4      文化祭
 
レポート課題: 学校行事(校内)を描写せよ
 
 
 
文化祭の1週間前。
妙に深刻な表情で、ダンス同好会の部長が私のところに来た。
 
「…先生」
「はい。今度は何でしょう〜?」
 
文化祭当日のタイムテーブルが間抜けで、このままじゃ公演の機材が他団体とだぶって借りられない…と、部長に泣きつかれ、実行委員会に怒鳴り込みにいったのが一昨日。
リハーサルのときに使う照明を借りるための書類が一つたりないと放送委員会につっぱねられ、先月までコレで借りてるんだ、てめーらの都合で勝手に規則を変えるんじゃねえと怒鳴り返したのが昨日。
今日のリハーサルに出られません、理由は言えません、いいですか?…と群れをなして来たダンス同好会の高校一年生たちに、もちろんいいとも、本番も出なくていいんだよ、とにっこり言ってやったのが…さっきの昼休み。
 
「先生、高一が…公演に出ない…って言ってるんです」
「全員?」
「…いえ…それが…その、先生に出なくてもいい…って言われたから…って」
「うん。言った。」
「先生っ!」
「出るなとは言ってないぞ…出たくなかったんじゃないの?あの子たち?」
「…そうなんですよ〜」
「この間、高一は練習もロクにしてないし、へたくそだし、このまま出られたら困る…って言ってなかった?」
「…言いました」
「だったらさ、君たち上級生はあの子たちを出したくない。あの子たちも出たくない…何も問題はないのでは?」
「ありますっ!…プログラムの穴、どうするんですかっ?」
「君たちが埋めなさいよ…たくさん踊れてよかったじゃない…第一、まだ本番用の音楽だって編集してないんでしょ?プログラムの原稿も書いてないんでしょ?…仕事がトロくて助かったね〜」
「先生…そんなのんきな……」
 
うなだれた部長を見ているうち、ふと思い出したことがあった。
「そうだ…あの子も高一だったんじゃない?」
「あの子…?」
「いつも遅くまで一人で踊ってる子…なんか妙にうまい…結構可愛いのがいたじゃない」
信じられない…という表情で部長は私を見返す。
「先生…まさかフランソワーズのこと…言ってるわけじゃ?」
「フランソワーズっていうのか…」
「先生、前もそうやって彼女の名前聞きましたよ」
「そうだっけ?」
 
深いため息をわざとらしくつきながら、部長は首を振った。
「彼女は…残ってくれるそうです…でも…彼女一人なんです」
「…そりゃまた…たくましい子だわね」
「そうじゃなくて!!…先生、高一どうにかしてくださいよ〜」
「だから、出るな、なんて言ってないってば」
 
 
 
 
2 
 
翌日、また高校一年生たちがやってきた。
どうも…何か、上級生の方針におもしろくないことがあるらしい。
 
でもさ。
公演1週間前に、へたくそ下級生の言い分聞いてるヒマなんてないんだよな〜
そうでなくても、手のかかる中学生部員の世話を焼かなくちゃいけないだし。
 
「先輩たちが、公演に出なくても会場の手伝いや後かたづけはしろって言うんです」
 
それのどこがおかしいのかよくわからないが…?
全員憤慨している。
…面倒な。
 
「退部すれば何の問題もないんじゃないかな…そしたら、部員じゃないんだから、公演を手伝う必要も応援する必要もないし」
「…退部…していいんですか?」
「いけない…なんてことはないぞ、部活動なんだから、自分で決めればいいことだ」
「ここで退部したら…再入部なんて…できないですよね?」
「したってかまわないけど」
 
その度胸があればね〜とココロでつぶやく。
 
放課後、フランソワーズをのぞく高一全員が退部届けを出してきた…と、部長が疲れ切った顔で報告にきた。
 
「ふ〜ん…フランソワーズって子…残ったの……友達いないのかな?」
「すっごくいい子ですっ!そういう言い方しないでくださいっ!!…もう〜、先生もたまには練習来てくださいよ〜!そしたらわかりますから…!」
 
忙しいんだけどな〜
しかたないか。一応顧問だし。名ばかりとはいえ。
 
「今年の照明と音響のスタッフはどうなってるの?」
「…それが…こっちの人数は足りなくなっちゃったし、第一、放送委員会がなんだか要領を得なくて…」
「去年は、私がほっといてもよくできてたのに…」
 
言いかけて気づいた。
そうか。
放送委員会…今年はダメなんだ。
…ピュンマがもう受験生で、隠居しちゃってる…
 
「先生…カンベンしてくださいよっ!」
黒い肌のきまじめな三年生は文句を言いながら、それでもやってきた。
「だって、今年の放送委員、全然使えないんだもん…あんたの後輩っ!」
「…それは…認めますけど。俺たちの教育が行き届いてなくてすみません…でもっ!」
先生なら、これくらいのこと自分でもできるんじゃないかと俺、思うんですけど…?
…と彼は疑わしそうに私を見た。
 
「うん…でもめんどくさいじゃないか」
「ああっ、やっぱりそうかぁ〜!」
 
…とか何とか言いながら、彼はくるくる動き回って、必要な機材を運び、体育館備え付けの怪しい音響機器を点検し、着々とセッティングを進めた。
体育館にテープで音楽を流すのは…たぶん、4月の新入生歓迎会以来のはず。
 
