|   そうだ、と、ジョーが席を立ち、一抱えの古びた書物を持って戻ってきた。   「君は、僕たち人間に、この星で……ここで何が起きたのかを調べているんだよね?だったら、これは参考になるかもしれない資料だ」 「あ、ありがとう……でも、これは?」   僕はその一冊を手に取った。 色のついていない絵がたくさん描かれている。   「言葉は……日本語ですね。日本の本ですか」 「うん。よく絵を見て。……気付くことがないかい?」 「……あ!」   僕は驚いて思わずジョーとフランソワーズを見つめた。 それから慌てて他の本も手にとってみた。   「どういう……ことですか?少しずつ違う描き方ではあるけれど、どれもあなたたちとそっくりの……」 「タイトルは『サイボーグ009』。日本ではかなり有名な作品なんだ」 「あなたたちについて書かれた本、ということですよね。……でも」   たしかに、彼らの日本での戦いはあのとき、世界中に熱狂をもたらしたが、この書物はそれについて書かれたものではないようだし、それにしては古すぎる。 それに、彼らが「登場」したときの人間たちの熱狂は、明らかに「未知」の存在に対するモノだった。   「僕は日本人だけど、たまたまこの作品のことを知らなかった。自分がサイボーグになってからは、そんなことを気に懸けるような生活でもなかったしね。もちろん、日本に住んでいなかった他の仲間達も同様だ」 「この本には、あの戦いが始まる前の私たちの『歴史』が書かれているの。実際には、ずっと過去に想像で書かれたものだから、本当のこととはずいぶんずれているけれど……」 「……つまり、人間の誰かがずっと以前に、あなたたちの活躍を予知して書いた本……ということですか?」   そうとしか読み取れず、信じられない気持ちで僕は尋ねた。 そういうことになるね、と答えたのはイワンだった。   「そして、それを書かせたのは僕だ。アレが始まったとき、僕はおそろしい不安の中にいた。どうやっても、僕たちとこの惑星の滅亡は避けられないと思った。でも、諦めるわけにはいかなかったんだ。……これは、人類の全てをもって立ち向かわなければならない。今ここにいる人類はもちろん、過去の人類も含めて」 「……過去の」 「僕は、今起きていることを伝えようと、過去へ思念を送った。そして、ただ一人、それを受け止めてくれた人間がいたんだ。彼が、この作品を書いた」 「そんなことが……しかし」   僕は慌ただしく考えをめぐらせた。 不可能、とは言い切れない。 もし僕たちなら、自分たちの存亡に関わる危機が訪れたとき、イワンと同じことをするだろう。 実際、したこともある。 僕たちには寿命というものがない。つまり、かつていたが今はいない……というような存在はほとんどないからだ。 しかし、寿命を持ち、僕たちの「交替」によって生き、他の生を知らないはずの人間に「過去」のモノたちにも力を借りようという発想がどうして生じるのか。   「それは、やっぱりイワンが特別だったということだと思うわ」   フランソワーズが僕の混乱した思念を解きほぐすように優しく言った。 その腕の中で、ちょっと居心地悪そうに体を動かしながら、ちゃんとわかってたわけじゃないけど……とイワンが言う。   「とにかく、ショーさんがそれを書いてくれていたことがわかったとき……僕とギルモア博士は、彼こそがこの事態を動かせる唯一の鍵だと思った。もちろん、彼に何ができるのかはまったくの未知だったけれど、少なくとも、彼だけが他の人間と違うってことは間違いなかったからね」 「ショーさん……って。この本の作者……?……あ!」   あのヒトだ!と思い出した僕のイメージに、フランソワーズたちは一斉にうなずいた。 積み上げられた書物の一冊をゆっくり手にとって、ジョーが言った。   「結局、ショーさんは人間が救われるハッピーエンドを書くことはできなかった。この作品は未完のままだ。でも、あの戦いの中で、これがどれだけ僕たちを勇気づけてくれたかわからない。彼が、最後まで諦めずに闘ってくれた……その証が、この本なんだ。晩年の彼は、治る見込みのない病に冒されていた。原稿を書くことなんて不可能だった。でも、闘い続けたんだ。勝つ望みが見えない闘いでも、決して無駄じゃない。僕たちが運命だから戦う、というのも理不尽だけど、空しいことじゃない。僕は、くじけそうになるといつも彼を思っていた」 「そうね。そして、リーダーのあなたがそうだったから、私たちもくじけなかったんだわ。それに……この本は、私たちを慰めてもくれた。ショーさんが書いてくれた私たちの姿は、実際の私たちよりずっと美しくて、優しくて、立派で……恥ずかしくなるようだったけれど。