11      黒い服の少女
 
 
まず、堅く絞ったタオルで、顔をキレイに拭いて。
それから、少しだけ乱れた髪をとかす。
 
顔の周りにかかった髪は、まだ涙で濡れている。
が、すんすん鼻をすするのもおさまり、フランソワーズは大きい目を見開いて、ピュンマを見上げていた。
 
「よーし、美人になったぞ、フランソワーズ」
 
ピュンマはぽんぽん、と金色の小さい頭を軽くたたくようにした。
青い目がぱちぱちまばたきする。
 
「いい子だね…じゃ、おでかけしよう」
 
 
 
お出かけ先は…子供服の店だった。
ピュンマは慎重にハンドルを切り、注意深くクルマを進めていった。
運転自体には何の不安もない、もちろん。
でも、ここは慣れない日本だ。
できれば、幼児を乗せたドライブは避けたいところだったのだが…
 
後ろのチャイルドシートにおさまったフランソワーズが、急に嬉しそうに喉を鳴らした。
カーステから、特にお気に入りの曲が流れ始めた…ということらしい。
 
クルマのBGMは、日本・フランスをはじめとした各国の子供の歌。
ジョーが編集したCDで、100曲近く収録されている。
ディスクの色はピンク。
これもまたジョー手製のCDラベルはフランソワーズが愛してやまないぬいぐるみのクマの写真で。
 
まあ、平和ってことだよな…
 
ピュンマはこっそりココロでつぶやいた。
これを作るために、ジョーがそのもてる能力の全てを注いだことを思うと、なんともいえない気分になる。
 
ミラーの中で、フランソワーズは実に幸せそうに体を揺すっている。
満面の笑顔。
 
「こうやって、鏡越しでもいいから、見せてやりたかったんだけどなぁ」
 
今頃、たぶん自室にこもってふさぎ込んでいる少年を思い、ピュンマはため息をついた。
悪いことをしたと思う。
 
どうせ泣かれるから…と、尻込みしていたジョーに、僕は日本の街に慣れていないから、是非頼む、一緒に歩くと泣くようだったら運転だけでも…と頼み込み、無理矢理ガレージに引っ張ってきたところまではよかったのだけど。
既にチャイルドシートに固定されていたフランソワーズはジョーの姿を見るなりべそをかきはじめ。
彼が運転席に乗り込み、エンジンをかけると、火がついたように泣き出した。
 
ピュンマは暴れるフランソワーズの隣に乗り込み、懸命にあやした。
もちろんCDもかける。
…が。
 
やがて、エンジンが止まった。
運転席から、優しい声。
 
「可哀想だから、やめようよ…ピュンマ。君の運転なら絶対大丈夫だから」
 
どうして彼女がジョーを怖がるのか。
もちろん、誰にもわからない。
でも、このごろジョーはそのわけはわかってる…というような顔をする。
 
そんなこと、わかるはずないんだ。
それは、君の思い過ごし…というか、いつもの悪い癖に過ぎないのに。
君は自分を卑下しすぎてるよ、ジョー。
 
それでも、こんなことが重なると…何も言えなくなってしまう。
失敗した。
 
ちょっと視点を変えてさ。
たとえば自分が彼女のために選んだ歌がこんなに彼女を喜ばせてる…ってことにも注目してくれるといいんだけど。
難儀な子なんだよな、ジョーは。
 
 
 
フランソワーズの服を買う店は決まっている。
特に、彼女を連れていく店はひとつだった。
日本では何かと目立つ彼らとしては何かと気を遣うわけで。
 
その店で、フランソワーズの父親はアルベルト、ということになっている。
似ていないけど、似ていないのは誰でも同じ。
だったら、年齢がそれっぽく、口数が少なく、近寄りがたいフンイキを身に纏っている彼が適任だと、全員が認めた。
 
だから、フランソワーズの少し上等な服はアルベルトがそこで買うことが多い。
下着だの普段着だのは、ジョーがスーパーでかき集めてくる。
 
今日買わなければならないのは、コズミ博士の誕生祝いに着ていくための服だった。
彼の教え子が中心になって開いてくれるパーティだというのだが。
 
「小さいマゴにおじいちゃまおめでとう、と花束をもらうのがワシの夢なんじゃよ〜」
 
…と、この前ギルモア邸に来たコズミ博士は、フランソワーズの頭を撫でながら聞こえよがしに独り言をいった。
 
といっても、そのパーティというのは、「平服でお越し下さい」というやつで。
でも、会場は都内の名の通ったホテルで。
そんなところに花束係のマゴを連れて行くとしたら、どんな服を着せればいいのか。
…わかる者は誰もいなかった。
 
