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  3   銀の炎(2006)
 
 
ふるさとの山のなかに うずくまったとき
さやかにも 私の悔いは もえました
あまりにうつくしい それの ほのおに
しばし わたしは
こしかたの あやまちを 讃むるようなきもちになった
 
 
八木重吉「ふるさとの山」(『秋の瞳』より)
 
 
 
1
 
ひどい火傷の跡があるから…と言うようにしていた。
それで、誰もそれ以上彼に問いかけはしなくなった。
 
どんなに暑い日でも長い袖とズボンとで手足をきっちり包んでいるピュンマに、同僚たちが奇異の目を向けていたのもそれほど長い間ではなく、不思議なもので、慣れてしまうと、それが当たり前であるかのように誰もが感じだしたらしい。
 
烈しい戦いが終わってから、ピュンマは故国へと渡り、ギルモアの紹介で、自然保護に関する或る研究機関に所属することになった。
相変わらず政治的にはまだ不安定で、一歩間違えば内戦になりかねない情勢が続いてはいたのだが、そういう方面で故国へ力を注ぐことはやめよう、と彼は決心していた。
 
僕は、もう戦わない。
どこまでも戦うための体になった今だからこそ。
僕は、違うやり方で、故国のために…人々の幸せのために、できるだけの努力をしたい。
 
ギルモアも、それを望んでくれた。
こうして平和が訪れた。つかの間であったとしても。
それなら、せめて今だけでも、戦いから離れて暮らしてほしい、と。
 
が、戦いから離れるということは、戦いのために作られた体と否応なく向き合うことにもなる。
おそらく、ギルモアはそれも知り抜いていただろうとピュンマは思う。
 
全身を包む、銀色に輝く鱗。
決して人目に触れさせてはならない、人工の肌。
 
本当に穏やかに暮らそうと思うのなら、ギルモア研究所でひそかに生活する方がずっと気楽だったのかもしれない。
ピュンマがそうしなかったのは、決して消えない炎のような故国への思いと、ギルモアに対する心遣いからだった。
 
 
 
「ピュンマ、お昼はもうすんだの?」
 
明るい声に振り返ると、サーヤが微笑していた。
ピュンマと同期で入った、若く美しい黒人女性だった。
 
いや…と首を振ると、彼女はちょっと睨むように彼を見つめた。
 
「抜いちゃうつもりなんでしょう?体をこわすわ」
「そんなことないよ…その…え?」
 
ぱっと小さい包みを握らされ、ピュンマは目を丸くした。
サーヤが少し恥ずかしそうに笑う。
 
「それでもお上がりなさいな。私が作ったビスケットよ」
「あ…ありがとう」
 
にっこり笑って礼を言うと、彼女は嬉しそうにウィンクした。
いい人だなあ…と思う。
彼女だけではない。
この研究所の人々は、みな善良で勤勉で、この国の自然と人々を心から愛していた。
 
かつて少年だった自分が泥にまみれ、憎しみにまみれて銃を握りしめていたときも、こんな人たちが厳しい条件と不自由な設備に苦しみながら、地道な研究を続けていたのだ。
それが、ピュンマには信じられない奇跡のように思われた。
 
今、彼が任され、取り組んでいる研究は、土壌改良と、雨水を効率的に溜めるシステムの開発だった。どちらも成功すれば、農業生産の拡大につながる。
もちろん、自然をただむさぼり、衰えさせるようなやり方ではいけない。それも、この研究所のポリシーだ。
目が回るような忙しさの中で、ピュンマは寝食も惜しみ、懸命に働き続けていた。
 
「あ、そうだ、サーヤ!」
 
呼びかけると、彼女はくるっと振り向き、黙って首を傾げた。
 
「もし、夕方、時間があったら、ちょっと野外実験につきあってほしいんだけど…無理かな?」
「無理じゃないわ…喜んで。例の水蒸気の実験かしら?」
「うん。君から見た問題点を指摘してほしいんだ」
「わかったわ。準備ができたら呼んで…それじゃ」
「ありがとう」
 
ピュンマは微笑し、軽く手を振り返した。
 
 
 
予想よりも低い数値が連なるデータに、ピュンマは肩を落とした。
 
「うーん…こんなはずじゃなかったんだけど…」
「もう少し、同じ条件で試してみない?」
「そうだね…ごめん。もっとうまくいってると思って君を呼んだんだけどな…期待はずれだった」
「気にしないで。こんなこと、よくあることだわ」
「ありがとう、サーヤ」
 
