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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?

   旧ゼロ
 
 
「クビ?アニキが?……なんでまた……って、あっ!もしかして、そのホームって、実は悪いヤツらのアジトなんじゃないの?それで、アニキが邪魔でさあ……」
「スゴイ想像力だな、007。恐れ入ったよ」
「本当。でも、アナタにはその方が都合がよかったんじゃなくて、009?」
「馬鹿なことを言うな、003。キミの方がよっぽど不謹慎じゃないか」
 
003はくすくす笑いながら、怪訝そうな007に言った。
 
「009はね、言ってはいけないことを言ってしまったのよ。それで、所長さんに叱られたの」
「間違ったことなど言ってないさ」
「もう……009ったら」
「まぁ、たしかにアニキって意外に空気が読めないことがあるからねぇ……そもそも正義ってヤツは、フツーの人間には結構耳障りだったりするもんだし?」
「生意気言うな。だいたい、正義なんて大げさなモノじゃないさ。ごく当たり前のことだろう」
「009、でも……」
「違うのか、003?」
「……」
 
ふと003の表情から微笑が消えた。
そのままうつむいてしまった彼女から目をそらし、009は部屋を出て行った。
 
「あ、あれ?……ちょっと」
「ごめんなさいね、007。気を遣わせてしまって……大丈夫よ」
「……」
 
全然大丈夫そうじゃないんですけど?
 
 
 
009はそのまま研究所を出て行ってしまった……といっても、自宅のマンションに帰っただけだったようだが。
 
「まーったく、009らしくないというか、つまらない意地を張ってるアルねえ?」
「うーん。……なんか、アネゴが可哀相でさぁ……こんなことになるなら、ボランティアなんてしなければよかった……って泣いてるんだよね」
「おやおや。それじゃまあ、せめておいしい晩ご飯作ってあげるアル」
「デザートもよろしくね、006!」
「コラ!オマエが食べたいだけアルやろ、調子にのらないね!」
「へへっ、バレたか……」
 
それにしても、アニキはどうしちゃったんだろうな?と007は思った。
009が出て行ってから、さんざん苦労して003から聞いた話は、たしかに「009らしくない」としかいいようのない内容だった。
 
「まあ、気持ちはわからないでもないアルよ?……人間、誰だって人生の最後は愛する人たちに囲まれて、穏やかに暮らしたいアル……でも、なかなかそうはいかないのも人生ってモノ……それがわからない009ではない筈ヨ」
「うーん……でも、いかにもアニキが言いそうな事、でもあるんだよね−。アニキって、あれで結構ロマンチストだからねぇ、特に女の子にはさ。そこへきて、アネゴが普段甘やかしてるからなおさらだよ。理想高すぎっていうか、夢持ちすぎっていうか」
「オマエ、本当に生意気アルねえ……」
「何言ってんの、オイラは優秀な諜報サイボーグ、007さまなんだぜ?情報収集と分析ならお手のもの……って、イテテ!」
 
ぎゅうーっと頬をつねられ、007はじたばたもがいた。
 
「ホレ!無駄口叩いてないで、手伝うアルよ!」
「はいはいわかりましたよーだ……」
 
 
 
まだ気は重かったが……それでも、003は身支度を整え、カバンを持って玄関に出た。
 
「おや……行ってくるのか」
「はい、博士……申し訳ありませんが、001のミルクをよろしくお願いします」
「おお、おやすい御用じゃ。……一人で大丈夫かね?」
「はい。それに、この間、皆さんといろいろお約束してきましたの。ちゃんと行かなければなりませんわ」
「ほほう……オマエと約束……か。それはホームの皆さんも楽しみにしておるじゃろうて」
「そうならいいんですが」
「そうじゃとも……気を付けて行ってきなさい」
「はい」
 
ドアを開けようとした003の手がはっと止まった。
どうかしたのかね、と尋ねようとしたギルモアは、鋭いブレーキ音にぎょっとした。
 
「ギルモア博士、おはようございます」
「お、おはよう……009」
「……」
「003、行くんだろう?……送っていこう」
「……009」
「帰りも、僕が迎えに行きますから、ご心配なく、博士」
「う……うむ」
 
あっという間に丘を走り抜け、小さくなった車を見送り、ギルモアは思わず息をついた。
 
 
 
「この前は、すまなかった……フランソワーズ」
「ジョー……」
 
003ははっと009の横顔を見つめた……が、彼の表情はいつものように静かだった。
 
「いいえ。あなたの言ったこと……間違っていないわ、ジョー」
「ああ。でも、無神経だったよ。叱られたのも無理はない。君に恥をかかせてしまったね」
「そんなこと……ないわ」
「君は気にしないで、予定どおり最後まで仕事をするといい。みんな、君に会うのを楽しみにしているんだし」
「それはあなたも同じよ、ジョー。戻ってもらえないかしら。あなたがそうしてくれれば、私もどれだけ心強いか」
「……ありがとう、フランソワーズ。でも、それはできない」
「ジョー」
「ごめん。僕が悪い。理不尽だってわかっている」
 
