7   ショーさん
2013/01/07 
 
一度会ったことがあり、しかも強い印象を受けた相手だから、簡単に探し出せると思った……が、ショーさんを見つけることはなかなかできなかった。
理由はよくわからない。が、考えてみたら、彼と最も強いつながりを持つはずのイワンに追えないのだから、ムリもないのかもしれない。
そういう意味では仕事がはかどっているわけではなかったが、青の惑星での暮らしは予想以上に満ち足りたものだった。
 
中でも僕が夢中になっていたのはスケッチだった。
始めは、ショーさんを探すため、僕が「モデル」になったらしい彼の作品の主人公の行為を真似てみただけのはずだったのが、いつのまにかのめりこんでしまっていたのだ。
 
僕たちにとって、自分のイメージを実体化することはとてもたやすいし、それを他者と共有することもほとんど呼吸をするように自然にできる。
それでも、絵を描いたり、彫刻を作ったりする者はいたし、そうした「作品」を楽しむことも、僕たちは知っている。
ただ、おそらくかつての「人間」ほどではない。やっぱり、基本的には必要ないことだからだろう。
そんなわけで、僕も、自分が絵を描く、なんて想像もしていなかったのだ。
 
僕がまず手始めに描いてみたのはバラだった。
あの老婦人の庭に入り浸って、僕は何かに憑かれたようにその形を紙の上に写し取ることに熱中した。
やがて、老婦人が僕のスケッチをのぞき込み、褒めてくれるようになると、我ながら単純だが、僕の情熱はますます烈しいものになっていった。
 
美しい花を次々に紙の上に咲かせながら、僕は次第に、自分が何を描きたいと思っているのかがわかるようになっていた。
僕が描きたいのは……フランソワーズだ。
あの、バレエを踊るフランソワーズが創り出す一瞬を、僕の手で永遠に描きとめてみたい。
 
そのことに気付いてから、僕の喜びは次第に焦りへと変わっていった。
自分にそれを描ききるだけの能力がないということを悟らずにはいられなかったから。
もちろん、時間は十分にある。こうしてこつこつ練習を重ねれば、いつかそれをできるときが来るだろう。
でも、もどかしい。
 
そんな複雑な思いを抱きながら、僕はいつものように開きかけたバラの蕾をスケッチしていた。
そのとき。
妙な気配を感じた。
 
「ああっ、ちょっと動かないでくれるかな?……あとちょっと!」
「は、はい?」
 
いつのまにか、僕の真横に立っている者がいた。
彼もスケッチブックを抱え……熱心に描いているのは、なんと、僕……であるらしい。
あっけにとられて固まっていると、1分とたたないうちに「もう結構」と言われ、僕はほっと息をついた。
 
「いい表情だったなあ……やっぱりホンモノは違う!」
「……え」
「君は、ジュン、だろう?」
「……」
 
僕は思わずまじまじと彼を見つめ……叫んでしまった。
 
「ショーさん!……ショーさん、ですね!」
「へっ?」
「お会いしたかったんです!あなたに……いろいろとお聞きしたいことがあって!」
「僕に?」
「はい、あの……」
「話は後でもできるが、きみ、せっかくの蕾が開いてしまうよ?」
「え?」
 
ほらほら、とせかされて振り返ると、たしかに、僕が描きかけていたバラが温かい日差しを浴びて、少しずつ花びらを開き始めていた。
うん、僕も描こう……と、ショーさんがスケッチブックを持ち直し、その場に坐ってしまったので、僕も再びバラに向かって筆をとった。
僕たちはそうやってしばらく無言でスケッチを続けていた。
 
僕はときどきそっと顔を上げ、ショーさんをのぞいた。
彼の描くスピードは信じられないほど速かった……が、どれだけ描こうが、バラの花だって無数にある。
よく飽きないなあ……と感心した。
 
そして。
その日、それ以上の会話をショーさんと交わすことはなかったのだ。
結局、僕もいつのまにかスケッチに没頭してしまい、ふと気付いたとき、彼の姿は消えていた。
もちろん、しまった……と思ったけれど、後悔はしなかったし、残念な気持ちにもならなかった。
またすぐに会えることを確信していたからでもあるし、彼に話を聞かなければならないという気持ちが、なぜかかなり薄れていたからでもある。
 