「もう…これなんてヤバイ感じですね…先生、このテープデッキ、あんまりテープの出し入れしたり、スイッチ切り替えたりしない方がいいですよ…音が急に出なくなったりするかも…接触不良で」
「うん…わかってる…本番用テープを流しっぱなし…ってことにしとくわ…ねえ、文化祭当日、あなた大丈夫?これる?」
う〜ん……とピュンマは腕組みした。
「2日とも、模試があるんですよね〜」
 
あらら。
それじゃダメだわ…
 
高三は文化祭参加を義務づけられていない。
土・日なので、そこに模試を入れる生徒はかなり多い。
たしかに、十月の模試は大事だ。
特に、センター入試対策を考えると。
 
「誰か…代わりはいない?」
 
ピュンマはしばらく考えてから言った。
 
「放送委員でなくても…いいですか?」
 
そりゃもう…使えれば。
 
 
 
 
 
その愛想のない高一は、アルベルト・ハインリヒ…と名乗った。
本来なら三年生だけど…病気で休学していた…のだという。
ピュンマの、中学時代の同級生だとか。
 
「ごめんね…面倒なこと頼んでしまって…ピュンマ、教えてあげて」
「はい…じゃさ、ココからだけど……」
 
ごそごそ機械の間にかがみ込んだ二人から、私はステージに眼をやった。
フランソワーズが…一人で踊っている。
 
バレエ…なのかな…?
 
ラジカセから流れてくるのは、奇妙な現代音楽だ。
これって…「芸術」ってやつなのかも…
お気楽なウチの部では珍しい本格派だ。
 
一人で踊るのは大変だろうと思ったが…これじゃ逆かも。
彼女一人でも、この広い舞台、十分に背負うことができそう。
ってか、一緒に誰かを踊らせたら…足をひっぱることになったりして。
 
「凄いですよね〜、先生…」
部長が私の横に来て、フランソワーズを振り返った。
「もう、レベルが全然違うんです…でも、彼女、私たちと一緒に踊るときは、ちゃんとあわせてくれるんですよ」
「…へたくそに?」
「そうじゃなくて…!彼女が入ると、全体がひきしまる…っていうか…とにかく凄いんです〜!」
 
…そうかもな。
それにしても…さ。
 
「なんで、あの子だけ残ったの?」
「こだわりますね、先生…別にやめた子たちに、いじめられてたわけじゃないですよ…ただ…練習時間が合わなくて」
 
意味がわからなかった。
首をかしげる私に、部長は説明した。
 
フランソワーズは、クラス参加のお化け屋敷の責任者になってて、そっちの現場が一区切りしないうちは練習にこられなかった…らしい。
そのぶん、彼女は遅くまで練習していたわけだが…
とにかく早く帰りたがる他の高一は彼女を待てず、結局彼女は一人きりになってしまった…ということで。
 
わかったようなわからないような…
待てない他の子たちもわからないけど、フランソワーズにしても、なぜ、そんなにしてまで文化祭で踊りたい…のかがよくわからない。
学校なんかで踊らなくても、ちゃんとしたレッスンを受けてるだろうに…
 
部長も首をかしげた。
「そうなんですけど…ね…でも、どうしても文化祭で踊りたい…っていうから…セイシュンってやつですよ〜先生!」
さっぱりわからんぞ。
 
一週間前に入ってから、文化祭実行委員会教員総務の私たちは、生徒の追い出しもかねて、最終下校時に校内を見回っている。
…で。
目下のところ、最大の問題団体が、1A…フランソワーズが責任者になってるお化け屋敷団体だ。
 
お化け屋敷をやるクラスは、普通、文化祭が近づくにつれて、雑然としてくる。
作りかけの壁やらお化けの張りぼてやら…モノが多いので仕方ないのだが。
 
が。
1Aは違った。
見回ると、なんか、妙にキチンとかたづいている。
 
ホントに作業進んでるの?
と、あやぶむ私に、担任はやや心細そうにうなずいた。
 
作業中は凄いことになってるのよ〜、教室中…
でもね、帰る頃にはすっかり片づいてるの。
 
…というわけで、教員総務の私たちは、1Aが何をやろうとしているのか…実はよくつかめていない。
つかませてくれない…というか。
 
一応、1Aの「監視」は高一の学年主任がしてくれている。
でも…彼は…その。
文化祭が近づくと、大工道具をかつぎ、ねじり鉢巻きで校舎中をかけめぐり…とてつもないモノを作っちゃったりなんかして、教員総務を恐慌に陥れること日常茶飯事だったりするのだ。
 
どーしてもしっぽをつかませない、謎のお化け屋敷1A。
しかも、あの学年主任の息もかかってて。
 
…考えないことにしよう、考えなければいいんだ。
と、私は心に念じていた。
 
「先生…大体教えました」
「え…?早いわね…じゃ、照明の方は…?」
「それは…無理ですよ〜、先生の方で何とかしてください…アルベルトは音響で手一杯になりますよ」
 
そりゃそうだな〜
 
仕方ない。
照明は私がやる…ってことにするしかないな…
でも、スポットライトはどうしよう…
一人じゃステージのライトとスポットの両方なんてできないし……
 
一応、部長を振り返って聞いてみた。
 
「君たち…照明、できないよね?」
「…無理です…時間的に」
 
そうだよな。
高一の穴を埋めるために、高二の部員たちはステージに出っぱなしになる。
多少のスタッフ技術は持ってる彼女たちだが…
物理的に不可能ならどうしようもない。
 
