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九もたまに困る

新床
 
どうしたらいいのか、本当にわからない。
ジョーにまかせておけばいいのだから…と何度自分に言い聞かせても、不安は募るだけで。
 
おかしいわ、私…
どうして彼にまかせておけば大丈夫…って安心できないのかしら。
どんなことでも、いつでもそうしているのに……
 
それに、ジョーが…何があっても、私にヒドイことをするはずなんかない。
あんなに優しいひとなんですもの。
 
…でも。
 
でも、私…きっと、こんな日がくるなんて思っていなかったの。
こうしていても、本当のことと思えなくなりそう。
 
こうして…
彼の花嫁になっている……なんて。
 
 
 
フランソワーズとは、キスしたことすらない。
 
そう白状すれば、変人扱いされるにきまっているから、ジョーは、そのことを誰にも話していない。
どのみち、彼女自身がソレをオカシイと思っていないのであれば、他の誰にどう思われようと知ったことではないわけだし。
 
それに、キスもしないうちにプロポーズした、と言えば何か奇異な感じもするかもしれないが、キスしようがするまいが…ついでに言うなら、そのキスが気持ちよかろうがよくなかろうが…自分と彼女との絆が何か変わるわけでもない、とジョーは思うのだった。
 
そう思うのは、僕らの体が…半分機械であるから…かもしれない。
 
だから、体のことについてはあまり考えたことがない。
僕たちに大切だったのは、まず「心」なのだ。
 
…でも。
さすがに、今夜はそういってもいられないのだろう。
 
何より、彼女がけなげにも「覚悟」をしているようなのだから。
 
 
 
とりあえず、ジョーがバスルームを一緒に使う…と言わなかったことに、フランソワーズはほっと安堵していた。
彼がそうしたいというのなら、逆らうつもりはなかった…けれど、想像するだけで、恥ずかしさに気が遠くなりそうだったから。
 
やっぱり、こういうこと…って、本に書いてあるとおりじゃなくて、人それぞれなのね。
あまり心配しない方が、きっといいんだわ。
 
フランソワーズは、日本人の友人がそうっと見せてくれた「初夜の心得(花嫁篇)」を思い出し、思わず赤面した。
その記事によれば、バスルームを使ったあとは、体をさっと拭いて、素肌にバスタオルを巻いて…ベッドに行きなさい、ということだったのだけれど。
それはいくらなんでもあんまりだわ、とフランソワーズは改めて思う。
 
ジョーは、そんな女の子…きっと苦手だと思うの。
それに、私だって、そんなはしたない格好で彼の前になんか行けないわ。
 
フランソワーズは綺麗にたたんでおいた、真っ白なネグリジェをそうっと広げた。
ごくシンプルなデザインのそれは、肌触りのよい柔らかい生地でできていて、適度な厚みがあるので、肌が透けて見えることもない。
とりあえず、コレを着ることにしましょう、と思った。
 
 
 
ああ、いつもの君だ。
 
清潔な夜着につつましく身を包み、僅かに頬を染めて「お待たせ」と、寝室に入ってきた彼女を、ジョーは幸福な気持ちで眺めた。
 
今日の君は確かに、とても…信じられないぐらい綺麗だったけれど。
でも、僕が大好きな君は今の君だよ、やっぱり。
 
そう言葉にすることができず、ジョーは立ちつくしているフランソワーズをただ優しく抱き寄せた。
びくん、と身を堅くする仕草がどうにも愛おしい。
そのままそうっとベッドに座らせながら抱きしめる。
 
一応、知識はある。
このあと、どうするべきか…というような。
 
が、そんなことは人それぞれなんだろう、要するに…と、ジョーは思った。
どうするべきか、ではない。どうしたいか…ということだけだ。
それなら、何も迷う必要などない。
どうしたいかははっきりわかっていたから。わかりすぎるほど。
 
かわいい。
かわいくて、たまらない。
 
だから、もう十分だと僕の心が僕に告げるまで、君をかわいがることにする。
それだけで……精一杯だよ、フランソワーズ。
 
 
 
不思議なくらい、恥ずかしくない。
 
それは、どこよりも安心していられる、彼の腕の中にいるからなんだわ…と、フランソワーズは気づいた。
 
柔らかい布越しに伝わる彼の掌の熱も、耳にかかる彼の烈しい息づかいも、彼女にとっては初めてのものだったが…それで不安になることもなかった。
 
何をされているか…なんて。
これからどうなるのか…なんて、もう気にならない。
ただ、あなたがとても優しくしてくれていることだけが伝わって…とても、幸せなの。
 
それでも。
耳元で「フランソワーズ…いい?」と囁かれたときには、心臓が跳ね上がった。
まるで別人のような彼の声。
細くかすれて……熱を帯びていて。
 
力を…抜く…んだった、かしら…?
 