持ってきた計器をてきぱき片付けながら、ピュンマは彼女がじっとうつむいているのに気付いた。
 
「サーヤ?どうかした…?やっぱりがっかりしてるのかい?」
「い、いえ…違うの…あの…あのね、ピュンマ…」
 
彼女らしくない、歯切れの悪い物言いに、ピュンマは首を傾げた。
ややためらってから、彼女はさっと顔を上げた。
 
「噂を聞いたの。あなたに…ヨーロッパの研究機関からオファーがあったって」
「…サーヤ?」
 
ピュンマはきょとん、と彼女を見返した。
そういえば、そんな話があった…かもしれないが。
 
「あなたが本当はとても優秀な人だって…一緒にいればよくわかるわ。こんな研究所でくすぶっているような人じゃなくて…」
「こんな研究所?何言ってるんだ、サーヤ。ここは、僕にとって、世界で一番素晴らしい研究所だよ」
「…ピュンマ?」
 
ピュンマの脳裏に、悲しげな目の老人がよぎる。
最先端の科学に魅せられ、才能の限界に挑戦し、戦い、そして……絶望を見た、天才科学者。
アイザック・ギルモア。
 
「ここに来て、僕は初めて科学が素晴らしいものなのだと知った。人間の夢となりうることを知ったんだ。僕はこの研究所で働けることに誇りをもっているし…君たちにもそうであってほしいと思ってる」
「……」
「日が暮れてきた。急ごう、サーヤ……サーヤ…?」
 
ピュンマははっと息をのんだ。
彼女の美しい瞳が切ない光を帯びて見つめている。
 
まさか、と思ったのと同時だった。
体をぶつけるようにとりすがろうとした彼女を、ピュンマは反射的に強く振り払っていた。
 
「…っ!」
「ア…」
 
彼女は夢から覚めたように、微かな怯えを含んだ目で、ピュンマを呆然と見上げた。
 
「ご、ごめん、サーヤ…その」
「ごめんなさい…ピュンマ、許して…!」
「待って!違うんだ、僕はただ…!」
 
彼女が両手で顔を覆って駆け出した。
懸命に叫びながらも、彼はそれを追うことすらできなかった。
やがて、震える手で、そっとシャツの胸をつかみ…確かめる。
なめらかすぎる、金属の感触。
 
誰にも見せてはならない。
触れさせてはならない。
ここで、人間として生きようと思うなら。
 
ピュンマは唇を堅く噛みしめた。
日は既に落ちている。
太陽の熱を失った大地が急速に冷えていくのを感じながら、彼はいつまでも立ちつくしていた。
 
 
 
鈍い地鳴りがしたような気がして、はっと飛び起きた。
気のせいだったか…と思いかけたとき、また。
何かが森のほうから近づいている…と感じ、部屋を飛び出した時だった。
すさまじい光と熱が辺りに広がった。
 
「エネルギー弾…?なぜ…何が起こって…?」
 
家も、木も草も、ちりちりと焦げ始めている。
人々の悲鳴を聞きながら、ピュンマは研究所に向かって走った。
 
頼む。
無事であってくれ…!
 
研究所は既に燃え上がっていた。
彼のひそかな希望と祈りを嘲笑うように。
ぐっと拳を握りしめたとき、鋭い悲鳴のような声が背中に届いた。
 
「ピュンマ!」
「君か、サーヤ!…大丈夫か?…ここは危ない、すぐ避難するんだ!」
「何が起きたの?ああ、燃えてしまうわ、何もかも…!」
「わからない。とにかく逃げて!」
「イヤ、ダメよ…!だって…」
 
ピュンマは唇を噛んで研究所を振り向いた。
多くの人々の、何年もの血のにじむような努力の結果がすべてそこにある。
 
「…研究はまたできる。生きてさえいれば!」
「でも…!」
 
何年…何十年後戻りをすることになるのか。
いや、それだけではない。
ここは、この国で科学を志す人々の灯火ではなかったか。
 
「…サーヤ、よく聞いて」
「…ピュンマ?」
「たぶん、金庫の中の最重要書類は確実に…それから、デスクにあるいくつかのデータはまだ無事なはずだ。僕がとってくるよ」
「…っ?」
「君は、逃げて……いいね」
「そんな、だって、それは……ピュンマ!」
「君は、逃げてくれ!…そして、守るんだ、この国の光を!みんなと一緒に!」
「待って、ダメ、そんなこと無理よ、死んでしまうわ…ピュンマ、待って!」
「僕は大丈夫。なぜなら…っ!危ない、伏せろ、サーヤ!」
 
