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  7   ピュンマさま006と遊ぶ
 
 
出かける前、ジョーに「覚悟しておいた方がいいよ」と真顔で言われた。
彼が真顔で何か言うとたいていロクなことにならないのだが、今度もやっぱりそうだと思う。
 
「ねえ、大人……そろそろ帰らないか?」
「うーん……でも、これじゃオカズにならないアルねえ」
「……」
 
そうはいっても、かれこれ6時間はねばっている。
日本の海にそう詳しいわけではないが、おそらく、時間を考えても潮回りを考えても、これ以上ここでがんばっても無意味のように思われた。
ここ、といっても、そもそもここがどこなのか、ということも怪しい。
張々湖はそういうことにもまったく頓着していないようなのだった。
 
釣りに行くアル、ボートを出すね!
 
と威勢良く言う彼の勢いについつり込まれ、じゃ、僕も行くよ、とうっかり言ってしまったのだった。
張々湖の釣りに付き合うのは初めてだった……が、よく考えてみれば、いつも彼に付き合っているのはたしかジョーだけで。
並外れて辛抱強い……というか、何を考えているのか実際よくわからない彼「だけ」が付き合っている、ということをもっと重要視しておくべきだったのだ。しかも、そのジョーでさえ「覚悟」がいるということならなおさら。
 
「大人、今日はさ、ホントのところ、何を狙ってたんだい?」
「魚アル」
「いや、それはわかってるけど……ほら、鯛とか、鰹とか、秋刀魚とか……」
 
たぶんめちゃくちゃなことを言っているんだろうなと思いつつも、とりあえず思いついた魚の名前を並べてみたが、張々湖は鷹揚に笑いながら言うのだった。
 
「そういう狙いなら、ないアル。海の神様が恵んでくれたものをいただく、それが釣りアルよ!」
「そ、そうなの……かな」
 
――そう、なのかもしれない。
 
ふとピュンマは思った。
そういえば、釣りというのは、神との語らいのようなものだ、と聞いたことがある。とりわけ、日本や中国……東洋ではそうだった……ような。
 
釣り、とは何か。
中国の有名な思想家も釣りを愛していたりしなかったか、そういえば。
自分は、つい釣りを漁業と同一視していたわけだが、張々湖にはもとよりそんな気はなかったのかもしれない。
魚が釣れようと釣れまいと、彼はこの海と……大いなる自然の恵みと一体になろうとして、無心で釣り糸を垂れているのかもしれない。
 
そうか、そうだよな、とピュンマはひとりうなずき、あらためてぐるっと辺りを見回した。
もちろん、大海原と、晴れ渡る空がひたすら広がっているだけだ。
海で活躍することの多い自分だが、こんなにゆったりした海を見たのは初めてのような気がして、ピュンマはのんびりと竿をゆらしている張々湖に思わず尊敬を込めた眼差しを向けるのだった。
 
「やっぱり……僕は、まだまだ駄目だな。一匹でも多く、一秒でも早くとしか思えなかった」
「うーん。たしかに、時間がなくなってきたアル」
「いや、いいよ、大人。余計なことを言ってゴメン。やっとわかった気がしているんだ。釣りって、奥が深いものなんだな」
「そうねえ……今日はもう諦めるしかないアルかね」
「…ふふふ」
「笑ってる場合ないアルよ、008!ちょっとひと潜りしてもらうアル」
「……へ?」
 
張々湖はピュンマに大きな網を渡した。
 
「……大人?」
「さーっとひとっ走り、魚を集めてきてほしいネ!青魚が理想ね!」
「青魚…っていうと、鰹とか…ブリとか…?」
「さすが008、察しがいいアル!009はこの間、青魚と言ったのにヒラメ持ってきたアル、ホント、困ったアル」
「……えーと」
「30分以内に頼むネ!……晩ご飯の支度が遅れると、店に帰ってからの仕込みも遅れるアルからして……」
 
早く早くとせき立てられ、ピュンマは是非もなく海へ飛び込んだ。
 
そうか、コレも含めて「覚悟」しろってことだったんだな、ジョー。
それにしても、要するに、ホントにただ魚をたくさん、早くとりたかっただけだったのか、大人は。
……にしては、このやり方は一体どういうことだろう。
いや、どういうことだろうって、考えるぐらいなら、はじめからこんなことにはならないよな。
 
よくわからない。
たぶん自分が思ったほど哲学的でも思想的でもない……にしても、やっぱりコレが東洋らしさってことなのかもしれないなあ、とピュンマはぼんやり思った。
 
 


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