でも…かといって素人は使えない…
スポットはそれなりにムズカシイ。
失敗すると舞台がぶちこわしになるし。
 
「スポットはあきらめるしかないかな、今回…」
私の言葉に、部長も息をついた。
「そう…ですね…でも、もったいないな〜、フランソワーズにスポットをあててあげたいですよね?」
 
…たしかに。
 
上手な子だが、やはりステージは広い。
スポットを当てないと、ちょっと間延びした感じになってしまうかも。
 
踊っているフランソワーズをぼーっと眺めていたピュンマが、自信なさそうに言った。
 
「少し、当たってみます…たしかに、あの踊りはスポット当てたら映えますよね」
 
…うん。
 
「ピュンマ…模試、受けたい?やっぱり?」
「…だから。ほんとにカンベンしてください…先生!」
 
 
 
 
 
なにがなにやら。
飛ぶように過ぎていくのが文化祭前だとしても。
この喧噪はいったいなんなんだ…と毎年思う。
 
授業の合間にダンス同好会のタイムテーブルを組みながら、頭を抱えていた。
照明機材を、第2体育館で発表する団体と共用するのだが…
…ってことは、それを取りに行くのは…この団体の発表が終ってからで…
それで、第1体育館が空くのがこの時間…だから…
 
うわ。
…15分で照明のセッティングしろってか?
 
高二部員を総動員すれば…できるか。
で、椅子並べとプログラム配布と呼び込みは中学生にやらせて…
…その中学生を誰が指揮するんだよ?
私か…?だよな〜
 
できあがったタイムテーブルはめちゃくちゃキビしいものだった。
私自身も当日は…いっぱいいっぱいになる。
ダンスの顧問の他に、受付係にもなってるし、実行委員会総務の見回りもあるし…
副担任してる関係で、食堂団体の調理室監視当番も入ってる。
 
とにかく!
今日の照明合わせは気合い入れてやらせないとっ!
 
 
放課後。
照明合わせは順調に進んでいた。
高二部員たちはてきぱき動き、ちょっとした指示をするだけで、手際よくセッティングはすんだ。
所要時間12分。
…これなら、本番もなんとかなりそう。
 
一応、スポットライトも借りてある。
いらない、とか言うと…それが前例になって、来年借りられるかどうか怪しくなるので。
 
照明は結局私一人。
カウントをとりながら、生徒たちが書いてきたCUEシートに従ってスイッチを切り替える。
…といっても、前近代的照明設備だから…
操作は比較的シンプルだったりする。
余計なコトが一切できない…というか。
 
中学生のCUEシートにいたっては、何が書いてあるのか…ということ自体がわからなかったりして。
適当にやってしまう。
踊っている当人たちも照明のことなんて、何がなんだかわからず適当に書いてるようだし。
 
次は…フランソワーズ。
 
音楽が流れるまで、ちょっと間があいた。
…まだ本番用テープの編集してないな?
後で部長に言っておかなくては。
 
CUEシートによると。
照明は、シンプルに白。色の切り替えはなし。
…まあ…それが一番いいよな。
 
私はほっと息をつき、舞台に注目した。
すると。
 
突然、スポットが彼女を照らした。
 
大きすぎず、小さすぎず、クリアな輪郭の円が…なめらかに彼女を追っている。
…誰だ?
 
…って、考えるまでもない。
ピュンマだ。
 
案の定。
危なげない動きでスポットライトを操る彼を確認してから、私は舞台照明の照度を少し落とした。
 
…きれいだ。
 
スポットはぴったりと彼女の動きに合い、やがてソレが当たっていることを忘れてしまいそうになる。
光の輪に包まれたソコだけが、浮き上がり、全く別の世界のように見える。
 
大したもんだ。
さすが、本校史上最強の元敏腕放送委員長。
フランソワーズの踊りを見たのは、あの一回きりだったはずなのに…
もちろん、私にはとてもマネできない。
センス…もあるよな、絶対。
 
第一、この老朽化したライトをよくこれだけ安定させて…
 
「先生…!」
 
暗がりから彼の声が飛んだ。曲が終わりかけている。
私はハッと我に返り、照明を落とした。
スポットが最後のポーズを取ったフランソワーズに吸い込まれるように消える。
 
 
プログラムはつつがなく進み、とうとうエンディング。
 
「ピュンマ、最後はスポットいらないのよ…曲が終ったらライト全部切ってくれる?私は幕を下ろすから!」
照明の操作盤は二階ギャラリーに。
幕のスイッチはステージ裏にある。
 
走り出そうとした私をピュンマが止めた。
「アルベルトがやりますよ、先生…説明しときましたから」
 
音響関係の操作盤はステージ裏にある。
 
幕引きは簡単そうで難しいんだけどな…と思ったけど、アルベルトの操作は見事だった。
部長の最後の挨拶に合わせてBGMの音量を調節しながら、絶妙なタイミングで幕を下ろした。
思わず拍手。
 
「助かったわ〜、ピュンマ!…ごめんね、模試…」
「模試は受けますよ」
「…え?」
「今日は…手本を見せにきたんです…コイツに」
 
初めて気づいた。
茶色い髪の男子が、ピュンマとスポットライトの影に隠れるように座っている。
 
「…あんた、誰?」
 
返事をしない。
ピュンマがくすくす笑った。
 
「気にするなよ、ジョー…この先生はいつもこんな感じなんだ…いちいち傷ついてたらもたないよ」
 
…失礼な。
 
 
 
 
 