一生懸命、例の記事に書かれていたことを思い出そうとしていたフランソワーズは、不意に唇を柔らかなモノで覆われ、思わず目を見張った。
ややあってから、それが彼の唇であることに気づいた。
 
つまり、いい?というのは、キスのことだったのだ…と気づき、体から、ほうっと力が抜けた。
それを待っていたかのように、彼は口づけを繰り返しながら彼女を強く抱きしめ、そのまま静かにベッドへ倒れ込んだ。
 
 
 
夢を、見ているみたいだな。
こうして、僕が君を……
 
もし夢だったら、覚めたとき、僕はどうしたらいいのだろう。
 
眠れない夜、彼女を抱く夢なら何度も見たことがある。
それどころか、抑えきれない欲望の波にのまれ、涙を流す彼女を蹂躙する…悪夢を見たことさえある。
 
僕は、君よりずっと強い。
僕がその気になれば、君を思い通りにできる。
だから…だから、僕は、君に触れてはいけないんだ。決して。
 
いつもジョーはそう思っていた。
だから、夢が覚めたときはひそかに安堵していたものだ。
 
でも、今のこの瞬間が、もし夢だったのなら……
 
いやだ。
夢であるものか。
覚めてたまるものか!
 
彼女の胸元を飾る細いリボンをほどこうとして、彼は自分の指が震えているのに気づいた。
 
緊張して…いるのか、僕は。
 
ふと驚いた。
が、それは当然のことのようにも思えた。
 
 
 
「あ…あっ……イヤ!」
 
思わず声を上げてしまい、フランソワーズははっと口を噤んだ。
何をされようと、受け入れる覚悟をしていたはずなのに。
でも……
 
いつのまにか開かれた胸に、彼の熱い指が、唇が容赦なく襲いかかる。
それは、彼女にとってはまったく初めての感覚で。
いけない、と自分を叱っても、どうしても心が震えてしまう。
 
この人は、ジョーなのに。
誰よりも優しくて…強い…。
 
どうしたの?
何を怖がることがあるの?
彼を信じなさい、フランソワーズ!
 
…ああ、でも、ダメ…もう…こんな…!
 
「ジョー、お願い…お願いよ、やめて…もういや、助けて…!」
 
夢中で叫んでいた。
同時に、執拗なまでに続いていた胸への愛撫がぴたっと止まる。
 
「…あ…?」
 
どう…しよう。
責めていると…思われてしまった…?
 
「…こわい…んだね?」
「……」
「イヤ…なのかい?」
 
そうじゃないの、と言おうとしても、唇が震えて動かない。
違うわ、とせめて首を振ろうとしても、それすらできない。
 
ああ…どうしよう。
ちがうの、ジョー…ちがうのに…!
 
思いとは裏腹に、フランソワーズの目からは涙がとめどなくあふれた。
これでは、彼を拒絶していると思われてもしかたない。
 
彼の黒い瞳が苦しみに歪んだ。
それを認めた瞬間、彼女の固まっていた体はほどけたように動いた。
 
「そうじゃないの、ジョー……あっ?!」
 
懸命に訴えながら身を起こそうとしたとき、叩き付けるようにベッドに沈められた。
 
「あっ…あ…ああっ…!」
 
さっきまでとは比べものにならない、すさまじい波にさらわれ、フランソワーズはただもがき、あえぐしかなかった。
もう、彼の気持ちを思いやるゆとりなどない。
 
「いや…いや…!助けて…ああ、ジョー…ジョー!」
 
 
 
僕は…要するに、こんな男だったのか。
 
泣き叫びながら「助けて」と哀願するフランソワーズを身動きできないように押さえつけ、膝を大きく割りながら、ジョーは心でつぶやいていた。
 
君がこんなに傷ついているのに。
こんなに泣いているのに。
助けを、求めているのに。
 
でも、フランソワーズ。
僕はこんな男だったんだ。
思い知った…?
 
初めて目の当たりにした彼女の可憐な花びらは、想像をはるかに凌駕して、繊細で美しかった。
なのに、それを愛おしむどころか、無造作にかき乱し、容赦なく散らし…ただひたすら、蜜をむさぼるだけの自分。
 
これまで見たどんな悪夢も、ここまでひどくはなかった。
それなのに…止められない。
 
そして、彼女も。
 
「…助…けて……ジョー…!」
 
どうして、こんなにされているのに、まだ僕を呼ぶんだろう?
君はばかだ、フランソワーズ。
誰でもいい、他の誰かを呼んでごらん。
きっと、助けにきてくれる…駆けつけてくれるだろう。
 
そして、ソイツは僕に殺されるんだ。
 
もしかしたら…それがわかっているから、君は僕を…僕だけを呼ぶのかい?
これ以上…誰も、傷つけないために。
 
やさしいフランソワーズ。
だから僕なんかに捕まった。
本当にばかだよ、君は。
 
引き抜いた指とともにあふれ出た透明な蜜が、涙のようにも見える。
が、もちろんジョーはひるまなかった。
そのまま迷わず広げ、あてがい、ねじ込む。
 
一気に貫いた。
 
細い悲鳴が心に突き刺さる。
それでも、彼の名を呼び続ける彼女がどうしようもなく愛しい。
愛しくて、愛しくて……滅茶苦茶にしてやりたい。
 
僕は、要するにこんな男だったんだよ…フランソワーズ。
でも、もう君は逃げられない。
 
どんな悪夢も、ここまでひどくはなかった。
そして、この夢が覚めることは、ないんだ。
永遠に。
 
 
 
