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  4   謎の巨大怪獣(2007)
 
 
「お待たせ、009…。それじゃギルモア博士、いってまいります」
「おお、気を付けてな…頼んだぞ、009。008によろしく」
「はい、わかりました」
 
ちょっと街に買い物に行く、というような小さいボストンバッグをシートの足元に置き、003はしっかりとベルトを締めた。
それを確かめてから、009はもう一度ギルモアに軽く目礼して、操縦桿を握った。
ほどなく、二人を乗せた小型高速機が、ギルモア研究所を飛び出していった。
 
「ずいぶん慌ただしい話なのね、008らしくないわ」
「うん…それだけ緊急事態ってことなんだろうな…なんといっても謎の怪獣なんだから…」
「…謎の怪獣。本当かしら。信じられないけれど…でも、008があんなに真剣に言うのだから…」
「もちろんさ。あの真面目な008の言うことだ、信じないわけにはいかないよ。とにかく、003、まずは君の力が頼りだ。よろしく頼む」
「ええ、わかってるわ、009」
 
 
アフリカの008から、緊迫した電話が入ったのは二日前のことだった。
彼の住む村のすぐ近くに、謎の怪獣…としかいえないような巨大生物が、先月突然姿を現したというのだ。
 
怪獣は特に人を襲ったわけではないものの、周辺の畑や村を踏み荒らし、森の中に消えてしまった。
知らせを聞いて駆けつけた008たちが捜索しても、発見することはできなかった。
怪獣はその後も何の前触れもなく、色々な場所に現れては森に消える…ということを繰り返しているのだという。
 
008に言わせると、正体不明という不気味さを考えなければ、その怪獣はいわゆる猛獣よりずっと危険性の低い動物だ、ということだった。
空港で二人を出迎えた008はいつもの彼より少し疲れているように見えた。
相変わらず、怪獣についての手がかりはないのだという。
 
「俺としては、ソイツをこのまま放っておきたい気持ちなんだ。昔の部族なら、きっとそうしていただろうからね。でも、このアフリカにも科学の時代は訪れている。そういうわけにはいかない、と考える者の方が多いのさ」
 
やや憂鬱そうに言う008に、009は苦笑した。
 
「なるほどなあ…つまりギルモア博士も、そういうわけにはいかない、と考えている一人だってことか。うん、そう言われると、君が正しいような気がしてくるよ」
「いや、すまない。気にしないでくれ。なんといっても君たちは僕にとって誰より心を許せる仲間だからね。つい言わなくてもいいことまで言ってしまった。でも、もちろん実際は放っておいていいことではない。それなら、君たちにはるばる来てもらう必要だってないんだから…」
「もし危険性が低いなら、上手に対策すれば、その怪獣と人々の共存もできるかもしれないってことかしら?」
「そう決めるのも早いさ、003。とにかく、考えるのは、ヤツの顔を拝んでからだ」
 
009はきっぱりと言った。
 
 
怪獣が最近出没している森の近くに、3人はテントを張った。
003がずっと目と耳を使いっぱなしだったので、夕食は008と009が用意した。
 
「お待たせ、003…どうだい、それほどヒドくはないだろう?」
 
テントの前に並べられた料理を示しながら009があまり得意そうに言うので、003は思わず笑ってしまった。
 
「009ったら。ほとんど008がしてくれたんでしょう?アナタの料理の腕前なら、私、よくわかっててよ」
「ちぇっ。いいかい、003。男ってのは、ちまちました台所より、こういう所の方が実力を発揮できるものなのさ」
「おいおい、二人とも、食事の前にケンカはやめてくれよ!」
 