その生徒の名は島村ジョー。
フランソワーズやアルベルトと同じ1Aの生徒で…
 
照明を扱った経験なし。
踊りの経験なし。
舞台スタッフの経験ももちろんなし。
 
「…で…どうしてこの子がスポットを?」
 
ジョーが全然口を開きそうにないので、私はもっぱらピュンマと話をしていた。
首をかしげ、時々ジョーの方を見ながら、彼は説明した。
 
「よくわからないけど…彼はイヤだって言わなかったから」
「…はい?」
 
ようするに…ピュンマは彼の出来うる限りあらゆる生徒…ということはほぼ高校の全生徒、ということだが…にスポットライトの操作を引き受けてもらえないか、聞き回ったのだという。
 
高三はほとんどの生徒がピュンマのように模試を受けるつもりでいる。
文化祭に全面参加する一部の物好きな高三は、模試を振ってでも自分でやりたい企画があるわけで…
よその照明にかまうヒマなどありはしない。
 
そうなのだ。
つまるところ、使える生徒は…めいっぱい使われてて余裕がない。
ヒマな生徒は無能だからヒマだったりするわけで。
…それが文化祭だ。
 
とにかく。
不屈の精神でピュンマは人材を捜し続け…
ジョーに当たったのだという。
 
「よく働いてて…使えそうなんですよね。カンもよさそうだし」
 
それで、この件についてイヤだと言わなかった。いいとも言ってないらしいが。
とりあえず、こうしてここについて来てるわけで。
アルベルトに聞いても、まぁ使える奴だというし。
その場にいた1Aの生徒も、彼が立ち去るのを止めようとしなかったので、トラブルにもならなかった。という。
 
…変なの。
使える生徒ってのは、その団体にとって貴重だから…そんなに簡単に離してもらえるわけないんだけど。
まして…もう2日前で。
明日の放課後から、教室移動が始まり、本格的に文化祭体制に入る。
そんな土壇場なのに。
 
私はジョーの横顔をじーっと見つめた。
彼の眼はあらぬ方向に向いていたが、見つめられているのに気づいたのか、ちょっと眉をひそめるようにした。
 
…すっげー性格悪そう。
 
そうか。
そういうことか。
 
私の顔色に気づき、ピュンマはとりなすように言った。
 
「とにかく…僕が教えますから」
「無理そうだったら…いいのよ」
「…ええ、もし無理なら諦めます」
「模試の勉強はしなくていいの?」
「日頃の成果を試すのが模試ですからね」
 
余裕じゃねーか。
 
「実は、1Aで…一人やりたがってたのがいたんですけどね〜、やたら元気な奴で、髪が赤くて…」
「ジェット・リンク?」
「…かな?…先生、知ってるんですか?珍しいなあ…」
「こないだ、壁に穴開けた子だわ…職員会議で聞いて、写真も見ちゃった」
 
ピュンマは声を上げて笑った。
 
「やっぱり!…僕の目は確かだったな…なんか危ない感じがしたんですよ、彼…!」
 
 
 
 
 
最後に部員達をステージに集め、手短にいくつかの注意をしてから…私は今回のお助けスタッフとして、アルベルト、ピュンマ、ジョーを紹介した。
いちいち拍手が起きる。
慣れているピュンマはにこにこしていたが、あとの二人はとまどっていたようだった。
 
解散して、自由練習になると、フランソワーズはぺこりと頭を下げ、アルベルトとジョーの後を追った。
お化け屋敷も大詰めなんだろう。
 
「フランソワーズ、大変ですよね〜」
 
のんきそうな部長の言葉に、思い出した。
 
「そうだ…あんた、本番用テープ、まだ編集してないの?」
「え?…しましたよ?」
「だって…フランソワーズのところで妙な間が…」
 
ああ、と部長は首をすくめた。
 
「あの…録音レベルが違いすぎて…うまくダビングできなかったんです」
「録音レベル…?じゃ、元のCDを持ってこさせて…」
「CDはないらしいんです」
「…ない?」
 
あの音楽は、CDではなく、いわゆるLPのアナログレコードからダビングしたものだそうで…
で、フランソワーズの家でも、部長の家でも…それ用のプレーヤーはもう置いていないのだという。
 
それはそうだ。
うちにだってないし。
 
さらに、そのLPレコード自体も、オーディオマニアの兄が赴任先のパリに持っていってしまっている…とか。
 
「なんでまた、そんな面倒な曲をわざわざ…」
「でも、綺麗な曲ですよね?」
それは…そうだけど。
「大丈夫です〜!アルベルトが、とっても上手に調整してくれてますから…」
 
つまり、本番用テープはフランソワーズの曲をとばして編集しているのだという。
フランソワーズのときは本番用テープを一時停止して取り出し、専用テープに差し替えて…
たしかに…音に違和感はなかったし…何とかなるか。
 
「とにかく、何とかなりそうで…よかったわ…」
「時間、キツイですけどね〜」
「あれだけテキパキ頭良く動けるなら、大丈夫よ…あんた達でよかった」
 
部長は一瞬妙な顔をして…けたたましい笑い声を上げた。
 
「やだっ、先生〜!先生にホメられると、後でロクなことがない…って、先輩に聞いたことがありますよ〜!」
 
ほんっとに失礼なやつらだ。
 
でも。
たしかにそんなことがあったかもしれない。
…そして、今度も。
 
 
 
 
 
