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五周目


  8   闇夜(新ゼロ)
 
 
「そんなこと、ありません。ジョーは仲間です。私とはそれ以外の何でもありませんから!」
 
夢中で言い放った。
が、じーっと見つめられ、フランソワーズは思わず目をそらした。
嘘は言っていない。
言っていないけど……
 
「うーん?」
「…ナンシー?」
「嘘じゃ…ないみたいねえ…信じられないけど。少なくとも、ジョーの返事よりはあなたのほうが歯切れがいいわ」
「まさか、ジョーにも…聞いたんですか?こんなこと?」
「もちろんよ。順序としてはそっちが先でしょ?なーんか、もごもごしてるだけで、そうだとも違うとも言ってくれなかったけど、彼」
「それは!ジョーは…ジョーは、そういうこと、はっきり言いません。優しい人です。私に…気を遣ってくれたのかもしれないわ」
「なるほどぉ…」
 
ちょっと思案してから、ナンシーはくすっと笑い、フランソワーズの頬をつついた。
 
「ごめんね、フランソワーズ。怒った?」
「い、いいえ…」
「もちろん、無駄なコトだってわかってるのよ。でも、自分なりに決着をつけたかった。どうも、私、ホンキになっちゃったみたいなのよねー。マズいことになるところだったわ。ジョーが好き。本当に好きなの」
「……」
「でも…そうね、もしつきあえたとしても、彼って難しい子だったかな。サイボーグってことを抜きにしても」
「そう…かしら」
「そうよ。ああ、本当に何でもないんだったらお気を付けなさいね、フランソワーズ。あなたみたいないい子が、うっかりあんなのにハマっちゃったら大変。女の人生棒にふることになるわ!」
 
よくわからない。
半ばあっけにとられているフランソワーズの頬に素早くキスすると、ナンシーはおやすみなさい、本当にありがとう、とささやき、軽く手を振った。
 
おやすみなさい、と返すことができなかった。
フランソワーズは呆然とたちすくんでいた。
 
これが、最後の別れなのに。
明日になれば、彼女は001の力で、私たちを忘れてしまう。
 
もちろん、009のことも。
 
 
 
ナンシー・オブライエンはサイボーグたちがNBGを追う過程で知り合った某国諜報部員だった。
知り合った…というよりは、なし崩しに巻き込んでしまった、と言った方が正確だったかもしれない。
戦いのさなか、流れ弾で負傷し、物陰に潜んでいた彼女を009が見つけ、一般人の女性だと思いこんで「救出」してしまった。
 
本当に一般人だったら、彼らがサイボーグであることにも気付かず、傷の治療がすめばあっさり解放されていたに違いない。が、彼女は違った。
003が事態に気付いたときには、彼女はサイボーグたちについての様々なデータをドルフィン号からかき集められるだけかき集めていたのだった。
 
サイボーグ達に問い詰められても、彼女は顔色ひとつ変えず、誰にも命令されてはいない、これは私の病気みたいなものよ、と言った。
間もなく目ざめた001が、彼女の行動はたしかに「病気」からなされたものだと保証し……。
うんざりしながらも、ギルモアは熟考に熟考を重ね、結論を出した。
 
「ナンシーさん。001の力で、我々に関するあなたの記憶を全て消す。もちろん、あなたの同意の上でじゃが……そして、同意してもらえないなら、あなたをここから出すわけにはいかん」
 
彼女はもっともね、とうなずき……
記憶を消すことには同意しない、ここにいることに甘んじる。と答えたのだった。
 
「フザけてやがるのか、オマエ…」
「そんなコワイ顔しないで、002。仕方ないのよ。母国では、既に私は《行方不明》だし、任務も未完遂のまま。それでノコノコ帰るわけには…」
「あなたの任務は…何だったの?」
 