008がのんびりと声をかけたので、二人はなんとなく顔を見合わせて口を噤んだ。
 
夕食は和やかに進んだ…が、なんとなく沈んだ空気が落ちる。
003が丸一日、フルに目と耳を稼働して辺りを探ったものの、何も発見できなかったのだ。
 
「ここにはもう現れないのかもしれないな…」
 
008がふとつぶやいた。
もしそうなら、今度は砂漠地帯を探さなければならない。
 
「008、その怪獣は、人間よりずっと大きいんだろう?」
「ああ。大きさだけで言うなら、戦車だって踏みつぶせそうな感じらしい」
「それなのに、どうして見つけられないのかしら…そんな大きな生き物なら、ちょっと動いただけでも、音をキャッチできるはずなのに……不思議だわ」
「そうだね。はじめから、不思議…というより、とても信じられない話ではあるんだ。でも、実際に足跡はある。家や畑の壊れ方だって、人間の力でできるようなモノではない。何より、人々のあの怯えよう…とても嘘をついているとは思えない」
「…うん」
「実は、政府では疑惑の声も上がり始めている。被害は大きいのに、ケガをしたり亡くなったりした人はいない…ってことからも、援助金を狙った村人の狂言なんじゃないかと。でも、僕は、彼らが善良な人々であることをよく知っている!彼らは、決して…」
 
悔しそうにそれきり口を噤んだ008を、003は心配そうに見つめ、009に目をやった。009はうなずくと、口を開いた。
 
「008。僕たちは本当に不思議なことをたくさん見てきたじゃないか。どんなに理屈に合わないことだって、僕たちは君を信じる。そうやって、僕たちは生きてきたはずだ」
「…ありがとう、009」
「そうよ、008。元気を出して。…まあ!」
 
ふいに空を見上げた003が歓声を上げた。
澄んだ夜空には満天の星が輝いている。
 
「見事だなあ…東京では絶対に見られない星空だ」
「ええ…」
 
003はそっと両手を組み合わせ、静かな声で歌い始めた。
009にも耳に覚えのある曲だった。
 
「…それ、童謡だったかな」
「いいえ、賛美歌よ」
「ああ。僕も聞いたことがある…前、村にいた牧師さんがよく歌っていた」
「…そうか」
 
3人は楽しそうに目配せし、呼吸を合わせ、その歌をそれぞれの母国語で一斉に歌い始めた。
珍妙な合唱に、がまんできず最初に吹き出したのは003で、008も009もいつのまにか笑い出していた。
…が。
 
苦しそうに笑っていた003の表情が不意に緊張した。
 
「音がするわ!……ああっ?」
 
008と009もはっと身構えた。
音がする、というようなモノではない。地響きだ。
たちまち地面も揺れ始める。
 
009は、目を大きく見開いたまま立ちつくしている003に気づいた。
咄嗟に彼女を背中に庇うようにしながら叫んだ。
 
「003、どうした?何が見えているんだ?…あっ、いけない!逃げろ、008!」
 
突然、テントの奥の藪から、巨大な爪のようなモノが見えた。
009は008に叫びながら、003を抱きかかえ、素早くその場から飛び退いた。
次の瞬間、めりめりと音を立てて木々が倒れ、テントが押しつぶされた。
 
「…くそうっ!」
「こ、こいつ…がっ?!」
 
008と009はスーパーガンを構えながら、その生き物を見上げた。
落ち着きを取り戻した003が素早く告げる。
 
「ロボットじゃないわ。骨格も内蔵も生身よ。構造は、は虫類に似ている」
「…恐竜、か?」
「わからない…わ」
「まだ撃つな、009…コイツが攻撃的なのかどうか、見極めてから……」
「ああ、わかっている。003、動くな」
「ええ」
 
そのまま009たちと怪獣は、じっとにらみ合ったまま動かなかった。
数分後。
巨大な尻尾がいきなり向きを変え、3人をなぎ倒すように襲いかかった。
003を庇いながら飛び退き、地面に伏せた009が素早く起き上がったとき。
怪獣は、きびすを返し、ゆっくりと森へ歩いていた。
 
「…消えた、わ」
 
003が呆然とつぶやいた。
 
 
怪獣は、忽然と現れ、忽然と消えたとしか言いようがなかった。
何より、003があとの二人とほぼ同時にしか怪獣を捕捉していないのだ。
 
「どういうことだろう?どこかに、異次元の出入り口でもあるのか?」
「…考えにくいな。それに、もしそうなら、僕たちにはどうすることもできない。僕たちが確かめなければいけないのは…」
 