文化祭前日は終日準備になる。
教室も移動し、昨日までの日常はカケラも残っていない。
 
ダンス同好会は午前中に最終リハーサルを終えた。
ほぼ順調。
ほぼ…というのは。
 
やはり、スポットライトが大問題…だった。
 
ジョーは…がんばったと思う。
経験もなく、しかも昨日の今日で。
いくらピュンマに指導してもらったとはいえ…大したもんだ。
もし、ライトがあんなに旧式で…動かすのに苦労するモノでなかったら、何の問題もなかったかもしれないが。
 
フランソワーズを包む光は、ほんのときたま震えたり、動きが乱れたりした。
ほんの少しだ。
でも…
 
その不自然な動きが、どうしても観客の気持ちを覚ましてしまう。
もちろん、普通なら、彼女の動きについていくこと自体ができなくて、彼女からスポットがはずれてしまったりする…のだって珍しいことではない。
完全に外すことがないだけでも、立派だとは思うが。
それでも、指先まで神経が行き渡っている彼女の踊りは、当然のように指先まで観客の視線を集め。
その指先が僅かに光の輪の外に出たりすると…物凄く目立ってしまう。
 
…どうするか。
 
リハーサルが終ると、スポットライトは撤収された。
第2体育館で、別の団体がすぐ使うことになっていたから。
練習する時間も、もうない。
 
じっとステージを見つめているジョーに、私は言った。
 
「…やめておこう」
「……」
「ごめん…せっかくがんばってくれたのに…あなた、すごくうまいけど…よくやってくれたけど、やっぱり無理だと思う」
「……」
「CUEシートをピュンマに大急ぎで手直ししてもらうわ。もう少し簡単な操作ですむように…そしたら、申し訳ないけど、明日の朝、ちょっと練習して……」
 
言いながら、散らばっているCUEシートを拾い集めようとしたとき。
いきなり、突き飛ばされた。
一瞬ひるんだ私の手の下からCUEシートをかき集めてひっつかみ、彼はそのまま階段を一気に駆け下りていった。
 
な…に…?
 
私は呆然と立ちつくしていた。
やっぱり…変。
危ないんじゃない?あの子…?
 
 
考えてもしかたない。ここまできたら、なるようになるしかない。
その後、私はもっぱら教員総務の見回りに専念した。
 
例の…1Aでは。
とてつもないモノができつつあるようだった。
 
文化祭が終ったら、教室は元の状態に復元する。
…ということは、壁に穴をあけたり、天井に釘を打ったりするのは御法度。
ガムテープも、塗装を傷める可能性があるので、禁止。
 
さらに…
換気を確保するため、すべての窓は自由に開け閉めできる状態にしておかなければならない。
 
この条件を守って、教室にお化け屋敷を構築する根性は…私にはない。
若さって、凄いよな。
…無鉄砲というか。
 
「どうです〜?なかなかでしょう〜?」
 
ぼーぜんと1Aの様子を見ている私に、高一の学年主任が嬉しそうに話しかけた。
たしかに。
このお化け屋敷…空前絶後の出来だわ。
 
「すご…」
 
言いかけて、私は息を呑んだ。
わけのわからない咆吼が辺りに響き渡り、得体の知れない物体が躍り出てきた。
学年主任が落ち着き払って、物体のてっぺんを掴み、勢いよく振ると、赤毛の頭が現れた。
 
「びっくりしただろ、先生?なぁっ?」
 
…壁を破壊したジェット・リンクだ。
 
学年主任は無言で彼を暗がりに押しこんでから、にっこり振り返った。
 
「まぁ、キャストに少々の難あり…なのはご愛敬ってことで?」
「……」
「…ダメですか?」
 
 
 
 
 
騒動は、暗くなってから起きた。
 
最終下校時刻を過ぎたのに、1Aが作業の撤収をしていない。
大詰めにきて、いよいよしっぽを出した…ってことか?
 
私も含め、教員総務は一斉に1Aに向かった。
 
廊下も教室も生徒で一杯になっている。
みんな帰宅準備を整えたままで、何やら血走った目つきでうろうろして…
 
意外にも、お化け屋敷はとっくに完成していたようだった。
教室も廊下も綺麗に片づいていた。
いつものように。
 
「…何、やってるのよ…?」
私は、やつれきった顔の担任を見つけ、こっそり尋ねた。
彼女は額に手をあて、首を大きく振った。
 
「カバンが…なくなったの」
「誰の?」
「フランソワーズの…」
 
フランソワーズ…?
 
「彼女は教室に置いていった…って言うんだけど…で、それをクラスの子たちも見てるのよ…でも、帰ろうとしたらどこにもなくて…」
「誰かが間違って持っていった…んじゃない?」
 
それは、珍しいことではない。
だが、担任は首を振った。
 
「今、クラス総出で学校中探し回ったけど…置き忘れのカバンなんて…なくて」
 
間違って持ち帰られたのなら、その間違えた生徒のカバンがどこかにあるはずで…
でも、それがないということは…
 
「とにかく、帰れ、お前達!!」
 
駆けつけた総務委員長の教員が怒鳴った。
 
「でも!先生、フランソワーズが…」
「定期もお財布もみんなカバンにあるって…」
「…それくらい先生たちがどうにかするから…帰りなさい、とにかく…あんたたちがこんなに残っていても混乱するだけで…」
「先生!…フランソワーズのカバン、盗まれたんですか?」
 