それから、スケッチをしていると、かなりの確率でショーさんに会えるようになった。
が、相変わらず僕たちはあまり会話を交わさなかった。交わすヒマもあまりなかったのだ。
というのは、僕はともかく、ショーさんがスケッチをしていると、いろんなモノたちが近寄ってきて……で、それを描くのに恐ろしく忙しい、ということになってしまう。
 
忙しい、なんていう感覚を僕は初めて知った。
青の惑星に来てから、初めて知る感覚というのは他にもあったけれど。
 
「やあ!君は……アラン君じゃないか?」
 
明るく話しかけられ、はっと顔を上げると……ギルモア博士が立っている。
実際に顔を合わせるのは初めてだったが、イワンからイメージはうけとっていたし、例の本でもその姿はよく見ていた。
 
「君も絵を描くのか……どれどれ。おぉ、さすがショーさんの弟子じゃの、なかなか…」
「彼は僕の弟子なんかじゃないですよ」
 
ショーさんがにこにこして振り返った。
スケッチの最中に珍しい……と思ったけれど、ちょうど、そこにいたウサギを描き終えたところだったらしい。
ウサギはスケッチブックを興味深そうにのぞき込んでから、ぴょんぴょん飛び跳ねて行ってしまった。
 
「久しぶりですね、ギルモアさん」
「久しぶりでもないわい、アンタが儂に気付かなかっただけで……」
「おや、そうでしたか。それは失礼を」
「いやいや、相変わらず楽しそうで何よりじゃ……儂も絵を描いてみようかのう」
「またまた……サイボーグたちのメンテナンスと研究でそんなヒマはないでしょうに」
「え……?!」
 
僕は驚いた。
ショーさんが何か勘違いをしているのかと思ったが、そうではないらしい。
ギルモア博士はふふ、と照れ笑いをしただけで否定も肯定もしなかったが……その思念は穏やかそのもので、要するにショーさんの言葉をそのまま素直に受け止めているだけだったのだ。
 
「あの……サイボーグって、ジョーやフランソワーズたちのことですか?」
「ああ、そうじゃ。まあ……必要ないといえばないのじゃが……」
「彼らの体には、まだ機械が組み込まれている……のですか?」
「うーむ。そういうわけではない、と思うのだが……説明は難しいのう」
「……」
「人間にはそういうところがあるんだよ、ジュン。君にはわかるんじゃないかな?」
 
ショーさんに諭すように言われ、僕はゆっくり深呼吸した。
そうかもしれない……と思うものの、すっきりと理解できるわけでもない。
 
「ん、ジュン、じゃと?……アランではないのか、君は?」
「え、ええと……」
「ああそうか。アナタにとって、彼はアランなんですね?」
「……なんじゃ、そういうことか。ったく、ショーさんが、ややこしいことをしてくれるから……」
「ややこしいのはイワンとアナタでしょうが。少なくとも、僕は『アラン』を実際に描いたことはないんですから」
「なるほど。そういえばそうじゃの……」
「あ、あの」
 
僕は慌てて口を挟んだ。なんだかややこしいことになってしまいそうな気がしたので、弁明はしておかないと、と思ったのだ。
 
「すみません、ショーさん……僕は、あなたの本を見て、その登場人物の真似をしていただけなんです。そうすれば……あなたに出会う確率が上がると思って」
「……ほう?」
「うーむ、さすがはショーさん……描いたモノをホンモノにしてしまうというわけじゃの」
「そんなはずないでしょう、ギルモアさん!」
 
ショーさんは苦笑し、それから僕をまじまじと眺めた。
 
「だが、たしかに君はジュンだ……僕にはそのようにしか見えない。うーん、それじゃ『009』と同じように、『ジュン』もイワンのテレパシーで伝わったイメージだったのかな」
「い、いえ、そんなことはないと思います!」
 
僕は思わず叫んでいた。
今までもやもやしていたものが急に晴れたような気がした。
 
「問題はイワンじゃない、あなただったんですよ、ショーさん!……あなたは、ずっと以前からこの世界を知っていたんだ……そして、それを描き続けた。あなたがそういう特別なヒトだったから、イワンのテレパシーを受け取ることもできたんです」
「……」
「そうなのかね、ショーさん…?」
「よく……わからないが、まあ、僕は嬉しいですよ。ギルモアさんにもジョーにも……ジュンにもこうして会えるんですからね」
 