首を傾げる003に、ナンシーは言えるわけないでしょ、と肩をすくめてみせた。
当然かもしれない。
が、009がためらいながらも、後を続けた。
 
「聞かせてくれないか?…その…内容によっては、僕が手助けできるかも…」
「おい、009?」
「元はと言えば、僕のしでかしたことだ。僕一人で動く。みんなに迷惑はかけない…ただ、その任務自体が、僕たちにとって容認できないことなら……」
「甘えたことを言うな、ジョー。たしかにこれはオマエの不始末だ。だが、取り返しはつかない。オマエが本当に俺たちに迷惑をかけずどうにかしたいのなら、できることは一つしかないぜ」
 
004はじろり、とナンシーを睨んでから、009を射るように見つめた。
 
「オマエの手で、今すぐその女を殺せ」
「何を言うの、アルベルト!」
 
途端に003が叫ぶ。
004の視線から庇うように彼女の前に立ちふさがり、烈しい怒りのこもった声で言った。
 
「私たちは、人殺しじゃない。自分のためだけに誰かを殺すようなことは…」
「してこなかった、とでも言うつもりか?」
「望んでしたことはないわ!」
「…言い切ったな。だが、殺される方にしてみれば、どっちでも同じコトだ。違うか?」
「やめろよ、二人とも…!」
 
たまりかねた008が間に入った。
重苦しい空気が流れ、その場はとりあえず収まった…のだが。
 
その翌朝。
ドルフィンから、ナンシーと009が消えていた。
 
 
 
二人がサイボーグ達に救出されたのは、それから約三週間後だった。
発見したのは、003の「目と耳」。
 
009が「みんなに迷惑はかけない」と言い切り、こっそりドルフィンを抜け出した…のだから、追っても無駄、探す必要もない、待つだけだ……というのがサイボーグたちの結論だった。
001も、まあ心配はいらないだろう、と保証した。
 
が、その001が眠りにつき、二人が姿を消してから10日を越えたとき、003が動き始めた。
ドルフィンを動かすことも、彼女が外に出ることも、004と008が断固として許さなかったから、彼女はひたすらコックピットで自分の能力の限りを尽くし、サーチを続けたのだった。
 
発見されたとき、二人は、行き止まりが断崖になっている森林の、谷底に倒れていた。
おそらく、海へ向かって逃走する途中、何らかの原因で転落したのだろう、と救出にあたった002と008は推測した。
 
ナンシーは衰弱していたが大きな外傷はなかった。
一方で009の損傷が烈しかった。
転落のとき、彼女を庇ったためだろう、とギルモアは息をついた。
 
「通信機もやられておったし……とにかく、身動きできん状態じゃった。それでも、001が目を覚ませば難なく見つけたはずじゃから、009だけならなんとかそれまで持ちこたえられたかの。が、ナンシーは生身の女性じゃ。003が見つけてくれなんだら…救出は間に合わなかったろうて…」
「ま、俺たちとすればそのほうが上首尾だったんですがね」
 
唇をゆがめる004に、ギルモアは、いいかげんにせんか、と厳しい視線を向けた。
 
「君も、もう、心にもないことは言わんでもいい。まったく…意地を張るのもいいかげんにせねば。今回は、わしも003に教えられたわい…」
「003、といえば…容態は…?」
 
008が不安そうに尋ねると、ギルモアはふと表情を和らげた。
 
「うむ、処置は終わっとる。もう一日休めば大丈夫じゃろう…本当に彼女はよくやってくれた」
「迷惑かけない、が聞いて呆れるな。博士、ジョーには僕からもよく言っておきますよ、今度という今度は」
「…そうじゃのう」
「言ってどうにかなるのか?ナンシーじゃないが、アレはヤツの『病気』だぜ?」
 
002のコトバに、008は思わず苦笑したが、すぐ表情をあらためた。
 
「もちろん『病気』さ。だからクスリは服用してもらうとも。とっておきのやつをね」
 
 
 