生徒達が大きくどよめく。
一瞬ひるんだ担任をちらっと見て、私は声を張り上げた。
 
「何言ってるの、あるわよ、この教室の中にっ!!」
「…先生?」
 
担任がおそるおそる私を見る。
私は高一の学年主任を振り返った。
…彼もうなずいた。
 
「ここ…っ!あんたたちが作った壁の中!!…どうせ大急ぎで突貫工事してたんでしょ?…カバンをどかすの忘れて作っちゃったのよ!!」
「え〜っ???」
 
まさか…そんなことしないよな、と言い合う生徒達を睨み付ける。
 
「そんな間抜けなコト、しようと思ってするわけないでしょ?…そんなつもりはないのにやっちゃうから間抜けなんじゃない…!とにかく…」
高一の学年主任が続けた。
「そういうことだ!…カバンはココを壊さない限り出てこないし…壊せば出てくる…とにかく帰れ!」
 
生徒はざわざわしながらも、帰っていった。
フランソワーズとアルベルトと…ジェット・リンクを残して。
 
「ホントですか?先生…」
アルベルトが疑わしそうに私を見る。
「この壁の中に…こいつのカバンが…」
「前、そういうことがあったのよ……ですよね?」
 
学年主任はうなずいた。
 
「もし違うのなら…盗難だ。それがどういうことか…わかるだろう?」
 
担任がひそかにため息をつく。
…気持ちはわかる。
もし盗難なら…犯人は十中八九、クラスの生徒の一人…ということになる。
 
フランソワーズが烈しく首を振った。
 
「そんなこと、絶対にありません…!」
 
悲鳴のような声。
私は彼女の後頭部を突っついた。
 
「だからこの中にある…って言ってるじゃん…おおかた、この子辺りの仕業よ」
「…なっ…なんで俺がっ?」
「こないだ、壁壊した子でしょ、あんた?」
「それとこれとは…!!」
「まあまあまあ……」
 
学年主任が面白そうに私とジェットを引き分けた。
 
不意に、アルベルトがフランソワーズを振り向いた。
 
「お前…テープは?」
「…っ!」
 
フランソワーズが息を呑み、顔色を変えた。
私もハッと彼女を見つめた。
 
まさか…あの曲のテープ…
 
「…カバンの…中だわ…!」
「代わりのは…ある?」
 
フランソワーズは黙って首を振った。
 
「明日までに…なんとかできる?」
 
彼女は再び首を振った。
…まあ…そうだろうな。
 
「どうしよう…みんなに…先輩たちに迷惑が…」
「大した迷惑はかからないわよ…演目が一つ減るだけ。本番用テープを回しっぱなしにすればすむんだから、かえって手間が省けるってくらいなもんで」
「…先生」
 
フランソワーズの目にみるみる涙が溢れる。
可哀想だけど…どうしようもない。
 
「…どうしたいか、どうできるか、よく考えてきて……あなたしか決められるヒトはいないんだから」
でも…と、私は付け加えた。
「私も、他の子たちも…協力は惜しまないから…どんな方法でも、できることならやるんだから、遠慮したらダメよ」
 
そう。
どんなに七面倒くさいことになったって…
どうせ、たった二日間のこと。
一生続くわけじゃない。
 
うつむくフランソワーズの肩を、アルベルトはそっと抱くようにして…私たちに一礼した。
 
「家が近いから、俺が送っていきます…こいつとは、親戚なんで」
「そ…う、お願いね、アルベルト…ジェットも」
「わかってるよ!…行こうぜ!」
 
三人の後ろ姿を見送り、担任はまたため息をついた。
 
「…じゃ…探そっか…カバン」
「…え?」
 
目を丸くする担任に、私は小さく舌を出した。
 
「財布狙いの盗難なら、カバンはどっかに捨てられてるはずだもん…とりあえず、トイレのゴミ箱と掃除用具置き場…からかな?」
 
なんとか…テープだけは見つけてやりたい。
 
 
 
 
10
 
担任と、片っ端からトイレを捜索し続けた。
 
「…出てこない…か」
 
私はため息をついた。
担任も肩を落としていた。
 
「仕方ないわね…でも…先生、ありがとう…助かったわ」
「…何が?」
 
担任は真顔で私を見つめた。
 
「さっき…カバンが、教室の中にある…って言ってくれて。私、思いつかなかった…あんなこと」
「…あるわけない…とは思うけど…でも、前、そういうことがあったのよ…ホントに」
「…先生…島村ジョー…知ってるでしょ?」
 
うん。
とっても最近だけど。
 
「あの子…あの子だけが、さっき教室にいなかったのよ」
「…え?」
 
それって…?
 
「お昼までは…いたらしいんだけど…午後、あの子を見た…って子が誰もいなくて…」
 
フランソワーズのカバンも、少なくともお昼までは…あった。
お弁当は食べたわけだから。
 
「手癖の悪い子なの?島村って?」
「…そんなこと…ないと思うんだけど…問題児は問題児よね」
 
担任は憂鬱そうに言った。
 
「あの子が盗みなんてするはずない…とは思う。でも、あの子が午後いなかったことは…クラス全員が知ってるし…陰口を言う子も…きっと出てくるわ…せっかく…クラスになじんできたと思っていたのに…」
「なじんで…?」
 
担任は少し笑った。
 
「そう…見えてただけかもしれないけど…担任としての、希望的観測…というか」
 
ほんっと。
気持ちはわかる。
 
…疲れてるわ、私たち。
ふっとそう思った。
 
「もう…帰りましょうか。やるだけはやったし…明日からが本番なのに、バテてちゃいけないもの」
「…そうね」
 
担任はうなずいた。
 
 
どたばたしていて、第1体育館の見回りを忘れていた。
…といっても、もう誰かがしてるに決まってるけど…
一応、文化祭期間中はダンス同好会が中心で使ってるわけだし…
万一戸締まりが悪かったりしたら面倒。
 
私は重い足をひきずって体育館に向かった。
入口には鍵がかかっている。
 
たぶん、大丈夫だよな〜
 
と思いながら、鍵を開け、中に入った。
 
…え…?!
 
