青の惑星に降り立つと、僕はとりあえず「任務」に入った。
といっても、緊張感はない。
「人間」たち……と言うのはもう適当ではないのかもしれないが、彼らはごく自然に、自分たちの上に起きた「変化」を受け入れているようだった。それは、既にここまでの調査で確かめられていた。
青の惑星が取り戻されたら、どうなるのか。
もちろん、いつかその日がくるということを信じて努力していたわけだから、その後のことを僕たちがまるで考えていないわけではなかった……が、予想ができていたというわけでもない。特に、実現の望みがほとんどないことが色濃くなってからは、それを現実の問題として考える者は少なかった。
それでも、ごく少数の専門家たちは「そのとき」に起こりうることについて、いくつかの仮説を立てていた。
中でも最も有力だったのが、赤の惑星の僕たちの「帰還」と同じことになる、という説だった。
そうすると、僕たちが当時の記憶を失うように、彼らも「人間」として生きていた記憶を失うことになるだろう。
そして、僕自身のアイデンティティが、「人間」として暮らしていた年月にあるのではなく、この赤の惑星で生き続けてきたという自覚にあるように、彼らも彼ら自身を「人間」とは思わなくなるはずだ。
……が。
そうとは言い切れないトコロもある。
というのは、彼らの場合、悪の因子とただ「離れた」だけではなく、それらを「消滅させた」らしい……からだ。
僕たちは、長い間、悪の因子たちを「地球」上で「人間」として封印し、さらに僕たちが「地球」に向かうときに用いていた「通路」上に閉じ込めることで押さえ込んできた。
僕たちにできたのはそれだけで、彼らを消滅させることは決してできなかったのだ。
しかし、あのとき。
「人間」たちは、地上に……つまり「自分」の中にいた悪の因子だけではなく、「通路」にいたソレも一掃したのだった。
それはもちろん、僕たちが「召還」と同時に、「通路」から地球へと彼らを放ち、彼らが「人間」を離れた巨大で邪悪な精神体となった結果であったのだけれど。
つまり、青の惑星にいる者たちは、そもそもの成り立ちを考えれば僕達と全く同じモノである……にも関わらず、異なる力を持っている、という可能性が高かったのだ。
それが、彼らの記憶やアイデンティティにどういう影響をもたらすのか。それは当然のことだが、予想不能なことだった。
そういうわけで、調査は慎重に行われた。
やがて出された結論は、やや曖昧なモノだった。
青の惑星にいるモノたちのアイデンティティは依然、「人間」としての記憶にある。
が、彼らは今の状態をごく自然なモノとして受け入れている。
……ということだった。
絶望的な阿鼻叫喚の世界が一瞬にして楽園に変わり、自分たちの外見も能力も一変した……ということを彼らがどのように受け入れているのか、そこはわからない。が、とにかく、彼らの中には戸惑いも不安もなく、もちろん混乱もなかった。
たとえば、彼らは廃墟と化した大都市を、かつて自分たちが住んでいた場所と認識している。
が、一方で、それを修復しようとはまったく思っていない。その必要がないからだ。
僕たちと同じ精神体となった彼らには、住む場所を選ぶ必要などないし、人間のようにエネルギーの代謝を行う必要もない。
彼らは、都市を修復しようとはしなかったが、その生活の在り方はやはり僕たちとかなり異なっている。
彼らがイメージした「すまい」も「衣服」も、「人間」としての習慣に基づいていた。
精神体である彼らが、「人間」のような衣服を身につけ、「人間」のような住まいを思い思いのトコロに「建て」て暮らしている様子は、かなりユニークな眺めだった。
もちろん、僕たちもそれぞれの惑星で、それなりに個性のある暮らし方をしている。きっと、このスタイルがやがて「青の惑星」らしさになっていくのだろう。
そうしたことをざっと確かめ……これまでの調査の裏打ちをした程度にすぎないことだったが……僕は初めて「フランソワーズ」を探した。
たぶん、すぐに見つかるだろうと思っていたとおり……いや、それ以上にあっさりと、僕は彼女を見つけた。
彼女は、最後に会ったときのあの場所の比較的近いトコロ……海辺に「家」を建て、ジョーとイワンとともに暮らしていた。「家」はぼんやりしたイメージで作られたモノではないようだったので、人間だったときに、印象に残る日々を過ごしたトコロをそのまま写し取ったものなのかもしれない。
途中で、眼下に素晴らしい花園を見つけた。
青の惑星の者たちは、時折、こういう風に僕たちの心を強烈に揺さぶるようなモノを作り出す。
それも、ここまでの調査で確かめられていることだった。
花園に降り立つと、ここを「作った」らしい老婦人が穏やかな微笑で僕にうなずいた。
ちょっとほっとして、改めて辺りを見回した。
「……バラ……?」
いつのまにか、僕はつぶやいていた……そして、それがその花の「名前」だということを「思い出し」た。
老婦人は嬉しそうに頷き、気にいったものがおありでしたら、どうぞ、と微笑した。
――フランソワーズが好きだった花だ。
彼女に関わることを思い出すことができた……それが、無性に嬉しかった。
僕は、記憶をたどるように……ゆっくりと、一輪一輪、大切に花を摘んでいった。
「ありがとう。これから懐かしい人に会いにいくんです」
僕は老婦人に丁重に礼をいい、花園を後にした。
最初に僕に気付いたのは、イワンだった。
「アラン!」と呼びかけられた……と思ったら、次の瞬間、僕は彼らの「家」の「居間」にいた。
あのときと同じ赤ん坊の姿のままで、イワンが満面の笑みで僕に向かって両手を伸ばす。
そして、その赤ん坊を抱いている女性……。
「……フランソワーズ!」
声に出すことができていたのか、わからない。
僕は、既に泣いていたのかもしれない。
とにかく、我に返ったとき、僕はイワンを胸に抱きしめていて……バラの花束は彼女の腕にあった。
彼女は幸せそうに笑っていた……が、その目はやっぱり、涙に濡れている。
そして、彼女の隣にはジョーが立っていた。
「はじめまして、アラン……でも、初めて会ったような気がしないんだ。僕たちはずっと、君にお礼が言いたかった」
「……お礼…?」
イワンが、ふわりと僕の胸から離れた。
同時に、ジョーの右手が力強く僕の右手を握った。
「ありがとう。君がイワンに真実を話してくれたから……僕たちはこうして生き抜くことができた」
「……そんな、ことは」
僕たちの方こそ、と一生懸命言おうとした……が、ムリだった。
僕は、どうしようもなく流れ落ちる涙を止めることができず、声を出すことすらできなかった……のだ。
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