つい心配になって、雑誌やらWEBやらを調べ始めてしまっていたピュンマが、半ば押し付けられるように服選び係にされてしまったのだった。
 
わずかに怪訝な色を交えつつ、それでも笑顔で迎える店員に、ピュンマは落着いて説明を始めた。
たしかに…自分は間違ってもこの子の親類には見えないだろう。
 
「僕は、アルベルトの友人です。今日は、彼が急に熱を出してしまって…それで、僕がかり出されたんです」
「まあ…それはタイヘンですねえ…お客様は留学生でいらっしゃるんですか?」
 
たいてい、そう聞かれる。
ピュンマは真顔でうなずいた。
 
 
 
店員が、色とりどりの服を取り出しては、広げる。
 
「本当に可愛らしいお嬢さまですもの、なんでもお似合いになりますわ…お父さまは、明るい色合いのモノをお選びになっていますけど…」
 
…そうなのだ。
 
見かけによらずというかなんというか。
アルベルトの選ぶ服は、とにかく華やかで愛らしい。
 
おじいちゃんに花束を渡すマゴをやるわけだから…
と、ピュンマは顎に片手をあて、ドレスの数々に目をやり、考えた。
 
ピンクに白のレース。
赤いリボンのついた上着。
水色の薄いふわふわしたワンピース。
 
「好きずきですけど…こんなのもお洒落なんですよ」
 
店員の声に振り向いたピュンマは、次の瞬間、はっと息を呑んだ。
 
真っ白な衿のついた、黒いワンピース。
 
奥の方で、オモチャで遊んでいたフランソワーズがとことこ駆けてきた。
ぼんやり振り返るピュンマの目に、黄金色の髪が眩しく揺れる。
 
…そうだ、あの子だ。
 
ふらふらとしゃがみこみ、膝をついた。
飛び込んできたフランソワーズの重みを両腕で受け止めながら、ピュンマは抜けるような青空を見ていた。
 
 
 
残酷な乾きと熱の中、報われる見込みのないやせた畑で、黒い肌のやせた子供たちは働き続けていた。
いつ終るともしれない烈しい労働。空腹。
 
そして、そんな子供たちの前を通り過ぎる、小さな花のような白い子供たち。
 
その白い子供たちを、自分はどう思ったのか。
今は思い出せない。
わかっているのは、彼女もまた、白い子供の一人だったということだけ。
 
黒い服。
白い手足。
黄金の髪。
 
どんな顔立ちだったのかも覚えていない。
その少女は、日曜日のたび、その道に来た。
たぶん…教会の礼拝だったのだろう。
 
話をしたことはない。
目を合わせたことすらなかった。
 
が、いつのまにかピュンマは、その少女を遠くから目で追うようになっていた。
 
何を思っていたのか、覚えていない。
 
羨望か。嫉妬か。憧憬か。憤怒か。それとも、絶望か。
どれも、違うような気がする。
 
長い長い間、少女は日曜日のたび、黒い服に身を包み、背筋をぴんと伸ばし、黄金の髪を揺らして、その道を歩いた。
彼女の手足はやがてしなやかに伸び。
それより少し遅い速度ではあったが、彼の手足も伸びていき。
 
彼女を包んでいるのは、いつも黒い服だった。
彼女をかざっているのは、黄金の髪だけだった。
 
そして、あの日。
独立を手にし、自由を手にしたあの日。
ピュンマは、燃える街を見た。
 
今は誰もいない、白い子供達の家がみるみる炎に包まれていく。
喜びにわきたつ仲間達の中で、ピュンマは炎から目を離すことができなかった。
 
これでいい。
こうするよりほかにないのだから。
僕たちはここから始めなければならなかった。
だから僕たちは、ここから始める。
 
 
「ご試着…されますか?これと…これなんか…」
 
店員の声に、ピュンマは我に返った。
彼女は、いくつかのドレスの中から、ひときわ色鮮やかなワンピースを選び出そうとしていた。
 
「…いえ」
 
ピュンマは素早く言った。
心臓が早鐘のように鳴っている。
軽く深呼吸して、言った。
 
「これを…もらいます。いくらですか?」
 
 
 