仰天した。
 
ステージに、スポットライトが当たっている。
…どういうこと?
スポットの消し忘れ…って、火事になるぞっ!
いや、それ以前に…今スポットは第2体育館にあるはずじゃない、何なのっ?
 
駆け出そうとした瞬間、ライトがすっと動いた。
 
右へ…少し動いて止まる。
今度は左へ…
 
誰か…いる?!
 
怒鳴る寸前、いきなり隣から声がした。
 
「う〜ん、見つかっちゃったかぁ…」
 
腰が抜けるかと思った。
高一の学年主任が腕組みしたまま笑いかけていた。
 
「な、な、何やってるんですか、先生〜?!」
「見てのとおりです…頼み込まれてね」
「上にいるの…誰なんですか?」
「…わかってるくせに〜」
 
呆然とステージに目を移す。
 
1、2、3…
ライトを目で追っていると、自然にカウントがとれる。
これって…フランソワーズの…?
 
「先生…?まさか…ジョー…」
「…だけじゃないのでご心配なく…我が放送委員会の俊才が指導してますから…明日になれば何事もなかったかのように元通り」
 
学年主任は、ふっふっふ…と嬉しそうに言った。
ふっふっふ…じゃないだろう。
何考えてるんだ、このヒトは〜?!
 
「先生…フランソワーズ…たぶん、踊れません。あの子の曲が入ったテープがなくなって…」
「踊らない…と言いましたか?彼女?」
「……」
「…いや、私も無理だと思ってるんですけどね。踊らない、と言ってないのなら彼女は踊るはずだ…と言い張って聞かないもんだから…」
「誰が…?」
 
それには答えず、学年主任は私の手から鍵を取った。
 
「後は…私がやります」
「そう…いうわけには!ウチの問題なんですから…」
「いつ終るかわかりませんよ?…それに、私はどうせ泊まり込むし」
「…え?」
「文化祭のときはいつもそうです」
 
そう…なんですか〜?
 
呆れている私に、学年主任は笑った。
 
「それにね、先生…ココにいるとねぇ、そのうち、見なくてもいいモノを見ちゃうかもしれませんよ〜?」
「……帰ります」
 
深々と一礼した。
学年主任は鍵をくるくる回しながら言った。
 
「では、先生は何も見なかった…それでよろしいですね?」
「…見なかったです。でも、先生…ピュンマは明日模試で…」
「って先生が心配してたぞ…と、伝えときましょう」
「…やめて下さい」
 
 
 
 
10
 
翌日、私は早朝に出勤し、第1体育館に向かった。
…鍵が開いている。
まさか…あの子たち、徹夜…?!
 
とびこむと…ステージにライトがついている。
…スポットは…当たっていない。
 
フランソワーズが踊っていた。
体育館に流れているのは…ピアノ曲。
 
あ、と声が出そうになった。
…あの曲だ。
 
テープに入ってたのは弦楽曲だったけど…
そ、そうか〜、ピアノ独奏のアレンジ盤が見つかったのか〜!
 
とにかく…よかった。
 
体育館の中央に進み、二階ギャラリーを振り仰ぐ。
スポットライトは元通り撤去されていた。
 
 
足音を忍ばせ、ステージ裏に上がった私は、固まった。
 
曲は…テープじゃなかった。
アルベルトが、ピアノを弾いている。
 
ピュンマが、振り返って笑った。
「おはようございます、先生」
 
 
フランソワーズに何度も頭を下げられ、ピュンマは嬉しそうに校門を出て行った。
 
「あの子…結局寝たのかな〜?」
つぶやく私に、フランソワーズとアルベルトは首をかしげた。
…そうか。
昨夜のことは知らないんだ、この子たち。
 
 
アルベルトはピアノが達者で…いわゆる絶対音感の持ち主なのだという。
…でもって、フランソワーズもその絶対音感とやらは持っていて。
 
二人は、昨夜、帰宅してからほぼ徹夜で曲を採譜し…それをアルベルトがアレンジして…
 
「…徹夜…?!」
「あ…!私は…少し寝ました…徹夜だったのは、アルベルトです」
 
ってことは、この二人…昨夜はずっと一緒だった…ってこと?
…どこでだよ?
 
私は腕組みし、ぶんぶんと首を振った。
 
だから…っ!
余計なコトは考えない、見ない、気づかないっ!
…それがこの仕事のコツ…ってもんで。
 
「ここの音響設備で、ピアノの音がマイクで拾えるか…で、調整できるかが心配だったんですが…ピュンマがうまくやってくれました」
「…そう」
 
ピュンマ、やっぱりロクに寝てないな。
まあ…模試なんていくら成績よくたってさ、本番がダメなら意味無いんだし…
 
でも、模試会場で居眠りするのは…ちょっとみっともないかも。
すまん、ピュンマ。
 
予備校の方角に向かってしばし瞠目する私を、二人は怪訝そうに眺めていた。
 
「先生〜!朝練にきましたっ!…あ、フランソワーズ、早ぁい〜!」
…部長だ。
校門をくぐる生徒が少しずつ増えていく。
 
いよいよ…戦闘開始!
 
