私たち。
怖いのよ、ジョー。
私たち、闇にのまれてしまう。
私も…あなたも。
 
それなら。
それなら、あなたを起こしてはいけない。
あなたが、もうひとつの夢の中で、もうひとつの光を手に入れたのなら。
 
闇に沈むのが私だけですむのなら。
 
 
 
その日も、009は夕食時に戻らなかった。
理由は、わかりきっている。
 
誰もが、いいかげんにしろよと言ってやりたい気持ちでいる、と008は思った。
もちろん、自分も含めて。
しかし。
 
いいかげんにしなければいけないと、誰よりわかっているのは009なのだから。
そんなこともわからない男なら、そもそもこんなことにはならないだろう。
それでも……。
 
微かな足音に、008は眉を上げた。
009だ。
 
 
「ジョー、遅かったな」
 
穏やかな声に、009は立ち止まった。
008が微笑している。
責められているわけでもないのに、なんとなくうつむいてしまう。
 
「…食事は、どうした?王宮ですませたのかい?」
「ああ。一応…断ったんだけど……」
「僕に言い訳する必要なんてないさ…大丈夫、みんなわかってる…フランソワーズも」
「……」
「君は、幸せだな」
「…すまない」
「だから。僕に謝ることはないって」
「…ピュンマ」
「もちろん、フランソワーズにもね」
 
驚いたように顔を上げる009に、008はまた微笑した。
 
「謝る必要なんてない。君は、自分が信じるとおりに動けばいいし、そうするしかないんだ」
「…どういう、意味だ?」
「そういう、意味さ……ジョー、君は昼が明るいのは当然だと思っているかい?」
「…ピュンマ?」
「いや。絡むつもりはないんだ…そう見えたのなら、許してくれ。おやすみ…ジョー」
 
音もなく闇に消える008を見送りながら、009はぼんやりと立ちつくした。
昼が、明るいのは……当然か…?
 
 
 
呼び止められ、003は静かに振り返った。
009は小さく深呼吸してから言った。
 
「明日、王宮に来てくれ」
「…王宮…に?」
「日暮れの頃がいいな…ああ、そうだ、夕食の準備ができたら、呼びに来てくれないか?」
「どうしたの、009」
「ダメかい?」
「いいえ…でも」
「君は、まだこの星の王女に…タマラに、会っていなかったね」
 
うつむいた003は、いきなり強く抱き寄せられ、思わず身を堅くした。
 
「…ジョー?」
「僕を、信じてくれるなら…来てくれ」
「……」
「…いいね?」
 
曖昧にうなずく003を、009は再び抱きしめた。
 
 
どうしてだろう。
君はここにいる。
それなのに。
 
今、ふと、君が消えてしまうような気がした。
深い闇の中に。
 
これ以上、離れてはいけない。
僕は、君を離してはいけない。
見失ってはいけない。
 
僕たちは……二人きりなのだから。
 
この、無限の宇宙の中で。
気が遠くなりそうな闇の中、ただ二人きりなのだから。


前のページ 目次 次のページ

Top ゆりかご 更新記録 案内板 基礎編 発展編 二周目 三周目 四周目 五周目