気配に、003はふと頭を動かした。
008に押しこまれるようにして、009が入ってくる。
 
「…ジョー。もう起きても…大丈夫なの?」
「君はまだ駄目だよ、フランソワーズ…そのまま動かないで」
 
起き上がろうとする003をやんわりと制してから、008はそれじゃ、と009に耳打ちし、部屋を出て行った。
残された009は、ややためらってから、横たわる003にゆっくり歩み寄った。
 
「…フランソワーズ」
 
それ以上言葉が続かない。
立ちつくしたまま、無言で唇をかみしめる009の手に、そっと片手を伸ばして重ねると、003は微笑した。
 
「無事で…よかったわ」
「……ごめん」
 
溜めていた息を押し出すようにそうひと言つぶやくと、009はすとん、とスツールに腰を落とした。
そのままじっと見つめるだけの彼に、003はただ微笑で応えた。
 
「あなたは…何も悪いことをしていないのよ」
「……」
「私も、当然のことをしただけ……だから、そんな顔しないで」
「……」
「それに、こうやってフルに目と耳を動かしてみたから、不調もわかったんだもの。戦闘の前に気付いてよかった…って博士もおっしゃってた」
 
009はまだ黙っている。
さすがに不安になり、003は小さい声で問うた。
 
「…ナンシー…は?…大丈夫、なのよね…?」
 
はっと夢から覚めたような目になり、009ははっきりとうなずいた。
 
「ああ。君のおかげだ……生身だから、回復は少し遅れるけど…」
「よかった…そうだわ、早く戻ってあげて。あなたがついていてあげないと…きっと心細い思いをしているでしょう」
「彼女は、強い人だ。僕の助けなんていらないさ」
「そう見せているだけよ…ここにいるみんなの中で、彼女が本当に心を許せるのはあなただけなのに」
 
それには何も応えず、009は思い出したようにさりげなく言った。
 
「さっきね。彼女、記憶を消すことに同意してくれた。迷惑をかけて、すまなかった……って」
「……」
 
息をのむ003に、009はどこか淋しそうな微笑を向けた。
 
 
 
「ナンシー……起きてたんだ。気分はどう?」
「嘘つきね」
「…え」
 
戸惑う009を、ナンシーは悪戯っぽい目で睨んだ。
 
「どこに行ってたの?ずっとついていてくれる…って約束したのに」
「…ごめん」
「ふふ、仕方ないか…008、だったかしら。あのお兄さんに呼ばれちゃったら、あなたはゼッタイ逆らえないんでしょ?」
「…ナンシー」
「また、叱られたの?…殴られた?」
「まさか。003のトコロに行けって言われただけだよ…まだ、彼女に謝っていなかったから」
「003に…謝るって…」
「彼女は、僕たちを捜し続けて…とうとう目と耳が限界を超えて、倒れたんだ。ちょうど、不具合も重なって、補助脳まで焼き切れたらしい。彼女の能力は神経に直結しているから、苦痛も相当烈しかったと思う」
「…そうなの。それで、彼女は…」
「うん。もう大丈夫そうだったよ……いや、わからないけど」
 
009はふとうつむき、つぶやくように言った。
 
「彼女は…決して本当のことを言わない。自分のことはいつも」
「それはあなたも、同じね……ジョー」
「…ナンシー?」
 
不意にきゅっと手を握られ、009はややうろたえた。
さっき003が触れたトコロと同じ…でも、もっと強い力だった。
 
「だから、あなたは003が…好きなの?」
「何を…いきなり」
「彼女を好きなんでしょう?…答えて」
 
009はひそかに深呼吸した。
彼女の目を睨むようにして言う。
 
「そんな質問に答える必要はない」
「あるわ。私、あなたが好きなの、ジョー」
 
彼女の手にさらに力がこもるのを感じ、009は思わず息をのんだ。
 
「ふざけるのは……」
「ふざけてなんかいない。あなたが好き。あなたは?…あなたは私を好き?」
「好きだよ」
「そうじゃないわ。それじゃ、私と003と…どっちが好き?」
「いいかげんにしろよ、ナンシー。比べられることじゃない。003は僕たちの仲間だ。サイボーグだ。君は違う」
「それが、あなたの答なの?…卑怯よ、ジョー」
「卑怯で結構。なんであれ、それが僕たちの真実なのだから」
「駄目、答えてもらうわ。どうせ何もかも忘れる私なのよ。何をためらっているの?」
 