何かが音を立てて至近距離に落ちたように…思えた。
すさまじい音と熱に包まれ、彼女は意識を失った。
 
 
 
「無茶をするわい……もし、我々があと少し離れたトコロにおったら…或いは、001が気付いておらなんだら…」
「すみません、博士…でも、博士の皮膚のおかげで…助かりました」
「何を言うか。一番大事な頭部は強化しておらんのじゃ!」
「……そう、でしたね」
「博士…ピュンマと話しても、大丈夫ですか?」
 
心配そうに入口で問いかけるジョーに、ギルモアは黙ってうなずいた。
 
「やあ、ジョー……久しぶり」
「驚いたよ…何があったのかと思った…もう、わかったけど」
「え?」
 
ジョーはつらそうにピュンマを見つめ、そっと彼の手を握りしめた。
 
「また、始まったんだ。内戦が…それで、はっきりしたことは言えないけど、何か、大きな組織が…国を超えた組織が動いているらしい」
「…ブラック・ゴースト…の、ような?」
 
思わず声がかすれる。返事はない。
短い沈黙の後、ジョーは穏やかな声で続けた。
 
「君のいた研究所はすっかり燃えてしまったけど…でも、研究員の人たちは無事だよ。もちろん、あの女性も…イワンがそう言ってた。それから、君が守った書類やデータも彼女に届けたって」
「よかった…イワンには、礼を言わなくちゃな…」
「…これから、どうする?」
 
気遣わしげにのぞきこむジョーに、ピュンマは微笑んだ。
 
「どうもこうも…また何かが始まったのなら、ここで君たちと行動を共にするさ」
「…うん」
「そんな顔するな。人間には、絶対に信じられる何かがある…君はそう思っているんだろう?…僕も、同じ気持ちだよ、ジョー」
「…ピュンマ」
「そういうことなら、治療のついでに、この皮膚の強度をできるだけ上げてもらいたいな…博士に伝えてくれないか?僕からだと…その、もしかしたら博士は…」
「わかった。伝えるよ」
「必ず勝とう、ジョー。いや、僕たちは必ず勝つ。人々の希望のために」
 
しっかりうなずくジョーの手を強く握り返し、ピュンマは晴れやかに笑った。
 
 
 
さようなら、サーヤ。
 
遠くから彼の声が聞こえた気がして、彼女ははっと飛び起きた。
辺りはただ闇に包まれているだけだった。
 
「…ピュンマ」
 
彼は、消えてしまった。
研究員総出で焼け跡を探しまわったが、彼の遺体らしいものは痕跡すら見つからなかった。
ただ、彼が身についていた衣服の焼け残りが見つかったため、彼がそこで命を落としたことはほぼ間違いない…と、いうのが最後の結論だった。
…しかし。
 
「私は、信じている…あなたは、生きているわ」
 
彼女はつぶやいた。
何度繰り返したからわからないつぶやき。
 
意識を取り戻したとき、彼女は研究所にあった金庫といくつかの重要書類とをしっかりと抱きしめていたのだという。
どうやってそれらを持ち出すことができたのか、問われても彼女は答えられなかった。
 
あれは、夢だったのだろうか。
ぼんやり思い出す。
 
炎の中で、まばゆく輝いていた銀色の光。
この世のものとは思えない神秘の光。
神の甲冑のように、強く、熱く……美しく。
 
「ピュンマ……私は知っている…あなたは、生きているわ」
 
もう、二度と会えなくても…あなたは生きている。
遠くで私たちを見守ってくれている。
…そうでしょう?
 
鈍い爆撃の振動が伝わってくる。
やはり、戦場は拡大しているようだ。
明日は、この隠れ家から出ることになっている。
 
いつ終わるともしれない逃亡生活。
彼が守ってくれたこの研究を再開できる日は、くるのだろうか。
昨夜、絶望の涙を流しながら言い争いをしていた同僚達を思い出し、サーヤは堅く唇を噛む。
 
…くるわ、必ず。
 
私たちは、希望を捨てない。
それが、あの人のために私たちができる、ただひとつのことならば。
 
さようなら、ピュンマ。
信じてる。
私は、いつもあなたと共に生きているのよ。
 
もう…二度と会えなくても。


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