でも、そのイメージの元には私たちの今があるんだって信じることで、ずいぶん救われたと思うの」 「うん。……この本は、そういう意味では、僕たちの過去であると同時に、未来でもあったんだ」   一冊の本がふわっと浮かび上がり、僕の前で開かれた。 イワンが面白そうに言う。   「君の姿も書かれているんだよ、アラン……」 「ええっ?!」 「たぶん、僕が君と接触したあとで送ったイメージによるものだと思う。ショーさんの他の作品にも君と似た人物がよく登場しているから……きっと君はショーさんにとって印象に残るヒトだったんだね」   その物語にさっと目を通したとき、僕はきっと真っ赤な顔になっていたに違いない。 物語の中で、僕は別の時空からの訪問者で……彼らの「敵」だった。 その人物はフランソワーズを攫い、そして。   「……君に殴られたのか……ムリもないけど」 「ごめん」   顔を上げると、ジョーが恥ずかしそうに苦笑している。 イワンがからかうように言った。   「君に似た人物はどれも大抵フランソワーズと絡むんだよ。ジョーにバレないこともあるけど、バレると彼によって徹底的に排除される。まあ、当然といえば当然だけど」 「まいったなぁ……」   困惑しまくっている僕とジョーとは対照的に、フランソワーズはくすくす笑っている。 かなわないなあ、と思った。     全部持っていっていいと言われたので、その書物を預かって、僕は基地……青の惑星風に言うなら「家」に戻った。 早速読んでみると、たしかに興味深い、としか言いようのない書物だった。   物語は一度終わっている。 009と002が敵を倒し、流れ星となって地上に落ちる……つまり、死ぬ、というラストシーンだ。 が、これについては「ショーさん」のオリジナルだと、ジョーは言った。 彼らがサイボーグとして作られたいきさつと、その組織から脱出し、組織そのものを壊滅させたという闘いの大筋はそのままだが、彼らは負傷はしたものの、ギルモア博士によって修復を受け、その後は世界中に散っていたのだという。 「召還」が始まる、あのときまで。   その物語……「ヨミ篇」と呼ばれているらしい……の後、ショーさんは「実は彼らは死んでいなかった」という設定を作り、また新しく彼らの物語を始めたのだった。 彼がそういうことをしたのは、ファンの要望によるものだったということになっているが……もしかしたら、「本当の」闘いがまだ終わっていないということを、ショーさん自身が知っていたからなのではないか、とジョーは言った。僕も、たぶんそうだろうと思う。   その後の物語は、「召還」に関わる彼らの闘いの断片が色濃く影響したものだった。 僕、らしき人物が登場するのも、そうした物語の中だ。 が、読み進めているうちに、僕は奇妙なことに気付き……フランソワーズの言葉を思い出した。 物語の主流はたしかに「最後の闘い」につながっているのだが、それと同じくらいの強い印象をもたらすのが「平和」の中の彼らの姿なのだった。 優しく、穏やかな人々と、淡々と流れる日常。それは、まるで今の彼らの暮らしのようで……。   そこまで考えて、僕ははっとした。 「今の彼らのよう」ではなく、「今の彼ら」ではなかったのか。と。   過去のショーさんに思念を飛ばしたとき、イワンはこの未来を知るよしもなかった。 それでも……もしかしたら。 ショーさんには、見えていたのかもしれない。彼らの……人間の、この姿が。 だからこそ、ジョーが言ったように、彼はどんなに望みがないと思われる状況でも諦めず、闘い続けることができたのではないか。   ショーさんに会ってみなければならない、と思った。 イワンが言うには、ショーさんはこれといった家を持たず、あちこち飛び回っては絵を描いているのだという。 思念をつかまえようと思っても、彼の気まぐれがこちらに向かないかぎりどうしようもない、とジョーも笑っていたけれど。   どうしようか、と考え、僕はショーさんが持っているらしい「絵」の「道具」をあれこれと集めた。 それを持ってみると、彼の作品のひとつに登場する少年のような出で立ちになった。 そのことに驚きながらも、これで彼に会える……ような気持ちになってくる。   僕たちには、人間の持つ「名前」というものがない。 フランソワーズを軸にした場にいるとき、僕は「アラン」と呼ばれる。 青の惑星の人々には、そうした「名前」が必要らしい。 それなら。 ショーさんに会うのなら、僕は……   ――ジュン。   それが、僕のもうひとつの名前だ。 
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