 
 
 
11
 
文化祭は無事に終った。
1Aのお化け屋敷は、総合最優秀団体に選ばれ、後夜祭で表彰された。
その後の大騒ぎときたら…
 
そして。
ダンス同好会は、発表部門の最優秀団体に選ばれた。
部長は嬉し泣きしながら「先生〜!!見て〜!!」と、ばかでかい賞状を持ってきたが。
 
弱小同好会のウチは、部室一つ持っていない。
どこに飾れっていうんだ、こんなモノ。
 
「え…先生が持っていてください〜」
…マジかよ。
 
でも…たしかに最高のステージだった…と思う。
たどたどしく踊る中学生は、技術の面はともかく、一生懸命さで観客のココロを捉えたし…
なんといっても、可愛い我が子がステージに立つ姿をビデオに収めようとする父兄で、客席は大いに盛り上がった。
 
高二の踊りにもいつになく気合いが入っていた。
自分たちがやらなくちゃダメだ…という気持ちがあったからなのか…
 
それに、フランソワーズ。
踊りの凄さは言うまでもないが…
ピアノと、スポットライトと。
ステージの上で、それが完全に一つに溶け合って…
夢を見ている気分だった。
あやうくライトを消すのを忘れそうになったくらい。
 
先生…!
 
ピュンマの声がした気がして、慌ててライトを落とし、スポットの方を見ると…
あの目つきの悪い少年が、うさんくさそうにこっちを見ていた。
 
 
 
フランソワーズのカバンは、本当にお化け屋敷をとり壊したら、出てきた。
犯人はジェット・リンクだ…ということにされてしまったらしい。
 
1Aの担任が危惧していた、島村ジョーへの中傷もなく…
といっても、彼は相変わらず…らしいけど。
 
 
 
そして、中間テストも終わり、ようやく日常が動き始めた…ころ。
私はビデオテープを片手に、放送室へ向かっていた。
これから、ステージのビデオを見ながら、ダンス同好会で反省会をするのだ。
反省会…というか、お茶会みたいなもんだ。
 
高二はこの反省会を機に、部の運営からは退く。
練習は続けるけど…
実質的な部長の役割を果たすのは、高一になる。
…といっても、今年の高一は一人しかいないわけで。
 
高二と、次期部長のフランソワーズがせっせと準備を整えた…のに、時間になっても中学生が集まらない。
放送をかけて呼び出すことにした。
 
放送室のドアを勢いよくあけ、「アナウンスお願い!」と言いかけて…
私は口を噤んだ。
 
…島村ジョーがいる。
 
というか。
島村ジョーしかいない。
…あれ?
 
彼はじーっと私を見て…右手を出した。
…は?
 
「え、ええと…誰も、いないの?」
「……」
「いない…みたいね…じゃ…ちょっと使わせてもらうわ」
 
誰もいないんじゃ仕方ない。
自分でアナウンスしようと、機材の前に行こうとした私の手から、ジョーはメモを取り上げた。
 
「あ…あの…それ、原稿…」
 
ジョーは黙って機材の前に座り、メモを眺めた。
慣れた手つきで、スイッチを入れていく。
 
…やがて。
CUEに手をかけたまま…彼は不機嫌そうに私を振り返った。
 
…あ。
そ…っか。
アナウンス中は…出て行け…ってこと?
 
完全に気圧されて、私は放送室を出て、ドアをしっかり閉めた。
…あの子が…アナウンスする…わけ?
 
アナウンスってのはさ、しゃべらなくちゃいけないんだけど。
 
「ON AIR」のランプがつく。
 
「連絡します。ダンス同好会の中学生は、至急2E教室に集まってください。繰り返し連絡します。ダンス同好会の…」
 
私は呆然と立ちすくんだ。
…なんだ?この声???
 
「…いい声でしょう〜?」
振り返った。ピュンマだ。
 
「彼、逸材ですよ、先生…来年、アナウンスのコンテストに出場させますから…久々にいいセン行くと思います」
「…アナウンス…コンテストっ?」
「ええ。びしばしシゴキますから…来年の文化祭も、彼に任せればきっと…」
「シゴクって…あんた、それどころじゃないでしょう?勉強しないと…」
「…あれ?」
 
ピュンマは目を丸くした。
 
「先生…しらなかったんだ?俺、もう合格しましたよ…推薦で」
「ええっ?!」
 
彼は、とある有名国立大学工学部の名をあげた。
推薦といっても…超難関じゃないか。
 
「だから…日頃の努力を実らせた…ってことで」
「とか何とか言って…推薦に逃げたワケね、意気地なし〜!!」
「そーゆー言い方ってアリですかっ?最初に『おめでとう』ぐらい言ってくれたって罰はあたらないでしょうっ?」
「あたったらヤダもん」
「大体、逃げた、なんて…っ!超難関なんですよっ!あそこの推薦!!」
 
…わかってるって。
 
「…おっと、急がなくちゃ…!今度の部長はうるさそうだ〜、気が強そうだしさ」
そそくさと歩き出す私に、ピュンマは叫んだ。
「先生っ!!」
 
私は振り返って言った。
 
「東大受かったら、おめでとうって言ってあげるよ〜だ!」
 
 

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Last updated: 2011/8/3