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  2   雪(2006)
 
 
やはらかに積もれる雪に
熱(ほ)てる頬(ほ)を埋(うず)むるごとき
恋してみたし
 
石川啄木『一握の砂』より
 
 
 
 
1
 
どうも、かなり長い間ぼんやり窓を見つめていたらしい。
 
「008、お邪魔でなければ、お茶をいかが?」
「…003」
 
柔らかく瞬く碧の瞳に、一瞬見とれてしまった。
久しぶりに会ったからかもしれない。
 
「ありがとう。なんだ、僕の分まで気を遣わなくてよかったのに…」
「あら。でも…」
 
ずいぶん前、007が彼女に紅茶を所望して「ご自分でどうぞ!」とはねつけられたのをふと思い出す。
あのときは、みんなピリピリしていたし、彼の言い方もたしかに神経を逆撫でするような感じだったのかもしれないけど……
 
「変ね。私がお茶をいれると、みんなアナタみたいな顔をするわ。なんだか不思議そうっていうか…恐縮ですっていうか」
「へえ?」
「私って、そういう風に見られてるのかしら?」
「そういう風って?」
「…可愛くない…っていうか…オンナノコらしくないっていうか…ううん、別にそうなりたいとか、そうならなくちゃいけないとか思ってるわけじゃないけど」
「どうなんだろう?わからないな。少なくとも、君はとてもいい人だと思うけど?キレイだし」
「もう!あなたまで、そうやってからかうのね!」
「みんなにも言われたのかい?」
 
003は軽く口をとがらせ、返事をしなかった。
…ってことは、言われたんだろう。
なんだ、みんな僕と同じコトを感じてたんだ。
 
「いいことじゃないか……この家も居心地がいいし。なんだか国に帰るのが億劫になってくるよ」
「でも、今日はずいぶん寒いわ…あら、雪!」
「今頃気付いたのかい?」
「だから、あなた、ずーっと外を見ていたのね」
「うん、珍しいからね…僕には」
 
ありがとう、と湯気の立つカップを受け取り、008はまた外を眺めた。
思わず微笑しながら、003は囁くように言った。
 
「それなら、008、後でちょっと外に出てみない?」
「外へ?何しに?」
「雪を見に…少し積もったら雪だるまも作れるわ」
「雪だるま?なんだい、それ?」
「ふふっ…だから、教えてあげる」
 
 
 
日本の雪って意外に冷たくないんだなあ…とつぶやく008に、003は首を傾げた。
 
「そうかしら…?」
「まあ、僕が真っ先に思い出す雪は南極のアレだからね…ちょっと極端なのかもしれない」
「あ。そうね…!本当…」
 
くすくす笑う003の頬は、部屋にいたときよりもわずかに色づいている。
 
雪はまだ、彼女の言う「雪だるま」を作れるほどは積もっていないらしい。
それなら…と、003は木の枝に積もった雪をそうっととってはごく小さい塊のようなものを作り始めた。
それに、どこからか濃い緑の葉を二枚、真っ赤な小さい木の実を二つとってきて…
 
「…ほら!」
「なんだ、コレ…?」
 
得意げに彼女が両手で掲げて見せたソレは……
 
「ウサギ、よ」
「ウサギ?」
「そう、白いウサギ…」
 
そう言われて、じーっと眺めてみると。
なるほど…!
 
