* ホーム * 困る理由 * 四が困る * 九もたまに困る * 三を困らせてみたり * 何故困る * 困る記念品 * 困りましょう! * 困らせていただきました! * ちょっとだけ困る *

九もたまに困る

La neige
 
そろそろ…だと思う。
ほら、やっぱり。
 
駆けてくる、軽い足音。
まっすぐ、僕に向かって。
 
「ジョー!」
 
少しだけ非難のこもった声。
でも、キミを黙らせる方法を、僕は知ってる。
 
キミが立ち止まる前に少しだけ駆け寄って、勢いをつけて抱き上げた。
 
「…もう…っ!」
 
しなやかな腕が僕の首を僅かに掠めて…優しく、肩に舞い降りる。
 
「どうしたの、フランソワーズ?そんなに走って」
「どうしたの…って聞きたいのはこっちだわ…!急にいなくなってしまうんだもの…」
 
でも、キミはもう笑っている。
 
「雪が降り始めたから…見にきただけだよ」
「まあ…!子供みたい」
 
…言ったな。
 
確かに今日のキミはいつもよりずっとオトナっぽいと思うけど。
 
 
 
キミがこのパーティのために一生懸命服や靴を選んでいるのを見てるのは…楽しかったけど、ちょっと面白くないトコロもあったんだ。
せっかくの大事な夜なのに。
それも、久しぶりに二人で過ごせる時間だったのに。
 
…なんて言ったら、きっと怒らせてしまうだろう。
そもそも僕の仕事がらみのクリスマスパーティだったんだから。
僕が断ればすむことだったんだからさ。
 
でも、渡された招待状を見ているキミの眼に、なにかがよぎったような気がして。
 
キミは、本当は寂しいの?
 
…そうかもしれない。
僕は、この静かな暮らしが本当に気に入っている。
クリスマスだって、あの居心地のいい居間で、キミが作ってくれたケーキを食べて、仲間達からのカードを見て…
そうやって過ごしたかったんだ。
 
でも…
もし、キミが寂しいなら。
 
街はこんなに眩しく輝いている。
イルミネーションに照らされた、幸せそうな人達。
 
一年に一度の、特別な日だから。
全ての人が恩寵を受け取ることができる日だから。
だから…キミも、一日だけ、解き放たれていいのかもしれない。
戦士のさだめから。
 
思いきりお洒落していこう、と僕が言うと、キミは少し驚いて…それから嬉しそうに笑った。
 
…でも。
まさか、キミがこんなにスゴイとは思わなかったんだ。
目眩がしそうだよ。
 
ホントは髪をアップにしたかったみたいだったけど。
それは断固阻止した。
可哀想だったかな。
 
でも、この上…うなじまで見せられたら…いや、見られたら。
 
 
 
白い羽をまとった僕の天使。
パーティ会場に入ってから、ずっと離れようとしない僕に、「今日は優しいのね」とキミはこっそり囁いたけど…
 
優しい…というかなんというか。
手放せないだけだよ。心配で。
 
キミは全然気づいていない。
みんながキミを振り返る。
 
本当をいうと、少し…見せびらかしたい気持ちもあったんだ。
僕をオクテだとからかう仕事仲間たちに。
どうだっ!って言ってやりたいなあ…って。
 
でも。
やってみたら、そんなに嬉しくなかった。
だんだん切なくなってきたんだ。
切なくて…不安で。
 
もし、誰かがキミを欲しい…って言ったらどうしよう。
 
どうしようも何もない。
欲しいって言われたって渡さない。
僕の天使だもの。
たった一人の、僕の…
 
不意に、冷たい何かが僕の心臓を覆う。
 
たったひとりのひと。
たったひとつのもの。
ぼくの、たいせつなたったひとつの…
 
だからといって、運命は僕を許してはくれなかった。
運命は、僕からすべてを奪っていった。
 
…そうだ。
僕は、とんでもない間違いをしているのかもしれない。
キミを…キミを、あの優しい隠れ家から連れ出すなんて。
 
ぼんやりしていた僕に、キミがこっそり合図した。
慌てて振り向くと、キミの手を知らない人がとろうとしている。
 
一曲だけ…踊ってくるわね。
 
キミは、なんでもない笑顔でそう言った。
その人は、キミの通っているバレエ団の人で。
その人とキミは思わぬ偶然に、楽しそうに笑い合っていた。
 
何も考えられなかった。
それでも、キミの立場…を考えることだけはかろうじてできた…と思う。
だから、もちろん、ソイツを殴り倒してキミを奪ったりはしない。
大丈夫。
 