懸命に呼吸を整えながら、ジョーはぐったりしているフランソワーズを胸に抱き寄せた。
彼女の白い肌はバラ色に紅潮し、美しい髪も汗と涙で濡れ、乱れきっている。
 
乱れてきっている、といえば。
毛布の下…たとえばシーツなどはスゴイことになっているに違いない。
 
一応、知識はある。
そうならないための準備もしておいたことはおいたのだ。
が、こうなってみると、とてもそんなことに気を配っている余裕はなかった。
 
結局、この後始末も彼女がすることになるのかと思うと、さすがに可哀相だ…と思う。
もちろん、自分がさっさとやってやりたいところだが、彼女はそうさせないのではないかという気がするのだった。
 
やっぱり、初夜はいきなり新居で…ではなく、ホテルなどに泊まって過ごすべきだったかなあ…と思いつつ、いや、内気な彼女にとっては、この後始末を他人にしてもらう、なんてことの方が、ずっとつらいのかもしれない…などとも思う。
 
「…大丈夫…か?」
 
そうっと囁くと、フランソワーズはかすかにうなずいた。
 
「水…飲むかい?」
 
またうなずく。
ジョーは、枕元の水差しから直接水を口に含み、そのまま彼女に唇を重ねた。
抵抗されるかと思ったが、彼女は、少しずつ流し込まれる水を素直に飲み込んでくれた。
 
「…ひどい目に…あわせちゃったな」
 
ふとつぶやいた。
返事はない。
 
「痛かった?」
 
うなずく。
 
「怖かった?」
 
うなずく。
 
少しずつ、彼女のうなずきかたがしっかりしてきたような気がする。
さすがに、やりきれない。
あくまで、自分がやらかしたことだ…とはいえ。
 
「…でも」
 
重い沈黙を、彼女の細く震える声が破った。
 
「あなたで、よかった…こんなにこわくて、つらいことだと思わなかったの」
「…フランソワーズ」
「もし、あなたでなかったら…とても、終わりまで耐えられなかったわ」
「…そう、か」
 
ジョーはぼんやりと、彼女の言葉を反芻した。
つまり…何が言いたいんだ、君は?
 
よくわからなかった…が。
でも、フランソワーズは、今は安心しきった様子で…まるで甘えるように、ジョーの胸に顔を埋めている。
これまで出くわしたどんな悪漢よりも身勝手で、残酷で、卑劣だったはずの男の胸に…だ。
 
 
10
 
今思い返しても、不思議だと思うのは、あのときの彼女の言葉。
彼女が、彼から逃れようと必死でもがきながら、他ならぬ彼にしか助けを求めなかったことも不思議だし。
 
でも、もっと不思議だったのは、救いのない自己嫌悪に落ち込み、絶望していたはずなのに、疲れ果てて眠りについた彼女を抱きしめているうち、「もう一度、是非!」という気になってしまった…そして、そのとおり、彼女を強引にたたき起こして、実際ソレをやらかしてしまった自分、かもしれない。
 
つくづく、どうしようもない男なんだよなあ…とジョーは思う。
何より尊い彼女との愛の記念となるべき夜に、そんなことしかできなかったのが、やはりひたすら情けない。
が、あの夜がなければ、おそらくジョーはそんな自分に気づくこともなく…今となっては顔から火が出る思いであるけれど…むしろ自分は、愛と正義の戦士である、とかいうつもりでいたに違いないのだった。
 
あれ以来、女性とのつきあいにはごく慎重になっている。
フランソワーズに、この上「浮気」を疑われて、本格的に愛想をつかされたらかなわない、というのもあるけれど、それよりも。
 
ありえないことではあるが、万一、うっかりそういう女性と恋仲になったりしたら…あんな暴走をしてしまう自分なのだ。
それを、心身共に受け止めることができ、しかも許してくれるような女性など希有にちがいないと思う。
 
いや、希有…というか。
フランソワーズを措いて他にいるはずがない。
 
 
11
 
彼女は、今でも…やっぱり、ソレを「こわくて、つらいこと」と思っているのだろうか。
正直、ジョーにはわからない。
 
昨夜も、彼女はこわがっているようだったし……実際、つらそうでもあった。
でも、コトが終われば「大丈夫よ」とけなげに微笑むのだ。
ついでに言うと、彼の方も、その澄んだまなざしが愛しくて、ついもう一回、とか…実は、相変わらずやらかしてしまったりもしているのだけど。
 
それでもジョーは、一応、「はじめての倦怠期」についての対策記事…みたいなモノを見つけたときには、欠かさず読んでいる。
彼女との幸福を守るための知識は、それなりに身につけておくべきだと思うからだ。
 
実際、そういう知識はほとんどアテにならないものだと、わかってはいるけれど。
 
更新日時:
2008.07.25 Fri.
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Last updated: 2013/8/15