ナンシーは鋭く009を見つめた。
その美しい瞳をそらさず見つめ返しながら、009は、やがて、彼女の手をそっとほどき、長い息をついた。
 
「ナンシー。僕があの暗い谷底で、決して絶望しなかったのは……わかっていたからだ。彼女が、僕たちを見つけてくれるということを」
「…ジョー?」
「僕たちには暗闇としか思えない世界でも、彼女は必ず光を見つける。それを信じているから、僕は戦える。いつも…どんなときも」
「……」
「これ以上、言葉にすることはできない……卑怯かな、やっぱり」
「……」
 
やがて、ナンシーは静かに首を振った。
 
「いいえ…ごめんなさい、ジョー。あなたは卑怯じゃない。……ただ、馬鹿なだけよ」
「…ひどいな」
 
苦笑しながら、009は彼女の濡れた頬を指でそっと拭った。
 
「もうすぐさようなら…ね」
「…うん」
「私を忘れないで。私は…あなたを忘れるけど」
「わかってる。忘れないよ。君は素晴らしい女性だった。勇敢で、きれいで……優しい」
「…ありがとう、ジョー」
 
そのまま待つように目を閉じた彼女に応え、009はそっと唇を重ねた。
同時に、彼女の頬に新しい涙が一粒、素早く転がった……ことに、彼は気付かなかった。
 
 
 
ジョーが好き。本当に好きなの。
 
不意に耳元でささやかれた気がした。
003ははっと辺りを見回した。
…何も、見えない。
 
いや、違う。
唇をかみしめたとき、通信が届いた。
 
『003、応答してくれ……僕が、見えるか?』
『見えるわ…そのまままっすぐ進んで。突き当たりの壁の向こうに、レナさんがいるわ。見張りは二人。銃を持っているけど、あなたには気付いていないから大丈夫。壁を破ったら、すぐ加速して!』
『…了解』
 
通信が切れる。
数十秒後、彼女の目には人質の少女を抱きしめ、銃弾から庇う009の姿が映った。
 
ジョーが好き。本当に好きなの。
 
その、少女の声だろうか。
…それとも。
 
 
次々に崩れる壁から少女を庇い、009はぐっと歯をくいしばった。
あたりにはもうもうと煤煙が立ちこめている。
夢中でしがみつく少女の背を励ますように軽く叩き、しっかり抱き直してから通信を送った。
 
『003、僕の目では視界がまったくきかない。脱出路を探して誘導してくれ。ただし、レナさんの安全を第一にしたい』
『了解。そのまま前よ。急いで!』
 
何も見えない。
が、009は迷わず全力で走り続けた。
彼女が導くとおりに。
…やがて。
 
『もうすぐ崖の中腹に出るわ。20メートル先の向こう岸にちょうどいい窪地があるのよ。そこに飛び移って、002を待ってちょうだい』
『ずいぶん、荒っぽいな……他に道は?』
『ないわ。もう、崩壊がかなり進んでいるの。あなたならできるはずよ』
『わかった』
『準備して。あと5秒…4、3、2、1……!』
 
 
不意に空気が変わった。
飛び出すと、目の前は闇夜。
 
思い切り崖を蹴り、跳躍した。
あやまたず、ただ、20メートル先へ。
 
そこに、生がある。希望がある。
彼女の示す場所が。
009はふと微笑した。
 
なんでもできるさ、003。
君ができると言ってくれるなら、僕は、どんなことだって。


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