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介護のお仕事 街頭インタビュー 百合男子?


 2    平ゼロ
 
「はいはい、どんどん来るからネ、頼むよお二人さん〜!」
「うわ、ホントにどんどん来るなァ…」
 
ジョーは思わずぼやいた。
さすが、完全満席でのフルコース宴会だ。
 
「ジョー、このペースで、次の取り皿間に合いそう?」
「ああ、大丈夫!…あまり急がなくていいよ」
「ありがとう。でも、のんびりしてはいられないものね」
 
フランソワーズは厳しい眼差しで泡だらけの皿を見つめ、くるっと裏返してみてから、すすぎ担当のジョーに手渡した。
さっきから二人はそうやって山のような汚れた食器と格闘しているのだった。
はじめは、すすぎを彼女に任せ、自分は洗剤で汚れを落とすのを担当しようとしたジョーだったが、フランソワーズが、その仕事には鋭い「目」が必要だと主張し…こういうことになっている。
 
※※※
 
「今、肉料理の二つめが出て行ったわ…ってことは、次は…」
「海鮮あんかけ炒飯。でも、その前にスピーチが入るんじゃないかな?」
「スピーチ…?ずいぶんにぎやかだけど…」
「僕もよくわからないけど、日本の結婚式って、そういうモノらしいよ。スピーチしても、誰も聞いてないんだって」
「…そう、なの?」
 
不思議そうに首を傾げたフランソワーズは、確かに喧噪の中で始まってしまったスピーチに気づき、思わず肩をすくめた。
 
「でも、チャイナレストランで結婚式なんて面白いわね…ジョー、大人の作ったケーキ、見せてもらった?」
「まだ…だけど。龍の形だって、本当なのかい?グレートがそう言ってた」
「ええ。本当、なのよ」
「へーえ!」
「花嫁さんもチャイナドレスで、とっても可愛いわ……ふふっ、私がメイクしたの」
「え、あれ、君がやったのかい?なんか、すごく凝ったお化粧だと思ったけど」
 
驚くジョーに、フランソワーズはにこにこした。
 
「舞台メイクなら何度もしたことがあるもの」
「あ…」
 
そうか、と口の中で言う。
 
※※※
 
張々湖飯店で、結婚式と披露宴をしたい…と相談してきたのは、店の常連の青年だった。
一生に一度の慶事をこの店に託したいという彼の申し出に喜んだ張々湖は、精一杯の料理を振る舞おうと張り切った。予算内で最高の材料を仕入れるため、例によってジョーが文字通り日本中を駆け回り、時にはイワンまでがかり出された。
いつもウェイトレスをこなすフランソワーズは、今回に限り厨房スタッフ。花嫁より目立ってはマズイ、というのがその理由だった。
 
ジョーも、緊急の買い出しのために厨房に控えていた…のだが、皿洗いにてんてこまいしているフランソワーズを見かねて、とりあえず彼女を手伝うことにした。
さすがに、結婚式本番で何かが足りなくなり、自分が走らなければならないようなことはないだろう、と思う。張々湖はのんびりしているようで結構周到なのだ。
 
※※※
 
洗い上げ、拭き上げた皿をざっと数え、人数分より少し多めにあることを確かめると、ジョーは思わずほっと息をついた。デザートをのぞけば次が最後の料理だ。
これで、とにかく皿が足りなくなる、ということはなくなった…と思う。
ずっと手を泡だらけにして働いているフランソワーズを休ませてやりたくて、ジョーは何の気なしに振り向き…そして、ちょっと慌てた。
大きな白いエプロンと、やはり白い三角巾をつけて、文字通り白ずくめになっているフランソワーズが、ふと花嫁のように見えた…気がしたのだった。
 
「あぶないっ!」
 
フランソワーズの鋭い声で我に返り、ジョーは咄嗟に加速装置を噛んだ。
慌てた拍子に積み上げた皿に肘をぶつけてしまったのだ。
皿は大きく揺らぎ、崩れかけている。
 
加速装置を全開にしてしまえば、触れた瞬間に皿を粉々にしてしまう可能性がある。ジョーは慎重に微調整しながら、どうにか皿をもとのように積み上げ、加速を解いた。
 
「ど…どうしたのよ、ジョー!もう、脅かさないで」
「ご、ごめん…うっかりしてた」
「今、スピーチが終わって、みんなしんみりしている所だったのよ…よかった、大きい音を立てなくてすんで」
「スピーチ…?」
「ええ。いいお話だったわ…おしゃべりしていた人たちもだんだん引き込まれて、最後はとても静かになって…」
 
そんなの、聞いていたんだ…と、ぼんやり思った。
彼女は、ひたすら皿洗いに集中していたように見えたのだが。
やっぱり「003」はちがうなあ…と、またぼんやり思う。
 
「でも、ジョーったら。やっぱり、ソレ、着ていたのね」
「…へっ?」
 
呆れたような彼女の声に、ジョーはまた慌てた。
控えめながら加速装置を使ったため、服が焼け落ちてしまっている。
で、その下から現れたのは例の赤い服に黄色いマフラーで。
 