ジェットは、曖昧に首を傾げた。
 
「なんていうか…その…お前って、こういうのが趣味か?」
「いや…似合ってる…似合ってるぞ、たしかに…うん、これは意外だ」
 
グレートは何度も瞬きしながら、フランソワーズを眺めた。
 
「やっぱり…非常識だったかな」
 
小さい声になってしまう。
うつむくピュンマを一瞥し、アルベルトは腕組みした。
 
「いや…正解だ。盲点だったな…コズミのじいさん、鼻高々だろう、これなら」
 
張々湖もうなずいた。
 
「たしかに盲点アル…!子供に黒、こんなに可愛いらしいモノとは思わなかったアルよ〜!」
「フランソワーズは色が白いし、顔立ちに気品があるからだろ…誰でもこう似合うとは限らんぞ…まあ、恐れ入ったぜ、お前にこういうセンスがあったとはな、ピュンマ」
 
黒いワンピースに金色の髪を揺らして、フランソワーズがぱたぱた居間を行ったり来たりしている。
ピュンマはふと部屋の隅を見やった。
 
……ジョー?
 
遠慮がちに立っていたはずのジョーが、いない。
フランソワーズが不意にはしゃぎ声をあげた。
ジェットに勢いよく抱き上げられ、高い高いをしてもらっている。
 
ピュンマは、足音をしのばせるようにして部屋を出て行った。
 
 
 
茶色の髪の少年は、心底驚いたように振り返り、まじまじとピュンマを見つめた。
 
「…どうしたの?」
「いや…邪魔して…悪かったかな?」
「そんなこと、ないけど」
 
微笑むジョーに、ピュンマはほっと息をついた。
海岸のこの場所が、彼のお気に入りだということは、仲間全員が知っている。
…といっても、ここに立つ彼のもとに、実際に足を向けたことがあるのは、フランソワーズだけだったのかもしれない。
少し距離を置いて立ち止まり、ピュンマはジョーが眺めていた水平線を見やった。
 
「…ジョー。あの服…さ。君は、どう思った?」
「あの…服?」
 
怪訝そうに首を傾げ、ジョーは瞬きした。
 
「あの服…って、フランソワーズの?」
「ああ…さっきの黒い服」
「…どう…って…似合ってたと思うよ」
「本当かい?」
「…うん」
「彼女らしくない…って、思わなかったかな?」
 
探るように見つめられているのに気づき、ピュンマはジョーから目をそらした。
 
「何か…あったの?」
 
ピュンマはジョーに背を向け、大きく息を吸い込んだ。
なじんだ潮の香りが肺を満たしていく。
 
「昔…のことを思い出して、つい…買ってしまったんだ」
「昔のこと…?」
「……」
 
やがて、柔らかい声が沈黙を破った。
 
「君が何を言ってるのか、よくわからないけど…フランソワーズ、きれいだったよ」
「…え?」
 
振り向いたピュンマの視線を、ジョーが捉える。
茶色の眼の奥に、澄んだ光がよぎった気がして、ピュンマは思わず目を細めた。
 
「きれいだった…本当に」
 
ジョーは静かに繰り返した。
 
 
 
二人並んで玄関に入ったとき。
不意にジョーが身を堅くした。
暗い廊下の向こうからフランソワーズが駆けてくる。
 
ジョーは立ち止まり、ピュンマの背中を促すように押した。
同時に、フランソワーズも、びくっと立ち止まった。
 
…しかたないな。
 
ピュンマはそっとフランソワーズの前にかがみこんだ。
小さい両手をとって、前に教えたことのある手遊びを始める。
フランソワーズが嬉しそうに、にこにこする。
 
今だ、ジョー…行けっ!
 
通信を使ったわけではないけれど。
ジョーは素早く音もたてず、気配すらさせず。
ピュンマの手を夢中で見つめているフランソワーズの後ろを駆け抜けた。
 
…さすが、009。
 
ひそかに舌を巻いたとき。
フランソワーズが不意にピュンマの両手をつかんだ。
 
「…なんだい、フランソワーズ?」
 
覗き込むのと同時に彼女は顔を上げ、大きな目でピュンマを見つめた。
 
あ…?!
 
