仮設キカイダー

誓い(上)
 
 
ベッドから飛び降り、裸足で暗い廊下を走る。
階段を下り、廊下の突き当たりのドアを開け、更に地下へ。
 
「ジロー!?」
 
電子ロックを解除し、重い扉を開けて部屋に飛び込み、電灯のスイッチを押すと、隅に座り込んでいた少年が、怯えきったまなざしを向けた。
 
「ミツコ…さん?」
「また…なの?」
「ごめん…」
「謝ることないのよ…大丈夫?」
 
コンクリートの壁と床に囲まれた部屋には、家具らしいものがおかれていない。
空っぽの倉庫のような部屋だった。
ジローは、望んでこの部屋を「寝室」としている。
 
「ごめん、ミツコさん、起こしちゃって…やっぱり、アレ、壊した方がいいよ」
 
天井の一角にぼんやり目を向けるジローを、ミツコは鋭く制した。
「ダメ…!壊してはいけないわ…これは、命令よ、ジロー」
「…ミツコさん」
「さあ…点検をさせてちょうだい」
「もう大丈夫…いつものことだし、明日でいいよ。ミツコさんはもう一度休んで。僕は、ココにいれば安心なんだ」
 
ミツコは軽く深呼吸をしてから、ジローを見つめ、重々しく言った。
 
「それなら…これも命令、ということにしましょう。ジロー、私と一緒に処置室に来なさい。今すぐよ」
 
 
処置台に、ジローを寝かせ、入念にチェックしたが、異常は見あたらない。
たしかに、いつものことだった。
が、ミツコは用心深く調べ続けた。
 
どういうことなのかしら。
こんなとき、お父さんがいてくださったら…!
 
 
 
光明寺は既に世を去っていた。
 
ヨーロッパでの親子3人の暮らしは穏やかだった。
光明寺は健康を取り戻し、生活も安定した。
ミツコもマサルも新しい友人たちに恵まれ、幸せに過ごしていた。
そして10年がまたたくまに過ぎ、ある嵐の夜。
光明寺は突然倒れた。
 
動かない方がいい、という周囲の反対を押し切り、光明寺は帰国するのだと頑強に主張した。
ほどなく彼は、既に大学生になっていたマサルを現地に残し、ミツコを伴って日本へ帰った。
 
入院も拒否し、ひそかに用意していたというこの小さな研究所に入って、数ヶ月後。
もうこれで思い残すことはないとでも言うように、彼は穏やかに息を引き取った。
ミツコに、研究の全てをゆだねて。
 
「ミツコ。私の研究を引き継ぐのはオマエだけだ。だが、もちろん、研究者になる必要などない。オマエが心から望む道を進みなさい…それがロボット工学でないのなら…この研究所は、オマエの手で、永遠に…」
「…お父さん!」
 
父の死後、ミツコは研究所を引き継いだ。
父ほどの研究者になれるとは思わなかったが、彼女は自分が何をしなければならないか、理解していた。
 
いつか、必ず…「彼」が帰ってくる。ここに。
だから、この場所を守るのが、私のつとめ。
 
研究所は小さいながらも軌道に乗り、さらに数年が過ぎた。
そして、何の前触れもなく、「彼」は現れた。
 
あのころと同じ姿で。
背中に、ギターを背負って。
 
 
ジローは何も変わっていなかった。
はにかむような笑みを向け、懐かしそうに「ミツコさん」と言った。
 
「ダーク」との戦いはどうなったのか。
今まで、どこで、どうやって暮らしていたのか。
どうしてこの研究所を知ったのか。
 
聞きたいことは後から後から心にあふれ、しかし、ミツコは黙ってジローを抱きしめることしかできなかった。
冷たく堅い、鋼鉄の体。
それも…変わらない。
 
しかし、「やわらかくてあたたかい」と彼が嘆息した自分の体は…あのころのしなやかさを失っているだろう。
彼には、それがわかるだろうか。
ミツコは、ふとそう思った。
 
 
 
それから、ジローはミツコの「助手」として、研究所で暮らすようになった。
知らせを聞いて一時帰国したマサルも、彼との再会を果たした。
子供のように涙を流し、しがみつくマサルの髪をやさしく撫でるジローは、どう見ても彼の弟にしか見えなかったのだが。
 
時折、ジローはふらっと出ていく。
「友達が呼んでいるから」とだけ言って。
 
…友達。
 
その日のうちに帰ることもあれば、数ヶ月戻らないこともあった。
帰ってくると、ミツコの指示に従ってメンテナンスを受ける。
 
ジローは何も語らなかったが、彼のボディーをチェックし、ミツコは彼が「戦い」の中にいたのだと知った。
烈しい戦闘を思わせる損傷が見つかることもあった。
もちろん、これといった傷がないことも。
 
ミツコは一度だけ、旅先で彼の「友達」の一人を見たことがある。
美しい少女だった。
 
彼女は、ミツコがジローの「連れ」だと気付いていなかった。
今にも泣き出しそうな笑顔で駆け寄ると、愛おしそうに彼を見上げ、ものも言わず抱きしめた。
ジローは黙っていつもと同じ微笑を少女に返し、その華奢な体を抱きとめた。
かつてミツコにそうしたように。
 
宿の女将はジローをミツコの「息子」と理解したようだった。
女将が退席してから、それじゃ、ここでは私を「お母さん」と呼びなさいね、とおどけて「命令」しながら、ミツコは微かな胸の痛みを覚えた。
ジローは困惑したように微笑し、言いにくそうにしながらも、その旅の間中、彼女を「お母さん」と呼んだ。
 
時は容赦なくすぎる。
自分は老い、あの暗く烈しかった若い日々を少しずつ忘れていく。
しかし…ジローは?
 
ジローはダークとの戦いについて、ミツコに聞かれるままに答えた。
イチローたち「兄弟」を自分の手で「殺した」こと。
ギル教授の最期。
 
彼は、まるで今目の前で見ていることを話すように説明した。
辛そうに、時に「涙」を流しながら。
 
彼は、「忘れる」ことができない。
 
彼は「眠り」の最中に、突然うめき声を上げることがあった。
苦しそうに顔をゆがめ、烈しく体をねじり、発熱する。
まるで悪い「夢」を見ているように。
 
ミツコが初めてそのことに気付いたのも、その旅の夜だった。
ジローは、研究所では電子ロックで閉ざされた地下室で「眠る」ことを望み、頑なにそうしていたので。
 
原因は不明。
これといったトラブルも見つけられない。
そして、「覚醒」すれば、症状は全て消える。たしかに「夢」にうなされている状態に酷似していた。
が、「覚醒」したジローはそのときのことを何も覚えていないのだという。
 
ミツコは、旅から戻るとすぐ、彼の「寝室」にカメラとマイクを設置した。
本当は、彼を自分の近くで「眠り」につかせたかったのだが、彼はそれをどうしても受け入れなかった。
これに関しては「命令」もきかなかった。
 
「それはね、ミツコさん。きっと『悪い』命令だからだよ!」
 
ジローは大人をからかう少年の笑顔で、そう言った。
 
 

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Last updated: 2006/8/7