「あなた、張大人の言ったこと、本気にしていたの?…まさか、ホントに宴会の途中で買い出しに行くつもりで…」
「い、いや…ええと。まさかとは思ったんだけど、でも…何があるか、わからないし…その、僕たちってさ」
 
…実際、こうして加速装置を使う羽目になってしまったわけだし。
が、フランソワーズはそんなジョーをさらに呆れ顔で見つめると、ぷい、と横を向いてしまった。
 
※※※
 
確かに、厨房に立つにはかなりふさわしくない服装だったに違いないが、着替えに行く暇はなかった。
結局、ジョーはそのままの格好で最後まで働き続けたのだった。
 
宴会が無事に終わり、招待客を送り出すと、新郎新婦が厨房に挨拶にやってきた。
もちろん、ジョーは慌てて厨房の奥の従業員控え室へ引っ込み…それを追うように、フランソワーズもジョーが閉めようとしたドアから滑り込んできた。
 
「あ、あれ?」
「もう…!閉め出すつもり?」
「え…そ、そういうつもりじゃ…だって、君は」
 
ウェイトレスとして、時々張々湖飯店で働いていたフランソワーズは、たしか新郎とも顔見知りだったはずだ。彼女も当然、張々湖と一緒に、彼らの挨拶を受けるのだと思っていた…のだが。
 
「張々湖大人に言われてたの。今日はぜーったい、誰にも顔を見せては駄目だ…って」
「どうして…?」
「さあ…?でも、店主の命令はきかなくちゃ」
「……」
「エンギ…っていうのかしら…?そういうこと、気にしているのかもしれないわ、大人は」
「…エンギ?」
「結婚式って、不吉なモノを近づけてはいけないんでしょう?」
「…不吉…って…」
 
…それは、つまり。
あ、と気づいたジョーは、思わず高い声を出していた。
 
「そんなはずない!だって、それなら大人だって同じことじゃないか!」
「しーっ!」
「…あ!」
 
慌てて両手で自分の口を塞いだ。
フランソワーズはくすくす笑っている。
その笑顔に翳りがないことを確かめ、ジョーはほうっと息をついた。
 
※※※
 
「もう、着ていないの?」
 
不意に尋ねられ、ジョーはえ、と助手席を振り向いた。
フランソワーズがちょんちょん、と自分の胸元を指さしている。
防護服のことを言っているのだとすぐにわかった。
 
「…着てる」
「まあ!」
 
帰り際、更衣室でちょっと迷ったのだが、やっぱり着ておくことにしたのだった。
「何か」が起きたとき、後で後悔するのはイヤだったから。
が、ソレを彼女に説明したら、また機嫌を損ねてしまうに違いない。
彼女は、いつも…忘れたがっているのだから。そのことを。
 
「心配性ね、ジョーは」
「……」
「私は…いいのにな」
「え…?」
「今日は、本当に素敵な日だったわ…だから、もし、これが最後の日になっても、私はいいの」
「フランソワーズ?!」
「このごろ、毎日そう思ってる。毎日…素敵な、幸せな日だから」
「何を…何、言い出すんだよ!」
「…ごめんなさい。怒った…?」
 
ジョーは返事をせず、黙々とハンドルを動かし続けた。
怒ってるのね、黙ってるもの…と、フランソワーズがつぶやく。
 
君こそ、怒ると黙るじゃないか。
さっきみたいに。
 
もちろん、声には出さない。
 
「さっきね…花嫁さんのお兄さんがスピーチしていたの」
「……」
「最後は、泣いていたわ」
「……」
「妹と別れるのが寂しくて…でも、幸せで…それで泣いてしまったのね」
「……」
「私は、結婚式って教会でするものだと思っていたから…チャイナレストランで、なんて、ちょっと驚いてしまったけど。でも、同じだったわ。私の知っている…子供の頃見たことがある結婚式と。時間も場所も習慣も…何もかもこんなに遠いのに…同じだと思うなんて、不思議ね」
「……」
 
さっき、君が花嫁のように見えた。
僕が子供の頃…教会で見た、幸せそうな花嫁。
 
時間も場所も習慣も、何もかも遠い。
…でも。
 
「また、あるといいな」
「…え?」
「結婚式。張々湖飯店で」
「……」
「僕も、今日は楽しかった」
「一日、お皿洗いでも?」
「君だってそうだったじゃないか」
「…そうね」
 
不吉な赤い服。
不吉な…年を取らない美しい少女。
 
でも、皿洗いぐらいならできるわけだし。
そんな僕達でも。
 
「あの龍、スゴかったなー」
「そうね…でも、それを最後はぶつ切りにしちゃうんですもの、大人ったら」
 
たしかに。
ケーキぐらいは、フツウの方がよかったかもしれないなあ…。
 

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