5   進化
2012/12/24 
 
はじめは、「死んだ」のだと思った……と、ジョーは語った。
 
「僕の主観では、本当に一瞬のことだった……最後にフランソワーズと抱き合って、イワンの声が聞こえて……ふっと気が遠くなったと思ったら、ここにいたんだ。わけがわからなかったよ」
 
フランソワーズもうなずき、腕の中のイワンを優しく揺すり上げるようにした。
 
「私も。……すぐ、イワンにどうなったの、と聞いたわ。でも、この子もわからない、なんて言うんですもの……途方に暮れてしまったわ」
「僕は、この二人よりはもう少しだけ先まで意識があったんだ。大した差じゃなかったけれど。二人の精神体をしっかり捕まえて、次の瞬間、僕が連中と同じ悪の精神体となった。一応、作戦どおりにね……あとは、二人の話と一緒。何がおきたのか、見当がつかなかった」
「イワンにそう言われちゃ、僕たちとしてはお手上げだからね」
 
ジョーが面白そうに笑った……が、彼はふと表情を引き締め、僕を見つめた。
 
「僕たちは、ヤツらを倒した……ってことでいいんだろう?……だから、君がここにいる。そういうことだよね?」
「ええ、もちろんです。ここは、あなたたちがいた『地球』に間違いありません。ただ……僕たちが、惑星ごと、その本来の場所に呼び寄せました。環境が一変したのは、それが原因です」
「本来の場所、というのは……光の宇宙のこと?」
 
首をかしげるフランソワーズに、僕はうなずいた。
やはり……と思った。
彼らは、「人間」としての意識と記憶をそのまま残している。
 
「イワンから聞いて……死ねば、私たちの中の光の子…あなたのような精神体が、光の宇宙に還るんだって思っていたから、ジョーはとても心配していたのよ。私たちは失敗したんじゃないか……って。ただ『死んだ』だけで、地球も人間もあのまま滅びてしまったんじゃないかって」
「そう思うのは、ムリもないかもしれませんね。……僕たちも、青の惑星をここに呼び戻したものの、あなたたち人間が結局どうなったのか……ということについては、確信を持てていませんでした」
 
彼らは、ほどなくサイボーグの「仲間」たちとも再会したのだという。
ますます、「死んだ」のか「勝った」のかわからなくなった彼らは、世界中を飛び回り、彼らが戦った場所を調べて歩き……そして、かつて経験したとおりの戦いの痕跡を見つけることができた。
 
「つまり、僕たちのいるこの惑星が地球であり、僕たちだけがどこかに飛ばされたわけではない……らしい、ということは何とかわかったってことかな。仲間たちはそうしているうちに少しずつこの状態を受け入れていくみたいだった……僕は、最後の最後までそうできなかったのだけど……」
「私が、話したの。……もう、いいわって。ここがどこでも、何が起きたのかわからなくても……こうして、ジョーと一緒にいられるんですもの。私はそれで十分よ…って」
「すごい説得力だったみたいだよね、ジョー?」
 
イワンがからかうようにジョーに手をふると、ジョーは苦笑し、肩をすくめてみせた。
そのとき、僕の心を何か温かいモノがよぎった……気がした。
 
「アラン……?どうかして?」
「いや……なんだろう。前にも、こんな気持ちになったことがあるような気がして……たぶん、僕が人間で、君と過ごしていた時のことじゃないかと思うんだ」
「……アラン。その、君たちにも……ある一人の人を、特別に大事に思う……ということがあるのかな?」
 
ジョーの問いに、僕は戸惑った。
彼が尋ねたいのは、つまり、僕たちが人間のように「恋」をするのか、ということなのだと思う。
それはむしろ、僕の方が尋ねたいことでもあった。
 
「僕には母がいます……友人も。みんな、かけがえのない人たちです。が、おそらくあなたがフランソワーズに対して持つような気持ちとは違うような気がします。僕には、わずかに人間だったときの記憶がある。フランソワーズに、あなたと同じ思いを抱いたという記憶が。……でも、それは今の僕にとっては、懐かしい幻のような美しい夢のような……ものです」
「そう……か」
「僕の方も、あなたたちに聞きたい。あなたたちは、今でもその思いを持っている、ということ……ですよね?」
「え、……ええ」
 
ためらいがちにうなずくフランソワーズは美しかった。
思わず溜息をつきそうになり、僕は懸命に気持ちを立て直そうとした。
 
「でも、すっかり前と同じ、というわけではない……みたいなの。前はね、ジョーを思うと幸せだったけれど……不安でもあったわ。いつか彼が私を離れてしまうのではないかって。それは、つまり……彼が他の女性を愛するようになって、私を忘れてしまうのではないかってことね。だから、いつも苦しかった。でも、今は違う……どう違うのか説明するのは難しいけれど……でも、わかるの。私が望みさえしなければ、彼と離れることなどないんだって。そして、私は、決してそれを望んだりしない」
「ありがとう、フランソワーズ。僕もそう思っている。僕が望みさえしなければ、僕は君と離れることなどない。そして、僕は決してそれを望まない。こんなシンプルなことだったのに、僕たちは長い間、それがわからなかったんだ……きっと、僕たちだけじゃない……人間のすべてがそうだったんじゃないかって、思うけれど」
 
もしかしたら……と、閃くものがあった。
僕は考え考え、語った。
 
「僕たちは、どんな他者ともその気になれば心でつながることができます。でも、人間はそうではなかった……にも関わらず、人間は……特別なひとりの他者とならつながることができる、と信じた、ということなのではないでしょうか。もちろん、実際にそういう力を持っていないのですから不安になるのも当然です。でも、きっとあなたたちは信じ続けた。それが……人間の言う、愛するということだったのかもしれません」
「……なるほど」
 
ジョーがつぶやくように言った。
それからしばらく、僕たちは黙り込んでいた……が、それは決して気まずい沈黙ではなかった。
やがて、静かに沈黙を破ったのは、イワンだった。
 
「ジョー、フランソワーズ。……僕たちは、やっぱり勝ったんだ。そして……僕たちの夢見た世界を実現した。争いのない、誰もが穏やかに幸せに暮らせる世界を」
「……うん」
 
うつむいたジョーの両目を、前髪が覆い隠している。
だから、彼がどんな表情をしているのか見ることはできなかった。
が、フランソワーズは全てわかっている……というように、彼の肩をそっと抱き寄せ、微笑した。
 
その微笑が、母さんと同じだ……と気付いたとき。
僕はついに、こみあげる感動を押し隠すことができなくなった。
 
彼らは、進化した。
人間のままで……新しい人間として。
 
彼らは、僕たちの頼もしい同胞でもある、若く誇り高い種族だ。
そして彼らこそが、この美しい「青の惑星」の真の主となるだろう。
 
永い戦いが……終わったのだ。
それは彼らの戦いであり、僕たちの戦いでもあった。
その瞬間に立ち会っているという熱い想いに、僕は胸を震わせていた。


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