青い…瞳。
あの、空の色。
 
黒い服から伸びる、しなやかな白い手足。
…黄金の髪。
 
 
 
君は、今どこにいる?
炎に消えた故郷を胸に抱いて。
 
そう、僕の故郷は、君の故郷でもあった。
 
僕は、君の故郷を奪った。
君の家を、思い出を焼き尽くした僕を…君は恨んでいる?
世界のどこかで。
 
…でも。
 
ピュンマは不意にフランソワーズを抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
 
僕は…走り出してしまった。
もう、戻れない。
これからも僕は、戦い続ける。
そして、いつか、世界のどこかで…また君の町を焼くのかもしれない。
あのときのように。
 
もし、あのとき…君に話しかけていたら。
僕は、違う道を歩くことができたんだろうか?
…いや、違う。
僕の道は、これしかなかった。
だって、君は…君たちは。
 
君の美しさは、僕たちの血と涙でできていた。
僕は、それを知っている。
知ってしまったから。
僕は、君の故郷を焼いた。
 
でも…それでも。
そうだ、それでも君は、きれいだった。
 
…きれいだったよ。
 
頬に冷たいものが流れていた。
ピュンマはハッと顔を上げ、フランソワーズを離した。
慌てて涙をぬぐう。
 
青い瞳が、じっと見つめている。
 
…大丈夫。
逃げない、と決めた。あのとき。
僕は、逃げない。
どんなに恐ろしい敵からも。どんなに苦しい戦いからも。
 
僕の、罪からも。
 
ピュンマは深呼吸して、フランソワーズの瞳を見つめ返し…立ち上がろうとした。
…そのとき。
 
むにゅ。
 
「…え?」
 
ピュンマは目を見開いた。
小さい手が、彼の両頬をつかんでいる。
 
むにゅううううう。
 
「ちょ、ちょっ…ふゎんそわーず…?」
 
フランソワーズは真面目な顔で、ピュンマの頬を引っ張り続けた。
 
「なんらよぉ、やめ……」
 
むにゅうううう……う。
 
フランソワーズは、パッとピュンマの頬を離した。
…というか、力尽きて離してしまったらしい。
すぐ、再挑戦。
 
…むにゅ。
 
どうやら、ひっぱるにつれて、唇が横にのびるのが面白い…ようだ。
といっても、はしゃいで笑うわけではなく。
フランソワーズはひたすら真顔で、一生懸命ピュンマの頬を引っ張ったり離したり…を繰り返した。
 
…まいったな。
 
ま、いいか。
気がすむまでやっていいよ。
 
真剣そのものの青い瞳をのぞきこみ、ピュンマは奇妙な笑いが体の奥からこみ上げてくるのを感じていた。
 
むにゅ。
むにゅう。
む。
むにゅうううう…う。
 
 
僕は、戦う。
君の町を焼き、君の故郷を奪い、罪を重ねる。
 
君の悲しみも、君が知らずに犯した罪も、僕は忘れない。
僕の罪といっしょに。
 
でも、いつか、あの空の下で。
白い子供に、黒い子供が話しかける日がきっとくる。
子供たちは、互いの美しさに目をみはり、手を取り合うに違いない。
あの…青い空の下で。
 
その日を夢見ながら倒れることができるのなら、僕はそれでいい。
 
そして。
もし、できることならば…君は僕を見送ってくれ。
黒い服に身を包み、その白い手をいっぱいに伸ばして。
 
僕は、君に話しかけることができなかった。
君も、僕に話すことなどないだろう。
 
それでも、いつかこうして小さい君と出会えたら。
小さい僕は、きっと君に笑いかけるよ。
約束する。
 
いつか、きっと。
 
 
 
 
※おまけ※
 
「本当に私でいいのかしら…?」
 
なんだか、申し訳ないわ…と繰り返しつぶやくフランソワーズに、ジョーは至極生真面目に同じ答を繰り返した。
 
「いいって、博士が言ってるんだから、いいんだよ」
 
いっそ、007が小さい女の子に変身した方がよかったのかも…とため息をつく彼女に、ジョーは肩をすくめた。
 
「まさか…!とにかく…アルベルトに言わせれば、コズミ博士は若い弟子たちに、可愛いマゴがいるんだぞって自慢したいんだからさ」
「…でも…私がマゴなんて、おかしいじゃない…絶対おかしいわよ」
「おかしいのは始めからだから、いいんだってば…もし君が小さいままだったとしても、日本人のコズミ博士に、君みたいなマゴがいるはずないだろ?」
 
