ジョーが書いてくれた地図を頼りに、フランソワーズはその店に難なく到着した。
彼の指示はいつも適確だし、この街も整然と区画分けされていて比較的歩きやすい。
ジョーは念のため……と、店の外観の写真まで携帯に送信してくれた。
そして、今目の前に、それと同じのれんが下りている。
だから、間違いないはずなのだが……それでもフランソワーズは躊躇した。
彼の言葉の意味がようやくわかった気がする。
「たぶん、お菓子を売る店には見えないし、入りにくいと思うけれど……大丈夫だから」
「本当…?イチゲンサンは駄目、というお店ではないの?」
よくそんな単語を知っているね、と大笑いされたのは昨夜のこと。
やっぱり一緒に来てもらえばよかったわ……と、フランソワーズは少し後悔したが、今さらどうにもならない。
大丈夫、というのだから大丈夫にちがいないわ、と深呼吸してから、彼女はおそるおそるのれんをくぐった。
店の中は薄暗く、やはり菓子を売る店らしい感じではない……が、隅に古いショーケースのようなものがあり、そこにひっそりと見慣れた小さい箱が並んでいる。
奥から静かに出てきた店員も、物静かながらにこやかで親切だった。
フランソワーズはようやくほっとして、目当ての美しい砂糖菓子を見つけ出し、いくつか包んでもらった。
お国におみやげですか、と聞かれ、はい、と答える。
包装も手提げ袋も、いかにも日本らしく、どこかものものしいような感じがするほど立派だった。
ジョーがこの袋を持っているのは見たことがないような気がする。
彼はいつも……そう、たぶんポケットからこの小さい箱を取り出して、おみやげ、と笑うのだ。
初めて見たときは、それが食べ物だとは思わず、ただその美しい細工に驚嘆し、ためらいながら口にして、繊細な甘さにまた驚いた。
日本には何度も来たことがあったし、和菓子にも詳しくなったと思っていたけれど、こんな菓子は見たことがなかった。
どこで買ったの?と熱心に尋ねるフランソワーズに、ジョーは内緒、と答えた。
「こんなに喜んでもらえるなら……秘密にしておいた方がいいような気がする」
「まあ、ひどい」
冗談ではなかったらしく、彼は本当にその菓子についても店についても何も教えてくれなかった。
もちろん、箱には店の名前とその所在地が書かれていたが、ガイドブックには載っていない店らしく、実際にその街に行かないことにはどうしようもなさそうだった。
そして、その街はギルモア研究所からも、彼女が所用で立ち寄るどの大都市からも遠かった。
久しぶりの休暇でジョーと楽しんだ小旅行のエリアが、この街の近くだったのは偶然だったのか、フランソワーズにはわからない。
ただ、彼は最後の晩、おみやげを買わなくちゃ……とつぶやいた彼女に、それなら、アレにするといいよ、と不意に言ったのだ。
「嬉しい。でも、いいの?…内緒じゃなかったの?」
「もう、その必要はないからね……違うかい?」
そう聞かれても、彼の言葉の意味自体がよくわからない。
それでも、フランソワーズはとりあえずうなずいていた。
一緒に行こうか?という申し出には、少し迷いながらも、首を振った。
どうしてなのか、これもよくわからない。
もちろん、ジョーにもわからなかったに違いないが、彼はただ、わかった、とうなずいた。
ほぼ時間どおりに、待ち合わせのカフェに入ると、彼はもうテーブルに座っていた。
フランソワーズが提げている紙袋に目をやり、無事に行けたみたいだね。と笑った。
「素敵なお店を教えてくれてありがとう、ジョー。きっと、みんな喜ぶわ。私のお友達、日本びいきの人が多いのよ」
「そうか……よかった。それじゃ……これ、君に新しいおみやげだよ」
「……え?」
ジョーがポケットから取り出した小さい箱に、フランソワーズは目を丸くした。
「まあ。……もしかしたら、新しい秘密…になるの?」
「それは、君次第だな」
「……開けてみていいかしら?」
「もちろん」
ていねいに箱を開け、そうっとソレをつまみ上げるようにしてまじまじと眺めているフランソワーズに、ジョーは吹き出した。
「まさか、食べるつもりじゃないよね…?」
「……」
砂糖菓子……には見えないけれど。
……でも。これって。
まだぼんやりしているフランソワーズの手から、ジョーはそっとその指輪を取った。
「どうするものか……わからないかい?」
「……あの」
ジョーはわずかなためらいも見せず、それを彼女の左手の薬指にはめ、そのまま彼女の青い瞳をじっと見つめた。
「フランソワーズ……?」
「……」
「いや……かい?」
「あ……そう、じゃなくて……でも」
フランソワーズははっと我に返り、慌てて手を引っ込めると、うつむいた。
頬が燃えるように熱くなっていく。
やがて。
でも、おみやげ……なんでしょう?と、ようようつぶやく彼女に、ジョーは笑った。
「それもいいかもしれない。それなら何度トライしても大丈夫だね」
…ね、と目配せされても、どう答えたものかわからない。
フランソワーズは、ただ小さくうなずいた。
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