009は003を振り返った。
 
「003、君はヤツを透視していただろう?何を見つけた?」
「…そうね」
 
003は目を閉じ、こめかみに軽く片手を当てた。
 
「構造はは虫類に似ていたけれど、それ以上はわからない。現れてから消えるまで、心拍音も呼吸音もほとんど変わらなかった。それから、胃が…たぶん、胃だと思うのだけど…それが、からっぽだったわ」
「…ふむ?ということは、ヤツは餌を探しにきた、ということか?」
「それは、おかしいな」
 
008が首をひねった。
 
「アイツ、空腹だったのか。それにしては、俺たちを襲おうとしなかった…」
「僕たちが喰えないと…サイボーグだと、わかったからなんじゃないのか?」
「いや。動物たちは、とりあえずかじってみて、それから食べられるかどうか判断するものさ。空腹ならなおのことね」
「そういえば、今までも怪獣に人や家畜が食べられてしまった、という話はなかったのよね…」
「うーむ」
「あら?」
「どうした、003?」
 
003は微笑した。
 
「ううん。あなたに電話よ、008」
「ピュンマ監視員!大臣から電話です!」
 
事務の若者の声に振り返り、008はちょっと肩をすくめてみせた。
 
 
静かな村に、一個師団の戦車隊が到着したのは、その3日後だった。
ものものしい軍装の兵士達の隊列が行ったり来たりするのを、村人たちは目を丸くして眺めていた。
森はあちこちが切り開かれ、武装した調査隊が次々に入っていったし、上空では軍のヘリコプターが絶えず飛び回っていた。
 
「スゴイなあ…君の国の軍隊って」
「何言ってるんだよ、009。日本の自衛隊に比べたら、オモチャみたいなものさ」
「でも…村の人たちもちょっと困っているみたい」
 
003が心配そうに言った。
そうでなくとも怪獣が壊していった家や畑を修復するのに忙しいところに、あれこれと物資の調達や案内を言いつけられ、村人達は休む間もないように見えた。
 
「あんな立派な装備があるんだから、少しは村の修復だって手伝ってやればいいのにな」
「そういうわけには…いかないのさ。国防省では、怪獣の正体を暴き、対策をしなければならない、という声が圧倒的だ。それに…うまくソイツを捕獲すれば、何か、とてつもない科学的発見ができるかもしれない」
 
つまらなさそうにつぶやく008の肩を、009はぽん、と叩いた。
 
「僕たちは誰かに何かを命令されているわけじゃないからね…報告も終わったし、村の人たちの手伝いをしようよ…どうだい?」
「ああ、そうしよう。ありがとう、009」
 
008はようやく笑顔を見せた。
 
村人たちは働き者で、陽気で、素朴な人々だった。
009も003もすぐに彼らと打ち解け、温かく迎え入れられた。
 
家の修復…といっても、もともと簡素な家で、材料も森から集めたものばかりだったから、手間がかかるだけで、それほど無理なことではなかった。
畑も同様で、たしかに育った作物は駄目になっていたものの、修復は楽だったし、008が手に入れてきた新しい種を蒔くと、それらはあっという間に育ってしまった。
 
「どう言ったらいいのかしら…ここは、本当に豊かな土地なのね」
「そうだな…」
「君たちがそう思うのかい?東京やパリにしか住んだことのない、君たちが?」
 
不思議そうに尋ねる008に、二人はうなずいた。
 
「貧しい、といったらそうかもしれないわ。ここには便利な機械も、立派な建物も、乗り物もないけれど…」
「でも、人々は毎日平和に楽しく暮らしている。お腹をすかせることもなく、自然の恵みに感謝しながら…ね。こんな騒ぎ、早くおわっちまえばいいのになあ…」
 
009は苦々しい思いで言った。
怪獣はあれきり気配すら表さない。
003がくすっと笑った。
 
「怪獣も、きっとそう思っているんだわ…ね?」
「ふふ……。あ?」
「どうしたの、009?」
「009?」
 
009はふっと立ち上がった。
 
「そうか!…本当にそういうことなのかもしれないぞ。…だったら」
「…009?」
「008、すまないが、軍の連中に気づかれないように、ちょっと遠くで野営ができないかな?この間のように」
「うーん。森の近くは無理だ。砂漠地帯になってしまうなあ」
「砂漠か。うん、それでも構わない。夜中になったら出発しよう!」
「…009?」
 