フランソワーズから花束を受け取り、後部座席に放り込むと、ジョーは助手席のドアを開いた。
 
「それより、その…服」
「…おかしい…?やっぱり…黒なんてよくないかしら」
「いや…おかしくはない……けど」
 
ジョーは、口ごもり…黙って運転席に乗り込んだ。
どうも、彼女の服が気にいらない…ようなのだが。
 
いつもは私の服なんて、見てるんだか見てないんだか…なーんにも気にしないヒトなのに…。
 
フランソワーズはこっそりため息をついた。
 
今、手持ちのフォーマルな雰囲気の服というと、胸元が開きすぎていたり、肩がむきだしになったりするようなドレスしかなくて。
華やかなパーティならともかく、科学者ばかりの集まり…ほとんどの出席者は男性、しかも平服で…という席では、浮いてしまうような気がするのだった。
 
「学者さんの集まりらしくて、雰囲気がつかめないって説明したら、お店のヒトが黒なら無難だって…それに、試着したら、これがぴったりだったのよ…他のは直さなくちゃいけなかったの…時間がなかったでしょう?…自分で直すにしても、一晩じゃ無理だもの」
「…一晩…って、昨日…買ったの?それ?」
 
フランソワーズが突然元に戻ったのは、3日前。
それから、メンテやら何やらで…買い物どころではなかったような気が…していたのだが。
 
「そうよ…昨日の夕方、大急ぎで行ったのよ」
「君一人で?」
「だって、みんな忙しそうだったし…」
 
ジョーはまじまじとフランソワーズを見つめ…やがて、うつむいてエンジンをかけた。
クルマがゆっくりと滑り出していく。
 
…怒ったのかしら?
買い物に連れていってって、頼みもしなしで、一人で出かけたから?
そうかも。
 
とにかく、何をするにしても、まだ無理しちゃダメだ…って、すごくうるさかったし、この人。
私がこのパーティに行くことだって、賛成じゃない…みたいだし。
心配性なのよね。
 
「たしかに…そういう服って…学者みたいな、その、勉強家のヒトとか、好きそうだよね」
 
まだ言うわけ〜?!
 
もう、わかったわよ。
アナタはこの服嫌い、気に入らないって言いたいんでしょ?
どうして今日はこんなにシツコイの、ジョーったら…!
 
「そうか…昨日買ったのか…前からそういうのが好きで、持ってたんだと思ってた。僕は見たことなかったけど。だって、ピュンマが…」
「…もう、いい」
 
聞き慣れない調子の声に、ジョーは驚いて隣を覗いた。
怒っている?
…それも、かなり。
 
「え…と。フランソワーズ…?」
「…行かない」
「え?」
「行かないわ、パーティなんてもう行かないっ!花束なんて、アナタがあげればいいのよっ!!」
「え、えぇっ?!」
「止めて…車、止めてよっ!」
「ちょ、ちょっと待って、フランソワーズ、一体…」
 
いきなりドアロックを外したフランソワーズに、ジョーは慌てふためき、急ブレーキをかけた。
 
「何するんだっ!」
「…放してっ!」
 
暴れるフランソワーズを懸命に抑えながら、ジョーは怒鳴った。
 
「そんな、無理しちゃだめだっ、君はまだ…っ!!」
 
…無理しちゃだめだ。
 
いいかげん聞き飽きた言葉に、フランソワーズは我に返った。
途端に脱力する。
 
もう…どうしようもないヒト…!
 
腕の中で急におとなしくなったフランソワーズを、ジョーはおそるおそる覗いた。
 
「フランソワーズ?」
「……」
「行きたくないの?」
「…行きたくなくたって…行くしかないでしょう?」
「…うん」
「離して」
「う、うん」
 
ジョーは身を起こし、シートベルトを締め直し…軽く深呼吸した。
 
「あの…さ」
「今度は、何?」
「僕、見張ってるから」
「…え?」
「だから…安心して」
 
見張ってる…?
安心って…?
 
最早何も聞き返す気にならず、口を噤んでうなずくフランソワーズに、ジョーはほっと息をつき、微笑んだ。
エンジン始動。
 
なんだかわからないけど。
たしかに、安心は安心よね。
どんなときだって、何があったって。
 
あなたが、見ていてくれるのなら。
…たぶん。
 

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Last updated: 2011/8/3