「ああ!そうか、コレが耳で、コレが目で…」
「そう。可愛いでしょう?」
「ははは、君もずいぶん無邪気な遊びを知ってるんだね」
「あら…!私じゃないわ。009に教わったの」
「009…?」
「そうよ。前に雪が降ったときに。すごーく嬉しそうに作ってくれたわ。彼、こういう可愛いモノが好きなのね、きっと」
「ふうん…僕も、ちょっと持ってみていいかい?……わっ、冷たいな!」
 
思わず声を上げると、003は楽しそうに笑った。
 
 
 
どうしてそんな話になったのかは思い出せない。
みんな、かなり酔っていたのはたしかだった。
 
006は食べ散らされた皿をさっさと片付け、明日にそなえて、とか何とか言いつつ、真っ先に離脱。
ギルモアも早めに寝室に入った。
そして、003がついに「ほどほどにしてね」と心配そうに言い残しながら居間を離れ……後には5人の男たちが残った。
002、004、007、008、009。
 
「しっかし、青い!…青いぞ、若者たちよ!…女性とはそんなに底の浅いモノではないのだよ」
「…ちっ、うっせーぞ、オッサン。アンタはな、枯れちまってるからそうやってリクツをこねまわすんだろ?俺たちはもっと…」
「おいおい、俺たち…って、僕も君と同じになっちゃうのか、002?」
「へっ、お気に召しませんか、海の先生?」
「…やめろよ、二人とも…007の話を聞こう、面白そうじゃないか」
「なーに言ってやがる、この坊やは…」
「おお!さすがは我らの希望、最強のサイボーグ009!わかってるじゃないの〜!」
「待て。調子に乗るな、007。オマエ、いい年をして……」
 
ウンザリしたように遮る004をおどけてひと睨みしてから、007は009に向き直った。
 
「で?我が輩に何を聞きたいのかね、若者よ?」
「…ホントに女の子って何を考えてるのか、わからないからさ…怒ってるのかと思うと、急に笑い出すし、機嫌がいいかなーと思うと、黙り込んじゃうだろ?さっきだって…」
「ふむふむ?」
「おいおい009、オマエ、まさか、いつも今日の調子であのとんでもねえじゃじゃ馬に振り回されてるってわけじゃ……」
「フランソワーズはじゃじゃ馬なんかじゃないよ!」
「しーっ!声がちと高いぞよ、二人とも」
 
慌てて口を閉ざした二人を、007は面白そうに見比べた。
 
「…が。なるほど。題材としては悪くないなぁ…なんといっても、一番身近な女性といえば、彼女だ」
「…007?」
 
なんかマズそうな感じになってきたぞ…と、008は思った。
004も同感だったらしい。
が、二人がさりげなく席を立とうとしたときだった。
 
「わあっ?」
「何しやがる、007っ?」
「だから、声が高ぁ〜い!」
 
いきなり巨大なクッションが飛んでくるや、ぱっと変形し、二人を包み込むようにとらえた。
 
「まあ、おぬしたちもつきあえや。この話題だ、ちゃーんと年長者が監督してやらないと。坊やたち、ケンカを始めちまうぜ?」
「…ぬかせ!」
「ってさ、僕は『年長者』のほうに入っちゃうわけだ?」
 
004が不機嫌そうに唸り、008も思わず溜息をついた。
 
 
 
「では、女性としての彼女を何かにたとえてみたまえ」
「…女性として…の?」
「なんだ、そりゃ?」
「うむ。つまり、諸君の女性に関する洞察力を測る課題というわけだよ」
「とことん当てにならなそうな話だなあ…」
「…だよな?アイツを何かにたとえるって言っても…ウーン」
 
007は声を一段と落とし、やや厳かに言った。
 
「ただし、言葉にはくれぐれも気をつかわれよ、若者よ」
「そうだね…とりあえず悪口禁止ってことにしとこうな、002」
「は?」
 
008はちらっと007を見てから、笑いをこらえつつ言った。
 
「だって。聞かれてたらどうするつもりだ?彼女、この同じ屋根の下にいるんだぜ?」
「……」
「そういうこと。さすが、聡明なピュンマ氏…わかっておられる」
「待て。聡明なヤツがこんなくだらない話をするっていうのか?」
「まあまあ。堅いことはナシってことで。で、どうだね、若者よ?」
 
水を向けられ、002は咄嗟に口をへの字に結んだ。
 
「バラ、だな。真っ赤で、でかくて…すっげー棘のヤツ」
「すっげー棘…って」
「悪口禁止だろ、002」
「んだよ?…バラなんだから文句ねえだろ?」
 
そういう彼の顔がやや赤くなっているように見えるのは気のせいか…そうではないにしても、とにかく。
ああ、今度は僕の番なのか?
 
