――どうして、黙ってるんだろう。
いつになく003の肩を強く抱き寄せて歩いたのは、そうしていないと彼女が今にも駆け出していってしまいそうな気がしたからだった。
なるべく、悠然としていたつもりだ。
語った内容も、002や004や、008や……007はもちろん、考えてみたら006や005だって、普通に言うだろう、ということだ。
もちろん、自分でも心からそう思ったから、そう言ったのだけど。
とはいえ、いきなり「恋人」よばわりされて、003は怒っているのだろう。
それでも、他に彼女をどう呼んだらいいのかわからなかったのだ。
街頭インタビュウなど、無視すればそれですんだはずだ。
でも、「ひどい雪ですね!」といきなりマイクを向けたインタビュアーは、明らかに否定的なコメントを期待していた。
それはそうだ。
この街では、こんな雪は厄介者でしかない。
誰もがそう思っているのだと、この人は確かめようとしている。
確かめて、それが世界なんだと定めようとしている。
そう思い至った瞬間、009はしゃべり出していたのだ。
自分でも自分が何を言っているのかよくわからないまま。
子どもの頃から、雪は好きだった。
冷たくて寒くて、悲しい気持ちにもなるけれど、やはり好きだった。
雪は、全てを覆い尽くしてくれる。
醜いものを、全て。
世界中の醜いものが、穢れない白に覆われて、そして「恋人」が……美しい君だけが残る。
なんて素晴らしいんだろう。
ただ、問題があるとすると……
「僕の母親は、雪の中で倒れていたんだ」
「……009?」
003ははっと顔を上げた。
不意打ちされて嵐のように乱れていた心が、急激に鎮まっていく。
「教会の石段を登りかけたところで、赤ん坊だった僕だけをどうにか軒下に置いて……何かの発作がおきたんじゃないかと、神父さまが話してくれた。そのとき、教会には誰もいなくて……帰ってきた神父さまがすぐ救急車を呼んでくれたけど、手遅れだった。その話になると、申し訳なかった、って神父さまは何度も僕に謝ってくれた……でも、母が死んだのは神父さまのせいじゃない」
「そうね……そして、あなたのせいでもないわ、009」
「ありがとう。神父さまも、そう言ってくれたっけ」
――でも、思わずにはいられない。
「それでも僕は、雪が好きなんだ」
全てを覆い尽くす、穢れないやさしい純白の毛布。
でも、僕は……僕だけは、いつも取り残される。
罪に穢れたまま、ひとり取り残されて、見つめている。
穢れない白い世界を。
「……恋人よりも?」
「……フランソワーズ?」
純白の世界に、突然鋭い碧の閃光がよぎった。
009ははっと003を見つめた。
「あなたが、あんなことを言うから……びっくりしちゃったわ」
「……ごめん」
「ふふ、やっぱり謝るのね……ウソだったの?」
「まさか!僕は、ウソなんて!」
「そうよね、あなたは……ウソなんて、つかない……私もよ」
「……」
「びっくりしたけれど……嬉しかったわ」
「……003」
「本当は恋人でも仲間でも、おばあちゃんでも、なんでもいいの……私、あなたと一緒にいると、雪が……ううん、全てのものが違って見えるのよ」
「……」
「だから、あなたには感謝しているわ……あなたといると、生きていてもいいんだって思えるから」
「生きて、いても……?」
「そうよ、009」
柔らかく温かい指がゆっくりと絡められ、009は初めて自分の指先が凍えていることに気付いた。
雪と、君と……僕。
君は雪に埋もれない。
ただ君のままで、穢れなく美しい。
そして、君は僕の傍にいてくれるのか。
君だけは、君だから、いつまでも僕の傍に……
――もし、そうなら。
「003。キス、しても……いいかな?」
「……」
「その……恋人でも、仲間でも、おばあちゃんでも……いいんだよね、フランスでは」
「もちろんよ。でも、ここはフランスじゃ……?」
「……」
フランスじゃ、ない……よね。
でも、構わない。
誰にもそんなことはわからない。
全てが雪に覆われている今だけは。
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