忙しそうに支度を始めた009に、003と008は首を傾げた。
 
 
幸い、風は穏やかだった。
月明かりの中で、009たちは静かにテントを張り、火をおこした。
 
「…どういうことだい、009?」
「うん…単純なことさ。この間と同じコトをやってみようと思うんだ」
「…同じこと?」
「009、まさか…そうすれば怪獣が出てくる、って思っているの?」
「まあ、そうだな」
「…まさか。どこから?」
 
008が呆れたように辺りをぐるっと見回した。
そこはどこまでも見渡すかぎりの砂漠地帯の真ん中で、見通しも素晴らしくいい。
 
「その辺から、出てくるさ…たぶんあのときのように…思い出してごらんよ。ヤツは突然現れ、突然消えた。003が僕達と同時にしか捕捉できなかった…ということは、ヤツの移動手段はフツウじゃない…ってことだ」
「…それは、たしかに」
「フツウじゃないんだから、いろいろな可能性を考えればいい。僕は、とりあえずテレポーテーションじゃないかと思っている」
「テレポーテーション?!」
 
思わず大声を上げた003と008を面白そうに見比べ、009はごろん、と寝転がった。
 
「今日は、星よりも月が見事だなあ…003、あの歌を歌ってくれよ」
「…おかしな009」
「ふふ、まったくだ。009らしくないことを言うぜ。でも、まあいいか…よくわからないけど、ここのところなんだかギスギスした毎日だったからな…僕も、君の歌が聞きたいよ、003」
「…008まで。それなら、二人とも、歌ってくれる?」
「もちろん」
 
やがて、003の美しい声が静かに流れ始めた。
あの夜のように、008と009も歌った。
…すると。
 
「……っ!」
 
不意に月を遮った影に、三人ははっと口を噤んだ。
おそるおそる上を見上げると。
 
音もなく現れた怪獣が、静かに三人を見下ろしていた。
 
 
現れた怪獣は、しばらくじっと三人を探るように見つめ……また消えてしまった。
 
「…驚いたな。本当に現れた」
「うん。思ったとおりだ」
「どういうことなの、009?」
 
003に真剣な眼差しを向けられ、009はうーん、と苦笑した。
 
「どういうことかは…わからないよ。でも、これで、アイツが何のために現れるのかは…わかるかもしれない」
「009、まさか…アイツは僕たちの歌を聴くために現れた、とか言うつもりじゃないだろうな?」
「どうだろう。だが、アイツは腹をすかせていたのに、ものを食べようとはしなかった…ということは、餌を探しに来たんじゃなかった…ってことだ。それに、何かが原因で『迷子』になっているわけでもない。アイツは、自分の行きたい所に自由に移動できるらしい。今みたいにね」
 
なるほど、と008が手を打った。
 
「それで、こんな所で『実験』してみたんだな、009?」
「そういうことさ」
「でも…餌を探しているわけでもなくて、迷子になったわけでもないなら…一体、何のために現れるのかしら……」
「うん。それはむしろ、008の方が詳しいんじゃないかな」
「僕が…?」
「そうさ。アイツもつまり野生動物なんだ…って考えるなら…いつもいる場所ではないところに出かけるのは、どういう目的で、なんだろう?」
「なるほど…!そうか、食べ物が目的ではなく、迷子になったのでもない…のなら…」
 
じっと考え込む008を、009と003は辛抱強く待った。
…が。
やがて、008は息をついて大きく首を振った。
 
「でも……まさか、そんなことが…?」
「なあに…どういうこと、008?」
「いや…すまない、003。思いつくことはあるんだが、いくらなんでも非現実的なんだよ」
「008。この状況そのものがもう十分に非現実的だとは思わないか?…どんなことでも構わない、君の考えを話してほしいんだ」
「…009」
 
009の力強い視線を受け、008の表情から少しずつ迷いが消えていった。
 
「わかった。それじゃ、話そう…僕の考えを」
 
 
数日後。
村を取り囲むように待機していた兵隊たちは、一向に動く様子のない事態に疲れと苛立ちを見せ始めていた。
 
怪獣は現れない。
が、今後とも現れない、という証拠などないし、その正体も依然としてわからないままだ。
何の成果もない今の状態で、撤収することはできない…と司令官たちは思い詰めているようだった。
そんな軍隊と調査隊の様子を008はじっと観察していた。
 