009の脳裡に、楽しそうな老人たちの笑顔がよぎる。
「優しい外国の娘さん」と呼ばれていた003はもちろん、こんな自分さえ、彼らは「ハンサムで親切な好青年」と受け入れてくれた。
 
003に乞われて、軽い気持ちで引き受けたボランティアだったが、十分にやりがいがあったし……彼女がなぜこの仕事に熱心に打ち込むのかもよくわかった。
 
「僕たちの『力』が、こんなに人に喜んでもらえるものだなんて……想像したこともなかったよ。本当に素晴らしい毎日だった」
「……」
 
でも、それは終わる。いつか、終わってしまうんだ。
僕は、それをよくわかっている。
だから……もう行けない。
 
 
 
あの威勢のいいお兄さんはもう来ないのか、と問われ、003は思わず口ごもった。
そう問われるのはこれで4人目だった。
 
「はい。……申し訳ありません」
「いや、アンタが謝ることじゃないさ」
「そうそう、まあ、たいした剣幕でしたからねえ……もう来ないでしょう」
「本当にごめんなさい。ジョーは、ここを侮辱したわけではないんです……彼は、きっと」
「ええ、わかってます……島村さん、ご両親がいないんですってね」
「え?」
 
驚く003に老婦人は微笑し、この間いろいろ身の上話を聞きましたよ、と、こともなげに言った。
 
「そりゃあね、自分のことを思えば、ああ言いたくもなりますよ。施設にはずいぶんよくしてもらったそうだけど、やっぱり子供ですもの、本当のお母さんは欲しかったでしょう。自分の家だってねえ……」
「ジョーが……そんな話を?」
 
そうだったんですか、とつぶやき、003は彼の言葉を反芻した。
 
――介護なんて女の子の仕事だよ。それにお年寄りは自宅の畳の上で死ぬのが一番だ!
 
タタミのある自分の家。自分だけを見つめ、愛してくれるひと。
それが欲しかったのは……欲しくてもかなわなかったのは、彼自身だったのだと初めて気付き、003は思わず唇を噛んだ。
 
――私、少しも気付かなかった。
 
「まあ、若い人はそれでいいんですよ」
「……え?」
 
老婦人の穏やかな声に、003ははっと顔を上げた。
 
「島村さんはこれからいくらでも作れますからねえ。自分の家も、お母さんも……だから、ああ言ったんでしょう」
「これから…?」
「ああ、かわいい嫁さんをもらえばすむことだよなあ。理想は高い方がいい」
 
ははは、と笑いながら彼らが意味ありげな視線を送っているのに気付き、003は思わず頬を染めた。
 
「わたしらは……みんな、もう何もかも、十分経験済みですからね。アナタを自分の娘だと思うことも、それは簡単にできるんですよ」
「そういうことだな、年の功、ってやつだ」
「だからね、孫の顔を見せてもらえるのが楽しみ……これっきり、島村さんが来なくてもね」
「いやいや、そもそも父親なんざ、誰でも結構。なあ、みんな?」
 
いっそう大きくなる笑い声に003はますます赤くなり、顔を上げることもできなくなっていった。
 
 
 
車に乗り込むなり、みなさん、誰もアナタのことを怒っていなかったわ……と嬉しそうに報告する003に、009は「そうか、よかった」とだけ言った。
 
よかった、というのはもちろん、彼女のために……だ。
自分がどれだけ無神経で……個人的なことまで考えれば、恩知らずなことを言ったのかという自覚はある。
それをどう思われても仕方が無いが、彼女まで巻き込むのは本意ではない。
 
「アナタの介護は私がするわね、ジョー。……もちろん、タタミの上で、よ?」
「は?!」
「そうしてやれって、みなさんに言われたの」
「なんだソレは?馬鹿なことを言うな。僕たちは……」
「そうね、サイボーグ。だからどんなに重労働な介護だって、きっと平気よ」
「僕は倒れたりしない。それに、万一そんなことがあるのなら、そのとき君が無事でいるはずないしね」
 
それきりむっつりと口を噤んだ009の頬に素早くキスすると、003はくすくす笑った。
 
「ね、私の介護は、アナタがしてくれるでしょう、ジョー?」
「君は倒れない、僕がいるかぎり。ナンセンスだ」
「……まあ。そうかしら」
「そうだとも」
 
表情ひとつ動かさずそう言い切る009に嘆息しながら、003はふと窓の外に目をやり、あら?と首をかしげた。
 
「ジョー、研究所はさっきの角を左よ?」
「そうだね」
「……どこに行くの?」
「気が変わった。君の気まぐれに付き合うよ、フランソワーズ……予行練習をしようじゃないか」
「予行練習って……何の?」
「もちろん、介護だよ。今夜、僕のベッドでね」
「え?!」
「するのがいいかい?それともされるのがいい?……僕はどっちでも歓迎だけど」
「ちょっと、何を言ってるのかわからないわ、009!」
「じきわかるさ。言っておくが僕は真剣だ。真剣にやらせてもらう。……覚悟しておけよ、003」
 
いったい何をどう覚悟しろというのか。
なにもかもわからない……が、それ以上何を聞いても彼から答が返るはずはなく、何を言おうと彼が考えを変えるはずもない。
それだけはよくわかっている003だった。

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