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  6   旅立ち
 
 
「あれ?その花……」
 
その日の午後、病室に入るなり、ジョーは目を丸くした。
母親の枕辺に、この間まではなかった花が飾られている。それも、妙に豪華で華やかな…
 
「今朝、届いたのよ。カトレアね…でも、どなたがくださったのかわからないの」
「…ふうん?」
「あなたの熱心なファンの方からじゃないかしら」
「母さんは心当たり、ないの?」
「ええ。こんな高価な花、何かお礼をしたいけれど…もし、学校で何かわかったら教えてね」
「…本当に?」
「え…?」
 
不思議そうに見上げる母親に、ジョーは半分口ごもりながら繰り返した。
 
「…だから。本当に、心当たりはないのかい、母さん?」
「え…ええ」
「僕のファンだったら、宿舎に何か届けるんじゃないかな…まして、花だなんて」
 
ジョーはふとヘレンが作ったというマスコットを思い浮かべた。
 
「ジョー…?」
「なんだか…イヤだな。母さんがこの病院に入院しているって…どうしてわかったんだろう、その人」
「ふふ…女の子ってね、あなたが思うよりずっと一生懸命なものなのよ、ジョー。大好きな人のことなら、本当に心から心配して、何でも知りたい、何でもしてあげたい…って思うんでしょう。そんな風に言ってはいけないわ」
「…女の子?」
 
違うような気がする。
が、心配そうに見つめている母の目はいつもと何も変わらない。
ジョーは、ようやく微笑した。
 
「ごめん、変なこと言って……母さん、しばらく一人にしてしまうけど…試合、見ててくれるよね」
「もちろんよ、ジョー。あなたが優勝して帰って来る頃には、きっと退院できているわ。グレート先生がそうおっしゃってた」
「…うん」
「しっかりね。体に、気をつけて」
「わかってる。母さんこそ」
「私はもう大丈夫よ…ジョー、夕ご飯はどうするの?」
「ここで食べていってもいい?母さんと一緒に」
「嬉しいけど…病院の食事でいいの?明日は出発なのに…」
「だから、母さんと一緒がいいんじゃないか…じゃ、僕の分もお願いしてくるから」
 
ナースステーションには数人の看護婦がいた。
声をかけようとのぞきこんだときだった。「フランソワーズさん」という声を耳にし、ジョーは咄嗟に柱の影に身を隠した。
 
「だって、カトレアもカトレア、あれってフラワー・ファンタリオンのラッピングだったでしょ?」
「まあ!…あの、駅前の?あそこ、すごーい高級花しか置いていない店じゃない!」
「だから、ホンキってことなんじゃない!だってフランソワーズさん、きれいな人だもの…高校生の息子がいたって気にしないわ、私が男だったら」
「それで、その息子がまたジョーくんなんですもんね…素敵よねえ…」
「何ノンキなこと言ってるの…!フランソワーズさんに言い寄ろうと思ったら、まず彼を陥落させないといけないのよ。手強いわよー、きっと」
 
足が動かない。どうしようもなく鼓動が早まっている。
ジョーは何度も深呼吸した。
 
まさか……誰かが、母さんに……?
 
 
※※※
 
「フラワー・ファンタリオン?」
 
受話器を握りしめる力を少し緩め、ピュンマは首を傾げた。
今病院なんだ、というジョーの張り詰めた声に、何か急変でもあったのかと一瞬緊張したのだが……。
 
「駅前って言ってたから、ウラノス鍼灸院の近くにある花屋だと思う」
「うん。まあ俺たちにはあまり縁のない店だけど…オーナーはいい人だよ。タマラさんっていって…」
「オーナーと知り合いなのか。よかった…!それじゃ、聞いてみてほしいんだ。今朝、母さんのところにカトレアの花束を届けるように頼んだのは…どんな人だったか」
「…カトレア?…お袋さんに?」
 
ピュンマは瞬きした。
今朝…フラワー・ファンタリオン……って。
 
…まさか。
 
黙り込んだピュンマに、ジョーはもどかしそうにたたみかけた。
 
「頼むよ。母さんは僕たちのファンの女の子からだろうって、ノンキなこと言ってるんだけど…そんな高価なもの、おかしいだろう?…なんだか、心配で」
「……ええと、そうだな」
 
ピュンマは懸命に頭を働かせようとした。
まさか。
でも。
いや、とにかくその前にジョーを落ち着かせないと。
 
「それは無理だ、ジョー。タマラさんは誠実な人だ。名前を伏せてほしいとお客さんに頼まれたのなら、誰にも漏らしはしないよ」
「…でも!」
「ああ、ついでに言うと、彼女は花を贈る人の気持ちがわかるって評判のオーナーなんだ。その花…キレイだったかい?」
「う…うん」
「なら、心配ないさ。誰だかわからないけど、邪な気持ちで花を贈ろうとする人間だったら、あの店で買い物はできないし、できたとしても、タマラさんらしいキレイな花束は作ってもらえない」
「そんな…まさか」
「まさか…だけどね、本当のことさ。俺が子供のころから、そういう評判だった……と、そういえば、あの人って、もういくつになるのかな…全然変わらない、不思議な人だ」
 
ジョーが黙り込む気配がする。
気の毒だが、これ以上はどう言ってやることもできない。
ややあって、消え入るような声がした。
 
「…わかった。すまない、つまらないことを言って」
「つまらなくなんかないさ…オマエが心配するのは当然のことだと思う。だが、今はそんな心配事なんか忘れて、お袋さんとゆっくりしてこい。大事な夜じゃないか」
「…うん。そうだね……わかったよ。ありがとう、ピュンマ」
 
受話器を置き、ピュンマは大きく息をついた。
 
まさか。
いやでも……そうなのか?
 
先に送る荷物を最終チェックしていて、忘れ物に気付き、ピュンマがあわてて家に戻ったのは、一昨日の夜のことだ。
通りかかったフラワー・ファンタリオンから、見覚えのある男が人目を忍ぶように出てくるのに気付いた。
 
そのときは、すぐ、人間違いだと思い直した。
あまりに場違いな男だったから。
ちゃんと顔を見たわけでもない。
 
が、あの体格に……
何よりも、あの、鼻。
 
「…まさか。まさか……なあ?」
 
ピュンマは部屋に戻るなり、仰向けに寝ころんだ。
深く考えるのはやめよう。
それに、もうすぐ、アリスが迎えにくるはず。
 
…ほら、来た。
 
「おにい、ちゃーん!…ゴハン、できたわよー!」
 
スゴイ大声だ。
ハインリヒ監督にも丸聞こえに違いない。
 
ピュンマは飛び起き、玄関へと急いだ。
出発前日に与えられた、家族とすごす貴重な時間。
 
ジョーにもジェットにも悪いが、今は二人のことより、自分のことだ。
アリスと…父と。
自分を支えてくれる、温かいものを十分に感じたい。
 
 
※※※
 
翌朝、イシノモリ高校野球部は、たくさんの学校関係者や家族・友人に見送られ、甲子園へと旅立った。
滑り出した列車のデッキに立ち、並み居る人々に黙礼したハインリヒは、ホームの端にぽつんと立つ華奢な少女を見たような気がした。
 
「…ビーナ?」
 
確かめる時間はなかった。
列車はみるみるスピードを上げ、窓の外の景色も飛ぶように後ろへと流れ去っていった。
 


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