一方、村の娘たちと親しくなった003は、この騒ぎで無理矢理中止させられてしまった「祭り」についての話をよく耳にしていた。
若い彼女たちは軍人達の理不尽さに不満を隠そうとせず、「祭り」がどんなに楽しいか、自分たちがそれをどんなに楽しみにしていたか…を、穏やかな聞き手である003に切々と語るのだった。
 
「彼女たちには悪いけれど、ソレを利用させてもらうのがいいな、やっぱり」
「009…でも、危険だわ。あんないい人たちがもしケガをするようなことになったら…」
「その心配はいらない。僕と008が必ず君たちを守ってみせる…だろ?」
 
008も頼もしくうなずいた。
 
「たしかに、危険がないわけではない。だが、苛々し始めたあいつらをこの村にずるずるおいておく方が、むしろ困ったことになるかもしれないんだ…全力を尽くすと約束するよ、003。勇気を出して、やってみよう」
「…わかったわ、008…009」
「大丈夫。絶対に君たちに危害を加えさせたりはしない。僕達サイボーグの誇りにかけても」
 
009はきっぱりと言った。
 
 
その夜は、満月だった。
 
月明かりの道を、003に率いられた村の娘たちがこっそり歩いていく。
彼女たちは思い思いに着飾り、楽しそうに目を輝かせていた。
 
「…こっちよ」
 
自分も華やかな衣装をまとった003は、向こうから同じように村の青年たちを率いてくる008の姿をとらえた。
村の中央の広場では、驚くべき速さで、009が簡素な舞台を組み上げている。
これなら、うまくいきそうだわ…と、003はほっと息をついた。
 
広場に着いた若者たちは、魔法のように組み上がった舞台に歓声を上げ、早速、もってきたランプをともしては、あちこちに吊し始めた。
娘たちは果物を広げ、青年たちは酒を広げた。
 
「さあ!…踊りましょう!」
 
003が舞台にとび上がり、楽しげな澄んだ声を放つ。
それが、始まりの合図だった。
きらめく光の中で、若者達は思い思いに楽器を鳴らし、歌い、踊り始めた。
 
(009、008!…軍が動き始めたわ!)
 
舞台の上で踊りながら周囲に目を配っていた003が、衣装の間に隠していた通信機で009たちに合図を送る。
 
(了解…!適当に足止めしておく。何が起きているか、まだそこのみんなには悟られないように。気を付けてくれよ)
(…わかったわ)
 
003は艶やかな笑みを若者たちに投げ、華やかに鈴を鳴らしながら踊った。
感嘆の声が上がる。
 
「この美しい夜に祝福を…!私たちの満月に祝福を…!」
 
003の凛とした声に、若者たちはどよめいた。
誰もが月を見上げ、踊り、声を放って歌っている。
周囲を気にする者はもはやいなかった。
 
一方。
広場の騒ぎに気づき、動き始めた軍隊を、008と009は、闇にまぎれて牽制し続けていた。
 
銃を構え、走る兵士達は、なぜか突然現れ続ける障害物に何度も転倒させられ、思うように進めず、苛立ちを募らせていた。
 
「おのれ、村の連中は何をやっているんだ、この非常時に!我々の命令を蔑ろにするにもほどがある!…えぇい、一人残らず検挙するのだ!抵抗する者がいたら射殺しても構わん!」
 
司令官は目を血走らせ、叫んだ。
 
 
突然、広場の端から鋭い悲鳴が上がった。
はっと振り向いた003は、ついにたどりついた兵士たちの、ぎらぎらした視線をとらえた。
 
「オマエたち、何をしているっ!全員手を挙げろっ!」
「アナタたちこそ、何なのっ?…ここは神聖な場所よ!」
 
天女のようにひらりと舞い降りた003の美しい目ににらみつけられ、兵士たちは一瞬ひるんだ…が、もちろん、それは一瞬だった。
 
「ふざけるな!…抵抗するなら…っ!」
 
銃声と悲鳴がたちまち広場を包んだ。
003は銃撃をかわしながら兵士たちに当て身をくらわせていく。
怯え、逃げまどう娘たちにも容赦なく銃口は向けられた…が、それらは瞬く間にはね飛ばされていった。
 
