3   赤の惑星
2012/12/23 
 
僕たちの住む星は「赤の惑星」と言われている。
昔、青の惑星を災厄が襲ったとき、「戦い」を決意したのは、ほぼ僕たちの種族のみだった。
そういう意味では、僕たちにも「闇」の因子に近い何かがあったのかもしれない。
だからこそ、僕たちはその親和性をもって「闇」と結合し、彼らを押さえ込む……ということができたのかもしれない。
 
僕もそうだが、僕たちは「人間」としてあの「地球」で生きた記憶を基本的には失っている。
「任務」が終了し、帰還すると、僕たちはしばらくの休暇を経て、やがてまた新しい任務につく。それを何度となく繰り返してきたのだ。
 
ごくまれに、僕がそうであるように、「人間」としての記憶を一部残してしまう者もいる。
これもまた僕と同じなのだが、その記憶はほとんどが「愛」につながるものだった。
 
そうした記憶を持つ者たちが、ほどなく一斉に訴えかけてきた。
「青の惑星」に渡りたい、と。
それはつまり、かつて愛した者を探し、再会したい、という訴えだ。
 
その人数は少ないとも言えるし、多いとも言えた。
今、青の惑星にいるのはあのとき……悪の因子が一掃された、あの瞬間に「人間」として存命していた者たちに限られる。
その人数はごく少なかった……ゆえに、彼らと再会したい、という者も、当然、少なかった。
 
が、そのように訴えてきた者の割合は……つまり、「地球」にいた頃の記憶にとらわれている者たちの割合は、これまでの数値と比べると、異常と思えるぐらい高かった。
これについて、僕たちは慎重な議論を余儀なくされた……が、結局、それ自体に大きな問題はないだろう、と言わざるを得なかった。
 
「召還」があまりに唐突でムリがあるものだったため、その際に身を切るような別れ……つまり、通常ではありえないほどの強い「愛」を体感した者が多かったからだろう、ということで。
 
そういう事情なら、それはそれで、慎重にならなければならないこともあった。
幸い、実際問題としての人数が多いような少ないような……という程度だったので、僕たち連邦政府監視員は急遽、彼らの「面接」に入った。
 
彼らに残った記憶が自然に渡されたものではなく、「召還」の後遺症のようなものだとしたら、それにこだわるのは今後の彼らにとっても、青の惑星の者たちにとっても、かえってよくない結果をもたらすかもしれない。その辺りのことを丁寧に説明し、彼らの訴えも丁寧に聞いた。
そうすることで、予想通り、かなりの者が青の惑星行きの申し出を取り下げたのだった。
 
僕は、最終面接官を命じられていた。
おそらく、僕自身が青の惑星への思いを……つまりは、フランソワーズへの思いを……色濃く持っている者だったからだと思う。
 
最終面接まで残っただけあって、どの訴えも真摯で、何も問題ないと思われた。
その中で、僕を特に引きつけた者が二人いた。
おそらく、フランソワーズとその「仲間」たちに関わる者だ。
 
一人は、男性だった。
彼が訥々と語ったのは、「人間」だったころにふれ合った家族や友人への思いではなかった。
非常に珍しいことだったが、彼は今回の「召還」によって戻ってきたのではなく、それよりもずっと前にごくフツウの形で帰還した者だった。
更に、彼が会いたい、と熱望していたのは、彼にとって一面識もない「彼ら」で……その中に「フランソワーズ」もいた。
 
驚きながら、僕は思わず「最後」に見たフランソワーズとジョーについて彼に語った。
彼は大きな衝撃を受けたように身をこわばらせ、やがて何度もうなずき、涙をぬぐった。
 
「そういうことに……なっていましたか。そうでしたか……やっぱり、彼らだ……わたしの、サイボーグたちだ……!」
 
もう一人は、女性だった。
記録を見ると、「要注意人物」となっている。
任務を与えられていないにもかかわらず、ある人物に会いたいという一心で「地球」へ「密航」し、つい最近……ごく初期の「召還」で戻り、そのまま監視を受けている者だ。
 
僕は首をかしげた。
「密航」……なんて、どうやってできたのだろう。
 
「夢中だったから……どうやったか、なんて覚えていません。気付いたら『彼女』の中にいて……ええ、『彼女』は『人間』ではなかったと思います。既に成長していて人格はできていましたし、融合もできませんでした。でも、拒絶反応は起きなかった。そうして……私は、ほどなく『彼』に会うことができたのです」
 
