「……スゴいな」
つぶやいてしまった。
概ね自分が設計したものとはいえ、こうやってみると、大きさといい形状といい、何とも形容 のしがたいモノだ。
さて、どこをつかんでどう運ぼうか、と首をひねるピュンマをやんわりと下がらせ、ジェロニ モはひょい、とソレを持ち上げてしまった。
「008……案内、頼む」
「あ、ああ…!」
もちろん、ドルフィン号には入らない、という大きさになった時点で、もうジェロニモの手を 借りるしかないと、心のどこかでは思っていた。おそらく仲間達もそう思っていたに違いない 。
ともあれ、「案内」をするべく、ピュンマはドルフィンが停泊しているドッグの入口を開けて から、暗い海中に飛び込んだ。
間髪を入れず、ジェロニモが静かに沈めたソレをがっちり受け止め、ジェロニモ自身も飛び込 んだのを確かめると、ピュンマは慎重に泳ぎ始めた。
「少し、遠いんだ……潮が速いところも通るから、しっかり頼むよ、005」
「……」
返事はなかったが、ジェロニモの力強さはソレの動きが急に安定したことからも十分伝わって くる。
ドッグにつながるトンネルから外の海に出たときにも、その安定感は変わらなかった。
極めて順調に事は進んだ。
ほどなく、二人は目的の場所に、予定通りの時間でソレを設置した。
サイボーグってのは大したモノだなあ……と、他人事のようにピュンマは思った。
本能というか、習慣というか、スーパーガンを持ってきていたのだが、よく考えてみれば、妨 害など入るはずもなく、まして戦闘になるはずもない作業だったのだ。
「そういえば、君は、土木工事の仕事をすることもあるんだってな」
何が「そういえば」なのか、相手にはさっぱりわからないはずだ、と言ってしまってから気づ いたが、ジェロニモは頓着することなく「そうだ」とあっさりうなずいた。
「力の加減とか……難しくないか?」
「そうでも、ない」
とはいえ、ジェロニモが転居した、という知らせは時たまジョーを通じて受けていた。
もしかしたら、咄嗟に怪力を使ってしまって、そこにいられなくなった……というようなこと もあるのかもしれない。
「これ、お前の、思いつきか?」
「……あ。うん」
不意に問われ、ピュンマは少し慌てた。
「僕の故郷の村に海はないけれど……豊かな川があってね。伝統的な漁法で、そこそこ魚を捕 ることができたんだ。でも、だんだんそれができなくなってきた。魚が……どういうわけか、 減ってしまったんだ」
「……」
「いや、わけはなんとなくわかってる……水資源を利用するために作られたダムの影響もある し、少しずつ入ってきた物質文明が、川をじわじわ汚染した、ということもある」
「……」
「何とかしてほしい、とたくさんの人たちに訴えられた。そりゃ、どうにかしたいけれど…… 政治を動かすためには、まずデータが必要……って、いつのまにかそういう時代になってたん だよな。コレは、その実験……のための実験ってところだ」
ピュンマは設置したソレを見やった。
奇妙な巨大オブジェのようなソレは、魚の「住居」となるはずのモノだった。
「これは、改良した試作三号、なんだ」
「前のが、あるのか」
「ああ、これよりずっと小型のヤツだけど……見てみるかい?」
ジェロニモはごく真面目な表情でうなずいた。
ふたつの試作品は、そこから少し離れた海底にそれぞれ沈めてあった。
それは、生い茂る藻の塊となっていて、もはや人工物には見えない。
小さな魚の群れが、二人の動きに連れて、散ったり集まったりを繰り返している。
「まずまず、成功してると思うよ……でも、課題はいろいろある。それを少しずつ改良して… …設置場所の条件も変えてね、実験しているんだ。とはいえ、僕はあまりこっちにいられない から、結局、データは概ねジョーに取ってもらってるんだけど」
「アレが、こう、なるのか」
「うん……うまくいけば」
それきり口を開かず、ただじっとソレを見つめているジェロニモに、ピュンマはふと不安のよ うなものを感じた。
「ヒトが奪った魚たちのすみかを、ほかならぬヒト自身の手で新たに作ろう……なんていうの は、傲慢の極みかもしれないと、思うことは思う。でも……やってしまったことは取り返しが つかない。どんなに稚拙でも、努力を重ねなければいけない。それが、過ちを犯してしまった 、僕たちヒトのつとめだと思うんだ」
「……うむ」
ジェロニモがふと表情を和らげた……ように見えた。
「消えた故郷、もとに戻らなくても……戻そうとするヒトがいる……きっと、感謝、する」
「ジェロニモ……」
「お前の仕事、貴い」
「そんなことは……ないよ」
まっすぐな讃辞に、ピュンマは少年のようにどぎまぎした。
「これは、一見うまくいってるように見える……目的どおり、魚が住み着いてくれた。でも、 それがここ一帯の環境にどう影響を及ぼしているか、というところまではわからないんだ。自 然は、いつも僕達の予想や理解を遙かに超えている。それが本当にわかっているなら……僕た ちはもっと慎重になるべきなんだ。目先の問題に焦って、解決を急いで、僕たちは、ますます 深みにはまっていくのかもしれない。……でも。そう思っても、僕は……」
「……ピュンマ」
不意に両肩を大きな手にがっしりとつかまれ、揺すぶられた。
「……いい」
「ジェロニモ……?」
はっと見上げると、ジェロニモが微笑している。
ピュンマの目を見つめながら、彼はもう一度、ゆっくり繰り返した。
「お前の仕事、貴い」
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