でも、手段を選んでいる場合ではない。
そんな思いに駆り立てられて、僕は、飛び出した。
雪の降りしきる庭に。
 
キミは、きっと探してくれる。
僕が黙っていなくなれば、心配して探してくれるだろう。
僕が部屋のどこにもいなくて。
フツウに探してもどこにもいなくて…そうしたら。
 
キミは、きっと探してくれる。
…003。
 
僕だけの、003に戻って。
 
 
 
「ねぇ…ジョー?」
「…うん?」
「ホントは…どうしたの?何か、怒ってるの?」
 
怒ってる…?僕が?
 
「怒ってなんかいないよ…そんなはずないじゃないか」
 
だって、キミがここにいるのに。
僕の腕の中に戻ってきたのに。
 
「…でも…」
 
心配そうに覗き込むキミの青い瞳を見ないようにして、僕は雪より白い優しい喉に唇を当てた。
キミが小さい悲鳴を上げる。
 
「や…何するの、ジョー…待って…」
 
キミが慌てるわけはわかってる。
でも、やめるわけにはいかない。それが狙いなんだから。
 
僕はひときわ強く、柔らかい肌を吸い…更に軽く歯を立てた。
 
「ダメ…!」
 
ダメじゃないよ、フランソワーズ。
ほら…白い肌にキレイな紅。
僕の、しるしだ。
 
顔は上げない。
泣きそうな眼をみたら、きっとくじけてしまう。
それより…
 
胸元に目を落とす。
ふわふわの真っ白いファーに包まれたふくらみ。
雪が舞い降りては、溶けていく。
 
「冷たい…?」
「ジョー…?!」
 
ふわふわの下ににそうっと指を差し入れて持ち上げ、隙間に溶けた滴を転がした。
キミが、息を止めた。
 
ぐい、と力を入れて引き下ろす。
 
「や、ジョー…!」
「大きな声出したら…ヒトが来ちゃうよ」
 
もちろん立場はあべこべなんだけど。
ヒトが来て、ホントに困るのは僕だよな。
でも、そこにツッコミいれる余裕なんてもうないだろう、フランソワーズ?
 
案の定、キミは一生懸命、泣きそうな声をかみ殺して、やめて…と小さく囁くだけで。
そんな声で囁かれて、やめられるはずないってば。
 
白い肌に流れた滴を、ゆっくり優しく吸い取った。
それから…
少しだけ覗いた桃色の蕾に挨拶のキス。
 
「…帰ろうか」
「…え?」
 
僕は初めてキミを見上げた。
とっておきの無邪気な微笑を投げる。
 
「うちに、帰ろう」
「…ジョー?だって、まだ…パーティが」
「こんな格好であそこに戻るつもり?」
「…!」
 
これ以上苛めない方がいいかもしれない。
でも、元の姿に戻したら、キミは飛んでいってしまうかもしれないだろう?
自由で気まぐれな雪の精のように。
 
それでも、少し可哀想になったから。
露わになったキミの蕾を、スカーフでふわっと隠してあげた。
 
「言っておくけど…暴れたら、ずれちゃうからね」
「ジョー…!」
 
大丈夫。
ちょっと怒ってるけど、これくらいなら。
 
車に戻って、キミをしっかり閉じこめたら、もっとちゃんと伝えるよ。
もっともっと優しくする。
 
キミの機嫌が直るように。
何もかも…キミが忘れてしまうように。
 
 
僕のたったひとりのひと。
僕の雪の精。
僕の天使。
 
キミを空には返さない。
キミは僕だけ見ていてくれればいい。
どこにも、行かないで。
更新日時:
2003.12.23 Tue.
prev. index next

* ホーム * 困る理由 * 四が困る * 九もたまに困る * 三を困らせてみたり * 何故困る * 困る記念品 * 困りましょう! * 困らせていただきました! * ちょっとだけ困る *



Last updated: 2013/8/15