007にじーっと見つめられているのに気付き、008はまた溜息をついた。
 
「…そうだな。シカ、なんてどうだい?…彼女は敏捷で、勇敢で、しなやかだ」
「えー。それ言うならよ、ヤマネコのほうが近…」
「…っ、馬鹿が…!」
「悪口は厳禁ぞよ、若者!」
 
007に叱られ、004に口をふさがれて、002は悔しそうにじたばたもがいた。
 
「で?君はどうかね?」
「…え」
 
009は困惑して口ごもり…やがて、つぶやくように言った。
 
「…雪、かな」
「雪?」
「はは、うまいこと言うじゃねえか009。たしかに冷血女だもんなぁ?」
「何を…違うっ!そういう意味じゃない!」
「だーっ!声が高い!」
 
ごちゃごちゃともつれあう3人を、004は肩をすくめて眺め、うんざりしたように振り返った。
 
「どいつもこいつも酔っぱらいが…つきあってられんな。008、俺たちはそろそろ…」
「……」
「008?」
 
軽く肩に触れられ、008ははっと我に帰った。
 
「大丈夫か?…もうコイツらは放っておこう」
「あ、ああ…そうだね」
 
たしかにそうするしかないだろう。
この分だと、3人とも明日になれば何を話していたのかなんて、忘れているに違いないし、と008は思った。
 
 
 
「落ち着いて、003。彼は、大丈夫だ」
「…008!でも…!」
「一刻を争うことは間違いないけどね…すぐにみんなを呼んでくる。戦闘は終わっているんだろう?」
 
泣きそうな目で、それでも周囲を素早く見回し、003は小さくうなずいた。
 
「僕たちが通信の届くところまで来たら、君がここに誘導してくれ…いいね。落ち着いて」
「…わかったわ、008…お願い」
「任せとけって」
 
003の胸に深くもたれて目を閉じ、ぐったり動かない009をちらっと見やり、008は立ち上がった。
きゅっと口を結び、彼女が指示した方角に向かって走り始める。
 
やっぱり言ってやればよかったかな、とふと思う。
 
絶対に大丈夫だ。
だって、見ろよ003。
コイツ、こんなに、穏やかな…
むしろ幸せそうな…
 
いや。
言わない方がよかったか。
彼女には不吉な言葉に聞こえてしまうだろう。
 
ついさっきまで烈しい戦闘を繰り広げていた009を思い出す。
まるで、ひとすじに燃え上がる炎のようだった。
そして、力尽きた彼が倒れ込んだのは、彼女の胸の中で。
 
一刻を争うことはわかっている。
でも、もう少し、この時間を引き延ばしてやりたいような気もして、008はひそかに微笑した。
 
雪、か…。
 
風が変わった。
008は、はっと耳をすまし、微かなエンジンのうなりを拾った。
 
《こちら008、ドルフィン号、聞こえるか?応答せよ!》
《こちらドルフィン号…大丈夫か、008?003と009もそっちにいるのか?》
《ああ。でも、009が負傷している。002と005をよこしてくれ。それから、応急処置用のキットも頼む!》
《了解…今、オマエの位置を捕まえたぜ…待ってろよ、008!》
 
助かった。
これで間に合うだろう。
 
ほっと息をつきながら、さっきの二人の様子をふと思い浮かべ、002を呼んだのはマズかったかもな…と、ちらっと思ったりする。
もちろん、そんなことを考えている場合ではないのだが。
 
 
耳慣れた飛行音がぐんぐん近づいてきた。
008はマフラーをほどき、002に向かって思い切り大きく振り上げてみせた。


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