彼女がそこまでして会いたかった……そして会った「彼」は、別れたときとは全く別人のようになっていたのだという。
全身が機械に置き換えられ、すさまじい戦闘を繰り返してきた、サイボーグ。
 
――それは、つまり。
 
「でも、いくら彼が強くても、この『召還』には逆らえないはず……そう思って、ずっと待っていました。でも、彼はまだここに戻っていません。きっと、彼は最後まで闘い続け、青の惑星にいるのです!」
 
そこまで強い思いを語りながら、彼女は彼の名も顔もはっきりとは覚えていないのだという。
同様に、「人間」だった頃の「自分」の名も……そして「密航」したときに宿主としていた女性の名も。
それでも、彼に会えばすぐにわかるはずだ、と彼女はいう。
 
「密航」のときも、彼は、「彼女」の中に自分がいることを悟ってくれていた……それが強く感じられた。彼の「人間」としての「常識」は、それを現実としてみとめていなかったかもしれないが、彼は明かに自分を感じていたし、自分にもそれが伝わったのだ、と彼女は語った。
 
「だから、私にはわかります。彼はこの赤の惑星に戻っていません。つまり、青の惑星にいるはずなのです!」
 
たしかに「要注意人物」と言われるだけのことはある。
彼女の勢いに圧倒されながら、でも、僕は彼女が「異常者」ではないことを直観していた。
彼女が異常なら、僕だって異常だ。
それに、もしかしたら、僕たちには時としてこういう「異常」が起きるからこそ……そうした不確定要素があったからこそ、悪の因子に立ち向かうことができたのかもしれない。
 
僕は、最終面接に残った全ての者たちの渡航を許可するべきだという判断を上司に告げ、それは認められた。
 
彼らが青の惑星に向かって飛び立った日。
その船を見送りながら、僕はふと寂しさのようなものを感じていた。
 
僕は……僕たちは、これからどうすればいいんだろう?
 
赤の惑星に住む僕たちの誇りは、「地球」に向かい、悪の因子と戦うことだった。
その必要がなくなった今。
 
たしかに、それは苦しい戦いだった。
その苦しさをはっきりと自分の記憶として持つ者は僕も含めて誰もいなかった……が、帰還してから監視員として「地球」を訪れ、戦いの中にある同胞たち……つまり「人間」たち……を見るたびに、彼らが直面している苦しみの大きさに、胸を痛めないわけにはいかなかった。
その必要がなくなった、というのは喜ばしいことだ。
そのためにこそ、僕たちは戦っていたのだから。
 
……でも。
 
そのとき初めて、僕は、僕もまた「青の惑星」に渡りたい、と強く思ったのだ。
フランソワーズに会いたいからではなかった。
もっとどうしようもない、焦がれるような思いだった。
 
しばらくして。
僕の気持ちを上司が汲み取ってくれた……のだと思う。
僕は、新しい任務を与えられた。
 
青の惑星に渡り、新しい「人間」たちを調査・監視せよ……と。
それは、僕が望みさえすれば、青の惑星に永住することも可能となる任務だ。
母は寂しそうに顔を曇らせ……が、僕の気持ちは理解できる、と言ってくれた。
 
「あの惑星は……美しかったわ。深く傷ついていても……」
「ええ。……もし母さんがよければ、ですが……落ち着いたら一緒に暮らしませんか?きっと、青の惑星はどこよりも美しい星になるはずだと、僕は思っているのです。」
「ええ、ええ、もちろんですとも……楽しみにしていますよ」
 
 
そして、僕は……今、ここにいる。
 
 
船から見下ろした青の惑星は、あのときよりも遙かに美しかった。
「人間」たちが作りあげた街は崩れ果て、しかしその廃墟を美しい木々や花々が覆い隠していた。
「青の惑星」という名の源でもある水はどこまでも澄み、輝いている。
 
奇跡の惑星だ。これこそが楽園だ。
そして、おそらく……だからこそ、この惑星にはあらゆる者が魅せられ、その結果として「悪」も芽生えた。
 
でも、二度と……そんなことはさせない。
この楽園を、楽園のまま、僕たちはいつまでも守っていく。
それが、僕の新しい使命だ。
 
僕は、震えるような感動とともに、青の惑星を見つめた。
ここが……僕の故郷だったのだ。
そう、強く思った。
 


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