どっこいしょ、と体の向きを変え、ショーさんはまた座り込んだ。
今度はネズミの親子だ。
まるで、母親が子どもたちを描いてください、と連れてきたように見える……し、もちろん、ショーさんはそう受け取ったのだろう。熱心に筆を走らせ始めた。
 
「ショーさんの家に、ものすごい数のスケッチブックが積んであるのを知っておるかね?」
「い、いいえ」
 
僕は首を振った。
ショーさんの家を訪ねてみたことはない。
というか、彼にはそもそも家と呼べるモノはない……と思っていた。
 
たしかに、「住む」ための家はないのだが……と話しながら、ギルモア博士は僕を探るように見つめた。
 
「君は……連邦政府監視員だったのう?やはり……我々が気になるのかね?」
「え……」
 
僕は少しうろたえた。
確かに、僕がこの青の惑星にいるのは、監視員としての任務を果たすためだったが……
 
「気になるじゃろうな。我々は結局『欲望』を捨てることができておらんのじゃ。ショーさんがスケッチをするのは、この世界の美しいモノを自分の手で、自分のモノとし、所有するため……それは『欲望』に他ならない。もちろん、ショーさんに自分を描いてもらいたくて集まってくるモノたちも同じことじゃ。自分の姿をしっかりと所有できるモノに置き換えてもらうのが、嬉しいんじゃ……」
 
すぐに言葉を返すことができなかった。
ギルモア博士の言うことはわかるような気がする。
やはり、青の惑星の者たちには、どこかユニークなところがあるのだ。
しかし。
 
「僕たちにも同じようなところがあります。僕たちは全ての惑星を監視しているのです。それは……未知の危険を想定しているからに他なりません。あなたが欲望と呼ぶモノに近い因子は、僕たち誰もが持っているものなのです。それを消すことはできない……だから、僕たちのような監視員が必要とされているのだと思います」
「……なるほど」
「あなた方を苦しめたあの悪魔たちは……もともと、僕たちの中から生まれたのです。それを、僕たちは忘れていません。それに……僕たちは、あなた方を消そうとした。そう決断できたのは、あなた方を……この惑星の全てを自分たちが所有していると考えていたからです。僕たちも、そういう者たちにすぎないのです」
「それなら……我々の闘いは、終わったわけではないということか……」
「……」
 
そういうことになるのかもしれない。
が、それを言うのはあまりに残酷な気がして、僕はうつむいた。
しかし、ギルモア博士は嬉しそうに微笑するのだ。
 
「それは……ありがたいことじゃ。我々は、闘わずにはいられないモノたちじゃからの」
「ギルモア博士…?」
「そうじゃ!フランソワーズのバレエ公演のことを知っておるかね?」
「え!……バレエ公演って。そんなモノがあるんですか?」
「大ありじゃよ。オーディションに合格したといって大張り切りしておるトコロらしい。で、ショーさんに見てもらいたいと彼女が言うんで、こうして来たんじゃが……君にも是非来てもらいたいのう」
「もちろん、行きますとも!……しかし、オーディションまであるんですか、いったいいつの間に……たしかに、闘わずにいられないモノたち、なのかもしれませんね、この惑星の人たちは」
「他人事のように言っておるが、君もその一員じゃないのかね、アラン?」
「……ジュン、ですよ。これからはそう呼んでください」
「ふむ?」
 
ショーさんが僕をしげしげと眺め、そしてにっこりするのがわかった。
僕もスケッチブックを広げ、座り込んだ。
同時に、かわいらしい小鳥が舞い降りてきて、その開いたスケッチブックに止まる。
描いてくれ、ということらしい。
 
「わかったよ……ショーさんみたいに素早くは描けないから、ちょっと辛抱してもらうけど」
 
小鳥は承知した、というようにさえずった。
水色の羽が、フランソワーズの瞳を思わせる。
 
僕は、たぶん彼女を描ききることが決してできないだろう。
そして、憧れ続けるのだろう。
決して満たされない望み、夢……それを僕は抱き続ける。
 
この気持ちを「救いたい」と、かつて母さんは言い、僕はそれを拒否した。
そのときは、はっきりわかっていたわけではなかったけれど……
 
できあがったスケッチをのぞき込み、満足したような高いさえずりを残して、小鳥が飛び立つ。
やれやれ、と息をつき、僕はショーさんの視線に気付いた。
また、絵を描く僕を写生していたらしい。
 
目が合うと、ショーさんは微笑した。
それでいいんだよ、と言われたような気がした。
 


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