「003、大丈夫かっ?」
 
加速を解いた009に助け起こされ、003はしっかりとうなずいた。
が、はっと振り返ると、彼女は絶望的な声を上げた。
 
「ああっ!」
「どうした、003?!」
「…戦車よ…!こっちを狙って…撃ってくるわ!」
「なんだって!…まさか!」
 
広場の外で若者たちを誘導していた008も思わず叫んだ。
 
「しまった!…血迷ったな、司令官めっ!」
 
鈍く重い砲撃の音が村を揺るがせる。
009は堅く唇を噛み、加速して飛び上がると、迫る砲弾をひとつひとつ着実に撃ち落としていった。
しかし。
 
「ああっ!…チクショウっ!」
 
素早く振り返った009は、ひとつの砲弾が、弧を描いて村へと落下するのを認め、歯ぎしりした。
間に合わなかったのだ。
009は叫んだ。
 
「逃げろっ、逃げてくれ、003ーっ!」
 
飛んでくる砲弾を認めた003は、素早く着弾箇所を推定し、被害が及ぶ範囲を特定した。
幸い、もう人は誰もいない…と思った次の瞬間、彼女は大きく目を見開いた。
怯えきった一人の少女が逃げ遅れ、岩陰で震えている。
 
「危ないっ!」
 
何も考えられなかった。
003は少女に飛びつき、自分の体で覆うようにして庇った。
ほぼ同時に、頭上で炸裂音が響く。
 
「……っ?」
 
覚悟していた灼熱の炎が襲ってこないことに気づき、003はそろそろと顔を上げ…硬直した。
 
「なんだっ、アレは…?!」
「…怪獣…だっ!」
 
兵士たちが怯え、声を震わせる。
008と009も呆然と空を見上げた。
 
あの怪獣が、まるで砲弾を受け止めるようにして抱え込み、炎に包まれている。
そして。
人々が見つめる中、怪獣は炎とともに、声もなく消えていった。
 
 
「作戦終了」した軍が撤収すると、村は間もなく元の静けさを取り戻した。
空港へと向かうジープの中で、003がふとつぶやいた。
 
「あの怪獣は…無事に家に帰れたのかしら」
「…大丈夫さ。でも、きっと二度と現れないだろうな…あんなヒドイ目にあったんだから」
 
008が苦笑し、助手席の009に目配せした。
 
「…そうだな」
 
009もやや憂鬱そうにうなずいた。
 
怪獣は、要するに「遊びにきている」のだろう、というのが008の見解だった。
珍しいモノ…美しいモノ、楽しいモノを求めて、異世界を見物にきている。
どうしてかわからないが、あの村やサイボーグたちの歌を気に入ったのだろう、と008は考えていた。
 
だから。
思い切り楽しそうな場を作って怪獣をおびき寄せ、その上で何かがっかりするような思いをさせてやればいいんじゃないか…楽しいと思わなければ、怪獣は二度と現れないだろう…それが009たちの「作戦」だった。
一応、成功した、と言えるのだろう。
 
「子供だったのかもしれないわね…」
「え…アイツがかい?」
「ええ。だから、自分が恐れられていることに気づかなくて……あのときも、あの砲弾で自分が傷つくなんて考えず、ただ私たちを助けようとしてくれた」
「……」
「無事でいてくれれば…いいのだけど」
「確かめる方法は、たしかにないな…信じるしかない」
「…009」
 
009は穏やかな笑みを003に向けた。
 
「情けないけど、僕達人間には、まだそんなことぐらいしかできないんだ…でも、信じよう。アイツは無事に帰って…そして、いつかまた姿を見せてくれる。僕達人間も、アイツに信じてもらえるような存在に、いつかきっとなれる。そう信じよう」
「…ええ。そうね」
「ああ、そうだ…そのとおりだよ、009」
 
ジープはどこまでも続く荒れ地をひた走っていく。
やがて、重い沈黙を008が静かに破った。
 
「道は遠い。でも、僕達は諦めない。絶対に」
 
決意のこもったその声に、009と003は黙ってうなずいていた。


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