「……ふん」
くるりとインタビュアーに背を向けた瞬間、009は不愉快そうに唇を結んだ。
そのままさっさと歩きだそうとしたが、傘が前に進まない。
009は息をつき、小さい、しかし毅然とした声で言った。
「おい。……行くぞ、003」
「……あ」
立ち尽くしていた003が、ナンバーを呼ばれてようやく我に返った、というように声をもらし、歩き始める。
その肩をぐっと抱き寄せながら、009は素早く言った。
「すまないが、しばらくこのままで自然に振る舞ってくれたまえ。アイツらがまだこっちを見てるかもしれないからな」
「……009?」
抱かれた肩から、009の手の温かさが伝わってくる。
003はかき乱された心が少しずつ落ち着いていくのを感じていた。
……そうよね。
こうしてひとつの傘に私がいて、それでインタビューを受けて「恋人といる時の雪」って答えたんだから、その恋人が私以外の女性だなんてこと、あり得ないわ。
誰だってそう思うし、もちろん、009だってそういうつもりで言ったのよ。
なぜ、そんな嘘をついたのかはわからないけれど……
「……失敬」
やがてささやくように言い、009は003の肩から手を離した。
咄嗟に003が耳を澄ませると、先ほどのインタビュアーはもう別の通行人に語りかけている。
「すまなかったね。あんなヤツらに捕まるなんて、そもそもどうかしてた」
「……009?」
「いけすかない連中さ。東京で雪が降れば、慣れていないんだから誰だって困る。わかりきっている情報でもない情報を、ああやって集めようとする。……もっとも、それを喜んで見るヤツらがいるからやってるんだろうけれど」
「……」
「僕は、ああいうのは嫌いだ。……でも、ごめん。君を利用してしまうことになった」
「利用……だなんて、そんなこと。……わかるわ、009の気持ち」
003はようやくほっと息をついた。
いつもの、009ね……と安心する。
ちょっと、残念ではあるけれど。
「でも、ユニークな答えだったから、きっと全国に報道されるわ。私があなたの恋人だってことになっちゃうわね?」
「……え」
「責任はとっていただけるんでしょ、ムッシュウ?」
「せ、責任……って」
うろたえる009に003はにっこり笑った、
「そうねえ、とりあえず、この後006のお店の雪かきが終わったら、おいしいラーメンをご馳走していただけるかしら?」
「ラーメン?」
そういうことか……と、009は思わず傘をずらして空を見上げた。
いいって言うのに、無理矢理僕を君の赤い傘に入れて。
それが日本ではどういう意味になるのか、わかってるのかわかってないのか……わかってないんだろうな、きっと。
これだからパリジェンヌは困る。
案の定、あんなくだらない連中にまんまと捕まって……馬鹿馬鹿しい。
どれだけ動揺してたんだ、僕は。
女の子と……しかも、003だぞ……ちょっとひとつの傘に入ってたぐらいで平常心を吹っ飛ばしてたっていうのか?
恥を知れ、009!
急にぎゅっと唇を結び、明らかに足を速めた009に、003は首をかしげた。
怒ったのかしら……たぶん、そうね、と思う。
何よ、ラーメンぐらい、当たり前でしょ。
日本の女の子だったら「お嫁にいけなくなるわ!」ぐらい言ってもいいことなんじゃなくて?
意外とけちんぼなのね、009ったら!
|